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05.幻人

「『幻人(げんじん)』、というものについて説明するわね」


 そう言って久遠はトン、と白紙の貼られた壁を叩いた。


「はい、よろしくお願いします」


 前に座るリオンもまた素直にうなずく。


 今でこそ落ち着いているが、つい先程までは大変だった。突然自分の容姿が変化し、あまつさえ額から角まで生えて混乱しないものなどいない。普段年齢には不釣り合いなほどに冷静なリオンもさすがに取り乱した。


 それを久遠がやさしく声かけ、なだめ、すかし、最後には自分のそばへ引き寄せて抱きしめてあげたことでようやくリオンは落ち着いた。というよりただでさえ混乱しているところを、半裸の状態で年上の女性から抱きしめられたのでさらに混乱して結果的に落ち着いたというような状態である。ちなみに、久遠の体は細身の体に比して一部が驚くほどボリュームがあった。着痩せするタイプらしい。


 荒療治もいいところでリオンを落ち着かせた久遠は、リオンに事情を問いはじめた。その結果リオンは今まで普通の人間種だったこと、両親もともに人間種であることなどを聞き出し、彼が普通ではない状態に置かれていることを理解した。

 そして、『亜人』と言うものについてまだ知識の足りないリオンに説明を始めたのだった。


 壁に白紙を貼って書き込みながら説明するのは兵団も作戦会議の時によくやるので、道具が揃っていたのだ。もちろんリオンも今は服を身に着けて説明を聞いている。


「まず『亜人』だけどこれはかなりいろんな種族をひっくるめた呼称なの。普通の人間以外で人型をしている種族は全部亜人。ただ多くの場合はエルフやドワーフなんかを指すわね。たぶん王都なんかでも見かけることが一番多いんじゃないかしら」


「はい、ぼくのお屋敷にもエルフやドワーフが多く働いていました」


「あら、それなら話が早いわね。さて、この『亜人』にはエルフみたいなほとんど見た目は人間と変わらない種族もいるんだけど、基本その姿は様々よ。たとえば体のどこかに獣に似た性質を有しているのは『獣人』って呼ばれているわ。そして中でも人間とは全く別の力を有するものとして幻獣と人間が融合した存在があるんだけど、これは『幻人』と呼称されるの」


「『幻人』、ですか」


「そう。もしかしたらもっと正式な名称があるのかもしれないけど、学問的なことはよくわからないから省くわね。とにかくこの『幻人』は、人間はもちろん他の亜人種とは比較にならないほど強力な力を持っているの。そして、私はリオンくんがこの幻人になったと考えている」


「幻人、にぼくがですか? でも自分は特別な力なんて何も持っていないと思うのですが……」


「そう。幻人は人型をしているけど、亜人とは全く別物なの。その理由はすべての幻人が魔獣と人間が混ざりあったものだからなのよ。ま、ウチではそのへんひっくるめて『亜人戦団』って名乗るようにしちゃってるけどね」


 聞き取りやすい穏やかな声で久遠が説明を続ける。


「なんでリオンくんが幻人だと確信してるかって言うと、そうやって普通の人間が亜人になるには魔物と融合するしか無いの。大体は人間の魔術師が寿命を伸ばすためや高い魔力を得るために魔獣と融合するんだけど、魔物の側から人間と融合することもあるわ。もちろん、もともと幻人として生まれる種族も多いわよ」


 久遠の話を聞いて、リオンはおぼろげながら記憶を呼び覚ます。夢の中で正体不明の獣に話しかけられた記憶を。


「そういえば寝ている時、なにか、見たこともない獣が語りかけていたような……」


「ほんと!? ねえ、どんな魔獣だったかわかる? あなたが何の幻人かわかるかも!」


「うーん……、ごめんなさい。やっぱり思い出せないです。たしか名乗られた気がして、そこまで出かかっているんですけど……」


「そう、仕方ないわよ。魔獣との融合は人間の体にとって大事件だもの、記憶が混乱するのも無理ないわ」


「すみません……」


「だから、リオンくんが謝ることじゃないわ。それにこれは言いにくいんだけど、リオンくんと融合した魔獣は、多分そんなに強くないみたいだから正体がすぐにわからなくても問題ないかな」


「そうなんですか?」


「実は今のリオンくんからほとんど魔力を感じないの。普通の人間よりはちょっと強いかな~、くらい。これは少し変なんだけどね。人間と融合ができる魔獣は強力な魔力を持っているものが多いはずだから……リオンくんの体がまだ小さいから、弱い魔獣でも融合できたのかも。あんまり落ち込まないで」


 先程幻人は亜人の中でも強力な力を持つと聞かされていただけに、多少の落胆はあった。しかしがっかりはしていない。そもそも消えかけていた命を取り戻してくれた上に、病気まで直してくれたのだ。融合してくれた魔獣には感謝の念しかない。


「いえ、魔獣がどんな気持ちでぼくと融合したかはわかりませんが、命を救ってもらえてありがたく思っています。できたら、ちゃんと名前を思い出したいですけど」


「名前がわからなくても、特徴や能力で融合した魔獣を特定するはできるから安心して。角や耳とかでも結構なんの魔獣かわかるから。ああ、ちなみにそうやって幻人の元になっている魔物のことをここでは『身核魔獣(しんかくまじゅう)』って呼ぶの」


 よどみなく説明を続けた久遠が、そこで急に腕を組み眉根を寄せた。


「……うーん、ただ私も結構いろんな幻人を見てきたけど、リオンくんの角は見覚えないのよね。一体何の魔獣やら」


「久遠さんにも見覚えないんですか」


「ええ。エウロペ大陸に出現する魔獣ならだいたい分かるはずなんだけど……。ついでに言うと、見た目にわかりやすいのはさっきのボルカね。あなたのほっぺを引っ張ってイタズラしてた子。明らかに普通の亜人とは違う角と、体色をしていたでしょう?」


「あ、はい」


「あの子は竜人(ドラゴニュート)よ。身核魔獣は火竜(レッドドラゴン)。幻人の中でもかなり強力な部類ね」


 あの角はドラゴンのものだったのか、とリオンは初めて納得がいった。立派な体格も、猛々しい気配も全てドラゴニュートの特徴だったわけだ。


「ちなみに私も幻人だから」


「え、そうなんですか?」


「フフ、ミノタウロスみたいな牛の獣人だと思ってた?」


 その通りだった。

 先程のボルカと違い、久遠はかなり人間に近い見た目のために、牛の獣人だろうと思いこんでいた。


「ま、私の見た目は人間に近いからね。身核魔獣――私の国では魔物を『妖怪』って呼ぶんだけど――は、(くだん)。元は人間の頭に牛の体を持つ魔物だったの」


「クダン、ですか」


「ええ。そのおかげで、私には不吉な未来を予知する能力があるわ。基本的に自分かその周囲に降りかかるものしか見れないけど」


「すごい能力ですね!!」


 驚くリオンに久遠がため息で応じる。


「それがそう便利でもないのよ。正確な未来を予知できるし、見た未来を行動によって回避できるんだけど。それを他人に話すことはできないの」


「え?」


「予知した未来を誰かに理解できる形で話すと死んじゃうの。なんでなのかは私もよくわからないんだけど、元になった件がそういう性質なんでしょう。だから私は不吉な未来を見たら基本自分だけで解決しているわ。どうしようもないときは誰かに協力してもらうこともあるけど、そのときも何のためにするとかは一切明かせない。全部終わって過去の事象になれば話せるから、そこで種明かしって感じね。見れる未来は不幸なものだけだし、回避までの時間がほとんど無いこともあるし、本当面倒よこの能力」


「予知した未来を話すと、死ぬ……」


 話を聞いてリオンは内心舌を巻いていた。

 久遠の言うとおりだとすれば彼女はすごいなんてものじゃない。

 未来を予知しながらその内容をさとられず解決するなど、よほど優れた思考力とたくみな立ち回りがなければ無理だ。

 誇るでもなく自分の能力を説明する久遠にリオンは尊敬の眼差しを向けた。


「実はリオンくんを助けたのも私が予知したから。前日に突然予知が来たから大変だったわ。……場所はわからないし、すぐ出撃できたのが私とボルカしかいなかったから、助けに行くのがぎりぎりになっちゃった。御者の人も助けられなかったし、本当ごめんなさい」


「と、とんでもないです! それなら久遠さんは命の恩人じゃないですか!? ぼくの方がいくらお礼を言っても足りません」


「気にしないで、戦団長の命を助けるのは部下として当然のことよ」


 さらりと行ってのけた久遠の言葉にリオンが目を見開く。

 周囲の状況から察してはいたがやはりここが目指す亜人戦団の宿営地だったらしい。


「それじゃあ、久遠さんはぼくが誰なのか知ってて助けてくれたんですか」


「もちろんよ。正式な軍令はあなたが着任する4日前に届いていたの。リオンくんのことを知っていたから災難も予知できたわけで、予め目を通しておいて本当に良かったわ。私は最初からあなたのことを団長として認めているから安心して。……こういう言い方も何だけど、幸い亜人になったわけだしね。亜人戦団の団長として的確だと思う。あ、でもうちの部隊の子達はまだあなたのことを認めてないのもいるから気をつけてね。さっきのボルカなんかあきらかに不満たらたらだし」


「それは、当然だと思います。僕はまだ12歳ですし、軍歴もないし、皆さんが不満に思うのも当たり前です」


「軍令に不満も不服もないわ。あなたがどういう経緯でうちの指揮官に抜擢されたのかはたしかに気になるけど、少なくとも私はあなたのこと全力で支えるつもりよ」


 そこで久遠がその日最高の笑顔を浮かべ片手を差し出した。


「よろしくね、団長」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 リオンは反射的に手をとってしまう。団長と呼ばれることにに背中がちょっとむず痒い


 団長。


 亜人戦団は総数100名の部隊だから、騎士団で言えば百人隊長に当たる。戦力として十分な兵を率いる立場。


 自分が、この亜人戦団の指揮を取るという実感はまだわかない。それでも、最初から無垢の信頼を預けてくれたこの人の信頼は裏切りたくないと、リオンは思った。


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