さらば貴族街
ナイトメアの軍勢及び半魔の捕縛の報酬を受け取ったキリヤ一行。王都まではほど近いので時間を食っても問題は一切ない。あくまでも、キリヤ達の異常な移動スピード基準なのは忘れてはいけない。
「…ヤ?」
「…」
奇妙な夢だ。ノイズの走る紅い世界。死屍累々の上に立つ自分。誰かが声を掛けている。良く聞こえない―
「ん~…」
「おはよ。キリヤ。」
ベッドに立てかけてあるノヴァが赤い目を向ける。ギョロギョロ動く目玉は背筋を這い回る気持ち悪さ。相棒であるキリヤでさえ例外ではない。
「どうしたんや?なんか顔色悪いで?」
「大丈夫だよ~。」
やや青い顔のキリヤを心配そうに見るノヴァ。もしかしたら昨日の疲れが取れてないのかもな。ノヴァは思う。昨日、食事をした後はセバスがギリアラにナイフを鎖の両端に着けて振り回す術を教えていたのだが…キリヤはキリヤでまた別のことを指示されていた。
「えいっ!やあ!」
「そう!そこで切り返し!」
「こ、こう~?」
それは、ノヴァの装備を解除し一般的な剣での剣術指導だった。ギリアラが鎖を振り回すのを背景に、ひたすらノヴァと打ち合いをしていた。ノヴァは撥ねてキリヤの剣筋に重なり、器用に手伝っていた。
「うへ~疲れたよ~。」
しかし何度か打ち合いをしただけですぐにへばってしまった。監督をしているセバスが言うには、
「その剣には装備者のステータスを向上させる能力がありますな?勿論それは自身の力であることには変わりませぬ。ですが、キリヤ殿はあくまでもその力をただ振り回しているだけ。基礎の増強のためにも、多少なりとも力の使い方を知ったほうが良いでしょう。」
だそうだ。眉を吊り上げながらそう語ったセバスの言う通り、幾らノヴァで補強したとして、キリヤのステータスは虫けらである。基礎を整えることで、ノヴァの力に頼り切るのではなく、活かす方面が拓かれるだろう。
「でも~、ちょっとは強くなったよ~?」
「一日で変わるわけないやろ…」
この世界において、ステータスと見た目は必ずしも一致するわけではない。細腕なのに怪力だったり、ぽっちゃりなのに俊敏に動いたりする人も少なからずいるのだ。キリヤはまだ若く、成長にも期待ができる。レベルを上げなくても、並々ならぬ努力さえば積めばステータスは上がる。それでもレベル上げには敵わず、基礎上げをする人は極少数。その少数は皆、若いころにやっとけばと後悔しながら今日も基礎上げをしている。
「うう~…ほんとに意味あるの~?」
「ほっほっほ。強くなるには沢山ご飯を食べ、よく鍛え良く寝るが大事ですぞ。それを何日も続ければ、いずれは。さあ、強さの糧ができましたぞ。」
ぶーたれるキリヤの近くに、本体のセバスが朝食を伝える。三人に分身していたこのセバス、ひょろいように見えてステータスは化け物だ。全てにおいて一線を凌駕する実力者であり、見た目とステータスが一致しない例でもある。
「わ~い!」
「はー、やっと朝食ね。流石にきついわ。何回絡まったことか。」
この後、三日ほど滞在した。三日で何が変わったかと言うと、特に変わってなかった。一度キリヤとセバスが手合わせしたのだが…
「…」
「…」
どちらも睨み合ったまま一向に動かない。ギリアラはぼーっとそれを眺めるだけだ。子供と老人がにらめっこ。あんまり緊張がないなぁと頭に浮かべていると、突如心臓の血管が詰まったような強烈なプレッシャーに襲われる。セバスの、濃密な殺気だった。
「うッげ…!どんな修羅場抜けたらこんなっ、キリヤ、何が来るかわからん!身構えや!」
「…!」
キリヤはそれを受け、身を細やかに震わせながらノヴァを構えた。離れているにもかかわらずプレッシャーを受けているギリアラは、セバスに隻眼の梟を幻視した。片目に傷を負った荒々しい梟は残りの目で睨みつけ、キリヤの精神を追い詰めていく。
「も、もう無理ぃ~!」
やがて、耐えきれなくなったキリヤはぴゅうと屋敷へと逃げてしまった。
「ふむ。それなりに本気を出したのですが、あの時間耐えられたのであればこの辺りでは問題ないでしょう。」
「うっっは息詰まった…」
ㇲっと重圧が解ける。それに合わせてギリアラの張った肩肘も柔らかくなった。ギリアラは冷や汗が止まらなかった。自分も逃げたいと思わせる、そんな感じな手合わせだった。気配の消し方を少し学び、鋭い感覚の魔物でなければそれなりに通用するステルス技術も習った。
「名残惜しいですが…今夜で最後ですか。」
「べ、別に私は問題ないですわ!また、会えるに決まってる…よね?」
最終日の晩餐。微笑むセバスと強がるハナサ。飲むスープが塩っ辛いのは気のせいだと彼女は自分を納得させた。
「機会があれば顔を出します。」
「それはそれは!歓迎しますぞ!」
ギリアラとセバスの対話を羨ましそうに見るハナサ。彼女は彼女で戦後処理に奔走していたので話す機会を悉く失っているのだが、自分の使用人が客と楽しく話しているのを見ると、どうしてもその役目を恨んでしまう。
「眠いよ~。」
「あら、話し込みすぎたかしら…」
「もう夜も更けてきましたからな。そろそろ睡眠をとることにしましょうぞ。何せ…明日は早いでしょうから。」
ちょっと眉を上げて見せるセバス。キリヤはㇳコトコと寝室へ直行する。柔らかいベッドに包まれ、一息で眠りにつく。
「朝だ~。」
「あ~あ。もうここ出てまうんか。貴族の屋敷を超えられる宿は無いんやろなぁ。」
「王都、王都~!」
「キリヤは楽しそうやなぁ。」
キリヤの脳内は王都、広い、すごいくらいしか情報が無いが、それをひっくるめて微笑ましいとノヴァは思う。子供を見てるとホッコリするのは剣も一緒なのだろうか。
(ワイ、十人が十人聞いて忌避する呪われた剣の筈なんやけど…ま、ええか。)
自分の存在があやふやなのを紛らわすように、考えを横に置いておく。食堂にて朝食と最後のひと時を過ごし、豪勢な屋敷を出た。
「本当に、馬車を用意しなくても良いのですな?」
「そうだよ~。」
「ええ。かなり高速で移動する『足』がありますから。」
「せめて、お金は持っときなさいよね!ほら、冒険者業の代わり…出来てないと聞いてますわ。」
貴族街の門のすぐそこで別れとなる。別れが惜しく、口調が崩れ始めるハナサ。こういうところは少女らしいような気もする。渡されたお金を受取ると、またしてもストレージにお金が増えた。
お金を収めた後、奇妙な沈黙が流れる。
「…じゃあ、さようなら。」
「ばいば~い」
「また会いましょうね。」
片手を少し振るセバスと、大きく手を振り見送るハナサ。それは、キリヤ一行が見えなくなるまで続いた。
「行ってしまいましたな。」
「…また来ますわよね?」
「どうでしょうか。旅をする以上、魔物との遭遇は避けられませぬ。運が悪ければ…」
「セバス。縁起でもないこと言わないで。」
「ほほ。意地悪が過ぎましたな。さ、予定は今のうちに消化しましょうぞ。いつでも彼らが来てもいいように。」
二人はもう一度キリヤたちが去った場所を見つめ、貴族街の門をくぐり、屋敷へと戻っていった。




