13.初陣
カタリーナの言葉を聞き改めてウルフの体を見ると、たしかに左頬だけでなく体中に無数の傷があった。数多の戦場を駆け抜けてきた経験がそうさせるのか、ボルカや久遠よりもさらに落ち着いた、いい意味でリラックスした印象を受ける。
「何だ急にまじまじ見やがって。ああ、あたしは狼の獣人だよ。人狼、っつうのかな。だからとりわけ鼻が利くんだ」
「狼、ですか」
「ところでリオンは何の亜人なんだ?」
「え?」
一瞬質問の意味がわからず混乱して、すぐに気づく。そう、リオンはもう人間ではないのだった。少なくとも周囲からは亜人として見られる。リオンが戦団へ簡単に受け入れてもらえたのも、もしかしたらそのおかげもあるのかもしれなかった。
額の角にそっと触れて、リオンは答える。
「わからないんです。本当に寝て起きたらいつの間にか角が生えて、髪の色も変わっていて」
「へー、融合型ってことか。そりゃ珍しい。――のわりに魔力をあんま感じねえな」
「はい。久遠さんやオペラさんにもそこを不思議がられてるんです。ウルフさんはなにか思い当たる獣人はいますか? この角とかで」
「うーん、わりい、見たことねえなあ。一本角ってのがまず珍しいからな。ユニコーンは昔見たことあるけどよ、もっと長かったぜ」
「ウルフさんでもわからないんですね」
「あたしは戦場を渡り歩いてきたってだけで別に経験豊富じゃねえよ。そもそもオペラさんがわからない時点でうちの団員は誰もわからないと思うぜ」
「たしかに」
1000年生きてるオペラに匹敵する経験の持ち主など、リバート王国中探してもそういないだろう。
「……あれ、そういえばオペラさんは」
つきっきりでそばにいると言っていたオペラの姿が見えず、リオンは首を傾げた。
するとすぐ後ろから、
「ここにいるよー」
と声がしたのであやうく悲鳴を飲み込んだ。
「っ、いたんですねオペラさん。すみません」
「戦闘中はちょっとでも魔力抑えときたくて完全に霊体化していたの。いざってときはすぐ助けるから安心して」
「ありがとうございます、お願いします」
「お、オペラもいるのか、こりゃリオンが死ぬことだけは絶対ねえな」
「うふふ、お姉ちゃんに任せといて」
「だそうだ。ま、自分の正体なんてあんまくよくよ悩むなよリオン。生きてりゃそのうちわかるだろ。気にすんな」
あっけらかんと笑うウルフ。
その目が急に細められた。耳が動いて街道の奥へと向けられる。
「お、そろそろ来るな。じゃあリオン、また戦いが終わってから話そうぜ」
「はい」
「カタリーナ、リオンのこと頼むぞ。あたしは近づいてきた敵を倒す」
「心得ました」
「ま、あたしらの仕事なんて無いかもしれないけどな」
「え?」
何の気なくつぶやかれたウルフの言葉を尋ね返そうとした時、久遠の声が響いた。
「来たわよ、弓狙って!」
リオンもまた視線を正面へと戻す。
視線を向けると同時、丘の先から次々とゴブリンが姿を表した。
ゴブリンの体格は小柄なためここからではまだ人形ほどにしか見えないが、久遠はためらわず叫んだ。
「放てっ!」
引き絞られた矢が一斉に放たれて、たちまち最前列のゴブリンが倒れ伏す。
「ギャアアアアアアアッッッッ!!」
前列が倒れたのを受けて、待ち伏せに気づいた後ろのゴブリンがたちまち怒り狂って駆け出してきた。
久遠は冷静に2射、3射と続けた。
ゴブリンは次々と頭や心臓を射抜かれ絶命していく。
4射目を放った時、丘の影からオークが姿を表した。
「よし、後ろのオークを狙って。放ったら突撃組と交代しましょう」
仲間の死体を超えたゴブリンが間近に迫っていたが、久遠はオークの方を優先して狙った。ゴブリンより体格の良いオークだけに、5射目も外れなく敵の頭を貫いていく。
「ゴアアアアアアアアッッッッ!!」
体格の良いオークが一斉に倒れると軽い地響きと砂埃が上がった。久遠たち弓兵は終わりまで見届けることなく、戦列の後ろへと引く。
代わってボルカが他の兵士10名とともに前へ出る。
「よっしゃあ、ようやく暴れられぜ! 突撃組準備いいな!」
「おおーっ!」
「いっくぜーーっっ!!!」
背中から両刀を引き抜いて構えると、一個の赤い火球のようにまっすぐボルカは敵陣へと突っ込んでいった。ゴブリンたちもすでにつけた勢いそのままにボルカめがけて殺到する。隊列こそ組んでいないものの8匹のゴブリンが一つの塊となってボルカにぶつかった。
結果弾き飛ばされたのはゴブリンの方だった。しかもボルカは両手の剣を一振りしただけだ。それだけでゴブリンが街道の外側へ数メートルも弾き飛ばされる。
赤い暴風。そうとしか形容できなかった。
突撃の先頭はボルカがつとめていたが、その彼女一人によって敵陣が切り刻まれていく。横薙ぎに振るわれれば4、5匹まとめて両断され、たまに切り上げられれば何メートルも冗談みたいな高さに飛ばされた。
生物としての格が違う。アリと象の戦いだった。そうしてめちゃめちゃにされた敵の列へ後から後から戦団兵が突っ込んでいく。
「どうらぁっ! やっぱゴブリンとオークじゃつまんねえな! 歯ごたえがねえ」
あっという間にゴブリンの戦列を片付けたボルカは後列のオーク集団へとたどり着く。そこでも同じだった。
そもそもリーチが違う。ゴブリンが持っている武器は棍棒、オークがせいぜい鉄の片手斧を持っているだけだが、ボルカの振るう剣は刃渡り1メートルをゆうに超えるブロードソードだ。それが長身のボルカによって振るわれるため、斬撃範囲は2メートルを超えることもあっった。人より小柄なゴブリンや、人とほぼ同じ大きさのオークではまるで歯が立たない。
「すごい……」
リオンは眼前で行われる戦闘を息を呑んで見つめていた。
普通の人間が遭遇すれば命の危険もある魔物のゴブリンやオークが、ボロ切れのように吹き飛ばされていく。あまりに圧倒的。百匹程度なら一人でも倒せると言ったボルカの言葉は嘘ではなかった。
むしろまだまだ戦力に開きがある。
久遠たち弓兵による最初の射撃と、ボルカ隊の突撃によって魔物の群れはすでに壊滅しつつある。
後列のリオンのもとには敵モンスター一匹やってこなかった。カタリーナも隣のウルフも、警戒こそしているが視線はすでに観戦モードに入っている。
「今日のボルカはちょっと走りすぎてんな。なんか苛つくこともでもあったか?」
「リオン殿がいるからでしょう。ボルカ殿はリオン殿のことをまだ団長と認めておられないご様子ですから」
「ほー、そんな事気にしてんのかあいつは。まだまだ青いねえ。ま、そういうところに可愛げがあるんだけどさ。きつそうだったら手伝ってやろうかと思ったけどこりゃあ心配いらねえな」
「ウルフ殿の場合、自分も混ざりたかったの間違いでは?」
「にはは、違いねえ」
いまリオンの周囲で護衛についているのはカタリーナとウルフを含めて5名。戦闘に参加しているのが15名である。100匹の魔物を15名で蹴散らすなど王国軍だったら信じがたいほどの戦果だった。




