07.亜人戦団 2
亜人戦団の救護兵長、オペラに全身をくまなく診られたあと(※本当にくまなく見られた)、リオンはやはり健康体だと太鼓判を押された。
オペラの用意してくれた滋養薬の入った蜂蜜紅茶を飲みはじめたところで、リオンもじわじわと自分が助かったことを実感しはじめる。
3日何も食べていないからこそ、こういうものから口に入れないといけないとはオペラの談だ。それに、不思議と空腹も喉の乾きも感じなかった。むしろかつて無いくらい快調だ。
当のオペラは、診察が終わってからしきりに首をひねっていた。
「うーん、本当に不思議な身体」
「不思議、ですか?」
「ああ、身体は健康だよ。怪我一つ無いから。それはお姉ちゃんが保証しまっす! 不思議なのは、リオンくんの魔力量」
もはや一人称がお姉ちゃんになっていることは深く問わず、リオンが先を促す。
「どういうことでしょう」
「リオンくんが幻人化していることは間違いないの。先天的なものとは違う、魔獣との融合跡が確かに見て取れるから。でも幻人化したら必然と言ってもいい魔力量の増大が全く無いんだよね。幻人どころか、人間の魔法使いにも遥かに劣る量で、魔力を鍛えていない普通の人間と変わらないくらいしか無いんだよ」
「そういう魔力量の増えない魔獣というのはいたりするんですか?」
「んん、少なくともお姉ちゃんは聞いたこと無いなあ」
千年前から生きているというオペラに記憶がないということは、まずいないと見て間違いないだろう。
「魔力が少ないことでぼくの身体に悪影響はあるんでしょうか?」
「全然ない。でもそれも不思議な話なんだよね。幻人は魔獣との融合だから魔力が無いと身体機能を維持できないはずなの。なのにリオンくんの身体は健康そのもの。心臓はちゃんと動いているし身体全体が活力に満ちているんだ。まるで――魔力以外の力がリオンくんを守っているみたい」
そう言ってオペラはリオンの方に手を伸ばし、肌に触れる寸前のところで、やわやわと手のひらを動かす。まるでそこに見えないオーラが漂っているというように。
「リオンくんの方でも心当たりはまったくないんだよね」
「はい、寝ている時、夢でなにかの獣の姿を見たとしか」
「その獣の名前がわかればな~」
「すみません……」
「わーーー! 今のナシナシ。リオンくんを責めてるわけじゃないから!」
オペラが顔の前で手をバタバタと振る。
「大丈夫! この戦団の救護兵長の名にかけて、リオンくんの身体は絶対に守るよ! どんな怪我も病気からも治してあげるから安心して!」
「はい」
「実際、お姉ちゃんが赴任してからの5年、この戦団から死者はひとりも出してないからね! えっへん」
「それはすごいです! あれ、でも……亜人戦団の設立は、2年前じゃなかったですか?」
ふと記憶を探りながらリオンが言う。
亜人戦団はそもそもリオンの父親、ギルバート前宰相が強い推進役となって設立したものだ。
魔物の脅威に対抗するためには、人間の軍隊だけではなく亜人との協力が必要だと父は繰り返し問いていた。それまでのエルフやドワーフだけでなく、久遠たちが幻人と呼んだかなり魔族に近い風貌の亜人も積極的に味方につけて軍を拡張しようとしていた。
ようやく亜人の専門部隊ができて人間と協力しつつ、成果を上げはじめた矢先――現宰相による陰謀が起きたのだ。
オペラはリオンの言葉に頷く。
「うん、正規軍として編成されたのはその通りだね。でもこの亜人戦団も1から造り上げたわけじゃないんだ。もともと亜人だけの傭兵団があって、魔物討伐や戦争に参加していたの。それを中核にして今の亜人戦団が編成された形なんだよ。ちなみにボルカちゃんがその傭兵団の団長で、久遠ちゃんは副団長。あの二人は旗揚げからずっと一緒にいるんだ。私は5年前から参加したの」
「なるほど」
ボルカと久遠、二人の気安い関係にようやく合点がいった。
傭兵団の旗揚げからともにいたということは、歴戦の戦友と言っていいだろう。きっと修羅場を何度もくぐってきたに違いない。
そんな事を考えていたら、ちょうど当の二人が戻ってきた。
「リオンくん、まずいことになったわ」
部屋に入ってきて開口一番、けわしい表情で久遠が言う。
「はい、どうしました」
「この宿営地の方へ街道を使ってゴブリンとオークの群れが向かっているわ。数はゴブリンが約60、オークが約40の100匹程。このままだと1時間半ほどでここまでやってくるわ」
「ひゃ、100匹!?」
魔物の群れが近づいているという報告は覚悟していたリオンだが、その内容には目を見開かんばかりに驚いた。
魔物というのは一匹だけでも戦闘力を持たない普通の人間には恐ろしい存在だ。ゴブリンやオークは魔物の中でも最下級の存在だが、それでも兵士か冒険者がでなければ対処はできない。それが100匹となれば、小さな村なら簡単に滅びるほどの脅威だ。
最低でも歩兵が30名……死者を出さずに対処しようと考えるなら、百人隊を一個出したいほどの規模だ。
幸い亜人戦団は総数100名であり百人隊と同等の規模がある。全員で迎撃に出ればなんとかなる……そんなことをリオンは考えていた。
しかし続けて久遠が言った言葉に再び驚かされることになる。
「直ちに迎撃しないといけないから、20名くらい連れて出撃したいんだけどそれで大丈夫?」
「はい? たった20名ですか?」
「ん? そうだけど。多すぎるかしら」
「いえいえ逆です逆です! 少なすぎませんか!!? 相手はゴブリンとオークが合わせて100匹なんですよね!?」
泡を食って問いかけるリオンに久遠は不思議そうな顔で隣のボルカを見上げた。
「そうだけど……。別に、これくらいで丁度いいわよね? 苦戦しないように多めに見積もったくらいのつもりだし」
「だな。むしろオレは出撃の許可までもらおうとしていることにむかっ腹が立ってるけどよ。なんだ、これからいちいちこいつに出撃許可もらわなきゃいけねえのか?」
「当然でしょう、指揮官なんだから」
「めんどくせえ~~! くっそ腹立つ!」
地団駄を踏むボルカと、それを呆れたように眺める久遠。
交互に視線を送りながら、リオンがまだ混乱しつつ尋ねる。
「待って下さい。本当に20名だけで出撃するんですか? ゴブリンやオークら下級の魔物相手でも、安全を取るなら歩兵百人は必要なはずです。この戦団全員で出撃すべきでは?」
「ああん? ゴブリンやオーク相手に戦団総出撃だあ?」
ボルカが片眉を上げたかと想うとすぐに笑い出した。
「ハハハハ、そうかそうか、リオンはオレたちの強さを知らねえからな。安心しろ。ゴブリンやオークみたいなザコ相手に戦団の全力なんて必要ねえよ。蹴散らすだけならオレ一人で十分なくらいだ」
「ボルカさんひとり?」
まさかと思って久遠に視線をやると、彼女は肩をすくめる。
「蹴散らすだけなら、ね。魔物は逃げられて別の村に行かれたほうが厄介なんだからそれじゃあ駄目なんだけど。でもまあ、今日の襲撃くらいの規模ならボルカひとりでも負けることはないわ」
ボルカも久遠も本気で言っている。リオンは頭がくらくらした。
なにせ、まだまだ認めてもらえないとはいえ自分はこの戦団の指揮官になるのだ。
リオンははじめ百人隊の隊長くらいのポジションに収まるつもりだった。
そしておそらく執政府もそのつもりで抜擢したはずなのだが、想定していた戦力と実態に開きがありすぎる。
もしボルカが話す通り一人で魔物百匹を蹴散らすことができるなら、騎士20人分の戦力だ。ちなみに騎士とはリバート王国の主要戦力で、兵士の中でもさらに鍛え抜かれた者が選抜され着くことができる。
重装の甲冑に身を包んだ騎兵であり、魔法も使え、怪我をしても自身で回復することもできる。騎士一人で通常の兵士5人分の戦力になるとまで言われていた。
自分がどれくらいの戦力を率いることになるのかきちんと把握すべくリオンは問いを重ねた。
「えっと、部隊の皆さんもみんなボルカさんと同じくらい強いのでしょうか……?」
「ああ、さすがにそれはなねえよ。自分で言うのも何だがオレは昔から相当強かったからな」
「そうね。ボルカは文句なしに亜人戦団のナンバーワンよ。こんな強い奴がそうホイホイいてたまるもんですか」
「そうなんですか。ですよね、ボルカさんは戦団で一番強い存在だからですよね」
「そうそう。ボルカは火竜種の幻人な上に経験も豊かで鍛えまくっているから特別強いのよ」
「ハッハッハ、珍しく褒めるじゃねえかよ久遠。どうだリオン、オレのこと見直しただろう」
「はい! 騎士20人分の強さなんてすごいです」
「おう、かわいい所あるじゃねえか。まあ他の連中も騎士2~3人分の強さは普通にあるけどな」
「ええええええーーーーっ!!!!???」
リオンは今度こそベッドから転げ落ちそうになった。
まだ書いてはいないですが、この世界には冒険者もダンジョンもあります。