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25.にぎやかな執務室

 団長室に戻り、簡単な掃除をして部屋を整理すると、いよいよリオンの執務開始となる。


 団長室の隣には書類や本を保管している書物庫があり、そこからさまざまな書類を久遠が取ってきてはリオンの前においた。


「ええっと、前任団長がまったく決済しなかった分も含めて私が管理している書類があるから順番に説明していくわね。よろしくリオンくん」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 それからひとしきり書類の説明を受けつつ久遠と二人で作業を進めていく。久遠は戦闘だけでなく事務仕事も優秀だった。


『久遠さん、仕事早いし調整力高いし説明が丁寧でわかりやすいです。秘書としても働いていける気がします』


 と、リオンは内心思う。

 一方久遠も手だけは動かしながら、


『は~~~~! 美少年と二人きりで仕事するの楽しい~~~~~!! しかもリオンくん頭いい! 飲み込み早い!! ちゃんと説明したときの判断が的確! ほんっとう前任団長とは大違いね!!!』


 と大感心していた。


 二人が二人共互いの評価を高めまくっていることには気づかないまま、仕事上の会話がないまま過ぎる。

 2時間ほど仕事を進めると、リオンと久遠はちょっと休憩を入れた。

 ちょうどその時団長室に向かってくるドタドタという足音が響いた。


「リオーン! 邪魔するぜ!」


 突然扉が開けられ、ウルフが団長室に入ってくる。リオンも驚いたが、それ以上に久遠が怒った。


「ちょっとウルフ! 団長室に入るときはノックをしなさい!」


「えーー、別にいいじゃんか、リオンとあたしの仲だろう~。それよりさ、外に湧き出たゴブリン狩ってきたから報告に来たぜ。ほめてくれよ」


「あーーー! なにドサクサに紛れてリオンくんのこと抱きしめてるの!」


「わ、わ、わ、わ」


 椅子に座っていたリオンはウルフに簡単に抱き上げられ捕まってしまった。リオンは何か言おうとするが、ウルフの大変なものが大変なところに当たっていて言葉にならない。

 その間に久遠も側にやってきて、リオンは両脇から挟み込まれる形になる。


「ウルフ、今リオンくんは大事な仕事をしていたの、邪魔しないで」


「あーん? そういって独り占めにするのはズリーぞ。こっちは昼間から歩哨してるんだから少しくらい補充させてもらわねえと」


「何の補充よ! 何の!」


「わ、わ、わ、わ、わ~~~~~~」


 ぎゅうぎゅうと二人に抱きしめられたリオンは、あっという間に顔に血がのぼる。

 

 真っ赤になってあたふたしているところを、その後すぐに現れたボルカによって助け出された。

 

「なーにやってんだお前ら」


 呆れたようにボルカが言う。リオンはボルカに感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございますボルカさん。助かりました」


「……なーんか、ボルカにおいしいポイント稼がれた気がするな」


「同感ね」


「なに言ってんだお前ら」


 そのことに不満そうなウルフと久遠にボルかはいよいよ呆れたような目を向ける。

 気を取り直すように話題を変えた。


「リオン、ルルカがお前に会ってみたいって呼んでたぜ。ちょうどさっきウルフがこの辺に出たゴブリンを狩ったから、しばらく魔物は出ないんだと。いい機会だから会ってきたらどうだ」


「……あ! はい、行きます! ぼくもルルカさんと話してみたかったんです」


 なおも頭に残る生々しい感触に顔をうっすら赤くしていたリオンは、ボルカの話に急いでうなずいた。


 ルルカは事あるごとに戦団員が話題に上げている兵士だ。話を聞く限り索敵専門らしかったが、まだ詳しいことは何も知らないのだった。

 そこで久遠が隣にやってくる。


「それじゃあ私がルルカのいる小屋まで案内しようか。彼女に会うときはいろいろ注意事項があるから、いっしょに説明するね」


「わかりました」


 リオンは答えつつ、内心不思議に思う。会うときに注意事項があるとはどういう人物なのだろう。

 ウルフが不満そうに言う。


「えー、また久遠かよ。リオンの案内ならあたしがやってもいいんだぜ」


「あら、駄目よウルフ。あなた宿営地周りのゴブリンを狩ってきたばかりでしょう? 武器の手入れはちゃんとしないと」

 

 すかさず久遠が牽制する。 


「ならボルカが案内したらどうだ。ルルカはボルカに頼んだんだろ」


「オレも駄目だな。これからお前の交代で歩哨に付くんだ」


「ちぇー、なんだよなんだよ」


 ウルフは渋々と引き下がり、団長室を出ていった。ボルかも伝えるべきことは伝えたのか「じゃ、頼んだぞ」と言って立ち去る。


「私達も行きましょうか」


「はい」


 再び久遠と二人になったリオンは、共にルルカのもとへと向かった。


 宿営地内を歩きながら、久遠はリオンへルルカについて説明する。


「ルルカは幻人でね、とても鋭い感覚を持っている()なの。とにかく五感に優れた兵士よ。」


「へえ、それで索敵などを任されているんですか」


「ええ。でも鋭すぎる五感がかえって災いしててね、例えば私達でも太陽を直接見続けたら目が焼かれてしまうでしょう。ルルカはそのものすごいバージョンだと思ってくれたらいいわ。目で言うなら、ルルカは太陽や月どころか、星を肉眼で見ただけでも失明すると言われている」


「ええええっっ!!!」


「だから普段まったく光を通さない暗い小屋の中にいるの。それでも昼間は、壁を透かして入ってくる光でルルカには明るすぎるくらいなんだって。もちろん視力だけじゃなくて聴力嗅覚触覚全部が優れているから他にもいろんな対策をしている。亜人戦団の中でも、とりわけ生活に制限が多い娘ね」


 リオンにもおぼろげながらその生活の困難さが伝わってきた。五感が優れていることは一見いいことのようだがあまりに鋭すぎるとそんな問題をたくさん生むのだろう。


 リオンと久遠は宿営地内の東西南北を結ぶ十字路を北に向かって歩く。兵舎と宿営地を囲む塀柵との間くらいにルルカの小屋はあった。

 そこは宿営地内で異様な存在感を放っていた。大きさは団長小屋よりやや小さいくらいだが、壁から屋根まで鉄で覆われている。窓は一切なく、東向きに一つ扉が付けられているだけだった。周囲は奇妙に静まり返っていて。まるで中になにかを閉じ込めているようにさえ見えた。

 久遠が小屋の扉を開ける。リオンが覗くと、1メートル半ほどの間を置いてまた扉があった。それは扉も壁も木製で、どうやらまず木造の小屋を建設した後に、それをすべて覆うような鉄の壁を作ったようだった。


「この木の小屋の中にルルカがいるわ。ノックはしなくていい。ルルカはもうリオンくんが来ていることをわかっているはずだから。注意してほしいんだけど、中に入るときは必ず、この鉄の扉を閉めてから木の扉を開けて。今は昼間だから、一切外の光が中にはいらないようにしてほしいの」


 二重扉の意味がようやくリオンにも察せられた。木造の小屋を囲っている鉄の屋根、壁は外との緩衝材の役目も果たしているわけだ。


「怖がらなくていいよ。ルルカはたしかに五感が優れているせいでいろんな制約が多いけど、性格はとても優しい娘だから安心して。私は一足先に団長小屋の方に戻っているから、終わったら戻ってきてね」


「はい、いろいろとありがとうございます」


「緊張しないで大丈夫よ」


 リオンがルルカ小屋の最初の扉をくぐると、久遠はほほ笑んでから扉を締めた。


 途端に辺りは真っ暗になる。ドワーフなどの高い加工技術が使われているのか、壁や屋根に継ぎ目はなく本当に一切の光を通さなかった。宿営地の喧騒もはるか遠くに消え、ささやき声ほどにも聞こえない。鉄の壁は相当厚く作られているようだった。


 これですらまだ第一の扉なのだ。木造の小屋の中に入ったら、さらに音も光もない真っ暗な世界になるのだろう。

 意を決して、リオンは木製の扉を開けた。


 第二の扉をくぐり抜けると。そこにはただただ闇があった。完全なる漆黒。目の前を人が通り過ぎても気づけないほど濃い暗闇がある。

 さらには、鼻をツンと刺激する薬の匂いが充満していた。ルルカは五感に優れているという話だったが、この匂いは辛くないのだろうかリオンは疑問に思う。

 扉を締めた途端リオンはどこに向かえばいいかすらわからなくなったが、すぐに声がかかった。


「いらっしゃい」


「あ、こんにちは! はじめまして、リオンです。新しく亜人戦団の団長に任命されました」


「大丈夫、見えてるよ。どこでも好きなところに座って。顔の向きは気にしなくていいから」


 闇の中から聞こえたのはやや低めの、けだるげな女性の声だった。リオンは迷った末、なんとなく声のする方向へと向かい床に座った。小屋の中央になるような場所を選んだつもりだが、ただしいかはわからない。


 ちゃぷん。


 闇の中から水音がする。ささやかな波紋を想像させる小さな音だったが、無音の世界では存外大きく響いた。同時に、くすくすと落ち着いた笑い声が上がる。


「ごめんね。こんな暗いところに連れてこられてびっくりしたでしょう。私はこの環境でないと生きることができないからいろんな無礼は許してね。

 とりあえず、はじめまして団長さん。私はルルカ・クロノール。亜人戦団の索敵担任兵。身核魔獣は『水の巨人(ミーミル)』。これからよろしく」


ようやっとルルカさんが登場しました!

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