16.人狼のウルフ、火竜のボルカ
「グガアアアアアアア!!」
「ゴルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「グガ……」
咆哮でさえ、圧倒的に負けていた。大悪霊が、死霊系中位の化け物が、怯えている。
無理もない。ドラゴンはその全てが上位モンスター。竜種と言うだけで最低が上位なのだ。
ドラゴンが――ボルカが、動く。巨大な口を開け、その奥から業火の奔流を解き放つ。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「グ、グガアアアアアアアア!!」
大悪霊は武器を放り捨てて全力で自分の体をかばった。しかし、足りない。本来魔力によって何重にも強化され、並の剣では傷一つ付けられない大骨格が火炎によって容赦なく黒炭にされていく。
リオンには、もはや度肝を抜かれたままその光景を見つめるしかなかった。
「あれが……ボルカさん?」
「ヒューーー! ボルカちゃんかっこいい! ドラゴン屋! 戦団一!」
対してのんきに声援を送っているのがオペラである。怪我人が出た場合に備えて自重しているのか完全霊体化こそ維持しているが、浮き立っているのが声から伺えた。
「いやいやいやいや! なんなんですかあれは!!!???」
大混乱中のリオンがさけぶ。「うん? どうしたのリオンくん」ととぼけた感じのオペラに代わって、カタリーナが答えた。
「私が説明いたしましょう。あれこそ亜人種にとって秘中の秘。獣人種が持つ獣化、幻人種が持つ幻怪。どちらも自身の血が持つ最大の力を発揮する奥義であります」
誇らしげに語るカタリーナ。それに対してリオンは無意識にきついツッコミを入れた。
「あれは獣人や幻人はみんなできるんですか? 例えばカタリーナさんも?」
「うぐ! ……リオン殿、そこには触れないでいただかえるとありがたく存じます」
「ああ、すみません!ぼく何も知らず」
何やらわけがわからないが傷つくカタリーナにリオンが詫びる。
リオンの慰めによって気を取り直したカタリーナが続ける。
「獣化も幻怪も、誰もが使えるわけではありません。才能がありさらに研鑽を積んだものが到れる領域です。実際亜人戦団内でも、獣化を使えるのは10人ほど、幻怪に至ってはボルカ殿の他二人しかおりませぬ」
「その二人は今この場にはいないんですか?」
「おりませぬ。その、ボルカ殿以外のお二人は色々と性格に難ある人物でして……。とと、話がそれました。」
頬をかきながらカタリーナが語る。
「私も獣人種の馬人ですが、獣化は使えませぬ。いまだ修行が足らぬのです。もっとも、私の場合巨大な馬になるだけなので、ウルフ殿ほど恩恵は少ないですが」
「でもこれはあまりにも強すぎる力ですよ。これほどの能力、なんで知られてこなかったのでしょう」
「幻怪はともかく、獣化という能力があることは王国軍も知っているはずです。ただ『誰が』使えるのかについて我らは徹底して秘密にしてきました。王国軍にとっては半ば伝説の類と思われているでしょう。幻怪も獣化も、強力ですが危険すぎる能力でもあります。場合によっては獣人は一切国内に入れないという国も出てくるでしょう。それ故特に人間相手には秘密にしている者が多いのですよ」
「たしかにこの能力を人のいる街中で使われたら大変ですもんね」
人間体として潜入された後重要拠点近くで幻怪を使われたら、たとえ王都であってもたやすく落とされるかもしれない。
そこまで考えたところでリオンは、
『あれ、ということは、亜人戦団の戦力がさらに跳ね上がったんじゃ……』
とおののいた。
もはや書類上の数字である総数100名の戦力などとんでもない。
竜種は普通騎士団が全力を上げて討伐する魔物である。ボルカ一人で騎士団とやりあえる(戦い方によっては倒すこともありうる)。
リオンははからずも、すでに一個騎士団級の戦力を指揮する立場になってしまった。12歳の少年がである。
王都を追放されたと思ったら、とんでもなく強力な戦団に拾ってもらえたことにリオンは改めて感謝した。さらには、幻人にとっての致命傷にもなりうる秘密を明かしてくれた戦団の面々に一層深い感動が湧き上がる。
「ありがとうございます。こんなに大切なことを、ぼくが入団して早々に明かしてくれて……」
「なんの。ウルフ殿、そしてきっとボルカ殿も、心の底ではあなたを認めているからこそですよ。実際前任団長がいたときは二人ともほのめかしさえしませんでしたから。きっとリオン殿には人から信頼を得る天性の魅力があるのでしょう」
「そんなぼくなんて……」
「実際私もリオン殿へお使えすることに無上の喜びを感じつつあります。理屈ではない、人の上に立つ者とはそういうものです。ただリオン殿、獣化も幻怪も、申し上げたとおり獣人幻人にとって非常に大切な秘密になります。一体誰がそれを使うことができるのか、私から明かせぬことをお許し下さい。先程口を滑らせかけてしまいましたが、本来それは本人からのみ直接聞くことのできるものなのです」
「当然だと思います。わかりました」
リオンが深くうなずく。それを見てカタリーナがニッコリ笑った。
「さて、惜しまれますがそろそろこの会話も切り上げるとしましょう。ウルフ殿のおかげで前方のワイト兵の戦列は崩壊しつつあります。我らが最後のダメ押しをして哀れな亡者に引導を渡す頃合いかと」
「はい、カタリーナさんよろしくお願いします」
「久遠殿! 突撃隊の10名とともにワイト兵の戦列へ突っ込みます! よろしいですね?」
「わかった、弓で援護するから思い切りやっちゃって」
「心得ました! ――リオン殿、我が背にてとくとご覧ください。ケンタウロス流騎兵術は突撃にこそ、その真価を発揮することを!」
カタリーナは突撃部隊とともに壊乱するワイト兵最前列へと突撃する。
ウルフによる噛み跡で十分な体制を整えられない敵はなすすべなく、たちまち一方的な蹂躙が始まった。
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ワイト兵をの後方を獣化したウルフが、前から戦団兵が攻め立てる。ワイト兵は大悪霊によって蘇らされたものの、骨そのものは強化を受けているわけではないので脆かった。耐久力だけならオークより低いくらいだ。
それでも500という兵力は分厚く、一度の突撃で突き崩すには至らなかった。突撃組全員で100ほどの敵を屠ったところでカタリーナが叫ぶ
「頃合いですね、そろそろ引きましょう。久遠殿! 一度引きますので援護を!」
「了解!」
すぐさま突撃隊の頭上を超えて、山なりの軌道を描いた矢がワイト兵へと降り注ぐ。火炎系の魔法を付与しているのか、それは敵に到達するなり爆発した。
ワイト兵が火矢の爆発に足止めされている間に、突撃隊は潮が引くように元の位置へと戻る。突撃も離脱もカタリーナは実にたくみだった。すぐに久遠がやってきて短くねぎらう。
「お疲れ様、さすがね。敵の感じはどう?」
「さすがに500の兵力は脅威ですね。ですが、もう2度ほどの突撃で突き破れそうです」
「わかった。次の突撃援護で矢が尽きるから、そしたら私達も前線に加わるわ」
「よろしくお頼み申します。さて、呼吸が整ったらもう一度行きますよ!」
カタリーナが突撃隊に声をかけると、それぞれが短く応じた。
前方のワイト兵は、整いかけた前列が再びウルフの牙によって荒し回られていた。
「ウルフ殿が敵を崩してくださいましたな。よし、皆様まもなくです! ご準備は――お?」
その時、巨大な地響きが戦団を襲った。
振り返れば、ついに大悪霊がその巨体を地面に落として動けなくなっていた。6本合った腕は全て炭化し見る影もなく、頭もかじられたように半分消えている。
「ゴルアアア!」
対する火竜は右足を上げたかと思うと容赦なく大悪霊へ振り下ろした。ワイト兵とは違う、魔力によって鉄以上の強度を誇るはずの腰骨が、枯れ葉のように踏み砕かれる。
「ゴルアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
勝鬨のように咆哮を上げた火竜は、こちらを見ると軽く頷いた。勝った、ということなのだろう。
カタリーナが言う。
「どうやらあちらも終わったようですな。これでワイト兵への攻撃にもボルカ殿が加わってくれますから百人力です。いや、実際は百人力どころではすみませんが」
頷きつつ、リオンは今日何度目かの質問をする。
「主である大悪霊が死んだ後も、ワイト兵はいっしょに倒れないんですね」
「はっは、現実はなかなか都合よくいかないようです。なんでも死霊系の魔術は術者が死んでも残って効果を発揮するものが多いのだとか。リオン殿は見たこと無いかもしれませんが、ここいらは夜になるとしょっちゅうグールなどが徘徊していますよ。傀儡操作系であれば術者死亡と同時に動かなくなりますが」
主である大悪霊が死んだ後も、ドラゴンがその顔を向けても、ワイト兵は一切怯む様子がなかった。魂のない兵士というのは恐ろしい。
「それでは再度の突撃と参りましょう。少しは我らも格好をつけたいですからね。突撃、開始!」
号令とともに突撃隊が駆け出す。
カタリーナの背につかまりながら、リオンは突然言いようのない胸騒ぎを覚えた。
思わず後ろを振り返る。重厚な足取りでこちらにやってくる火竜の後ろで、大悪霊の身体に再び黒炎が巻き起こった。
「ボルカさん! うしろっ!!!!!」
リオンの叫び声で弾かれたように火竜が振り返る。すでに頭部だけ再生を終えた大悪霊が、その巨大な口を開いた。




