12.獣人の古参兵
街道を北へとひた走り、リオンたちは戦場へと向かう。
カタリーナはリオン一人の重量など物ともしないらしく、軽快な蹄の音を立て駆けていた。
街道の両脇は背の低い植物が繁茂する平野となっていて見通しは良い。久遠が最初に説明したとおりゴブリンとオークの群れが街道を下ってくるならばすぐに見つけられるはずだった。
そこで、リオンにある疑問が湧く。
「カタリーナさん、行軍中ですが話しかけてもいいですか」
「もちろん構いません。リオン殿」
「亜人戦団の宿営地は魔族との戦いの最前線に置かれていて、ここはもう魔族領なわけですよね。なんでこんな整備された街道があるんでしょう」
街道は所々欠けたりはしているものの、まだしっかりと使える状態だった。王国内でもよく見かける補修の充分でない道路という感じだ。しかし魔族が果たして自分で街道を整備するだろうか? それもこんな人間側が走りやすいように。
リオンの疑問にカタリーナは小さく笑いをこぼした。
「ハッハ、たしかに当然疑問に思われるところですね。実はこの辺りは去年まで人間側の領域だったのです」
「えっ!?」
「魔族と王国との戦いは長年一進一退を繰り返しておりまして、その度国境線も何度も変わっていたのですが、ここ数年は負けが込んでいましてね。特に今年の春第5騎士団とともに臨んだ大きな戦いで大幅に領土を奪われてしまいまして、ここまで後退するはめになったのです」
「……ちなみにその時の亜人戦団の指揮官は?」
「ご想像のとおり、リオン殿前任の団長です」
頭痛をこらえつつ、リオンはため息を付いた。
北方の領地が奪われたなど王都では聞いたこともない。前任団長はともかく第5騎士団の騎士団長はしっかりした人物のはずだったから、クリストフェルが報告を握りつぶし公にしなかったのだろう。
ちなみに、リオンの父親ギルバートが宰相であったときは戦闘があれば結果は負け戦でも全て元老院と市民に公開した。今のクリストフェルが就任してから勝ち戦しか公表されておらず、クリストフェルは自身を常勝宰相などと喧伝している。表に現れる結果だけを見て政治家の評価はできないということだった。
「では、僕たちはまず失った領土を奪い返すために戦うわけですね」
「左様です。現在我ら亜人戦団と第5騎士団は昨年失ったバルカス砦の奪還を当面の目標としております。宿営地から40キロほどの距離にある大規模な砦でして、ここを取り戻せれば去年失った土地を大部分取り戻すことができます。ま、魔族によって破壊されていなければの話ですが」
リオンは少し考ええてから答える。
「たぶん大丈夫だと思います。頑丈な砦であれば魔族も奪った場所を利用したいと考えるはずです。魔族は多様な姿を持ちますが、ゴブリンなど人型のものも数は多いです。雨風をしのげる場所をわざわざ破壊したりしないでしょう。するとすれば再びこちらの手に奪い返されそうになったときですが、この一年向こうの勝ち戦が続いているのであればその心配はないと思います」
カタリーナが驚いたように振り返った。
「ほう、リオン殿はそのように見ますか。私も今の言葉に納得いきました。失礼ながら幼少の身に似合わず深い思考をしてらっしゃる」
「そんな、褒めていただくほどのことではありません」
「いえ、やはりリオン殿は私の主にふさわしい」
カタリーナは騎士然とした笑みを浮かべ、再び前を向いた。
「それに、これは何の賞賛にもなりませんが、リオン殿の前任団長はもっと単純な思考もできない痴れ者でしたから」
「ああ……」
顔も知らない前任者さん、なぜかあなたのおかげでぼくの評価が勝手にぐんぐん上がっていきます……そんなことをリオンは虚空に思った。
宿営地から30分ほど駆けたところで、ついにリオンたちは敵を見つけた。
最初に気づいたのはボルカとともに一番先頭をかけていた女兵士だった。尖った三角形の耳とふさふさしたしっぽを持ち、四肢に銀と黒の入り混じった体毛を生やしている。ひと目で獣人と分かる彼女は、ある地点で急に足を止めた。
「待てボルカ。近いぞ」
彼女が止まると同時に戦団全員がピタリと停止する。各々周囲を警戒する面々を見て、さすがみんな戦場慣れしている……とリオンは感心した。
「ウルフ、どのくらいだ?」
「もう600メートルも無い。すぐそこの丘の向こうだ」
ウルフと呼ばれた獣人の兵士が前方の丘を示す。街道はその丘を回り込むように右へ曲がっており、その向こうに敵がいるのだろう。
ボルカのすぐ後ろをピタリとついていた久遠が、前に進み出てボルカに言う。
「あの丘までちょうど400メートルくらいね。そこまで近づいてくれれば弓が当たるわ。丘から姿を表したところを叩くのはどう?」
「それでいこう。……ウルフ、お前は後ろに下がってリオンの護衛を頼めるか?」
「んん? そりゃ、命令か?」
「オレだってお前といっしょに戦いてえがしょうがねえ。あのガキに戦場をかき乱されちゃたまんないんだよ。お前は鼻も利くし奇襲にも強いだろ? 悪いが今日は我慢してくれ」
「私からもお願い、ウルフ」
「何だ今日は突撃できねえのかよ、つまんねーな。ま、命令なら従うよ」
ボルカと久遠に交互に頼まれ、ウルフは特にごねることなく最前列を離れる。入れ替わりに久遠が号令して後列の弓隊(5名)が前へ向かった。
軽やかな身のこなしでウルフはやってくる。
やがてリオンのもとにたどり着くと、にかっと鋭い犬歯をむき出しにして笑った。左頬に大きな傷跡があるのも相まってなかなか荒っぽい見た目をしているが、全身からあふれる人懐っこい雰囲気でリオンは恐怖を感じなかった。
「あたしはウルフ。ウルフ・カスティーリャだ。よろしくな、リオン」
「はい。馬上から……じゃなかった、ケンタウロス上から失礼します」
「にははっ、おもしろいなー、お前」
カタリーナに乗ったまま、リオンは手を伸ばしてウルフと握手する。ウルフがリオンの手を握ってブンブン振り回すので危うくカタリーナから落ちるところだった。ついでにウルフのしっぽも勢いよく振られている。
「よっし、お前の匂いは覚えたぜ。これでどこに行ってもあたしが必ず見つけてやるから安心しとけ」
「よろしくお願いします」
「お前いい匂いしてるな。匂いのいいやつは獣人からモテるぜ。良かったな」
「へあぁっ!? どどどどどういうことですか!?」
「リオン殿、ウルフ殿はからかっておられるのです」
落ち着いた声でカタリーナが言う。その言葉通りウルフはひとしきり笑って。
「はっはっは、リオンはからかうとおもしろいな。お前みたいなのが団長ならあたしも大歓迎だ」
「主殿、ウルフ殿は戦団でもとりわけ歴戦の兵士です。安心して護衛をお任せして下さい」
「はい……」
またからかわれたと知りリオンは恥ずかしそうに熱くなった頬へ両手を当てた。
亜人戦団が噂とは違う立派な戦団であることはもはや疑いようもないが、やはり年上の女性だらけという環境は問題があるような気がする。




