10
レミィとジェイは警備本部にたどり着いた。
入り口付近の椅子に座っていた警備隊の服を着た男が二人に気が付いて近寄ってきた。
腰に手を当て茶色い癖っ毛を掻いて覇気のない顔で、今は立て込んでいると忙しさをアピールしてレミィの話を聞こうとしなかったがジェイが、ひょっこりとレミィの後ろから顔を出したのを見て
「うげっ!ジェイ様」
と蛙が踏みつけられたような声を出した。
「そんなに忙しいんですか? 口に、チョコレートをついてますよ。チョコをちょこっと食べながら仕事できるなんていい御身分ですね、アルバート」
踏みつけた蛙を指で摘まんで、観察するような視線をアルバートに向ける。
首を横に傾け、まったりと穏やかな声で言うとアルバートのチョコがついた口元を指差してにっこり頬笑むジェイ。
「……いや、あの、これは……ご、ご用件はなんでしょう?」
しどろもどろになり言葉を濁すアルバート。警備本部はお菓子タイムを楽しめる程、余裕があるようだ。
事情を話すと、なんだって! と、少々芝居掛かった声をあげるアルバート。
「罪もない人間を襲うなんて、言語道断! 俺がきっちり事情を聞いてからじっくり、お灸を据えてやりますよ。だから、安心してください。ジェイ様!」
明らかに早急にジェイをここから外に出そうとしている。厄介払いをしたくてたまらないという顔だ。
しかし、約束をしたからにはいい加減な対応はしないだろう。
「頼みましたよ。私の記憶は閻魔の台帳より、明確で詳細に記されるので……あの事を、私はまだ忘れていない」
「は、はひ!」
だらだらと汗を掻きながらびしっと敬礼するアルバート。どうやら、弱味を握られているようで彼はジェイに逆らえないらしい。
レミィはジェイを敵に回さないようにしようと思った。
「助かった、お前のお陰でスムーズに事が運んだ」
アルバートにロブを引き渡すとレミィはジェイに向き直ると素直にお礼を言う。
「いえ、貴方のお力になれて光栄ですよ」
ふふ、と意味ありげな笑みを浮かべる。ジェイには何かを隠していても明かさせてしまう、そんな気持ちになる。
建物から出るとよく知った声が聞こえた。エメラルドだ。
「レ、レミィちゃん! 大変よお、大変なのよお!」
エメラルドは尋常ではない切羽詰まった顔をしている。
大抵のことは、大丈夫よん! きっと何とかなるわよっと笑って余裕があるエメラルドがこんな顔もするのか、とレミィは思わず感心してしまった。
だが、すぐにレミィはそんな呑気な事を考えられなくなる。
「キティちゃんとはぐれちゃったのよ! 私ったら、馬鹿だわ。初めて街に出たのよ、あのこ。好奇心が疼くに決まってるじゃない。それなのに、手を離しちゃって……どうしょうもない、馬鹿だわ。大馬鹿!」
エメラルドは自分の迂闊さを呪った。ティアの瞳は好奇心で輝いて街の物全てに興味津々だったのだ。体が勝手に動くだろう。自分も幼い頃はそうだった。親の制止の声も耳に入らず、目にはいった楽しそうなモノに夢中になった。
自分がしっかり、ティアと手を繋ぐ必要があったのだ。
「今頃、エメラルドどこ? って泣いてないかしら…どうしましょう。ごめんなさい、レミィちゃん。ごめんなさい」
ティアが振り向いて、後ろを振り向くとエメラルドがいない。それに気づいて、不安になって泣いていないだろうか。エメラルドの胸が押し潰される。
ぐすん、と鼻を啜る。涙を浮かべエメラルドは何度もレミィに謝った。女の子になりたい、と言うが女々しい様子は普段ない。エメラルドが泣いた所を初めて見る。
「……事情は分かった。一緒に探そう、大丈夫きっと見つかる。いや、見つけてみせる」
ぽん、とレミィは肩を叩いた。
エメラルドは深く反省している。責める必要はないし、反省している泣いている人間にこれ以上求めるものはない。
「迷子ですか? 私もお手伝いしますよ、こう見えてこれでも顔が広いんです」
ジェイはエメラルドの様子を見て心を動かされたらしい。柄にもなく協力を申し出る。
「レミィちゃん、この人はどなた?」
レミィの言葉を聞いてエメラルドは何とか気持ちを引き戻す。泣いてても仕方がない。そして、初めて見る顔に戸惑う。
「さっき、酒場で知り合った。……ジェイという、このなく本と酒を愛する男で警備隊の知り合いがいて、弱味を握っている食えないやつだ」
「え?」
エメラルドは更に戸惑う。今さっき知り合ったばかりの半獣に果たしてティアの事を話していいものか、と。
世の中には信じられないが、猫嫌いな人もいる。
「大丈夫、強運のお前と知り合ったんだ。ジェイの存在は悪いようには運命は動かない」
レミィは断言する。もし、ティアが獣人であることを周囲に知られたら、レミィとエメラルド二人で全力で守ればいい。
「協力をお願いするわ。今、キティちゃんはおじいちゃんよ」
真面目な顔でエメラルドが言う。
ティアがおじいちゃんという意味が分からずレミィはぽかん、とした。お互い、腐れ縁で長い付き合いなのに初めて見る表情があることを知ったのだった。