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14.大悪霊《ヒュージゴースト・デーモン》

 周囲を見渡す余裕が出てきたところで、リオンはふと気づいたことがあった。


「カタリーナさん、また質問よろしいでしょうか」


「もちろんです。なんなりと」


「ゴブリンとオークの集団というのは、いつもこのように戦うのでしょうか?」


 カタリーナは少し首を傾げて、戦場の様子を見る。そこではついに敵の戦列が崩壊して、生き残ったオークとゴブリンが我先に逃走していく姿があった。


 カタリーナにとってはあまりに見慣れた光景である。


 敵を見つけたらとりあえず突っ込んでくる、勝てなそうだと思ったら逃げ出す。弱い獲物を狙っては略奪して回るゴブリンオークがいつもとる戦い方だ。そこに戦術のようなものは見いだせない。


 彼女は改めて背中のリオンへ尋ね返した。


「失礼リオン殿、このようにとはどのような意味でしょうか?」


「はい、ぼくが前に読んだ魔物の生態を記した本では、ゴブリンとオークが集団行動する時、必ずオークを前面に立てて攻撃してくると書いてありました。

 ゴブリンはオークよりすばしこいですが、集団で襲いかかるときは歩調をオークに合わせて、身体の大きなオークに盾になってもらうような形で攻撃してくると。ですが今日の戦いでははじめからゴブリンが先頭にいたので、本が間違っていたのかな、と」


 リオンの言葉を受けてカタリーナが思考するようにあごに指を添える。


「ふむ、言われてみれば今日のゴブリンとオークは確かに普段と様子が違いますな。書物は間違っておりません。リオン殿の言う通り、ゴブリンは普通自分より大きなモンスターの影に隠れるようにして襲ってきます。今日に限ってなぜ最初から先頭にいたのか、理由まではわかりませんが」


 そのとき、左隣からウルフが声を上げた。


「リオン、お前いいセンスしてるぜ」


 武器を構えたウルフが流れるように移動した。

 リオンの側を固め、警戒の色をあらわにする。


「嫌な予感がする。あたしの経験上ゴブリンが先頭にいるときは、奴らより強い魔物から逃げてるときだ。魔物ってのは共食いするんだよ。ひとくくりにされていてもそれぞれが全然別種の生き物だからな。しかし100匹のゴブリンとオークが逃げ出す魔物ってなると少し厄介だぞ」


「まことですか。しかしウルフ殿。それほど強力な魔物がいればルルカ殿の探知に引っかかるのでは」


「そのとおりのはずだ。現にあたしの鼻にも何も引っかからねえ。だがこいつはいる(・・)と判断して備えといたほうがいいぜ。くっそ、ルルカが宿営地から動けさせすりゃあな。もっと深い探知ができるってのに」


 戦団員の会話から度々出てくる「ルルカ」という人物は、どうやら宿営地から動くことのできない兵士らしい。

 その理由も気になったが、まずは目に見えぬ魔物への対処だ。リオンも必死になってあたりを見渡す。


 前方ではボルカがサイドのオークを仕留め快哉を上げた。先頭が終了し空気が弛緩しかける。


 その時、後ろで逃げる敵を仕留めていた久遠が急に声を上げた。


「!? はっ? えっ? ウソでしょこのタイミングで!!?」


 なにか混乱したように頭を抑えている。目蓋(まぶた)はきつく閉じられ、まるで目の裏で何かを見ているようだった。


 すぐに目を開いた久遠が、間髪入れずに叫ぶ。


「全員! 上空!」


 その言葉で20名の戦団員が一斉に空を見上げた。一見したところ、青く晴れ渡る空にはなにもない。


 いや、上空10メートルほど、澄み切った青の中にぽつんと、黒いシミのようなものが浮かんでいる。


 20名の視線が集まる中、それは次第に大きさを増していった。やがて人の頭ほどもある大きな黒炎に育っていく。


「こいつはヤベえ」


 その時点で、ウルフがぽつりと呟いた。


 黒炎はいよいよ激しく炎を吹き出し燃え盛った。さらにその周囲へどす黒い瘴気が集まっていく。

 ここに至ってようやく膨大な魔素(マナ)が上空に集まっていくのをリオンも感じた。先程のゴブリンやオークとは比較にならない莫大な魔力。それが瞬時に凝集され新たな形をなしていく。


 まず、太い背骨が産まれた。人間とは違い青みがかった灰色をしたそれは、肋骨、首、肩と次々と他の部位を生み出していく。


 やがて肩からは6本の太い腕が生え、下は腰骨が生み出された後燃え盛る黒炎に包まれた。肋骨の内部、人間ならば心臓に当たる部分にも最初の黒炎が燃えている。最後に捻じくれた角の生えたヤギの頭骨を模した頭が生えると、それは大きな唸り声を発した。


「グガアアアアアア!!!!!」


 人の心を凍りつかせるような、地獄の呼び声。僅かな間で上空に生み出されたのは身体の大きさが5メートル、腕を広げた長さは7メートルはありそうな巨大な化け物だった。その姿を見たリオンがほとんど無意識で呟く。


大悪霊ヒュージゴースト・デーモン……」


「! リオン、わかるのか?」


「本で読んだことがあります、死霊系中位のモンスターです」


「マジかよ……」


 リオンに聞いたウルフがそのまま絶句する。

 先程までの余裕は消え失せ、冷や汗を流していた。


「死霊系ならルルカちゃんが見落としたのもわかるね。姿は無いし音もしない、特に大死霊系は、現界するまでまったく気配を漏らさないのが特徴の魔物だから」


 声だけを発しオペラが会話に加わった。ゴーストだけに死霊系の魔物にも詳しいらしい。


 ヒュージゴースト・デーモンは人間によって討伐された悪魔の怨霊が集まり産まれたモンスターだと言われる。生き物に対する強い憎しみを持ち、死してなお敵を見つけては襲いかかり魂を貪り食らうとされていた。


 魔物はその強さ、危険度によってランクが存在する。先程まで戦っていたごbルインやオークは最下位のクラスとなる(普通の人間にとっては脅威だが、それでも最下位なのだ)。そこから下位、中位、上位と上がっていくが、大悪霊は中位の魔物だ。5層級のダンジョンであれば(ボス)を務めるほどの凶悪な魔物である。

 10名未満の人数で組まれた普通の冒険者パーティでは討伐は不可能。人間領内に現れれば、騎士団が出撃するレベルだ。


 身体を顕界させた反動か、大悪霊はすぐに動く気配がなかった。突然の事態から最初に立ち直ったのはボルカと久遠である。


「久遠! 後続を逃がせ、オレが時間を稼ぐ」


「わかった! ウルフ、カタリーナ、先頭に立って今すぐ宿営地まで戻って!」


「心得ました」


 ボルカ、久遠、カタリーナの間でのやり取りに無駄な時間は一切なかった。

 直ちにカタリーナが踵を返して街道を戻ろうとする。リオンが口を挟む間もない。


「待って下さい、団長のぼくが最初に逃げては……」


「むっ!」


 しかし駆け出してすぐカタリーナはたたらを踏んだ。リオンの言葉に耳を貸そうとしたわけではない。突如目の前の土が(いびつ)に盛り上がったのである。


 土の盛り上がりは一つではなかった。戦団兵20名の周囲を囲むように後から後から湧き上がってくる。


「グガアアアアアア!」


 大悪霊が咆哮する。それとともに、土の中から白い骨の腕が這い出してきた。

 すぐに全身を表したそれは白骨化した死体だ。人間のものらしい骸骨もあったが、頭に角が生えていたり、胴体が異様に巨大なもの、明らかに動物の形をしたものなど骨の種類は様々である。


 それらすべて、この地で傷つき死んでいった人間や魔獣の骨と考えられた。大死霊系中位の魔物である大悪霊は、自分以外の死体をも蘇らせ操る能力を持っているのだ。

 圧倒的な魔力に、膨大な兵士を生み出せる能力。しかもこれで中位の魔物なのだ。


 これが最前線。これが魔族領で戦うということ。


 恐怖に叫びたいのを必死に堪え、リオンはただカタリーナの背により強くしがみついた。

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