01.宰相の謀略
最初の3話ほど主人公につらい境遇が続きます。苦手な方は4話(https://ncode.syosetu.com/n9240ga/5/)以降から読んでいただけたらと思います。
リバート王国王宮内、国王御座所。
定例の枢密院会議が開かれていたが、そこに集まる大貴族の顔は一様に暗い。中にはあからさまなため息をつく者までいる。
それもそのはず。会議が開かれる定刻となってから一時間経っても、玉座にいるべき国王も主宰者である宰相もその姿を見せていないからだ。
「……国王陛下はまた不参加ですか?」
「ええ、今日もその、後宮に入り浸っているようです」
「陛下のことも悩ましいが、クリストフェル宰相まで大遅刻とは、もはや末期だ。枢密院会議の形骸化甚だしい。これではまともな国政の運営などできん」
「いっそ、基本的な確認事項だけでも我らだけで進めてしまってはいかがでしょう。洪水に干ばつ、北方から魔物の侵入など、問題は山積しています。早急に手を打たねば国内の混乱に拍車がかかりますよ」
「いけません。宰相殿が来る前に会議が始めたら、またいたく機嫌を損ねます」
「陛下も宰相殿もまともに参加しない。しかし逆らえば手ひどく罰せられる。やりきれませんな」
「まったく、この国は一体どうしてしまったんだ。一年前はこんなではなかった」
「ギルバート殿が生きていれば、こんなことには……」
「シッ! その言葉を聞かれたら我らですらただですみませんぞ」
声を潜めているとはいえ、大貴族たちがはばかり無く国政を批判するほどリバート王国は末期状態だった。
やがて定刻から2時間も遅れて、宰相クリストフェルが姿を表す。
輝く銀髪に痩せた体を持つ老人で、目が狡猾な蛇のように細かった。派手に飾り付けられた宰相服は、はためには長身だが痩せぎすの身体に不釣り合いと映る。
「これはこれは諸侯殿、お待たせして申し訳なかった。片付けなければいけない政務が山積みで遅くってな。はっはっは、儂が宰相について以来御存知の通り多事多難で席を温める暇もない。ああ、レオナルド陛下から枢密院会議はすべて任せると言付かっておりますから安心めされよ」
声だけは朗らかにあいさつして宰相が席につく。それに対する大貴族の胸中は似通っていた。
『政務と言うが、いったい今度はどのような陰謀に励んでいたのやら』
『多事多難も全て宰相殿が滅茶苦茶な政治をするからではないか。国王陛下まで抱き込んでやりたい放題だ』
『前宰相のギルバート殿が不憫でならん』
『しかしクリストフェル殿は我が国屈指の陰謀家。スキを見せては我も危うい……』
『いまは黙って従うしか無い。いつ救いが来るかはわからんが……』
心のなかではともかく、表面上は大貴族も宰相クリストフェルに頭を垂れる。
「いえ、お待ちしておりました宰相殿。早速枢密院会議を始めましょう。仰せのとおり難題が山積しております。今日の議題は我らの方でもこちらにまとめておきましたから……」
大貴族に一人が国政に関する資料を取り出そうとするとのを、クリストフェルがやんわりと押し留めた。
「うむ。そちらも重要ではあるが、先に会議にかけたい議題がある。よろしいかな」
災害対策より重要な議題とはなんだろう。まさかここにいる誰かの弾劾か。大貴族たちが身構えた時、クリストフェルはニヤリと笑った。
「かねてより懸案だった第5騎士団所属亜人戦団の部隊長。その人事にようやく候補が見つかりましてな」
「亜人……戦団?」
諸侯は顔を見合わせる。第5騎士団は現在魔族との国境で戦っている精鋭で、亜人戦団はそこへ実験的に配された総数100名の部隊だった。魔族対策は重要だが、その人事などはさして重要な懸案ではない。わざわざ緊急の議題を後回しにしてまで話し合う意図がわからなかった。
しかしそれを表立って口にするものはいない。
「たしかに亜人戦団の部隊長は前任者が戦死して以来なり手がおらず空席のままでしたが……。宰相殿が適格者を見つけたということですか」
貴族の一人が促すと、クリストフェルは深くうなずく。
「うむ、知っての通り第5騎士団も亜人戦団も魔族との国境を守護する重要な役目だ。であるからこそ、ここは十分に信頼できるものを送り込まねばならないと儂も長く悩んでおった」
「はあ……」
「そこで思うのだが、ケラヴノス家の当主を任ずるのはどうだろうか」
「「「な、なんですと!?」」」
大貴族たちが一斉に驚愕の叫びを上げる。中には立ち上がるものさえいた。その反応にクリストフェルは満足そうに微笑む。
宰相に逆らってはならない。頭ではそうわかりつつも、貴族の一人が押さえきれずクリストフェルに問いかけた。
「い、いくらなんでも無茶では? 宰相殿もご存知の通り、ケラヴノス家の当主はまだ12歳ですぞ!? 当然軍歴もありません。それに今は郊外の荒れ果てた家で暮らし、病にかかっているという噂もあります」
やや批難めいた危うい質問だったが、気分を害した風もなくクリストフェルが答える。
「もちろん。全て存じておるとも。その上で儂は彼こそ最も適任だと判断したのだ。貴籍を失ったとはいえ元大貴族。それに幼少の頃より学業優秀と謳われていたではないか。再び国の守護に携われるとあれば、感涙にむせんで馳せ参ずるであろうよ。軍歴が無いのは確かに問題ではあるが些細なことだ。現場が教えてくれることもある。何より――ケラヴノス家は亜人と関係が深い。そうであろう?」
柔和な笑顔で答えたクリストフェルに、問いを発した貴族はゾッとした。
この宰相は本気で言っているのだ。12歳の少年に、死ねと。
ケラヴノス家は前宰相ギルバートを排出した王国内でも屈指の名家だった。
それが一年前、現宰相クリストフェルの奸計によって前当主夫妻は逮捕投獄された。クリストフェルの魔の手は宰相の座から引きずり下ろすことだけでは止まらず、最終的にギルバートは処刑、その妻は裁判中に獄死している。
さらにはケラヴノス家の屋敷も領地も財産も全て召し上げられ王都から追放、ただ一人生き残った嫡男のリオンは大貴族から貧民同然の境遇にまで落ちることとなった。もちろん多くの者がケラヴノス家をかばい、その中には貴族さえもいたが、全員が追放や逮捕によって政界から葬られた。実に元老院の四分の一がこの粛清ですげ変わったと言われる。
そして一年が経ち、ギルバートを処刑した当人が今度はその息子を無理やり軍人にして辺境に送ると言っている。紛争やまぬ国境地帯へ。魔族との戦いの最前線へ。
ここまで……ここまでするのか。貴族たちは背筋を震わせた。声を発するものなどもはやいない。
クリストフェルは会議の席上を見渡して言う。
「どうやら諸侯の方々も反対ではないようだ。ではこれで決定とする! 元貴族、リオン・フィラッファ・ケラヴノスは、今日から亜人戦団の長に任命する。はっはっは、亜人の種族を超えた登用などとおかしなことを嘯いていた家の息子だ。きっとすぐに馴染むことだろう」
クリストフェルの哄笑は、いつまでも枢密院会議内に響いていた。
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