12
かわっている、と寂しそうな辛そうな小さな猫のおじいさんの様子を見て、堪らない気持ちになっているのは城を抜け出したロゼだ。
ロゼは目的の場所に向かう途中、ティアのピンチに偶然居合わせた。
悪い呪いでも何でもないただの花粉症で彼は運命を狂わせていた。
気が付かないのは運命の悪戯か試練か。
「普通で当たり前って、人と同じだってそいつの思い込みだと俺は思う。例えば、みんな魚を食わねぇ。魚を嫌いで、食わないのがあたり前なんだと、思って食わないとする。でも、実際は魚を食いたいけど、魚を食べるのは魚が可哀相だとか、口内炎がいてえから好きだけど食えねえとか。魚を食べない理由は様々で。食わねぇのは普通だからって魚の前で、つーんとしてて、その様子を誰かが見てなんで、こいつは食わねぇの?っ変わってるなぁって思われてたりして」
ロゼは母親のプリシアを思い出していた。
自分は普通だと、信じて疑わない自分の母親。他人が自分と違うのを見つけると指差して、あなた、かわっているわね、と口元を扇で隠して笑う。
母親が笑うと周囲の取り巻きも笑う。気分が悪くなる、人を馬鹿にした笑い声。
ピンク色は苦手で、青い色が好き、と好きな色を問われ答えた新しく入ってきたメイド見習いは笑われて顔を赤くして震えていた。
笑うんじゃねえ!って、思わず叫んだけど、母親はきょとんとした顔で何を怒っているの?と首を傾げて笑った。
ロゼはその姿を思い出していた。
「別に普通って、正義でもいいことでもねぇじゃん。そんなの気にしないで、焼きたての魚をうまそうに食えばいいじゃんって思う。だけど、…そうも、いかねぇ時もあるのが、もどかしい」
プリシアは間違っていると思う。しかし、プリシアが自分と違うから、と言って異質だと決めつけて排除するような言動を自分は止めることはできない。
王子であるが何も力を持っていない。
「…俺は、かえてやりたい。人と違うってことが笑われるような事がないように、踏みにじられないように」
誰にも言えない、言っていない。むしろ、自分がこの先したい事など言わないようにしている。
今まで『俺は立派な次期国王になる!』心に決めて己の道を認めてはいなかった。子供のように目を背けていた。
だが、そろそろ腹を括る必要がある。
初めてそう思った。
この小さなおじいちゃんのおかげである。変わっている事が怖い、なんて震える。きっと、この国にはそう怯える人々がたくさんいるはずだ。
小さな理由だけど、ロゼはそれを王になる基盤としようと心の中で誓った。
(…あんま、立派なたいそーな事でもねぇけどな)
ロゼは双眸を伏せた。
「そうなったら、いいのう」
ティアはおじいちゃん口調を意識して同意の言葉を伝えこくんと頷いた。白い手袋を着用した手をぽふり、と手の上に置いてくれた。不思議と力が湧き出てくる。
安心する。
城の中では感じたことがない。ロゼの心にほんわかと仄かな明かりが灯った。
ロゼは、じいさんの可笑しな眼鏡の奥には真っ直ぐで無垢な瞳の光が見えたような気がした。
***
ティアは少年の言葉に耳を傾けていた。未来を見つめる黄金の瞳は頼もしく応援したくなる。
「へーくしょん!あー、目が痒い、鼻づまり最悪」
少年の連続くしゃみが辛そうだ。瑠璃の花が咲き誇っている、るりるりフラワーロード。屋台が並ぶ道をピンク色の花びらで彩っている。
瑠璃の花は一見可憐で可愛らしいが、アレルギーを持つ者が多い。くしゃみ、鼻水、鼻づまり、微熱を引き起こしてしまう。症状がひどくなると嗅覚を一時的に失う。
それを知っていても自分はアレルギーはないし、ピンク色が好きだからと理由で王妃は瑠璃の花のフラワーロードを王にねだり作らせたのだ。
瑠璃の花が咲く頃になると、地獄の道がまた開いた、と瑠璃の花アレルギーの国民は憂鬱なため息を洩らすのだ。
「…だいじょおぶ、かの?」
「ああ、へーき。少しいつもと感覚違うけど」
ティアは少年に声を掛ける。嗅覚はほぼないが、聴覚は通常運転だし危険は十分に察知出来るし、と少年は笑った。
「キティちゃあああーん!」
その時、よく知った声が聞こえた。エメラルドだ。
両手を広げて泣きながらティアの元に駆け寄ってくる。
「エーメーラールードーーーー!」
ティアもエメラルドの元に駆け寄る。
がしっ、と二人は抱き合いおいおいと声を出して泣いている。
こうして孫とおじいちゃんは感動の再会を果たした。
「よかったな、じーちゃん。もう、孫の手離すなよ」
少年はもらい泣きして少し瞳を潤ませている。瞳が潤んでいるのは瑠璃の花アレルギーのせいもあるが。
「ありがとうございます、おじいちゃんがお世話になりました」
ティアはエメラルドに少年が危ないところを助けてくれた、魚を買ってくれたと、母鳥に餌を催促する雛鳥のようなピヨピヨ、という表現が合うような声色で説明する。
エメラルドは少年に深々と頭を下げたお礼を言った。
「いや、俺がほっとけなかっただけだし。じゃあ、じーさん、長生きしろよ」
「ありがとうのう!」
ティアは親切な少年に向かって手を振り見送った。
エメラルドと再び手を繋いだ。それから、ほどなくしてレミィと合流した。
「レミィ!」
「…ティア、よかった無事で」
レミィはティアの元気そうな様子を見てほっと息を吐いて胸を撫で下ろした。
そして、面白眼鏡アイテム一つで獣人であることが隠せるものかとレミィは感心した。
「それにしても、ジェイの知り合いのおばあちゃんすごいわね!煮干し占い。私、後で占ってもらいに行こうかしら」
エメラルドはジェイに人探しと言ったら彼女です、と紹介された老婆の姿を思い出して言った。