08.初めての戦場へ
前回の投稿で初めて評価をいただきました。本当に嬉しいです。ありがとうございます。
ボルカから聞いた衝撃の事実がリオンの頭の中でぐるぐると回る。
亜人戦団の兵士一人一人が、騎士2~3人分と同等。
ということは、ということはだ。リオンが指揮する亜人戦団の戦力は、少なく見積もっても騎士なら200名、歩兵戦力としてなら1000名クラスの大戦力となる。
百人隊長どころではない、軍の歩兵一個大隊に匹敵する戦力だ。
12歳の少年が指揮する戦力としては常軌を逸している(百人隊でも異常ではあったが)。さらには、ボルカの口ぶりから察するに実際はこれ以上の戦力を秘めている可能性もある。
『執政府は、クリストフェルはこのことを知って……いや、そんなわけ無いですね。知らなかったに違いありません。もし知っていたら、自分が葬り去った政敵の息子に大隊戦力を預けるなんて絶対しませんから。クリストフェルは行政家としては最悪ですが、陰謀や自分の危機には敏感なタイプの政治家ですからね』
驚愕の事実を知って混乱しながらも、リオンは頭の一部で冷静に思考する。
実際リオンも、着任前わずかに集めた情報では亜人戦団の特異な戦力を示す報告はなかった。むしろ、亜人戦団は戦意の低いごろつきのような連中という悪評がほとんどだった。
赫々たる戦果を上げる第5騎士団に比べて北方軍のお荷物扱いされていたのだ。
少なくとも王都に届くのはそのような評判だった。だからこそ、クリストフェルもリオンを団長に据えて送り込むことにしたのだろう。勝手に自滅して死にやすいように。
『今思うと王都に届く報告も改ざんされていた可能性がありますね。第5騎士団の多大な戦果というのも疑わしくなってくる。もしかして、ぼくはとんでもなく優秀な戦団に着任させてもらえたんじゃ……』
ボルカや久遠が嘘をついている可能性は絶対にない。保身で虚言を弄するものならば、魔物100匹の群れに20名で突っ込むなどということは絶対にしない。むしろ魔物の数を誇張して伝えるか、そもそも魔物を見つけたなどという報告はせず勝手に逃げ出すはずだ。
北方の僻地に追放同然で派遣されることが決まった時、さすがにこれで自分の運命も終わったと覚悟したリオンだったが思わぬところから光明が見えてきた。額に謎の角が生えたときから、まるで生まれ変わったようだ。
これは絶対に戦団兵の戦いぶりを見なければいけない。そう決意したリオンは、たとえ断られても引かない覚悟である提案をする。
「わかりました。20名で魔物の群れを迎撃する件、よろしくお願いします」
「ありがとう。それじゃあ早速準備に……」
「待って下さい、出撃に1つ条件をつけてもいいですか? ぼくも一緒に戦場へ連れて行って下さい」
「え?」
「ああん!?」
久遠が虚をつかれたように固まり、ボルカは凶悪に片眉を跳ね上げた。
「オイコラ、出撃に条件をつけるとはいい度胸じゃねえか。それも戦場につれてってくれだあ? こっちは戦っている最中にガキのお守りをしている暇はないんだよ」
ずい、とあごを突き出して睨みつけてくるボルカ。
その視線を正面から受け止めてリオンは言う。
「自分がお荷物になることはわかっています。それでもどうか連れて行って下さい。戦場が見える高台で待たせてもらえばいいですから」
「高台なんてそう都合良くあるわけねえだろうが。街道を通しているのは北の原野だぞ」
「なら樹木の間に隠れてでも何でもいいです。どうしても皆さんの戦いぶりを自分の目で確認しておきたいんです。お願いします」
「駄目だ。怖いもの見たさに釣られた貴族のガキに付き合ってらんねえよ」
「ボルカ! あなたそんな言い方……」
「悪かったなあ、オレはそもそも人間が全部大っ嫌いなんだよ。そのうえ貴族様なんて反吐が出るぜ」
「ボルカ!! ……ごめんねリオンくん。ううん、団長。でも私も団長がついてくるのは反対よ。私達はたしかに強いけど、生身の人間で、しかもまだ子供のあなたを連れて行くのはさすがに何が起きるか予想できないわ」
「久遠さん」
「ボルカの口は悪いけど、言っていることは私も賛成。不測の事態はなるべく避けるべきだと思う。あなたはもう私達の指揮官なのよ。指揮官は戦場から離れて後方で待機するべきだと思う」
「でも指揮官は常に戦場の状況を把握し、場合によっては撤退など必要な指示を出すべきだとも思います」
「それは、ん、たしかにそのとおりだけど……」
久遠が言葉に詰まる。
迫りくる魔物が戦団にとっては一蹴できるレベルの相手であったことと、リオンの年少さから意識していなかったが、本来指揮官は戦場に立ち常に戦況を把握するべきなのだ。戦闘時状況は目まぐるしく入れ替わる。
後方に待機していていいのは戦略クラスを司る指揮官である。総数100名、事実上の百人隊長が行う役目ではない。
かけるべき言葉を探しあぐねた久遠と対称的に、ボルカがずいと身を乗り出した。
「オレは反対だ」
「ボルカさん、ぼくのことを認められないのはわかります。でもこれは許して下さい」
「だーめーだ!」
「ボルカさん……」
すがりつくように頼むリオンと、頑としてはねのけるボルカ。
話し合いは平行線をたどるかに見えた、その時だった。
「じゃあさじゃあさ、お姉ちゃんがリオンくんにつきっきりで随伴するっていうのはどうかな?」
今まで会話に加わっていなかったオペラがすいっと手を上げた。
3人の視線が一斉に集中する。特にボルカが一際凶悪な視線を放つ。まるで余計なことを話すなと言わんばかりに。
ぽやぽやして柔らかそうな雰囲気を持つオペラだが、集中する視線にたじろぐ様子もなく続ける。
「私が一緒に行けば、不慮の怪我があってもすぐに治せるでしょう。たしかにリオンくんは子供だけど、死ななければ絶対治してあげられるから大丈夫。それに一応幻人なんだから、簡単には傷ついたりもしないんじゃないかなあ。身核魔獣がわからないからなんとも言えないけど」
「オレらの怪我はどうすんだよ。リオンの治療で魔力付きたとかしゃれんならねえぞ」
「あのねえ、お姉ちゃんが人一人治したくらいで魔力が尽きると思う? 戦団のみんなが腕もがれたって50回は余裕で治せるよ」
「でもよぉ」
「だいたいゴブリンやオーク相手ならみんなが怪我するわけ無いでしょう」
「そりゃそうだけどよ」
ぶすっとしてボルカが引っ込む。リオンはオペラに感謝しつつ、別のことを考えていた。
『えっ? さらっと言ってたけどオペラさん百人分の大怪我を50回治せるの……? それってハイポーション5000本分ってことじゃ……。すごい。騎士団の備蓄量クラスの回復量じゃないですか!?』
声には出さず驚くリオン。なお、彼は後にオペラの回復力はハイポーションどころではないことを目の当たりにすることになる。
オペラが久遠の方へも水を向けた。
「どうかな、久遠ちゃん」
「うーん、たしかにそれなら何かあった時でも大丈夫だけど……」
「ついでに、カタリーナちゃんの背中に乗せてもらえば? そうすれば戦場の中の移動も楽だし、いざって時すぐ逃げられるでしょう」
「たしかに。カタリーナならより安全ね。そばにはウルフもつけましょうか。あの娘の鼻なら危険もすぐに察知できるでしょうし」
「いいね。これだけのみんなで守れば、さすがに大丈夫でしょう」
「……うん、大丈夫だと思う。何も見えてこないから、不測の事態が起こることはなさそうだわ」
「という感じで、ボルカちゃんどうかな」
オペラがボルカに顔を向ける。頭の後ろに手を組んで、どこか投げやりな感じで立っていたボルカは気のない返事をよこした。
「ああ、まあ、いいんじゃね。リオンを連れてくのはもう決定みたいだからそれでいいよオレも。ガキ一人に大げさすぎるとは思うけどな」
「ボルカ、だから団長よ」
「へいへい、まあこの戦場から無事に帰ってきたら団長って呼んでやるよ」
「リオンくんも、それでいい?」
「は、はい。――ボルカさん、久遠さん、ぼくの我儘のために申し訳ないですがよろしくお願いします」
オペラに尋ねられてリオンがうなずく。
彼女のおかげであっという間にお膳立てが整ってしまった。部屋に入ってきたときも思ったが、オペラはただの救護兵と言うには随分発言力があるらしい。
「決まりね。それじゃあ早速出撃の準備をしよっか」