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守護者の乙女  作者: 胡暖
第一章

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2.オールストレーム公爵家

 移動手段のないエヴァは、ルーカスの黒馬、魔獣スレイプニルに同乗させてもらった。マルガレーテという名前だと聞いた。

 マルガレーテに乗る前に話しかけてみたのだが、思考がひどくぼんやりとしており、少し心配になった。うっすら笑ってくれたので、嫌われているのではないと思う。

 すっかり忘れていたが、小栗鼠のラタは、エヴァのつなぎのポケットで寝ていた。

 仕方ないのでこのまま連れていくことにした。



「そういえばエディはいくつなんだ?10歳くらいか?」

「9歳。ルーカスは?」

「俺か?俺は15歳だ」

「ルーカスは何しにここへ来たの?」

「王族の警護だ。王族は年に一度虹の橋を渡って、神族のおわす土地に参拝するんだ。こうして魔獣の出る森を通るから、騎士団が警護につく。これから行くのは俺の家なんだが、そこを王族の滞在場所として貸し出している」


 知らない単語がたくさん出てきてエディは混乱する。相槌も打てず首をかしげる。


「あぁ、家といっても別邸で、エディは顔を合わすことはないぞ。ってことでウルリク副団長、俺一度本邸に寄ってから警備に復帰してもいいですか?」

「…たく。勝手な行動ばかりして。…もう連れてきてしまったんだから仕方ないだろう」


 副団長はじろりとエヴァを睨む。なぜ睨まれるのかわからず、エヴァは首をかしげる。


「私は先に戻って団長に報告しておく。この勝手は始末書覚悟しておけよ」

「えー。俺まだ、素振り1000回とかの方がいいんすけど…」

「お前が望むものなら罰にならんだろうが」



 途中でウルリク副団長と別れて連れてこられたのは、立派な建物だった。


「…神殿より大きい」


 ポカンと口を開けて見上げるエヴァを笑いながらルーカスは、黒馬を門番にあずける。

 家の中はさらにすごかった。入ってすぐのホールは吹き抜けで天井は丸くドーム型になっている。正面には階段があり、階段の両脇にはエヴァの身長位もありそうな花瓶いっぱいに花が活けてある。

 床に敷かれた絨毯もふかふかで複雑な模様が刺繍してある。壁にはたくさんの絵画が飾られている。

 ため息をつきながらエヴァは尋ねた。


「ルーカスって何者?」

「はは、今更か?しがない公爵家の次男坊さ!」


 ルーカスは、黒いお仕着せを着たひょろりとした白髪の男性を呼び止めた。


「ダン!すまない、ちょっとこいつの身なりを整えるよう手配してくれるか。服はラーシュのもう着れない服があったろ」

「この方は?」

「エディ。孤児だ。ちょっと森で拾った。親父に会わせて判断を仰ぎたいことがあるんだ」

 ダンは、畏まりました、と頭を下げた後、エヴァについてくるように言う。

「エディ、ダンはうちの執事長だ。じゃぁ、またあとでな」


 ダンは途中で女性と何か話した後、エヴァを勝手口のようなところから外に出し、小さな椅子に座らせた。


「さて、この頭から何とかしましょうか」


 無言で髪をきれいに整えた後、浴場に連れていかれる。

 そこには服が置いてあって、なるほど先ほどの女性にはこの準備を頼んだのだな、とエヴァはぼんやり考える。


「手伝いが必要ですかな?」


 ダンの言葉に首を振る。ダンは一つ頷くと、また迎えに来るので終わったらここで待っているように言って去っていった。


「ラタも一緒に入る?」


 チチチッと笑いながら胸ポケットから小栗鼠が出てきて肩に乗った。

 浴場も見事だった。白くてつるっとした石造りの浴槽にはたっぷりと湯が張られ、いい匂いのする花が浮かべてあった。神殿にもエヴァが入るように風呂が用意されていたが、その何倍もの広さがある。体をきれいに洗って湯船につかる。ラタには洗面桶に湯を張ってやった。

 一人で風呂に入るのは初めてのことだった。解放感に溜め息が出る。



 エヴァはヴァン教の総本山である、神殿に住んでいた。

 母親も、そのまた前も、神殿で産まれ、司祭様と結婚し子を成した。

 このままいけば、エヴァもそうなるはずだった。


 エヴァの濃紺の髪は父に似て、虹色の瞳は母譲り。

 エヴァの母方の血は、虹色の瞳を持つ女児を一人産むという。もうずっと昔からそうらしい。

 産まれた、虹色の瞳を持った娘は、神の使いである虹の姫巫女として、最高司祭の花嫁になるべく、神殿で大切に育てられる。そして最高司祭と結婚し、また、虹色の瞳を持つ女児を産む。

 エヴァの母は、エヴァを産む際の産褥の熱で亡くなった。父は、神の使いを死なせてしまったとして、死を迫られ、自死したらしい。

 両親を亡くしたエヴァには、下町からの手伝いの女達がつけられ、何不自由なく育てられた。しかし、外に出さないよう閉じ込められ、与えられる情報は制限された。エヴァはずっと孤独だった。神殿の司祭達からは敬われても、異質な瞳を持ったエヴァは、下町の女達からは遠巻きにされた。そのいびつな環境に少し疲れていた。


 ここでのエヴァは神の使いではない。ただの一人の孤児なのだ。

 エヴァは風呂の中で大きく伸びをした。


「ラタ、気持ちいいねぇ」


 洗面桶で入浴していた小栗鼠はチチチッと笑った。


 ◆


「…魔獣を操る?」


 執務机にはこげ茶の髪に、グリーンの鋭い目をした男性が座っていた。

 ルーカスの父、アンディシュ・オールストレーム公爵だ。

 対面するようにルーカスが立っている。


「はい。フェンリルを操っていました。孤児で、9歳の少年です。虹色の瞳をしていました」

加護(ギフト)持ちか」


 父親からの問いに、ルーカスは頷いた。だから、保護してきました、と告げる。

 この土地は精霊の力が強い。虹色の瞳というのは聞いたことはないが、精霊の加護を持つ人間はまれにいた。

 ふむ、とアンディシュは顎を撫でる。


「どんな魔獣でも操れるのか?」

「わかりませんが、私のマルガレーテとも話をしていたようです」


 アンディシュは机をトントンと指でたたく。何か考えているようだ。


「まぁ、駒は多い方がよいか…」


 ルーカスはアンディシュの言い様に眉をひそめたが何も言わなかった。

 父親が非情なのはいつものことだからである。しかし、幼い子に非道なことはすまいと思う。


「準備ができたらこちらに連れてくるがいい」

「はっ」


 ◆


 準備ができたエヴァはピンと伸びたダンの後姿を追いかける。広すぎて迷子になりそうだ。

 サロンのようなところで、ルーカスがお茶を飲みながら待っていた。

 到着したエヴァに、さっぱりしたな、と笑顔を向けてくれる。

 そして連れてこられたのは執務室のようだった。


「アンディシュ・オールストレームだ。そなた、魔獣を操れるそうだな」


 茶色でまとめられた部屋の奥に、どんと置かれた執務机に座ったアンデシュは、厳めしい顔をして、エヴァに話しかけてくる。

 エヴァは思わず面食らったが、気を取り直して聞かれたことに答える。


「操れるわけじゃない。話をして、気が向けば手伝ってくれるだけ」


 エヴァの率直すぎる話し方に、ダンは目を見張り、ルーカスは苦笑する。

 アンディシュは気にした様子もなく話を続ける。


「それはどんな魔獣であってもか?」


 エヴァは少し考える。


「それほどたくさんの魔獣に会ったことがあるわけじゃないけど。…これまであったことのある魔獣で話せない子はいなかったよ。でも、ルーカスのマルガレーテはぼんやりしていてあんまり話にならなかった…」

「スレイプニルのような騎士団の魔獣は、騎獣にするために使役の魔道具を使用している。確か思考を鈍らせ、人間が上に乗っても嫌がらないようにするものだったはずだ」

「へぇ、それでか…」

「ふむ、魔獣と話せるというのは嘘ではないようだな」


 アンディシュはじろりとエヴァを見下ろして言う。


「お前は孤児だそうだな」


 エヴァはあいまいに頷く。


「お前をこのオールストレーム公爵家の養子として遇してやる。代わりにその力を我が家のために使え」

「養子?」


 エヴァはきょとんとする。


「待ってください、父上。養子ですか?使用人ではなく?」

「そうだ。使用人では他家に奪われる可能性がある。ラーシュと一緒にして監視しておけ」


 ルーカスは唖然とした顔をしている。

 エヴァは、首をかしげてもう一度訊ねる。


「養子って何?」

「我が家の子として遇するということだ。私のことは父と呼べ」

「父……ルーカスは?」

「兄と呼べ」

「意味…分かんない」

「あぁ。その話し方も早々に矯正が必要だな。王都に帰ったら、ユーハンに教師をさせ貴族の常識を叩き込め」


 それだけ言うと、もう行けと、部屋から追い払われた。



「ルーカス…意味わかんないんだけど…」

「大丈夫だ、俺にもわからん…とりあえず、王都に戻ったら、他の家族を紹介する」


 ルーカスは肩をすくめ、首を振る。


 ――――まぁ、家族が欲しくて出てきたし…いいか。


 自分には身内もいないのだ。

 エヴァはたいそう楽観的だった。


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