29.野生の魔獣
昼食をバルトサールと食堂で食べた後、エヴァは魔獣舎の方に来ていた。
「こっちの建物入ったことある?」
バルトサールに問いかけられ、エヴァは首を横に振る。
魔獣舎は見習いたちの世話をするスレイプニルの獣舎とは別にエヴァ達のまだ入ったことのない建物があと二つあった。
そう、と言ってそのうちの建物の一つに案内される。
先ほど話に聞いた、仔馬を繁殖させている獣舎だった。
スレイプニルの獣舎よりも狭く区画されたそこには沢山の仔馬がいた。騎士団の制服ではない、格好をした人―――バルトサールと似た衣装なので、おそらく魔道具士室の人間だろう、が数人いて、世話をしているようだった。
エヴァはふと気づいて首をかしげる。
「…親はいないの?」
「あぁ、この子たちはね、混血とはいえ魔獣だから。母馬と一緒にすると食い殺しちゃうんだよね。だから、生まれたらすぐ引き離して、職員が付きっきり世話をするんだ」
「……そう」
エヴァは、そっと目を伏せた。
生を捻じ曲げられ、母親と一緒に暮らせない仔馬を少し哀れんだ。
――――この子たちも、僕と同じ。生き方を決められて選べない。
「次は、もう一つの建物に行こう」
黙り込んだエヴァに何を思ったのか。バルトサールはエヴァの背に手を当て促す。
もう一つの建物は、野生の魔獣を飼育している獣舎だった。四角い建物は、ずっしりとしていて全く中が伺えない。他の獣舎と違いすぎて、エヴァは最初獣舎だとは気づけなかった。
ここは、入り口の警戒も厳重だった。バルトサールが、首から下げた魔石をドアの魔石に近づける。
「これはね、鍵の魔道具なんだけど認証してない人間が使用すると、開かないだけでなく、対になる魔石から電流が流れるんだ」
こともなげにニコニコ笑いながら、バルトサールは話す。
「鍵なしで無理に開けようとしても電流が流れるから、触らないでね」
エヴァはコクコクと頷いた。
中に入ると、そこは獣舎というより牢屋のようだった。
一つ一つの区画は、天井まで伸びる壁と格子によって遮られている。檻という方がふさわしい。
中の魔獣は不自然に全く動かない。
その異様な雰囲気にエヴァは圧倒された。
――――ひどい…
「野生の魔獣は強力だからね。首につけている制約の魔術具は最大出力なんだけど、もし何らかが起こって、これが外れた場合、この区画を作る壁と格子に埋め込まれた吸収の魔術具で、力が出ないようにして、逃げ出せないようにしてるんだ」
バルトサールはゆっくり歩きながらそう話し、一つの檻の前で足を止めた。
エヴァの真っ青な顔を見たからだろう、バルトサールは心配気に、ひどいと思うかい?と聞いてきた。
エヴァはこくりと頷く。
「そうだよねぇ。勝手に捕まえてきてこんなところに閉じ込めるんだから…でも、エヴァ。君が魔獣との中継ぎになってくれたら、もう少し彼らの待遇を改善することもできるかもしれない」
エヴァは檻の中にいる、野生のスレイプニルをじっと見つめる。
「早速なんだけど、これから少しこの子と話してみるかい?」
「…いいんですか?」
「ホントは騎士団立会いの下でないとなんだけどね。制約の魔道具の調節の仕方は分かる?」
いたずらっぽく笑うバルトサールに、エヴァはこくりと頷いた。
制約の魔道具の調節の仕方は先日習ったばかりだ。
よろしい、と言ってバルトサールは、首に下げた魔道具の鍵で檻を開ける。
「中に入って、扉を閉めたら魔道具の調整をして」
そっと、背中を押され、檻の中に入る。
扉を閉めた後、スレイプニルの魔道具に触れた。ゆっくりと出力をゼロにする。
「こんにちは。僕の名前はエディ」
『……人間が何の用だ』
制約の名残があるのか、ぼんやりとした声が聞こえてきた。
「君と話がしたいんだ。僕はたまたま君たちの言葉が分かるから、君の要望をここの人に伝えてあげられる。何かしてほしいことはある?」
『……帰りたい』
エヴァは言葉を詰まらせる。
「…ごめんね。それは…できない。僕の力では。……ここの生活は嫌?」
『いいはずがなかろう。群れから離され、閉じ込めた上に、思考さえも封じられる』
「でも、ここにいれば飢えることはないよね?」
『はっ。このようなところに閉じ込められるくらいなら、飢える方がましよ。誇りを奪われた今の状況では生きているとは言えぬ』
「そう…だよね。……その気持ちはよく分かる」
しゅんとエヴァは肩を落とす。
エヴァとスレイプニルのやり取りが分からない、バルトサールが檻の外から声をかけてくる。
「エディ、どうだい?彼はなんて?」
エディだけでなく、スレイプニルもバルトサールの方に顔を向ける。そして吐き捨てるように言った。
『忌々しい。囚われの身でなければ食い殺してやるものを…』
「あの、僕はここにいるけど…僕を害そうとは思わないの?」
『お前を…?お前を害すことなどできまいよ』
「それは…なぜ?」
スレイプニルはふんと鼻を鳴らす。
『神に愛された娘を害せるはずもなかろう』
そう言うと、もう話す気がなくなったかのようにスレイプニルはそっぽを向いて座り込んだ。
エヴァは言葉を失っていた。確かにエヴァは神の使いの虹の姫巫女として神殿で育てられてはいた。
しかし、それは人間の理の中での話ではなかったのだろうか。
疑問に思ったが、今日はもうこれ以上彼に話を聞くのは無理そうである。
ありがとう、ごめんね、と言って制約の魔道具の出力をまた最大に戻して檻を出た。
「どうだった、エディ。彼はなんて?」
檻を出るとにこやかなバルトサールに前のめりに尋ねられた。
少しのけぞるようにしながら、エヴァは答える。
「…帰りたいって」
エヴァの悄然とした様子に、バルトサールも勢いをそがれ、そっかぁ、と答えた。
「次は、演習場の片隅で能力試験をしたいんだけど、彼は付き合ってくれそうかな?」
「…分からない。僕を害することはないだろうけど、外に出ると、そのまま故郷に帰ってしまうかもしれない」
「うーーん。それは困るなぁ…ちょっと何か対策を取らないとね。ありがとうエディ!」




