11.新任挨拶と馬人の騎兵
宿営地の正門ではすでに他の兵士たちが整列していた。その前に向き合うようにしてボルカと久遠が立っている。リオンと同じく、二人共戦闘用の装備に身を包んでいた。
ボルカは動きやすさを優先してか胸部と腰部にのみ金属鎧をつけ、大剣を二本背負っている。見た目通り腕力で勝負する戦士系らしい。
久遠の方は狩人のような軽装の鎧を身に着け、長弓を背中に負っていた。リオンはてっきり彼女も前衛だと思っていたが、弓兵が本職のようだ。装備を整えたボルカと久遠が二人立っていると、王国正規軍と言うよりいかにも傭兵団という様になっている。
団長室にいたときも大きいとは思っていたが、こうして外に出て他の人と並ぶとボルカは本当に大きかった。他にボルカ並みの身長を持つものはほとんど見当たらない。
どこに並んでいいかわからず、とりあえずボルカの隣まで行き止まる。横に並び立つと本当に大人と子供みたいでリオンは少し恥ずかしかった。
「お待たせしました、ボルカさん」
彼女の方を見上げると、ボルカはなぜか口端を奇妙にねじ曲げて悔しそうにしている。
「? どうしました?」
「いや、……合格だ。ちゃんとスピードはあるみたいだな。まあなんかあった時一人でも逃げられるのは、悪いことじゃねえ」
不満げな顔でボルカが言う。対して横から顔を出した久遠は、ニッコリとほほえみかけてきた。
「リオンくん足速いね。うん、足の速さは戦場でとても重要よ。いいことだわ。中の幻獣がきっと足の早い種族なのね。あ、ボルカのことは気にしないで。竜種の幻人は種族にもよるけどだいたい足が遅いの」
「うるせえっ! ドラゴンが地上じゃ遅えのは仕方ねえだろう。翼があるからいいんだよ!」
「あなたには翼無いでしょう」
「なんだと! オレだってなあ……」
「はいはい、時間無いんだから説明始めちゃうわよ」
パンパンと手を叩いて話を切り上げる久遠。
整列する戦団兵士に向かって話し始める。
「みんな、集まってくれてありがとう! さっきルルカがこの宿営地に向かうゴブリンとオークの群れを確認したわ。ここから一時間の距離にオーク40のゴブリン60が迫ってる。まあ魔族が略奪目的にばらまいている群隊の一個でしょう。いつもどおり出撃して叩き潰すわよ。魔族領の方に戻るのを深追いしてはいけないけど、なるべく全滅させること。用意はいいわね!」
おおーっ! と鬨の声が上がる。これから魔物を迎え撃つと言うのに少しも気負った感じのない、覇気を感じさせる声だった。荒事に慣れているらしい力強い声だが、普通の兵士と違い若干高い。
久遠の言ったとおり、集まっている兵士は全て女性兵だった。亜人戦団の名にふさわしい様々な種族が揃っている。王国内であれば多数派であるはずのエルフやドワーフたちがここでは少数で、残りはほとんどが獣人、幻人たちだった。
持っている武器もばらばらで装備もちぐはぐ、傷だらけ。おまけに整列しているのは形ばかりで皆好き勝手に姿勢を崩して立っている。普通の王国兵であればとても精強とは見えない姿だが、むしろリオンは圧倒的な迫力を感じた。
『すごい……戦争素人のぼくでも全員が修羅場をくぐってきてるのがわかります。あきらかに戦慣れしている……。これが2年前から魔物との最前線で戦い続けている亜人戦団なんですね』
少々萎縮さえしているリオンをよそに、久遠が再び声を張り上げる。
「それから、長らく団長不在が続いた私達の戦団だけど、ようやく新しい指揮者が到着してくれました。後で戦団全員に挨拶の場を設けるけど、とりあえずこの場のみんなに紹介します。さ、リオンくん、あいさつお願い」
「へ!? あ、そうですよね。団長ですもんね。挨拶しないわけにいきませんよね」
緊張で声が裏返るリオン。ぎくしゃくと体を動かして、久遠の指示に従い整列する兵士の前へと進み出る。
20名の兵士の視線が一斉にリオンへと注がれた。敵意のようなものはないが、それでもリオンは圧倒されてしまう。
思わず後ろを振り返ると、久遠が小さくガッツポーズをして『ふぁいと!』と口だけで応援した。ボルカは意地悪くニヤニヤと、明らかに楽しそうに笑っている。
逃げられない。これが最初の挨拶なんだから、きちんとしないと。
リオンは自分を落ち着かせるように一度深呼吸して、精一杯声を張り上げた。
「皆さんはじめまして、この度亜人戦団の団長に任命されたリオン・フィラッファ・ケラヴノスです!
最初から正直に言います。自分はまだ12歳で、軍歴もありません。勉強はたくさんしてきましたが、戦争に関する知識はほとんどありません。皆さんにしてみれば寝耳に水で、おまけにぼくみたいな12歳の子供が指揮官なんて、とんでもない話だと思います。
でも軍令部はもう命令として下してしまいました。不満だらけだと思いますが、どうか僕に団長を任してほしいと思います。よろしくお願いします!」
自分の気持ちを言葉に出しきって、深く頭を下げる。
自分が受け入れてもらうには結局の所、誠心誠意頼み込むしかないとリオンは考えていた。
リオンはこの亜人戦団にとって見れば圧倒的異物なのだ。
種族の違いだけではない。王都からやってきた貴族で軍歴もない、それどころか社会の仕組みすらきちんと把握していない12歳の少年が、いきなり指揮官になるというのに、抵抗を覚えない兵士などいない。
いきなり信頼してもらえるわけがない。ならばまずリオンのほうが、相手を信じて自分をまるごと預けなくては駄目だ。
自分の命を預けなければ、決して兵士たちは従おうとはしないだろう。それがリオンが挨拶する時に考えていたことだ。
久遠やオペラのような人物が特殊なのであって、普通はボルカのような反応が一般的のはずだ。だからリオンは頭を下げた時、そこに罵声が浴びせられることも覚悟していた……。
しかしあいさつを終えた時リオンに降り注いだのは意外な言葉だった。
「「「「「よろしくーーーっ! リオン団長ーーーー!!!!」」」」」
「……へ?」
思わず間抜けな声を上げて頭を上げるリオン。顔を上げた先にあるのは兵士たちの温かい笑顔だった。律儀に拍手をしている者さえいる。
さらに彼女たちはそのままリオンの方に駆け寄ると好き勝手もみくちゃにし始めた。
「こんなかわいい子が団長になってくれて大歓迎だよリオンくーん!」
「超美形ーーー!! 将来が楽しみ!」
「ええー、この姿だからいいんじゃない。リオンくん、そのまま成長しないでね♡」
「女装させてみたい……」
「リオンくん彼女はいるの? 年上に興味ある?」
「ど。どどどどどうしたんですか皆さん!?」
蒼い目を白黒させてリオンが悲鳴を上げる。追い出されなかったのはホッとしたが、こんな歓迎は想像していなかった。
慌てふためいて後方に目をやるも、ボルカは最初から助ける気は無いようで肩をすくめ、久遠は苦笑するばかりだった。
「ふふふ、ごめんねリオンくん。みんな新しい団長が来てくれてうれしいのよ」
「でっ、でもっ! ぼくはまともな経験もない子供ですよ。なんで皆さんこんな……」
「勘違いすんじゃねえぞ、お前が指揮官として認められたってわけじゃねえからな。ただなあ……お前の前に団長だった男、前任者ってやつが最っっっ低のクソ野郎だったんだよ」
「指揮はできない。戦術も勉強しない。てんでセンスが無いから滅茶苦茶な命令してくるくせに、自分は優秀だと思いこんでいる。亜人のことを全部見下して普段は汚らわしいとか罵ってるのに、平気で手を出そうとしてきたりする。私達全員に激しく抵抗されると今度は娼婦を宿営地に連れ込もうとする。本当に最低の指揮官だったわ。思い出すだけで鳥肌が立つ」
「しまいには戦団の金に勝手に手を付けてトンズラしやがったし、控えめに言ってゴブリン以下のクズだったな」
「ええっ!!? 前任者は確か勇敢に奮戦した上無念の戦死を遂げたんじゃ?」
「あのクズがトンズラする時勝手に自分の戦死報告書をでっち上げて置いてったんだよ。オレたちはあいつが消えてくれるなら万々歳だったから、口裏合わせてやったんだ」
「そんな……、亜人戦団は父さんが成果を上げる為熱心に下準備していたはずなのに」
「そういやその前の団長はずっとマシだったなあ。あのクズに代わったのはちょうど一年前か。なるほど、王都の政変のアオリをこんな僻地まで受けちまってたんだな」
「そんなわけで、リオンくんがまだ子供だとか軍歴無いとか関係ないの。あのクズに比べれば誰でもまともな指揮官なのよ。この一年は普通の指揮なんかしてもらってなかったから全部自分たちで作戦考えていたのよね。だからリオンくんもしばらくは私達の戦い方を見守ってくれたら大丈夫よ」
「はい、よくわかりました」
次々明かされた衝撃の情報にリオンの頭はてんやわんやになる。
考えてみればボルカたちの強さだったらすでに多大な戦果を上げていておかしくない。
それを今日までリオンや執政府が知ることはなかったのは、その前任者が何らかの改ざんを行っていたのだろう。
クリストフェル宰相はリオンの父であるギルバート前宰相の業績を否定するのに熱心だった。
クリストフェルが政変後亜人戦団の団長の首をすげ替えたとすれば、新しく来た者は当然クリストフェルにとって都合のいいように情報操作するだろう。ギルバート前宰相が熱心に勧めていた亜人の積極的登用運動の一つである亜人戦団に大活躍してもらっては困るのだ。
どうりでこの一年王都ではいい噂を聞かないはずだった。荒くれ者ばかり集まっているとか、全員飲んだくれだとか、そんな兵士をまとめるのに団長は苦労しているとか……。
「王都での亜人戦団の悪評は全部、前任団長がでっち上げたものだったんですね」
「そんなに悪いの? あの人の評価はほとんど私達が作ってあげたようなものなのに……はあ、努力って報われないわね」
「オレはまだ許してねえぞ。万が一王国のどっかで会ったらとっ捕まえて本当に『戦死』してもらうつもりだからな」
ボルカがパキパキと拳を鳴らしつつ言う。物騒だが、そう言われても仕方ないなとリオンも思った。
久遠が再び手を打ち鳴らし皆の注目を集める。
「さてリオンくんを歓迎する時間はこれくらいにしましょう。魔物が迫ってきているんだから。はいはい、みんなそろそろ離れて」
当然の言葉だったが、リオンの周りを囲む兵士からは次々とと抗議の声が上がった。
「えー、久遠副長おーぼー」
「さっきまで自分たちだけリオンくんと仲良くしてたくせに、ぶーぶー」
「おにー」
「あくまー」
「うしちちー」
「……射抜かれたいのあなた達?」
久遠がこめかみをひくつかせて凄みある笑顔を見せると、リオンを取り巻いていた女性兵たちはみんな一斉に離れた。
副長だけに抑えるところは抑えているらしい。
久遠はため息を一つついてから、まっすぐ手を伸ばし呼び声を上げた。
「カタリーナ、ちょっと前に来てくれる?」
「承知しました」
応えて颯爽と現れたのは馬人の女性だった。
集まっている兵士の中で唯一ボルカより背が高い。まつげが長く鼻筋の通った派手な顔立ちの美人で、艶かな金髪をひとくくりにして腰まで(※人間体の腰、という意味で)垂らしている。顔の両脇に生えている耳は馬と同じ横長だ。
人間体の上半身から馬の下半身まで鎧で厳重に武装しており、脇に兜を抱えている。このまま騎士団に入っても遜色ないような立派な騎兵姿だった。
「私になにか?」
「説明したとおりリオンくんはこれが初陣なの。今日は彼を背中に乗せて戦ってくれる?」
「なるほど、オペラ殿が何故か鞍を私に装備させたのはそういう理由でしたか。しかと承りました。主を守るのは騎士の本懐。今日と言わずこれからいつでも団長殿をお守りしますよ」
「……そこまで大げさに捉えなくていいんだけど、まあ、いいわ。任せるわね」
続けてカタリーナはリオンの前に進むと、カッ、と蹄音を立てて胸に手を当て敬礼する。
「リオン殿、はじめまして。カタリーナ・ジュウキエフスキと申します。ケンタウロスの背に乗るのは初めてですか? まだまだ修行中の身ゆえ至らぬ点も多いかとは存じますが、ご容赦のほどよろしくお願いいたします」
「カタリーナさん、こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に挨拶されてリオンも慌てて深く頭を下げる。ケンタウロスは知的で誇り高い種族が多いと聞いていたが、彼女は人間の子供を背に乗せることに抵抗はないようだ。見た目だけでなく中身も騎士的な女性だった。
「はい。さあリオン殿、どうぞ私の背に」
「わわっ!?」
カタリーナはひょいとお菓子でもつまむみたいに軽くリオンの身体を持ち上げると、そのまま自分の背中へと乗せる。あまりにも自分が軽く乗せられたことにリオンは目を白黒させた。
「どうでしょう、乗り心地はいかがですか? 」
「は、はい大丈夫です。しっかり座れてます」
「それは重畳。戦闘中は激しく動くことも多いですから、振り落とされそうなときは遠慮なく私の腰にしがみついて下さい」
「えっと、それはいいんですか?」
「ご遠慮なさらず。他にご不便あれば何でもおっしゃって下さい。」
カタリーナは首を回してにこりと笑いかけてくる。初対面にも関わらず率直な忠誠心を向けられてリオンは頬が熱くなった。
「えーーー、カタリーナずるーい」
「ぶーぶー!」
「スケベ馬ー」
「ハッハッハ、文句は戦働きで斬り払うといたしましょう。さて副長殿。準備整いました」
「ありがとう。ようやくね。なんだか出発まですごい時間がかかっちゃった気がするけど……。みんな気を引き締めて。いよいよ出撃するわよ。ボルカ」
「おーし、お前らゴブリンとオークだけだからって油断するなよ、いくぞぉーーっ!!」
「「「おおーっ!」」」
声が唱和し宿営地内にこだまする。今度はリオンも小さく腕を上げて声を出した
魔物百匹を倒しにいくのに気負いはなく、意気揚々と亜人戦団は出発した。
今回ちょっと長めな反動で明日は更新お休みします。すみません。




