33.攻撃
「……盲点だった。そうか庶民は信仰が違うのか」
ラタに頼み、お茶会の後ユーハンと共に残ってもらうようにラーシュに伝言を届けてもらった。
三人でベルタに用意してもらった部屋に入り、先ほどあったことを相談すると、ユーハンは、額を押さえて俯く。
「そうみたいだね」
「……しかし不味いな。貴族は全員アイノア教なんだ。改宗せねばなるまい」
「アンナも言ってた。僕は別に信仰にこだわりはないけど?」
「バックマン神殿長が異教の神殿で育ったお前を受け入れぬ、とごねたら面倒だ」
「そうしたらどうなるの?王女様との婚約なくなる?」
「いや……王がそれを許さぬだろう。我が家の瑕疵にして、無理難題を押し付けてくるやも……」
「えー……」
「聞かれた相手が不味かったな。バックマンは伯爵家だから、家格はそれほど高くない。ただ、先王の弟であることと、現王が王になるにあたり、権威付けのために神殿の後ろ楯を得て即位している経緯もあり、にわかに権力が高まってはいるな。現王は神殿を無視できない…」
クリストフに異教徒だとばれたことがどうやらまずいらしい。
エヴァはがくりと項垂れる。口は禍の元だ…。
「まぁ、神殿に改宗の儀式の依頼を出して沙汰を待つしかなかろう。父上からそれとなく王に進言してもらえるように私も動こう」
「…ありがとう、ユーハン」
「…しかし、まぁなんだ。王女と仲睦まじそうでよかった、な」
ユーハンが多少気まずそうに、「多少は人目に気を遣え」と言うと、先ほどまで黙って話を聞いていたラーシュも勢い込んで言う。
「そうだ、お前はまだ子供なんだから、節度を持って付き合うべきだ!」
エヴァはきょとんとするが、どうやらアンナリーナの作戦はうまくいっているようだと思うことにする。「ちゃんと聞いているのか!?」とラーシュに揺さぶられながら、その日は解散となった。
次の日の午後の訓練は実践形式の一対一だった。
普段は実力ごとで分けられた班で練習しているが、月に一度勝ち抜け形式の模擬戦をし、班員の入れ替えを行うらしい。
誰と当たるかは籤で決まる。
しかし、エヴァの対戦相手がオリヤンだったので、何か細工をされたかなと、ため息をつく。
大丈夫か?とラーシュに聞かれエヴァは力なく笑う。
「まぁ、歯を潰した模擬剣だし…たぶん大丈夫」
しかし、そう甘くはなかった。
模擬戦なので、剣を落としたら敗けなのだが、先ほどからオリヤンはエヴァの頭ばかり狙っている。いくら模擬剣とはいえ、力一杯頭に振り抜かれたらただでは済まないだろう。
まさか、そんなこと、とは言えない気迫で相手は迫ってくる。
おまけに、ついでのように腰や足を殴打されている。
お蔭できっとアザだらけだろう。
おそらく、強引に代わったのだろう、審判役もパトリックが務めているので止めてくれる気配もない。一番最初の対戦は組数も多く、一斉にやるので、団長も副団長も気付いていない。
エヴァはふらふらになりながら、ユーハンに貰った魔道具を発動させるべきか迷う。
こんなに直接的に手を下してくるような相手ではなかったはずなのに…。昨日の挑発が効きすぎたかなぁと、エヴァはため息を着きたい気分だ。
ぼんやりしていたせいだろう、相手の打ち込みに反応が遅れた。剣を思わず取り落としたところで足払いを受けて転ばされる。頭に向けて思いっきり剣が振り下ろされ、咄嗟に手で顔面を庇う。
がきん、と金属のぶつかる音がする。
エヴァは身をすくませたが、思ったような衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けると、視界いっぱいにルーカスの背中が見えた。
「お前達、うちの弟に何をやっている!勝負は既に着いているだろうが!!」
大きな声でルーカスが吠える。
その大声に、周囲が気付きざわざわし始める。
騒ぎに気付いた、ウルリクが寄ってくる。
エヴァは、助かった、とやっと肩から力を抜き、そのままべしゃっと潰れた。
「だ、大丈夫か!?」
慌てた様にルーカスに声をかけられるが、小さく頷くのが精一杯だった。怖かった。エヴァは力を入れすぎてか、恐怖からか震える手をギュッと握り混んだ。
「おい、ルーカス。状況を説明しろ。エディは誰かに医務室に連れていってもらえ」
ウルリクに言われ、ニコライが静かに手を上げた。
「俺、ペアなんで医務室付き添います」
ニコライに肩を支えられ、エヴァはよろよろと歩いた。
しかし、恐らくベルタはニコライに性別の事は伝えていないだろう。不味いことになったなぁ、と思いながらも今はとにかく休みたかった。
騎士団の医務室は寮の中にある。
二人が寮の前まで帰ってきた時、不意にニコライが呟いた。
「……お嬢様?」
その声に、エヴァは項垂れていた顔を上げる。
「ホントだ」
アンナリーナは、エヴァの姿が見えるとこちらに駆け寄ってきた。肩にラタが乗っている。
ラタがどうにか知らせてくれたのかと、エヴァはぼんやり考えた。
「まぁ、エディ!ひどいわ、何て事!ニコライ、エディは王宮に連れていきます。何か異常があったら困るもの!ランバルドに伝えてくださる?」
アンナリーナの気迫に圧され、ニコライは頷く。
エヴァは、ニコライからベルタに引き渡され、ベルタに支えられながら馬車まで歩く。
ニコライの姿が見えなくなってから、アンナリーナがぼそりと呟いた。
「よく頑張ったわね、エヴァ」
エヴァは、ふっと力が抜ける。
まさかここまで助けにきてくれるとは思わなかった。
アンナリーナには性別もばれている。もう、大丈夫だと思えた。
「ありがとう、アンナ」
そう言ってエヴァは意識を手放した。




