悪夢の名を冠する者
セバスは偽りの憧れを持ってテンペスの元へやってきたという。セバスはその経緯を話す。どこか自嘲の声色も含めながら…
「私は…孤児でした。特に暗殺者の家系でも執事の家系でも無いのに発現したアサシンと執事…このスキルによって親に捨てられました。」
「確かに不気味に思われるかもしれませんね…」
「孤児院に拾われても私は自分を出せませんでした。もしも自分のスキルに気が付いたら?自分が…暗殺に特化したスキルを持ってると…知られたら?怖かったんですよ。それはとても。だから逃げてしまいました。」
どこか遠くを見透かすような目は、少し濁っているようだった。
「山に逃げた私を見つけたのは、何と言いますかな…東方で言うニンジャだったのです。そう、ニンジャのスキルを持ったオールドシア人です。」
「ニンジャってあの…?」
ニンジャ…このオールドシアから真東に位置する遠く離れた島国。そこに住まう暗殺や諜報を主な活動とする者のことだ。独特の武器や戦術や忍術と呼ばれる物を使うという。その国は長年干渉もなく、そもそも大海原を繋ぐ船が無いためにほぼ夢幻の国という扱いであった。ぼちぼち交易が行われるようになったのは最近の事だ。
「ええ。彼も私と同じような扱いを受け、捨てられ、厳しい環境の中で生き延びる術を学んだそうです。私は彼から学んだ忍術と自分のスキルを組合せた暗殺術をつくりました。それから…彼は高齢でしたので迎えが来るわけです。」
「彼の死後、私は親を失った喪失感ような感覚から抜け出せず、そのまま暗殺を請け負い、幽鬼のように人を殺めていったんです。ですから、私の手は…血濡れて…」
すみませんと断りを入れてから、執事服から古びたハンカチを取り出して目を拭った。
「そんな私に火を付けた―いや、本当は違ったのですが、とにかくこのジレンマから抜け出させてくれたのがヴァイル様だった…というわけです。後はテンペスの言う通りで。」
そう締めくくると、セバスは階段の方へ目を向ける。どうやら、ハナサが来たようだ。
「セバス…ここは…?」
階段を下りてきたハナサは、あまりの惨劇に現実味を失い、呆然としている。セバスは、背筋を伸ばしてしっかり説明を始めた。ハナサはただ頷くしかできない様子だった。
「む、なにかがこの街に接近してますな。おそらくプランBとやらです。私はもう少しかかりますのでどうか御三方、行ってくだされ。」
少し後ろ髪を引かれる思いでテンペス邸を出る。キリヤは少しだけ浮かない様子。
「やっぱり、セバスの話かしら?」
「いや~?なんで僕たちのことを三人って言ったんだろ~?」
「知らんぷりしてるだけでワイを見抜いてるわ絶対。あとワイは人ちゃうで。」
その時、とても慌てた巡回騎士がキリヤ達に声を掛ける。
「あ、あなた方は冒険者ですね?ならすぐに戦闘準備を!」
「どうしたの~?」
「ただ今、こちらにナイトメアの大軍が押し寄せてきているとの報告が…!それで戦える者たちを集めているわけです!」
緊急時でも的確に説明をしていることから、この街の騎士の練度の高さが伺える。ナイトメアと聞いて一番先に反応したのはギリアラ。
「ナイトメアって…あのメガゴキブリのこと?」
「は、はい!あ、私は次の冒険者などにお伝えしなければいけないので!」
タタタと走り去ってゆく騎士。ナイトメアを知らないキリヤはノヴァに問う。
「ねぇ~、ノヴァ~、ナイトメアってなに~?」
「でっかいゴキブリみたいな魔物でな、恐ろしいくらいに繁殖力が高くて、しかもある特殊な方法で人の気持ち悪いって感情を増幅してくるえげつないやつや。」
「アレを見てゴキブリに対しての嫌悪がMAXになったわ。たまに町にも出るのよ…一体は弱いんだけど…」
話しているとどうやら戦える人員が纏まったようなので、門前で集まる様にと伝令が。
「う~、私辞退したい…」
「我慢しとき。前線に行くキリヤはゴキブリの残骸まみれにならなあかんねんから。」
キリヤが集合場所の広場につくと、騎士やら冒険者やらが入り乱れていた。
「あー、あー、諸君!私はアジカ。今接近中のナイトメアの群れを討伐する者たちを纏めるようにと言われた。騎士の者も冒険者の者も、皆揃って帰還しようぞ!」
激励が終わり、おー!という掛け声と共にナイトメアたちが攻めてくる方角と思しき方向に人が流れてゆく。それに流されるようにキリヤ達も進む。数分後…
「来たぞー!進め!進めーー!」
陽に照らされ、油ギッシュで黒光りする体を携えたナイトメアの大群が見えると、騎士たちは隊列を組み、冒険者はバラバラに進む。この時点で騎士と冒険者の性格の違いが分かる。
「王都からも直に援軍が来る!それまでにある程度減らしておけえぇ!」
戦いが始まり、各々の得物を手にもって大人の腰程の大きさがある気色の悪い虫を捌いていく。戦況は一進一退。何せ数が多く、次から次へと次の個体が湧いて来る。おかげで貴族街の前は黒光りする波で覆い尽くされていた。
辺りには冒険者の怒号や騎士の声、鳴き声の様なぎちぎちと関節の鳴る音が響き渡る。虫が苦手な人の悲鳴は、特に良く聞こえて来る。
「えい~!それ~!」
気の抜ける声から放たれる凶刃の前に悪夢は次々倒れる。多少噛みつかれたりはあるものの、キリヤの表皮には牙が通らない。集団で噛みつかれたりしないうちは大丈夫だろう。一匹が弱いので、ある程度実力のある者からすれば、無双のできるチャンスである。
「キリヤ~、お前そんな前におんねやったら全力で振った方が強いと思うで?いちいち斬ってたらキリないで。」
「わかった~。」
ぶんぶん振り回してはザッシュザッシュ斬れてゆく。一個体が弱くてもそりゃないだろ…と騎士も冒険者も言いたそうである。あちらこちらへ吹き飛んでいくナイトメア。その光景遠巻きにを見つけた者がいた。
「ふはははは!面白い者がいるな!俺も参加させろ!」
辺りをを埋めつくすナイトメアが、横から乱入してきた何かによって吹き飛ばされる。ちょうどキリヤの真横のナイトメア群だ。
「わわ!なんや?いきなりナイトメアが吹き飛んできたで?」
「おらおら!メガゴキブリども!死にさらせ!マクラ―ゲン様のお通りじゃあ!」
竜巻がナイトメアを引き裂き、破片をまき散らす。その竜巻は急に勢いを消し、竜巻の目から、片手にドデカい剣を持った赤髪のドデカ人間が現れる。少し目が回ったようで、キリヤにぶつかってしまう。
「おお!すまんすまん。って日本人…?の子供…?たしかここらでゴキブリが飛び散ってたはずだが…」
「誰~?援軍~?」
「援軍…は知らねえが、俺はマクラ―ゲン。力が取り柄のオーガだ!王都へ帰還中だったが、面白そうなことやってたから乱入させてもらったぜ!」
「へ~。」
やたらデカい声を聞いた冒険者達がナイトメアを殺しながら次々に話し出す。
「A扱冒険者のマクラ―ゲンだ!?」
「オーク数十匹分の重量を越える大剣を軽々片手で振るというあの!?」
「もうこの戦い終わったんじゃね?」
マクラ―ゲンが現れたとの情報は瞬く間に広まり、全体の士気を向上させた。高ランク冒険者は憧れの存在であって、その人と共に戦えるという気持ちが士気をブーストさせる。
「はっははは!おもしれえ噂が立ってんなあ!まあホントなんだが。ふむ?ふむむむ?」
マクラ―ゲンが片手間でナイトメアを吹き飛ばしながらキリヤを観察する。剣をぶんぶん振っては一気に数百匹吹っ飛ばしている様子を見て、納得したように、
「あれはやっぱりお前か!その歳でなかなかどうして…そうだ!競争をしよう!」
「うわー、コイツ戦闘狂や…めんどくさい相手やなー。」
「両方が同時に真空刃を放って目分量で多く倒せた方が勝ちな!いくぞー…三!二!一!おどりゃああああ!」
「え~い!」
一対の不可視の斬撃が続々やってくるゴキブリを真っ二つにする。マクラ―ゲンの飛刃は広く短く飛んだ。キリヤの飛刃は細くも、距離だけならばマクラ―ゲンの二倍は飛んだ。剣の大きさによって飛刃に差が出たものの、どちらも同じくらいのナイトメアを狩ったと言える。




