35.嘆願
森からとんぼ返りしてきた団員達は各々寮に帰っていった。
エヴァもランバルドに報告しないと、と考えてはいたのだが、とりあえずシャワーを浴びたいと思い寮の自室へと向かう。
部屋の前でリクハルドと会った。目を真ん丸にしてエヴァを見てきたので、エヴァは苦笑してリクハルドに経緯を説明する。
「実は竜が出てね。採集は中止になったんだ」
「…あぁそれで。今日はいないと思ってたからびっくりしたよ。…僕これからご飯を食べに行くけど一緒に行く?」
「いや、汚れちゃったからシャワーを浴びてからにする」
エヴァはリクハルドに手を上げて、自室に入った。
手早くシャワーを浴びて、着替える。さっぱりしてから、ランバルドの執務室へと向かった。
執務室をノックしようとすると、後ろから副団長のウルリクに声をかけられた。
「団長は不在だ。リントヴルムが出たからな。その対応で、城へ向かった」
「あの、そのリントヴルムについて話があるのですが」
エヴァがおずおずと声をかけると、ウルリクは眼鏡の位置を直し、執務室に入るように言う。
ウルリクは慣れた様子で応接用に用意された椅子に腰かけるとエヴァを促した。
「…で、リントヴルムについての話とは?」
「えっと、そもそも今回、森にリントヴルムが出た理由ですが、オリヤンがリントヴルムの仔竜を攫って来た事が原因です。そして、母竜が怒って追いかけてきた」
ウルリクは、額を抑え、ため息を吐いた。
「…被害はなかったと聞いたが?」
「えぇ。仔竜を返したら母竜は退いてくれました」
エヴァの言葉にウルリクはくわっと目を見開いた。
「お前はあんなものまで手懐けるのか…!愛情深いリントヴルムが仔を拐われてよく黙って退いたな……いや、そもそも、オリヤンはなぜそんなことを?」
「…僕を殺すために」
エヴァの言葉を聞いた瞬間、ダンっとウルリクはテーブルを拳で殴りつけた。
「何を馬鹿なことを…!一歩間違えればどれほどの被害が出たか…!」
憤るウルリクに気後れしながらおずおずとエヴァは本題を話す。
「あの、そこで相談なんですが…。リントヴルムは僕の願いに応じて退いてくれました。なので、討伐のために追いかけるのは止めてもらいたいのですが…」
「はぁ!?」
「リントヴルムは、もともと仔竜を攫われたから怒ったのです。むやみにこちらを攻撃してきたりはしません。でも、次に彼らに手を出したら容赦はしない、と言われました」
ウルリクはエヴァの言葉を聞き深く嘆息した。
「…お前の言い分は分かった。が、正直俺では判断がつかん。団長と話してみる。しかし、この事はあまり公にしたくない。お前が襲われたこと、リントヴルムと話したことを他の人間には言うんじゃないぞ」
エヴァはウルリクの言葉に頷くと、ぺこりとお辞儀をして執務室を出た。
そして部屋に戻ると、エヴァの部屋の扉に体を預けたラーシュが、腕組みをして待っていた。ラーシュはエヴァの姿を見て体を起こす。
「お前、どこ行ってたんだよ」
「ラーシュ…」
エヴァはラーシュに飛びついた。その顔を見て安心した。
そして、自分がどれ程の緊張状態にあったのか気づいた。
人から殺したいと思うほど憎まれる、その事が思いの外エヴァの心を疲弊させていたようだ。
飛び付く勢いの良さにラーシュはたたらを踏んだが、エヴァを受け止めてくれた。
「…とりあえず部屋に入れてくれ」
ラーシュを部屋に案内すると、エヴァは今日の出来事をラーシュに話した。ウルリクは人には言うなと言ったが、ラーシュは身内だ。勘弁してほしい、とエヴァは心の中でウルリクに頭を下げた。
「なんだ!それは!!」
ラーシュは自分の事のように憤る。
エヴァはその反応に少し嬉しくなる。
「ありがとう、怒ってくれて」
御礼を言うと、ふんとラーシュはそっぽを向く。
「弟が殺されそうになれば怒りもする」
エヴァはキョトンとする。
「…弟だと、思ってくれてるんだ」
ラーシュはエヴァの方を向いて真剣な顔をした。
「当たり前だ。……みすみす殺されるなんて許さないからな」
血が繋がっていない自分に対して、そんな風に言ってくれるラーシュに、こんな時にもかかわらずエヴァはくすぐったい気持ちになる。
----家族って温かいな。
「ユーハン兄上に貰った魔道具、持ってるな?」
ラーシュに問われ、エヴァはこくりと頷いた。
服の上から、首に下げた魔道具を押さえる。
「俺のもやる。護りは多い方がいいだろう。やばくなったら、躊躇わず使えよ。」
ラーシュは自分がユーハンから貰った魔道具を首から外すと、エヴァの方へ差し出した。
しかし、エヴァはそれを見て首を振る。
だって、ユーハンから魔道具を渡された時、ラーシュはあんなに嬉しそうな顔をしていたのだから…。
「それは君のだ。大丈夫、僕にはラタもいる。ヤバそうになったら逃げるよ」
それに、と心の中で呟く。
――――いざとなれば故郷からフェンリルを呼ぶ。
魔獣には魔獣だけが通れる異次元の魔の道がある。貰った笛を吹けば、瞬きの間に現れるだろう。
エヴァの言葉に、ラーシュはラタに真剣な顔をして言った。
「いいか、もしこいつが危なくなったら一目散に俺に知らせに来るんだ」
『ちちち、なんだコイツ。エヴァの保護者気取りか?』
ラーシュの言葉に嗤う小栗鼠を無視して、エヴァはラーシュの心遣いに御礼を言った。
「暫く一人になるなよ。多分、今度の事はかなりの問題になるだろうが、証拠が上がるかは微妙だ。証拠もなしにクロンヘイム侯爵家の者は断罪できない…」
エヴァは、またあの真っ黒な目と対峙することを考え、憂鬱な気持ちで瞳を伏せた。




