21.魔核
ひとしきり大苦境からの逆転勝利を喜び合うと、部隊は宿営地に帰還するため行動を開始した。
「さて、いつまでも魔族領にとどまるのは危険だし、荷物をまとめたらすぐに撤収しましょうか。まずは倒した魔物の魔核と素材を回収しちゃいましょう」
久遠が手を叩いて指示を出し始める。その声に従いリオンの周りに集まっていた者たちもすぐに散っていそいそと魔物の死体から素材を回収し始めた。
ちなみに魔核というのは魔物の体内に結晶化して生まれる物質だ。魔物の動力源であり心臓部である。カットされた宝石のように輝く石のかたちをしており、全ての魔物はこれを身体のどこかに持っている。様々な道具や武器、薬の材料となるため重要な素材だった。
ゴブリンやオークと言った最下級の魔物ももちろん、死体が蘇ったワイト兵も魔物の魔力を浴びているためこの魔核を持っている。この戦場には1500を超えるワイト兵の魔核があるわけで、回収だけでも大変な作業になった。
さいわいリオンがワイト兵を密集した状態で叩き潰したため、作業は順調に進んだ。1時間ほどで主だった魔核と素材を集め終えた戦団の面々は帰途につくことにする。
回収しきれなかった部分はもったいないが打ち捨てておくことにした。魔族領にこれ以上長くいるのは危険と久遠たちが判断したためだ。もちろん大悪竜霊の魔核と素材はきっちり回収してある。
魔核や素材の詰まった大袋をボルかが担ぐ。結構な重量があるはずなのにボルカは楽々担いでいた。ドラゴンに変身しなくても圧倒的な腕力を発揮している。
「大漁大漁。20人の出撃でこれなら大収穫だな」
ボルカの言葉に久遠がうなずく。
「ええ、大悪竜霊の大剣も手に入ったし、今日は超黒字ね。大ピンチだったけど危険にあった分の報酬はあったわ」
二人の会話に、リオンは首を傾げた。
「あの、手に入れた魔核や素材はどうするんですか?」
「宿営地に持って帰って全部売り払うわよ。こんな北の最前線にも来てくれる酔狂な商人はいてね、その人達に売るの。売上は全部私達のものになるわ」
「ええ!?」
リオンは驚く。
なぜなら魔核というのは重要な素材だけに高価で取引されるからだ。魔物を倒す冒険者という職業が成立するのは魔核を手に入れたときの報酬が高いためである。それだけに王国の騎士団では魔物を倒した後の魔核や素材は一旦国がすべて回収し、後に給料に上乗せという形で、何割かが再分配される。それでも騎士にとっては割の良いボーナスとなり、危険でも最前線で戦うことをやめない騎士が大勢いるくらいだ。
余談になるが、リバート王国の北東にはベルク公国という軍事国家がある。
入植した騎士団を前身に持つこの国はリバート王国の三分の一ほどの面積しか無く、国土のほとんどは痩せた土地で、周りを峻険な山に囲まれた内陸部のため海上貿易も東方への交易も行えない厳しい国情を持つ国だ。おまけに、リバート王国と違い北部の国境がすべて魔族領と接している。
普通であればすぐに滅びるか極貧国となってもおかしくないようなベルク公国だったが、あにはからんや、彼の国はエウロパ大陸4大国家の一つに数えられている。国力を維持しているのは魔物討伐による魔核と素材の輸出で、外貨獲得産業の実に9割を占めていた。
つまりベルク公国は国家単位で冒険者をやることにしたわけである。あえて軍事力偏重のいびつな国家体制を造り上げたベルクは最初の10年ほど苦労したものの、その後は国家運営が軌道に乗った。魔物を倒すことでしか手に入らない魔核という特産品と、魔族の侵攻を防ぎたい他国との思惑が一致して反映したベルク公国は、小さな国土に見合わぬ存在感を示している。
ベルク公国は魔族領だけでなく、近年大切な兵力を割いてまで度々リバート王国に侵攻している。目的はリバート王国の土地というより、魔族領との国境線だった。魔族との戦いをベルクが一手に引き受けることになれば、魔核を独占することができる。ベルクの国際的発言力は跳ね上がるだろう。
エウロパ大陸最大の国として覇権を維持したいリバート王国もまたこれをしぶとく跳ね返し続けており、領土争いは一進一退のにらみ合いとなっている。現在魔族領と国境を接するのはエウロパ大陸ではリバートとベルクの二国のみとなっている。
ただ、魔族領に接してないからといってエウロパ大陸の他の国に魔物が出現しないわけではない。警備してると言っても長大な国境線すべてに監視の目が届いているわけではないから、それをすり抜けてオークやゴブリンなど下級の魔物は度々各地に現れ略奪を行う。攻略しきれてないダンジョンもわずかながら存在するし、飛行能力を持つものもいれば海を渡る魔物もいる。それら各地に現れる魔物を狩るのは主に冒険者達だった。
話が大いにそれたが、つまり魔物討伐とは国家の一大産業となるほど巨大な利益を生むということだ。
だからこそ、リオンは魔物討伐によって手に入れた素材を騎士団に献上しないことに疑問を持った。
「王国騎士団では魔物討伐の戦利品はすべて王国が回収しているはずですが、大丈夫なんですか?」
「ああそれはな。前任団長が逃げ出したときからオレら亜人戦団は隊の維持費も報酬もすべて『現地調達』になったんだ」
「はい?」
ボルカの言葉にリオンは目が点になる。
「つまりな、オレらに正規兵としての給料は出てないんだよ。代わりに手に入れたものは全部自分のモノしていいから、『現地調達』でがんばれっつうことだな」
「は、はあああ!?」
本日何度目かわからない叫び声をリオンは上げた。
もはや説明されるまでもなく、宰相の横暴だろう。亜人戦団に給料どころか経費も支払われていないということは、もはや正規軍でもなんでもない。国家単位で詐欺を働いているようなものだ。
「給料が払われてないことも信じがたいですが、なにより現地調達ってそれは略奪行為を認めているようなものじゃないですか!?」
「ま、魔族領に限るってことだけどな。要は魔物を倒す報酬は全部やるからそれでやりくりしろってことだろ」
「それにしても『現地調達』なんて……いや、そうか」
これもまた宰相の罠なのだろう。普通に考えれば、総数100名の兵士が魔物相手に現地調達で部隊を維持できるわけがない。すぐに食糧が枯渇し部隊を解散するか国内での略奪行為をやるしかなくなる。そうなれば大手を振って戦団を潰す口実ができるというわけだ。
「あの、ということは亜人戦団は『現地調達』でこの数ヶ月部隊を維持していたということですか」
「やってることはある意味傭兵時代と変わらねえからな。それに第5騎士団や北方軍の連中はさすがに執政府ほど馬鹿じゃなかったから、兵糧の補給だけはこっそりやってくれたんだ。生活物資や武器は中央にバレるからできなかったみたいだけどよ」
なぜ亜人戦団が王国兵であるにも関わらず各自自由な装備をしているのか、どうして戦団の宿営地が独立した作戦部隊のような陣営なのか、いろいろなことにリオンは納得がいった。
久遠がボルカの言葉を補足する。
「心配しなくても、いまの亜人戦団は部隊の維持に必要な資金は十分あるから大丈夫よ。前任団長が戦団資金を持ち逃げしたけど、みんなでコツコツがんばったおかげでいまのほうが蓄えは多いくらいなの。傭兵時代は雇い主に2割を収めなきゃいけなかったけど、いまは魔物討伐の報酬が総取りになるうえに税金も払わなくていいからかえって儲かってるの」
「あ、オペラさんの言ってた『お金はないけどお金持ち』ってそういうことだったんですね」
それにしても執政府は、というか宰相はやることが無茶苦茶すぎる。そのくせ亜人戦団の本当の実力はまったく把握していなかったようだから片手落ちだ。戦団を追い詰めるために命じたのであろう『現地調達』命令が、戦団の圧倒的強さのおかげで逆に作用している。
もしかしてクリストフェル宰相は陰謀以外ではあまり頭が良くないんじゃ……とまでリオンは思い始めていた。




