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◇◇◇


「エメラルド、これ、いいにおい!」


香ばしい魚が焼ける匂いをたどり、白いタオルを頭に巻いてバンダナ代わりにする男が網の上で魚を焼いて売っている店に導かれた。

くんくん、と焼魚の匂いをティアは大きく吸い込んだ。

だらだら、と涎が口の中に溢れる。


エメラルドに声をかけると魚を指差して振り向いた。そして、ようやく気が付く。エメラルドが側にいないことを。


「エメラルド、どこ?」


ティアの猫耳が不安げにぺたん、頭に伏せる。迷子の子供と同じように黄金の瞳が潤んだ。

心細い声が出る。ずっと一人でいるのは生まれたときからなので、当たり前なのだが、誰かと一緒に居て一人になるのは始めてだ。


「……っ、」


たくさん、自分の周りには人がいるのに、心強くなるどころかたくさんの人の中にいると余計に寂しい心にさせる。

知らない人にとっては、人も光景の一つに過ぎない。

知っている人がいると、人はぱっと笑顔の花を咲かせる。


「エメラルド、……エメラルド」


ティアは面白眼鏡の下で涙を浮かべた。

怖くてその場から一歩も動けない。エメラルドが側にいたから、外に出れた。エメラルドがいたから、怖くなかったのだ。とティアは思い知った。


へたん、と力がティアの身体から抜け落ちて座り込んだ。


その時、積み荷を引いていた馬が暴走する。

ガコガコ!と大きな音を轟かせ丸い大きな太い木がティアに向かって来る。


「……っ、!」


ティアは恐怖で動けず目を閉ざした。

すると、ガシッと身体を抱き締められる感覚を感じた。レミィに夜抱き締められて眠っているので、その感覚と同じだと思ったからだ。

そして、浮遊感。


「あっぶねー、……大丈夫か? じーさん」


若い男の人が聞こえる。不機嫌そうな低い声であるが、それは自分に向けられたものではない、と分かった。

ティアはおそるおそる目を開けた。


「ヘクション!……っ、悪い。今、俺すげー花粉アレルギーで。瑠璃の花があるとくしゃみ鼻水とまんねーの」


黒いマスクをした若い男、というかまだ少年という表現が近い。

珍しいライオンの半獣だ。ティアの弟と同じ。


「……だい、じょうぶ、だの。たすけてくれて、ありがとのう」


少年が顔を背けて再びくしゃみをする。

その時、ティアは慌ててずれた眼鏡をかけ直しておじいちゃんを意識しながらお礼を言った。


「まだ、天国に逝くの早いだろうからな」


くしゃみが止り、はーと落ち着いたと息を洩らす。少年は辛そうである。花粉性で微熱もあるらしい。意思の強そうな黄金色の瞳が潤んでいる。

風の向きが変わり、いい魚の匂いが漂いティアの腹の虫を誘惑する。ぐるるーと、ティアの腹がなる。


「まごとはぐれてしまってのう、……この、さかなの、におい、がとてもおいしそうで、……うう」


アイスは何の腹の足しにもならない。

お腹が空いてひもじさと、エメラルドとはぐれてしまった寂しさが混ざってティアは悲しくなる。ティアの声に涙が混じる。

その様子を見て少年はちょっと、待ってろ、とティアに声を掛けると焼き魚を焼く親父に


「おやじ、一番おっきい魚くれ」


と声を掛ける。そして、代金を払うと焼き魚を持ってティアの元に戻ってきた。串に刺さり見事に焼けた大きな魚をティアに差し出しにっと笑う。


「腹の虫おさまったら、泣き虫もおさまるだろ」


「……ありがとう、のう」


嬉しそうに声を弾ませお礼を言うティアの頭をわしゃわしゃと撫でると道の端で座り込むティアの隣に少年は座った。


「それ食ったら、じーさんの孫、一緒に探してやるよ。なんかじーさんほっとけねぇわ」


「すまんのう、ありがとう、のう」


親切な少年だ。きっと少年の親もとてもいいご両親なのだろう。

ティアは感謝しながら焼き魚をもぐもぐと夢中で食べた。

初めての焼き魚はとても美味しかった。

少年は黄金色の瞳が柔らかく細めた。

魚の骨も全部残さず食べるとティアはふうーと満足な息を洩らして腹を擦った。


「……さかな、おいしかったのう、ごちそうさまだのう」


「おー、じゃあ、じーさんの孫探すか。きっと、孫も探してるからすぐ見つかるって。俺もついてるし」


ぽんぽん、と孫とはぐれた心細そうな可哀想なじいさんの肩を軽く叩いて慰めようとする。ティアは本当は、じーさんではなくてばーさんですじゃ、と心の中で嘘をついているのを謝った。

二人は立ち上り歩き始める。


「ほら、手。また、はぐれちまうぜ?」


「……すまんのう」


ティアは少年の手をきゅっと握った。手を繋ぐと不思議な安心感が心の中に広がる。すごく落ち着いた。

少年も同じことを感じたらしくて、にぎにぎと繋いだ手を握る。


「じーさんの孫って、どんな感じなんだ?」


「とても、かわっている、のう。わしのほうが、かわってる、が、のう」


人間でも半獣でもない、この世の中で自分しかいない。変わっている自分が恥ずかしい。


「……そうか? 本当はさ、俺は普通の奴つーのが、珍しいと思う。変わってて当たり前つーかさ」


ぽつり、と呟いた少年の言葉を聞いてティアは目を丸くして驚いた。




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