34.採集
エヴァが目を覚ました時、周りには誰もいなかった。
独特の薬品の香りがする。恐らく、城の医務室に寝かされているのだろう。
アザだらけの体には丁寧に包帯が巻かれていた。
その包帯を撫でながら、小さな声でラタを呼ぶ。
『ちちち、災難だったな、エヴァ』
ラタは窓からひょこりと顔をだし、素早くエヴァの肩の上に乗ってきた。エヴァは肩の上で笑う小栗鼠を撫でながら、全くだと嘆息した。
「助かったよ、ラタ。アンナを呼んできてくれてありがとう」
『大変だったのだぞ!』
アンナリーナの部屋で何かを伝えようと身振り手振りを動かすラタに、ポンと手を打ったベルタが、単音の文字を一覧にした紙を用意してくれた。その上で走り回ることで、何とかエヴァの危機を伝えたらしい。
エヴァは苦笑する。
「それは大変だったね。ありがとう」
外からざわざわと音がする。肩の上のラタをそっとまた窓の外へ促す。
エヴァがドアの方に向くのと、ガチャとドアが開くのは同時だった。
「お、起きてるな」
入ってきたのは、団長のランバルドと副団長のウルリク、そして、ルーカスだった。
「エディ体は大丈夫か?」
「はい、団長。ご心配お掛けしてすみません」
「ニコライが真っ青な顔で飛んで帰ってきたからビックリしたんだぞ、まさか王女が来られるとはな」
「ルーカスも助けてくれてありがとう。王女は、たまたま僕に用があって来てたみたいだ」
「へぇ、仲良くやってるんだな」
ここで、ランバルドが表情を改めた。
「アンナリーナ王女から書状をいただき、これまでの嫌がらせについて知った。今日の私闘の事もある。オリヤンとエリアスとパトリックを処罰する。……ただし、騎士団は仲良し集団ではない。ある程度は自分で対処できることが求められる。よって、今回の嫌がらせ程度ではそこまで重い処分を下すことはできない。今回の処分は、謹慎1ヶ月だ」
ここで一度ランバルドは言葉を切った。
気遣わしげにエヴァを見ながら、再度話し出す。
「処分されたことで、1ヶ月後に相手がさらに過激化する事も考えられる……大丈夫か?」
ルーカスも心配そうにこちらを見ている。
エヴァは、こくりと頷いた。
そこから1ヶ月、あまりにも平和だったので、エヴァはうっかりその事を忘れていた。
謹慎が明けた後も、三人は全くエヴァに近寄ろうとしなかった。
だから、エヴァは、もう三人はエヴァに構うことに飽きたのだろうと思っていた。
今日は、採集の日だ。
王都から程近くの森まで騎獣を操って行き、そこで薬草を採取してくるのだ。どうやら、自分達で使うポーションの原料は自分達で用意する、と言うことらしい。
採集は1泊2日で行い、野営の訓練も兼ねている。
まだまだ、戦いに慣れていない見習い達だから、採集場所は比較的安全な森だと言う。それでも、護衛代わりに引率の騎士が数人ついた。
一度にたくさんで行くと、引率の騎士達の負担が大きいと言うので、今回は3班に分けられた。
エヴァは、ペアのニコライとは一緒だが、ルーカスやラーシュ、リクハルドとは別の組になった。
あまり屋敷から出歩かないエヴァは、ピクニック気分で楽しみにしていた。
「なんか楽しそうだな?」
森についてすぐ、ニコライに声をかけられたエヴァはにこにこして答える。
「うん、王都に来てからあんまり他の場所を見て回れてなかったからね。実はピクニックみたいで楽しい」
ニコライは残念なものを見るような目でエヴァを見た。
「それは今だけだな…野宿も携帯糧食もほんと勘弁だよ…虫も多いし」
ニコライは本当に嫌そうに言う。
エヴァは、そんなものかなぁと首をかしげた。
ともあれ、まずは採集だ。
皆、決められた範囲を散り散りになって採集を始める。
エヴァは、ラタに薬草の位置を教えてもらいながら採集を始めた。
暫く一人で採集をしていると、団員の一人に声をかけられた。
「あぁ、お前ちょうどよかった。道具を落としてさ。ちょっと取るのを手伝ってくれないか」
エヴァは、軽く請け負うと、団員に着いて行く。
「あ、あの穴の中なんだけど、俺が足を持つから手を伸ばして取ってくれないか?」
エヴァは、そっと穴の中を覗き込む。
結構深そうだな、と思ったところで思いきり後ろから突き飛ばされた。
「う、わっ…!」
いきなりだったが、取り敢えず着地の瞬間に受け身を取ったのでそれ程ひどい怪我はしなかった。
穴の中から上を見上げる。一人では上がれそうにない。
すると、エヴァを誘導してきた団員ともう一人―――オリヤンが穴の中を覗き込んできた。
「悪く思うなよ。うちはクロンヘイム侯爵家には逆らえないんだ」
エヴァを突き落とした人物は、そう言って嗤った。
エヴァを静かに見下ろしてくるオリヤンの目は真っ黒だった。それを見てエヴァはなぜかゾッとした。彼はこんな表情をしていただろうか…。
オリヤンは手に鳥籠のようなものを持っていた。
そして、鳥籠から何かを取りだしナイフで一閃した。
「これでお前は終わりだ」
そう低く告げると、それを無造作にエヴァにめがけて放り投げた。
高い声をあげて落ちてくる何かをエヴァは咄嗟に腕を出して受け止めた。
『…痛い、痛いよ。母さま助けて』
か細い声をあげる灰色の鳥の子供。
額に魔石が嵌まっているので魔獣だ。
血を流し今にも事切れそうだった。
「行くぞ」
昏い笑みを浮かべたオリヤンと団員は、オリヤンの号令でさっと姿を消した。
エヴァは受け止めた魔獣の仔をじっと見つめる。
「ラタ」
鋭く小栗鼠を呼ぶと、ちょっと借りるね、と魔石に片手を翳した。
真っ赤な魔石が輝きエヴァの手に光を移す。
エヴァはその手を魔獣の子供に翳す。翳した手は淡い白色に輝き、ゆっくりと傷を癒していった。
魔獣の仔は目を瞬くとゆっくり体を起こした。
『……痛くない!』
その姿にエヴァもほっと、体から力を抜いた。
その時、穴の外から急に大きな声が聞こえた。
「逃げろ!竜だ!」
「何でこんなところに!」
すぐにエヴァの頭上に影がさす。
ドスンと重たいものが落ちるような音がした。
そして、穴を覗き込む金色の眼と目があった。
子供の魔獣が嬉しそうに鳴く。
『母さま!』
エヴァは、魔獣の仔を見て笑う。
「君は鳥じゃなくて竜の仔だったんだね」
そう言うと、そっと母竜の鼻先に仔竜を差し出す。
母竜は器用に仔竜を引っ掛けると穴の外に連れ出した。
エヴァは母竜を見上げて言う。
「ごめんね、僕もここから出してくれないかな?」
母竜がもう一度首を下げてくれたので、エヴァは母竜にしがみつき持ち上げてもらう。
エヴァを穴の外に下ろすと、母竜はエヴァ静かに見つめてきた。
『…お前が愛しい我が子を拐ったのか?』
「僕?僕はどちらかと言うと連れ去られた方かな?」
『僕、怪我をさせられたの。この人が治してくれたの!』
仔竜がそう言って母竜に顔を擦りつけると、母竜は優しく仔竜の顔を舐めた。
そして、エヴァの方へ視線を移す。
『誰が我が子を拐ったのか知っているか?』
「知っているけど…どうするの?」
母竜は憤怒にギラギラと輝く目を細めて言う。
『我が子を連れ去った奴等を葬らねば気が済まぬ』
「それは…気持ちは分かるよ。でも、堪えてもらうことはできないだろうか。この辺りで暴れられると君達を討伐しないといけなくなる。坊やが無事だったことに免じて怒りを沈めてくれないかな」
『我が人間に負けると…?』
「君は強い。分かるよ。だけど人間は数が多い。それに、きっと僕も矢面に立たされる。僕が君達と争いたくはないんだ。君は大きいから、もう気づかれている。けど、今急いで遠くまで逃げてくれたら、ここには見習いしかいないから、きっと逃げ切れる」
母竜はじっとエヴァを見つめた後、仔竜を優しく口に咥えると飛び上がった。
『お前に免じてここは去る。しかし、また我らに手を出すと今度はどうなるかわからぬぞ』
「わかった。ありがとう」
『ばいばい!』
竜の親子が飛び去るのをじっと見つめていたエヴァに、遠くからニコライの声が聞こえた。
「エディ―!どこだ、無事か―!」
エヴァは、声の方に歩きだす。
そこには、全員が集められていた。
オリヤンと、エヴァを突き落とした団員は、エヴァの姿を見て亡霊でも見たように目を見開く。
エヴァの姿を見たニコライが駆け寄ってくる。
「姿が見えないから焦ったぞ!どこにいたんだよ」
「あっちの方で採集に夢中になってたみたいだ」
「全く、しょうのない奴だな。リントヴルムが出たんだ、採集は中止だ。帰るぞ」
この話を書き終わった後、通信障害で文章が消えました…
一生懸命思い出しながら書きました…
だからどうというわけではないのですが、この悲しみを一人で受け止められなかったので。。。
こまめな保存、ホント大切ですね…(しょんぼり)




