10.降臨祭
馬車を降りると、エヴァは歓声を上げた。
エヴァがこれまで見たこともないほどの人でごった返していたのだ。
神殿の礼拝は、皆整列し間隔をあけているので、人が雑多に入り乱れ、活気ある様子は、エヴァにとってとても新鮮だった。また、事前にアルフに話に聞いていた通り、皆仮装をし、ピサラの花を身に着けていてとても華やかだ。顔に動物のような化粧を施した人、布でできた羽根を背負っている人。人気なのは白い衣装に、金髪のかつらをかぶった人だ。エヴァには何を模しているのかは分からないが、色々な格好の人がいて面白い。自分たちも何か仮装をして来ればよかったなぁと考える。貴族のお忍びなので、品の良い商人の子に見えるくらいの簡素な服を着てきてはいるが、いたって普通の格好である。
馬車の中から、ユーハンもラーシュもあまり喋らない。
ラーシュにはユーハンとどこかに出かけた記憶はなかった。そもそも、年が6つ離れているので、気づいたら学園都市に留学していて、ユーハンが家にいた記憶もほとんどなかった。ゆえに、ひたすら気まずい。ため息を押し殺す。ちなみに、ユーハンはもともとあまり喋らないので、この状況に特別何も感じていない。
ラーシュとユーハンはエヴァを間に挟むようにして歩いていく。後ろに、護衛が2人付いているので、お祭りの中を無言で進む、かなり異様な集団と化していた。
露店の出ている、祭りの中心地に行くと、たくさんの女性たちに囲まれた。護衛はその数の多さにぎょっとするが、3人に近づけないように前に出る。護衛に阻まれながら、彼女たちはそれぞれユーハンに自分の頭の花冠を渡そうとする。ユーハンは無表情で、結構だと断るが、あまりに数が多く困惑した顔をしている。残念そうな顔で、女性たちが去った後、一部始終を見ていた、屋台の女性が笑いながら囃し立てる。
「お兄さん、モテモテだねぇ。最近は、逆求婚?ていうのかい?女から告白するのが流行ってるみたいでねぇ。女側から求婚する際に、花冠を渡すんだよ。ちなみに、決まった相手がいる場合は胸元に、ピサラを飾る。一つどうだい?」
ユーハンは無言でピサラのコサージュを買い胸元につけた。
「ユーハン、モテモテだって!すごいね」
「…別に嬉しくない。囲まれても怖いだけだ」
「…俺も嫌だな」
ふと、ユーハンが言う。
「お前たちは何か欲しいものがないのか?」
ラーシュとエヴァは顔を見合わせた。
エヴァは目を輝かせて。ラーシュは困惑して。
「ラーシュ、食べるものもたくさんあるみたいだよ!屋台を順番に見てこよう!ユーハン、考えるからちょっと待って!」
そう言って駆けだす。
「待て!こら、一人で行くな!迷子になるぞ!」
慌ててラーシュは追いかけて行く。
ユーハンは目で護衛の一人に、着いていくように指示を出すと、自分は隅の方に用意されたベンチに座る。
エヴァは食べ物の屋台をじっくり吟味しながら歩く。かと思えば、土産物の屋台に目を奪われる。
「おい!まっすぐ前見て歩かないとぶつかるぞ!」
その度、ラーシュは声をかけるのだが、エヴァは生返事を返す。
ラーシュはちっと、舌打ちをして、その手を取った。
びっくりして振り返ったエヴァに、「お前が話を聞かないからだ!」とすごむ。
エヴァはにっこり笑って、ラーシュの手を握り返した。
ラーシュはびくりと肩を震わせる。
「ほら、ラーシュ!あっち、舞台の上で踊ってる!行ってみよう」
「待て、バカ引っ張るな!」
一通り露店をのぞいて満足したエヴァは、ユーハンの所に戻ることにした。
ユーハンは、ベンチで本を読んでいた。
「買うものは決まったのか」
「うん!…ユーハンはお祭り見て回らなくていいの?」
ユーハンはエヴァにお金を渡しながら、顔をしかめる。
「…人混みは好きじゃない」
エヴァは目をぱちくりさせる。
「そっか!ユーハン、何か食べたいものある?一緒に買ってくるよ」
「別にいい。子供は気を使わなくていい」
その後、エヴァはあれもこれもと買い込み、初めて食べる露天の食べ物を皆で分け合った。
神殿育ちのエヴァだけでなく、ユーハンもラーシュも外で買い食いした経験などないらしく、護衛に指南されながら、串焼きの肉にかぶりつく。パンに肉を挟んだものなども、手軽に食べられる、庶民に人気の食べ物らしい。
「ラーシュ、お祭り楽しいねぇ!」
エヴァがラーシュの方を見て笑う。
ラーシュは思わず頷きそうになって、そっぽを向く。
「…そこそこな」
帰りの馬車の中。エヴァははしゃぎ疲れて、ラーシュの肩を枕に寝ていた。
ユーハンはラーシュの向かいに座っていた。
「…今日は楽しかったか?」
突然、話しかけられたラーシュは目を見開いた。そして、視線をさまよわせた後、こくりと頷く。
「そうか。……これまで、放っておいて悪かったな」
「……別に」
「今日エディと祭りで楽しそうにしている様子を見て、まだまだこういうことが楽しい年齢なのだと気づいた」
「……」
「私たちには、甘えられなかったのだろう?…エディに、お前のことが嫌いなのかと聞かれて、端からはそう見えるのかと。ふと、お前もそう感じているのではないかと思ったのだ」
ユーハンの言葉にラーシュは困惑した表情になる。
「お前の出自はお前に瑕疵のあることではない。私はきちんとお前を弟だと思っている。何か困ったことがあれば相談しなさい。…それだけ伝えておかねばと思った」
ユーハンは少し身を乗り出し、ラーシュの頭をわしわしと撫でた。
ラーシュは俯いたままされるがままになっていた。




