36.運命の日1
エヴァはリントヴルムの事件があってから、移動には細心の注意を払っていたはずだった。しかし、相手も焦っていたのだろう。エヴァが予想外に生き残ってしまったから。
だからあの日、あんなことになった――――。
魔獣の仔を攫ってきて、未然に防ぐ事ができたとはいえ、甚大な被害を起こしかねなかったのだ。ウルリクから話を聞いたランバルドは早急に動いた。オリヤン、エリアス、パトリックには秘密裏に監視がつけられた。エヴァは、当事者だったので教えてもらっていたが、本当は極秘に調査を進めることになっていたのだ。
そして、日中はエヴァにもこっそりと護衛がついた。エヴァの動きに不自然さが出るといけないので、どこにいるかは教えてもらえなかったが、バルトサールから貸し出されたという、身を隠す魔道具を持った騎士が、寮を出てから寮に戻るまでついてくれているということだった。
その事で、幾何か安心していたもののエヴァは移動する時には必ずラーシュか、リクハルド、ニコライと一緒に行動するようにしていた。
その日は、ラーシュとリクハルドと一緒に食堂で夕食をとった。片づけて帰ろうとしたところで、ラーシュがランバルドに呼ばれているという伝言を受けたので、エヴァはリクハルドと共に先に部屋に戻ることにしたのだ。
お互いの自室のある5階に上がった時だった。
「うわぁっ!」
エヴァはすぐ後ろを歩いていたリクハルドの大声に、素早く振り返った。
リクハルドは大柄で全身黒づくめ、おまけに覆面をつけた男に、体を拘束されていた。その男は廊下に潜んでいたのだろう。真横を通ったはずなのに、エヴァは全く気づかなかった。
「は、離せ!」
リクハルドは懸命にもがいていたが、大男の拘束は全く緩まない。
エヴァは、リクハルドを助けるためにフェンを呼ぶか逡巡した。その一瞬の隙をついて、後ろから固いもので頭を殴られた。
「う……!しまっ…、もう一人いたのか…」
そして視界が暗転した。
顔にばしゃりと水をかけられたことで、エヴァははっと目を覚ました。
目の前には下卑た顔で笑う、オリヤン、エリアス、パトリックがいた。
どうやら、外に連れ出されたらしい。エヴァは痛む頭を押さえながら体を起こし、リクハルドを探す。
しかし、どこにもリクハルドはいなかった。
「リクハルドはどこにやった!」
「はぁ?知らんな。俺たちはお前だけを連れてくるように頼んだんだ」
安心はできないが、目的はエヴァだけらしい。リクハルドの無事を祈りながら、三人と対峙する。
「お前たちには監視がついていたはずだ」
「ははは!今の俺たちには、何の障害にもならないな!」
そう言って、オリヤンは右手を掲げた。
腕に嵌っているのは、黒い魔石と赤い魔石のブレスレットだった。
エリアスとパトリックも同じものをつけているようだ。
――――力を増幅するタイプの魔道具なのか?
効果はよく分からないが、あまり良いものではなさそうだった。
監視についていた騎士団員は無事だろうか。
「お前にはてこずらされた。光栄に思え、俺たちが直々に、手を下してやる」
そう言ったオリヤンが片方の手を上げると、エリアスとパトリックに両側を拘束される。
オリヤンが、腰の剣に手をかけ、ゆっくりと近づいてくる。
エヴァはゆっくりと深呼吸した。
オリヤンの動きを見逃さないように目を見開く。
――――チャンスは一度。
オリヤンの振りかぶった剣が振り下ろされる。
その瞬間を待ってエヴァは叫んだ。
「反転!」
エヴァを殺すつもりの攻撃は、そのままオリヤンへと返っていく。
「う、あああああ!」
斬撃を受け、オリヤンはのたうち回った。
その隙にエヴァは、ラタを呼ぶ。
エヴァの求めに応じて来た小栗鼠は、エヴァの腕を拘束している、エリアスとパトリックの目を狙ってひっかいた。
不意を突かれた二人は悲鳴を上げて目を押さえる。
拘束が緩んだので、エヴァは二人を振り切り走り出した。
頭が痛んだが、今はそれどころではない。
しかし、気絶していたので、ここがどこか分からない。
エヴァも気が動転していたのだろう。ラタにどちらに向かえば聞けばいいのだと気づいた時には、演習場が見えており、寮とは反対の方向に走ってしまったことに気づく。
「ははは、逃げられないぞ」
「…嘘でしょ…」
致命傷になりかねない傷を負っているかと思った三人はエヴァのすぐ後ろまで迫っていた。
エヴァは三人と向かい合ったまま、じりじりと後ろに下がりながら距離をとる。
しかし、それが徒になった。エヴァは石か何かに躓き、しりもちをついてしまう。
「しまった…!」
これを好機と三人が一斉に剣を振り上げ駆け寄ってくる。
エヴァはとっさに腕を振り上げて顔をかばい、ぎゅっと目を閉じた。
その瞬間、ラタがエヴァの肩に乗ったのを感じた。
「反転」
斬撃が三人それぞれに返っていく。
「うあああ!」
「いてぇ!」
「くそっ!」
その声に身を震わせたエヴァは、思った衝撃が来ないことに疑問を感じ、そろそろと腕を下ろした。
エヴァが顔を上げると、痛みに呻く三人の後ろに、見知った人影が見えた。
「ラーシュ!」
「無事か!?エディ!」
ラーシュは肩で息をしている。
ラタが呼んできてくれたのだろうか。エヴァは自分の肩に乗ったラタを見る。
ラタは、口に魔道具を咥えていた。
そのために喋れないが、どこか得意そうに胸を張っていた。
「…これ」
「…だから持っとけって言っただろう?」
怒っているラーシュにエヴァはへらりと笑う。
その瞬間、グイッと強い力で引き寄せられた。
「ずいぶんと余裕じゃないか」
起き上がった、オリヤンだった。




