23.団長生活:1日目
初めての蘇生、初めての幻人化、戦闘、そして初めての幻怪。
いくら神獣と融合したとはいえ、やはりリオンのからだには色々と無理が重なっていたらしい。リオンがベッドで休んだのは夕方前だったにも関わらず、起きたときにはすでに翌日の朝になっていた。
ちなみに身体は快調だった。すごく。
こわいくらいに。
神獣、麒麟の力だけでなく、オペラのマッサージによる効果も大きそうだった。拷問のような快楽の存在をリオンは昨日はじめて知った。
団長室のベッドの上で目覚めたリオンは、目をしょぼしょぼさせつつ、壁際まで歩いて窓を開ける。仮設小屋とありさすがにガラスは使われてないものの、しっかりした作りの出窓を開けると朝のすっきりした空気が部屋の中に入り込んできた。
北の大地だけあって風は冷たい。それでも肺に空気を入れるとしっかり目が覚める気がした。額の角を壁にぶつけないよう気をつけつつ、ゆっくり深呼吸する。
すると、団長室の扉へ軽いノックがあった。どうぞ、とリオンが返事すると、久遠がひょっこり顔を出す。
「リオンくん、起きた?」
「はい」
「感心ね。みんなと話して今日は寝たいだけ寝かせとこって話してたんだけどね。まだ朝の7時だよ。早起きだね」
「ありがとうございます。昨日の夕方からそのまま寝ちゃったんですよね? すみません」
「全然気にしないで。リオンくんは突然幻人になったり幻怪したんだもん。疲れて当然よ。もしこのまま起きるなら、朝食用意するけど、食べれる?」
朝食、と聞いてリオンはその時初めて非常な空腹に気づいた。
「食べます!」
亜人戦団に限らずリバート王国軍では、宿営時の兵士は同じ陣幕内で食事をとることが通例となっている。亜人戦団で言えば、各兵舎ごとに集まって食事をするわけだ。
すでに他の戦団員は食事を済ませており、リオンは特例として団長室に食事が運び込まれた。
メニューは、白パン、ソーセージ、チーズ、玉ねぎやにんじんなどの野菜と干し肉を煮込んだシチューに若干の果物。それに温かい紅茶だった。北方だけに新鮮な野菜のサラダはないが、代わりに小麦と乳製品は豊富だった。
リバート王国では戦時、新兵から騎士団長まで同じ食事を摂ることが義務となっている。内容も栄養や味の基準を満たした上で供されることになった。これは栄養不足による兵士の戦力低下や疫病の発生を防ぐためである。建国の頃からの伝統で、補給などに問題がない限り王国は自国の兵士を飢えさせたことがない。
4日ぶりの食事ということで、リオンは実によく食べた。そばで見守る久遠が心配になるくらいだったが、内臓すべてが丈夫になっているのか通常の3倍以上の量を食べても全然平気だった。
食事をしながら、リオンと久遠は様々な話をした。
「さっそくだけど、昨日手に入れた魔核はすでに全部売り払ったわ。総額でしめて40ゴールドになったから」
「へーー……って40ゴールドですか!!?」
リオンは思わず手の白パンを取り落しかけた。
ゴールドは金の単位だ。エウロパ大陸共通であり、1ゴールドは1000ブロン銅貨と同じ価値に定められている。1ブロンはだいたい白パンが2個買える金額で、庶民は普通銅貨しか使わない。半ブロン銅貨もある。
40ゴールドといえば、普通の職人の年収を超える金額だ。それをたった一日で稼いでしまったことになる。20人の兵士の戦果とはいえ、金銭感覚が狂いそうだった。
「魔核って本当に高く売れるんですね」
「ワイト兵、ゴブリン、オークの魔核がだいたい同じくらいで1700個で34ゴールド。大悪竜霊の魔核が1個で6ゴールドね」
「やはり中位の魔物は魔核の価格も桁違いですね」
最下位の魔物の魔核でも1個20ブラン。中位最上級と言っていい大悪竜霊の魔核なら1個6ゴールド。冒険者が命をかけるに足る職業と言われるわけだ。
「他の素材は今鑑定中。魔核ほどではないけど、まあまあの値段になると思うわ。……それで、ここからが相談なんだんけど」
久遠はリオンの耳に口元を近づけると、気持ち声を潜めた。いい匂いが香って食事中なのにリオンはドキドキしてしまう。
「大悪竜霊の持っていた大剣、あるでしょう? 昨日宿営地に来てくれる道具商人に見せてみたんだけど、その人でも鑑定できないくらい伝説級の武具らしいのよ。詳しくは街の武具商人とかに鑑定してもらわないとわからないんだけど、ものすごい価値があるものなのは間違いないわ。
で、ね。大悪竜霊が残した大剣が6本あるんだけど、そのうちの2本をボルカがほしいって言ってるのよ。打ち合ったときからどうにか手に入れたいと思っていたんですって」
「ボルカさんが」
リオンは昨日の戦いを思い出した。大悪竜霊の持っていた大剣は、直接戦わなかったリオンでも寒気がするほどの魔力を纏っていた。さらにいえば、あの大剣は幻怪して火竜となったボルカの鱗を切り裂いていたのだ。
竜種の鱗は世界中の生物の中でも最強の防御力を誇り、並の武器ではまず傷つけることはできない。これは鍛え上げた兵士や魔物の爪でも同じである。そもそもの素材の強度が段違いなのだ。
竜種の鱗を傷つけられるのは、同じ竜種の爪や牙、それを素材とした武器。あるいは高度な魔術を付与し伝説級として評価された武器のみだ。それですら最上位の竜種には届かないこともある。
ボルカの鱗を傷つけたと言うだけで、大悪竜霊の武器は規格外の武具というわけだった。当然、市場に出せば破格の値段が付くことは必定だ。
しかしリオンは悩む素振りもなく即答した。
「いいんじゃないでしょうか。ボルカさんが欲しがっているならお渡ししても」
「本当にいいの? 間違いなく伝説級の武具なのよ」
久遠が目を丸くする。リオンも竜種を傷つけられる大剣がどれほどの価値を持つかは理解していた。それでも彼はボルカがそれを持つことに何の異論もなかった。
「ボルカさんはこの戦いで大活躍してくれましたから。騎士団でも手柄を与えたものには褒美が出るはずです。自分はまだそういった褒章のことはよくわかっていませんが、ボルカさんになにか渡せるならそうしたいです。
あ、でもぼくが勝手に決めたら他の団員さんから文句が出ますかね?」
「リオンくんが決めたのならみんな文句も言わないと思うけど……」
久遠はそう言いつつ、心のなかで感心していた。
本当に欲のない子だと。それに人の活躍をちゃんと覚えて評価することができるし、それに対する周囲の反発にまで想像が及んでいる。とても12歳とは思えない配慮だった。
やんわり口元をゆるめて久遠が言う。
「うん、わかった。ボルカには6本のうち2本好きなのを選ぶよう伝えておくわ。他のみんなも大丈夫。昨日のボルカの活躍はちゃんとみんなもわかっているから」
「ありがとうございます」
「実はね、戦団は武具庫を見てもらったっ通り、決まった装備が支給されていないのよ。それぞれ身体が違うから個別の装備になるのは構わないのだけど、なかなかいい武器が手に入りにくくてね。伝説級の武具を使えるなんてめったにないチャンスだから、リオンくんが許可してくれるなら私もボルカにあげたいと思っていたのよねリオンくんの言う通り、国から褒美が出るわけじゃないから」
「そうだったんですね。もし久遠さんがいいと思うなら、残りの大剣も戦団のものにしてしまって、今まで功績のあった人に渡してもいいんじゃないでしょうか」
「いいの? リオンくんが許してくれるなら、ぜひそうしたいわ。武器はそれぞれが慣れたものがあるから必ずしもみんな欲しがるわけじゃないけど、やっぱり伝説級の武具は貴重だからね。市場に流せば大量のお金は入るけれど、今度いつ手に入るかわからないし、保管できるなら保管したい」
「はい」
リオンはふと考える。こんなふうに手に入れた装備や武具の分配の相談ができるのも、魔族との戦いで得たものは全て自分たちのものにしてよいという執政府のお墨付きのおかげだ。このおかげで亜人戦団は好きに戦い好きなものを手に入れることができる。宰相としては困窮した亜人戦団に略奪をやらせることで潰す口実としたかったのだろうが、遥かに戦団が得する結果となってしまった。
やっぱりクリストフェルは考えに甘いところがあるんじゃ……いやいや、亜人戦団が強すぎるだけだきっと、とリオンは考える。
ようやく少年団長っぽい生活になってきました!




