27.リオンの一日
リバート王国正規軍では一日を昼時間と夜時間に分けている。午前6時から午後6時までの12時間が昼時間。その逆が夜時間だ。
昼時間の予定の組み方は各軍隊ごとに自由な運用を認められているが、夜時間は大まかに歩哨の規則が決まっている。午後6時から午前6時までの12時間を4分割し、当番の兵士が交代して歩哨を務めるよう定められていた。つまり夜間の見張りが回ってきた場合でも、一人3時間務めればいいことになっている。兵士の休息と集中を維持するためだった。
亜人戦団でも同じ方式が取られている。100名の兵士は25名ごとに4つの兵舎に分かれて泊まっている。これを一週間おきに持ち回りで夜間歩哨を行っていた。
リオンは団長であるため歩哨の義務はないが、代わりに突然の報告によって夜中叩き起こされることもある。指揮官とはそういうものだった。
リオンが団長となって5日目、そろそろ一日の行動に慣れてきた。
その日は特に緊急の用事もなかったので、リオンは通常通り朝6時に起床した(亜人戦団では起床が6時、就寝が22時と定められている)。
朝食をとった後はその日一日の作戦を決める会議がある。朝7時、団長小屋の執務室に各兵長が集まった。
突撃兵長のボルカ、弓兵長の久遠、偵察兵長のウルフ、救護兵長の4人である。
亜人戦団では兵数ではなく兵科によって各兵部隊を編制している。
ボルカの率いる突撃兵部隊……定員40名。亜人戦団の中核となる部隊で、普通軍で言う重装歩兵にあたる。名前のとおり作戦時は突撃役になることが多い。
久遠の率いる弓兵部隊……定員20名。亜人戦団にとって貴重な遠隔攻撃ができる部隊である。
ウルフの率いる偵察兵部隊……定員20名。普通軍で言う軽歩兵部隊に当たる。敵や戦場の偵察が主な役回りだが、小回りがきき機動力も高いので、周囲のゴブリンら最下級の魔物をサクッと狩るのに運用されることも多い。
オペラの率いる救護兵……定員5名。普段は1名が作戦行動部隊についていき、残りは宿営地で待機している。
他に、定員15名の魔法兵部隊がいる……が、その兵長はリオンが就任して以来姿を見せていない。それどころか宿営地にすらいない。
リオンがその所在を久遠に尋ねると彼女は苦り切った顔で、「たぶん……北都の花街で飲み歩いている、はず……酒場を片っ端からあたっていけばどこかで会えるわ」と答えた。
相当やばい人物らしい。
いまのところ魔法兵が本格的に必要になったことはないので作戦行動に不足はないが、正規軍の兵士としてありえない行動なのはリオンでもわかった。
久遠は「リオンくんが望むなら首に縄つけて引っ張ってくるわよ。ルルカに頼めばすぐ見つけられるだろうし」と言ってくれたが、リオンはひとまずその人が自主的に戻ってくるのを待つことにした。その魔法兵長は軍人としては不適格だが、ボルカですら認めざるを得ないほどの戦闘力を持っているらしい。伊達や酔狂で魔法兵長になったわけではないのだ。そんな相手にはじめから無理やり命令を効かせるような真似をリオンはしたくなかった。ちなみに、魔法兵部隊への作戦伝達や代理の指揮はオペラが行っている。
さて、団長執務室に集まったボルカ、久遠、ウルフ、オペラの4名を見渡してリオンはあいさつした。
「みなさんおはようございます。」
「おう」
「おはようございます」
「はよーっす」
「おはよー♡」
4人がそれぞれ挨拶を返す。一番素っ気ないボルカに久遠がギラリと眼光を鋭くしたが、本人は軽く受け流している。
あいさつの仕方にこだわりがないリオンは、まったく気にせず机の上に地図を広げて作戦会議にはいる。
「ルルカさんが今日も宿営地に近づいている魔物をまとめてくれました。さっそく出撃配置を決めましょう」
リオンが宿営地周囲に魔物の位置を示す色違いの石を配置していくと、四人がそれぞれ声を上げた。
「北東からくるキマイラ13頭は手強いな。オレが行くよ。突撃部隊も10人ばかり貸してくれ」
「東から来るガミラコンドルの群れ100羽は歩兵部隊の対処が難しいと思うわ。私が弓兵部隊連れて討伐してくる。念の為護衛に突撃部隊から10名回してもらえる?」
「宿営地に近づいてるゴブリンとオーク42匹はあたしの役目かな。まったくコイツらは狩っても狩っても無限に湧いてきやがる。まあ偵察部隊半分で行ってくるよ」
「キマイラは火を吹くし蛇尾に毒があるから火傷と毒の治療薬が多めに必要だね~。お姉ちゃんは宿営地で調合しているから、他に3人連れてって」
「オレに火も毒もほとんど効かねえぞ?」
「も~、ボルカちゃんはよくても他の子が怪我するかもしれないでしょう。ボルカちゃんだってもしもがあるんだからちゃんと用心しておきなさい」
「へいへい」
それぞれが戦闘経験豊富なだけ合って朝の作戦会議はすぐに決まる。リオンも特に問題がなければ承認し、その日の作戦が開始となる。
各兵長は率いる部隊にその日の作戦を伝えて、出撃準備を開始するというわけだ。
「それでは今日は50名が出撃ということですね。みなさんよろしくお願いします。どうか無事に帰ってきてください」
「へいへい。てめえは余計な心配してないでおとなしく宿営地で待ってろよ」
「もうボルカ、なんでそういう言い方しかできないの。リオンくん、きっちり勝って返ってくるから楽しみにしててね」
「リオン、じゃあな。かるーくのしてくるからよ」
「リオンくん、困ったことがあったら何でもお姉ちゃんに言ってね」
四人の兵長はそれぞれあいさつをして団長室を出ていく。それを見送り、リオンもあらためて気合を入れた。
出撃しない日でもリオンに休む暇はない。軍隊とは膨大な事務作業の発生する組織だ。手に入れた戦利品の管理売却、報酬の兵士への分配、日々の補給、傷を負った兵士の治療、武器の修理、補充。宿営地内の衛生管理、施設の補修整備、周辺の敵への情報収集。様々な事務をこなさなければならない。
「今日は久遠さんがいないからぼく一人でもがんばらないと……むん」
気合を入れて事務に取り組むリオンだったが、3時間も机に向かっているとさすがに疲労が重なってくる。
麒麟と融合して眼鏡になった肉体でも、事務仕事というのは奇妙に疲労がたまるのだった。両肩をぐるぐる回しながら、リオンはため息をつく
「うう、疲れた……こんな時エレノアさんがいてくれたらな」
王都で生き別れとなったケラヴノス家最後の従者、エルフのメイドの姿が目に浮かぶ。頭脳明晰で屋敷の管理もしていた彼女が側にいたら、、今きっと大きな助けとなってくれたはずだ。
「そういえば、ぼくのことは今王都にどのように伝わっているんでしょうね」
そんなことをひとり呟く。リオンが襲撃されてからすでに十日近い日にちが経っている。あの襲撃はおそらくクリストフェル宰相かその家来が画策したものだと考えられたが、その後追撃はない。すでに死んだものと思っていてくれればありがたいが、単純にリオンが軍の宿営地内にいるため手を出せないだけとも考えられる。
もしまだあの賊がリオンの殺害をまだ狙っているとすれば、亜人戦団宿営地というのは最高の避難先と言える。亜人戦団は実数100名とは思えない強力な部隊であり、ルルカの存在によって奇襲を受けることもない。更に周りは魔物が大量に出没する最前線であり、賊が数を頼みに押しかけてくることもできない。
追放同然に北方の部隊へ配属されたものの、結果的にリオンはより安全な場所へ逃げられたと言えた。クリストフェル宰相とすれば、さすがに王都で襲撃することはできず北方へ追い出したつもりだったのだろうが、はからずもリオンの立場を守ることにつながった。もっともそれも、麒麟との融合がなければ何もかも無意味だっただろうが。
「もう少し王都のことを知らないといけないですね。久遠さんに後で相談して、どうにか情報を集めたいですけど、できるでしょうか」
リオンがそんな事を考えていると、唐突に執務室の扉がノックされた。そして返事を待たずに開けられる。
「リオーン! 帰ったぞ。ゴブリンどもきっちりバラバラにしてきたぜ!」
ウルフが太陽のように明るい笑顔で入ってくる。顔にも身体にも普通に返り血がついていたが、本人は気にもしてないらしい。
「おかえりなさい! あの、でもウルフさん、ノックしたら返事を待ってほしいといいますか」
「今日の戦利品の魔核と素材だ。収めといてくれ」
ウルフがゴブリン、オークの戦利品をドチャッと床に置く。全然話聞いてくれない……とリオンはため息を付きつつも、戦利品の確認を始めた。
「――、はい、魔核45個、たしかに確認しました。ゴブリンやオークはやっぱり途中で増えますね」
「血の匂いに惹かれちまうからなあ。まあでも、ルルカはもう今日は近づいてこないって言ってたぜ」
「ありがとうございます。ウルフさんの部隊は一旦休息してください」
「あいよ、ちょうどいいし昼飯にするか。リオンもいっしょにどうだ?」
「あ、うれしいですけどぼくはまだ仕事が残っているので……」
「リオンくーん、アップルパイ焼いてみたんだけどいっしょにお茶どう?」
団長室へ唐突にオペラが入ってくる。みんなノックしてくれない……、とリオンは内心嘆きつつ、おいしそうな匂いへの反応がまず勝った。
「オペラさん、ありがとうございます。オペラさんが焼いてくれたんですか?」
「そうだよ~。こう見えてお姉ちゃん料理もお菓子作りも得意だから!」
えっへんと豊かな胸を張るオペラ。ただ、当然先にリオンを誘っていたウルフがくってかかる。
「ちょっとまってくれよオペラの姉さん。リオンは今あたしが昼飯に誘ったんだ。早いもの勝ちだぜ」
「あらあら? ウルフちゃんお姉ちゃんとリオンくんのあま~いティータイムを邪魔するつもり?」
「おもしれえ、ゴブリンだけじゃ準備体操にもならねえからよ、ちょうど戦い足りなかったところだぜ」
「せっかくのアップルパイが冷めちゃうからすぐ終わらせないとね。ちょーっとお姉ちゃん本気出しちゃおうかな♡」
あっというまに一触即発となる執務室内。するどい闘気の嵐が吹き荒れる。
あわててリオンが二人の間に入った。
「ま、待ってくださいふたりとも! ぼくもちょうど休憩したかったところですから、ウルフさんもオペラさんもいっしょにお昼ごはんにしましょう! アップルパイも食べますから」
「…………」
「…………」
リオンがとりなすと、二人の間で飛び散っていた火花がだんだんと収まっていくややして、ウルフとオペラは同時に笑顔を向けた。
「まー、リオンがそう言うなら仕方ないな。いっしょに食べてやるよ」
「リオンくん、一切れでもいいからできたてのパイをぜひ味見してね♡」
「は、はい」
ウルフとオペラはたがいに譲らないとでも言うように、リオンを両脇からはさみ連れだって出ていく。午前の仕事はもう諦めよう、とリオンは観念した。




