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15.幻怪

「これは、まずいですな」


 言いながら、カタリーナは落ち着いて騎兵用の長槍を構える。まずは敵の生み出したこの動く骨を粉砕し、撤退路を確保する構えだ。周囲を囲まれているものの、前面は10体ほどにすぎない。切り込むスキは十分にある。


「グガ、グガアアアアアアアアア!」


 その時、上空の大悪霊が再び叫んだ。すると人型の白骨たちの両手におぼろげな靄が現れ、それが剣と盾の形を取る。大悪霊の魔力によって生み出された即席の武器だった。


 振り返れば上空の大悪霊も、六本の腕それぞれに巨大な剣を持ち、背に赤黒いマントを纏っていた。大悪霊の持つ剣は白骨たちとは違い、使い手に劣らぬ魔力を当たりに発散している。魔力によって自由に召喚することのできる伝説級の武器と思われた。


 これが大悪霊ヒュージゴースト・デーモンの完全体なのだろう。骨の満身に魔力をみなぎらせ、いよいよ戦団へ襲いかかってきた。


「グガアアアアアアアアアアアアア!」


「来いよ骨野郎! オレが相手だ!」


 ボルカが叫ぶやまっさきに大悪霊へと向かい、その両刀を打ち合わせた。凄まじい衝撃を示す剣戟音があたりに響き渡る。


「グ、ガ?」


 胡乱気(うろんげ)な声を発したのは大悪霊の方だった。

 ボルカの持つ大剣は二本、対して大悪霊のもつ剣は6本、3倍の剣圧を持って襲ったにもかかわらず、ボルカは吹き飛ぶどころか簡単に受け止め、ジリジリと押し返しさえした。


「どうした、こんなもんか?」


「グ、グガアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 大悪霊にも怒りという感情があるのか、これまでにない凶悪な咆哮を発すると、6本の腕を自在に動かし猛然と剣撃を繰り出してきた。闇雲に振り回しているわけではなく、ある程度『型』に則った、剣術を収めていると思しき動きだった。しかしボルカはそれを落ち着いてさばいていく。


「多腕で武器持ちのやつと戦うのは久しぶりだなぁ、燃えてきたぜ! ちょうどゴブリン共じゃ物足りなかったところだ!」


 戦闘を楽しむかのように凶悪な笑みを浮かべたボルカは、六刀の怪剣を二刀で互角に渡り合っていく。それがさらに大悪霊の怒りに火をつけたようだった。


「ゴガアアアアアアア!!!!!」


 咆哮に呼応するように、骸骨たちが動き出し一斉に武器を構えた。


 合わせて久遠たち前列の戦団兵も、七名ずつで左右に別れ応じる構えを取る。


「チッ、ただのワイトがワイト兵になりやがった。厄介だな」


 大悪霊とボルカの戦いには目もくれず、前だけを見て左隣のウルフ舌打ちする。


「前の敵だけはどうしようもねえ、カタリーナ、突破するぞ!」


「承知しました」


「ふ、二人共気をつけて……わわっ!」


「リオン殿口をお閉じ下さい、ここからは舌をかみますぞ!」


 叫ぶとともにカタリーナとウルフがワイト兵の列へと突っ込んだ。敵の数は10体、カタリーナが右側の5体、ウルフが左側の5体を相手する。

 リオンはしっかり口を結ぶと全身でカタリーナへと掴まる。


「シィッ!」


 まずはウルフが迫りくるワイト兵に向かって小型のナイフを投げる。隙間だらけの骸骨兵にナイフが利くのかとリオンは疑問に思ったが、ウルフのナイフはワイト兵の肋骨の中、心臓部にある小さな黒炎に向かい翔んでいく。黒炎にナイフが当たると、ワイト兵は苦悶の叫び声を上げて崩れ落ち、もとの白骨へと戻った。


 ウルフの投げたナイフはたちまち3体のワイト兵を倒す。続いてウルフは腰に差してあった片手剣を引き抜いた。


「フッ」


 空中に高く飛び上がり、回転をかけながらワイト兵の首をまとめて2体斬り飛ばす。一瞬で右側の敵を全滅させたウルフは、背中を預けたカタリーナの方へと振り返った。


「カタリーナ、大丈夫か!?」


「ハアアアアッ!」


 カタリーナの方はさらに豪快だった。長槍でまず先頭の1体の胸を刺し貫くと、穂先に敵を突き刺したまま槍を振るい横の3体もまとめて弾き飛ばした。

 刺さっていた骸骨兵が砕け散るほどの重い一撃は彼らを二度と再生させない。ケンタウロスの膂力ですぐに槍を引いたカタリーナは、残った1体のワイト兵が懐に入る前に再び槍を繰り出していた。

 一撃で頭骨を粉砕されたワイト兵はすぐに動かなくなり地面へ崩れる。


「ふうっ、これで後ろ正面は片付けましたね。ウルフ殿、突破しましょう!」


「おう! わかってたけど心配なかったな。行くぜカタリーナ! リオン、背中で目を回すなよ」


 カタリーナとウルフが猛然と駆け出し、後列にいた三名の戦団兵がそれに続く。


 しかし50メートルほども駆けたところで、彼女たちはすぐに足を止めた。


「なんと、これは……」


「おいおいおいおい!?」


 リオンたちが見たのは前方一〇〇メートル先、街道と平原を埋め尽くし、数百体を超えるであろうワイト兵がこちらに向かって駆けてくる姿だった。


「いくらなんでもこりゃ洒落になんねえ。戻れ戻れ! もとに場所にもどれ!」


「一体今日はどういうことです! 大盤振る舞いにも過ぎますぞ!」


「知らねえよ、魔族の給料日なんだろ」


 リオンたちは再び踵を返し、急いで殿の戦団兵が戦う場所へと戻った。


 彼女たちの姿を見た久遠は当然声を上げる


「ちょっとあなた達! 何でもどってきたの!?」


「それどころじゃねえんだって、後ろからワイト兵がうじゃうじゃ来てやがる。目測じゃ何体いるかわかんねえくらいだ! ざっと五〇〇体はいるぞ」


「う、そ……」


 大悪霊の出現ですら全く戦意を失わなかった久遠が、初めて顔を青ざめさせた。楽勝状態から一転、とんでもない苦境に立たされ経験豊かな戦団兵にも動揺が広がる。


 久遠たちはすでに周囲に湧きだした40体のワイト兵は片付けていた。残るは大悪霊のみだったはずが、突然に新手のワイト兵500体である。これまで的確に次の指示を出してきた久遠がさすがに言葉を失った。


 そこへ、まだ目に光を宿しているウルフが言う。


「この状況はヤベえ。あたしの知る限りうちの戦団最大のピンチだ。久遠、悪いが『セリオン』を使うぞ」


 久遠がはっとして顔を上げる。


「いいのウルフ? あなた去年の敗戦のときでも使わなかったじゃない」


「あんときは負けてても戦団は危険じゃなかったし、騎士団の目もあったからな。だけどここにはあたしたちしかいねえ。ま、リオンはいるけどな」


 そこでウルフが手を伸ばし、ぽんとカタリーナに乗るリオンの背中を叩いた。急に名前を出された理由はわからないまま、それより気になることがありリオンは尋ねる。


「ウルフさん、『セリオン』とはいったいなんですか?」


「あたしたちも敵に驚かされっぱなしじゃねえってこった。こっちにも奥の手があるんだよ。なあ、いいだろ久遠。それ以外にこの地獄の窯は抜けられねえぞ」


 久遠は一度リオンに目をやってから、ウルフにうなずく。


「ウルフ、あなたがいいなら……お願いするわ。思いっきりやっちゃって」


「おう、任せとけ!」


 すぐにウルフは身を翻し、500体の敵へと駆けていった。何が起きるかわかっているのか、他の戦団員はその場に留まっている。


 久遠が、やや離れた場所で戦っているボルカへと声をかけた。


「ボルカ、聞こえてる? あなたも『リベレーション』をお願い」


「ああん!? オレはまだこいつと戦えるぞ」


「500体のワイト兵に大悪霊ヒュージゴースト・デーモンよ、いくらなんでもウルフだけじゃ無理よ」


「チッ、たしかにな」


 大悪霊の猛攻をしのぎきりながら、ボルカは何かに悩むように眉を寄せている。


 唐突に、彼女が叫んだ。


「おいリオン!」


「は、はい!」


「今からオレの奥の手を見せてやるが、絶対戦団員以外には話すんじゃねえぞ! 前任団長にも王国軍にだって秘密にしてたことなんだからな」


「わかりました!」


 セリオンもリベレーションも何のことだかわからないリオンは目を白黒させて了承の返事するしかない。

 対してボルカはぼやくように言った。


「まさかこんなに早く晒すことになるとはな……。久遠! 団員をもう少し離れさせてくれ!」


 久遠がすぐさま戦団兵を指揮しボルカと大悪霊の戦いから5メートルほどの距離を開けた。陣形も立て直し、ウルフとボルカを除いた17名でリオンとカタリーナを囲むひし形を取る。


「OK! いつでもいいわよ!」


「よし、タイミングはウルフと合わせるからな」


 そうするうちに敵のワイト兵団がいよいよ戦場へ姿を表した。


 前方のワイト兵、後方の大悪霊、恐るべき敵に挟まれてリオンにも思わず震えが走る。

 その姿に敏感に気づいたらしいオペラが、声だけ上げてリオンを励ました。


「大丈夫だよ。ボルカちゃんもウルフちゃんも、本当に強いんだから、見守ってあげて」


「オペラさん……お二人は、これから何をしようとしているんですか」


「見ていたらわかるよ。驚かないでね」


 その言葉が本当に自信といたわりに溢れたものだったので、リオンの心も落ち着いてくる。


 目を凝らして、リオンは10メートルほど先に迫るワイト兵、それに立ちはだかるウルフへと視線を注いだ。


 リオンが注目する中、ウルフはなぜか武器を放り捨てた(・・・・・)


 身体を付して獣のようによつばいになると、ひゅっと小さく息を吸い込み、叫ぶ。


獣化(セリオン)人狼(ウェアウルフ)!!!!」


 ウルフの身体から淡い光が発されたかと思うと、またたく間に大きくなる。それは直径4メートルほどの半球状をなしたかと思うと、あっという間に霧散した。


 光の消えた後には、鈍銀(にびぎん)色の毛に覆われた体長3メートルを超える狼の姿があった。

 何が起こるかと固唾を飲んで見守っていたリオンは、まさしく呆気にとられる。


 (ウルフ)はグルルと低く唸ると、猛然とワイト兵に向かい突っ込んでいった。

 狼のスピードが早すぎるのか、それともワイト兵にも驚愕という感情があったのか。ほとんど棒立ち状態の骸骨にとって狼の牙と爪は尖すぎた。


 たちまち最前の2列が食い破られる。後列も迎撃どころの状態ではない。盾を構えて強襲に備えるのが精一杯だった。


 もともと陣形と言うほどの戦列を組んでいなかったワイト兵である。ただの密集した骸骨兵に過ぎないそれは狼の牙と爪によってずたずたに引き裂かれ、地表に骨を撒き散らした。またたく間に30体ほどの骸骨兵を噛み砕いた狼は、一旦列を斜めに突っ切り右翼から飛び出る。


 (ウルフ)が歯牙にもかけないとはいえ500のワイト兵である。そのまま中を突っ走る愚行を狼は犯さなかった。一度骸骨戦列の外に抜けた狼はそのスピードを巧みに生かし、今度は最後列の囲みへ襲いかかる。


 もしワイトが声を発せたなら、絶え間ない悲鳴が上がっていただろう。砕ける骨、打ち捨てられる武器、軋み擦れ合う関節の音がその代わりとなり戦場を埋め尽くした。


 それを眺めるリオンはカタリーナの背で魂を抜かれたままだ。


「な、ななななな」


「やあ、強いですなウルフ殿! もしやすると前線に出れず鬱憤(うっぷん)が溜まっていたのかもしれませぬ」


「ウルフちゃんの獣化(セリオン)久々に見たけどさすがだね~。かっこいい!」


 眼前の光景をのんきに評しているのはカタリーナとオペラの二人だ。リオンは慌てて二人に尋ねる。


「な、なな、ななななんですかあれは!!?」


「ふふふ、言ったでしょう。あれが獣化(セリオン)、獣人がその血に宿る獣の力を開放して変身した姿だよ」


「強すぎるじゃないですか!!? さっきまでの苦戦は一体何だったんですか?」


「んふふ、これで驚いてちゃいけないよリオンくん。だってこれからボルカちゃんもあるんだから」


「え、まさか……」


 リオンが慌てて後方へと目を向ける。

 そこにはウルフと同じく武器を投げ捨て、構えるボルカの姿があった。


幻怪(リベレーション)! 火竜(レッドドラゴン)!!!!」


 発声とともに赤い光がボルカの体を包む。光は形を変えながら巨大化していき、ついには10メートルを超す円柱となった。大悪霊が一瞬、眩しそうに顔を手でかばう。


 光が消えた後に現れたのは……鮮やかな赤い鱗を持つ、火竜。


 体高だけで8メートルはあるだろう。ねじれた角、矢じり型の頭、太い首、がっしりした胴体。胴体に比して短めの前足と強靭な後ろ足を持ち、背には翼。体長の1/3程ある長い尾を引きずっている。


 火竜は獰猛に笑う。その口の中に並ぶ牙を見せつけるように。爬虫類そのものの目を細めて。呼吸に小さく火の粉が舞った。


 破壊の権化。全生物の天敵。これを魔獣と呼ばずして何を呼ぼう。


 ドラゴンが、その地に顕現していた。


ごめんなさい! 明日も更新お休みします。次回は3月10日火曜日に投稿予定です!

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