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守護者の乙女  作者: 胡暖
第一章

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16.ラーシュの憂鬱

「父上どうだった?」


 ラーシュの部屋で待っていたエヴァは、戻ってきたラーシュに尋ねた。


「あぁ」


 ラーシュは、家に戻ってきてすぐにアンディシュに取り次ぎを頼んだ。アンディシュも出掛けていたらしく、着替えるまで待たされたが、すぐに執務室に呼ばれた。エヴァを部屋に残し、ラーシュは一人でアンディシュの元へ向かった。エヴァに聞かせたくない話になる可能性があったからだ。しかし、騎士団で稽古をつけてくれる点について相談すると、一言「取り込まれるなよ」とだけ言って部屋を出された。


「多分、行ってもいいみたいだ」

「そっか、じゃぁアンナに連絡しておくね」


 ラーシュはため息のようにあぁ、と答える。

 あの時王女が乱入してきて、慎重に対応を考えようとしたラーシュは出鼻を挫かれた。あれよあれよと外堀が埋められ、結局お茶会の間中、三人から詰められる嵌めになった。

 結局、保護者に相談すると逃げ帰ってきたが、帰り際にエヴァは、結果が分かったらすぐにラタで報告するようアンナリーナに約束を取り付けられていた。


 ――――あんなの断れるか。


 ラーシュは少しやさぐれた気持ちで、エヴァの前のソファに腰を降ろす。目の前でニコニコ紙に文字を書くエヴァを見て、自分だけが色々考えて困っていることに腹を立てる。


 ――――もう知らん。


「いひゃいよ、ラーシュ」


 ラーシュは気づいたら、エヴァの頬をつねっていた。


「どうして俺だけがやきもきするんだ。お前も少しは考えろ!」

「いてて…考える?」

「おかしいだろう?どうして、騎士団長達や王女があそこまで俺たちが稽古に参加することに固執する?」

「…騎士団長達は、僕の監視かな?」

「…お前の?」


 エヴァの静かな声に、ラーシュも少し声を落とす。


「アンナが言ってたんだ。魔獣を操る僕は、危険人物として目をつけられているって。騎士団長が、とは言ってなかったけど…」

「…俺を足掛かりにしてか…けどお前わかってるなら何で、そんなへらへらして」


 ラーシュは訝しげな顔をするが、エヴァはにっこり笑って言う。


「だって、別に痛いことや嫌なことをされるわけでもない。僕の自由も制限されてない。魔獣と話ができるのはもともとばれてるし」


 エヴァは今の待遇に満足している。多少の監視など気にもならない。

 ラーシュはそんなエヴァを奇妙なもののように見た。


「…利用されてもいいなんて……お前、変わってるな」

「それに、嫌になったら逃げちゃえばいいんだよ」


 ラーシュは心臓がどくりと音を立てたのを感じた。


「…逃げる?……どこへ?」

「さぁ?ここではないどこかへ」


 エヴァは軽く返してくるが、ラーシュは手をきつく握りしめる。

 そして、自分がエヴァに依存し始めていることに気づいて愕然とする。


 ――――俺はここにいるしかないのに。


 ラーシュの頑なな心を蹴破って入ってきたのはエヴァなのに。

 ラーシュはもう、家族だと思っているのに。

 エヴァは一人でどこかへ行ってしまうという。


「ラーシュも一緒に行く?」


 王城に一緒に行こうと誘ってきた気安さで、エヴァはそう言った。


「…俺は、行けない。……ここに、いないといけない」


 エヴァは首をかしげる。


「ここにいたくないと思っているのに?」


 ラーシュははじかれたように顔を上げる。そして泣きそうに顔をゆがめた。

 唇を一度かみしめると絞るように声を出す。


「……お前には分からない」


 エヴァはそっと立ち上がると、テーブルを回りこんでラーシュの隣に来た。

 無遠慮に顔を覗き込んでくるので、ラーシュは顔をそむける。

 そっとエヴァに手を握られた。


「分かった。じゃぁ、僕も逃げずにラーシュのそばにいる。…だから、泣かないで?」

「……泣いてない」


 ◆


 時間は深夜。屋敷の者たちはすべて寝静まった頃。

 オールストレーム公爵家の演習場にラーシュはいた。

 普段は、護衛や私兵が鍛錬し、人でにぎわっているそこは、今はとても静かだった。

 その一角でラーシュは右手を前に突き出すようにして立っていた。

 その腕には、いつもの腕輪はない。外して無造作にポケットに突っ込んでいた。


 どーん、どーん、どーん


 ラーシュが少し右手に力を籠めると、手のひらにぶわりと明るい光が広がり、演習場に立てられた狙撃用の的に向かって飛んでいく。光が当たると、的は跡形もなく消え去った。

 そうして何度か魔力を放出し終えると、ラーシュはため息を吐いた。

 今日、思いがけず自分がどれほど彼に依存しているのか思い知らされた。


「あいつがこの力を知ったら…」

 ――――化け物と言われ、もう今のように気安く接してくれなくなるのだろうか。……屋敷の者たちのように


 ラーシュの魔力は、彼自身にも制御できないほどに強い。

 初めてその魔力が向かった先は、ラーシュの義母アグネスに対してだった。

 ラーシュが4.5歳くらいの頃だっただろうか。ルーカスと楽しそうに庭で花を見ていたアグネスに、自分も一緒に遊んでほしくて、近づいた時だった。アグネスは、何か汚いものでも見るように、ラーシュを見下ろした後、声をかけることなく、ルーカスの手を引いて立ち去ろうとした。待ってほしくて、ラーシュは泣いた。その瞬間、光がアグネスに向かって行き、アグネスは怪我をした。幸い、コントロールできないその力はアグネスをかすめただけで、直撃はしなかったが、その時血まみれで倒れた母を目にしたルーカスは、その日から一層ラーシュに辛く当たるようになった。

 その日から、感情を揺らす度、部屋をめちゃくちゃにしてしまうラーシュを怖がり、屋敷の使用人すらラーシュに近寄らなくなった。今では、アルフが必要最低限の用をこなしてくれる。


 それからラーシュは、アンディシュから渡された魔道具で普段は魔力を封じている。しかし、それも一か月ももたずに壊れる。だんだん強くなる力は、魔道具でも抑えきれない。あふれそうな魔力はこうして夜にひっそり打ち出すことで解消しているが、このままでは、いつか誰かを傷つけるのではないか…。ラーシュはそう恐れていた。


 そしてそれは、今一番近くにいる彼なのではないかと……。

 ラーシュを見る使用人たちの顔を思い出して憂鬱な気分になる。


 ぶわり、と体内の魔力が膨れ上がった。


 しまった、と思った時には演習場の壁代わりに立っていた、目の前の木々が吹き飛び、ポカリと空間ができていた。ラーシュは大きくため息を吐いた。

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