プロローグ
月がぼんやりといつものように輝く夜。
一つの新しい生命が誕生した。
「おぎゃあおぎゃあ!!」
元気なうぶ声があがる。
本来ならその声を聞いて、周囲の人々は喜び無事に生まれてくれた小さな命を歓迎するだろう。
母親は苦しんで腹を痛ませて産んだ我が子を愛しく思い、達成感と充実感に満たされるだろう。
待望の第一王女が誕生をしたなら尚更。しかし、王妃プリシアは自分が生んだ娘の顔を見て顔を真っ青にさせた。
驚きすぎて声も出ないといった感じだ。
赤子の元気なうぶ声を聞いてでかしたぞ!と歓び家来と共に勇んで部屋に乗り込んで来たダラハ国王ゼシス4世も言葉を無くしていた。
その場にいる全ての者が、生まれたばかりの小さな命に困惑している。
「……神よ、なぜ私達の娘をこのような姿にお作りになったのですか。野蛮な獣の恐ろしい顔に…ああ、おぞましい」
唇を紫色にして小刻みに震わせ、プリシアは力が抜け落ちた声で嘆いた。自分の娘を抱こうともしない。
母親のプリシアどころか、父親である王も他の者も。
近寄る気配もなくじりじりと遠ざかっている。
泣いている赤ん坊は一人で広いベットに寝かされていた。
この場にいるいるも者、人間の顔に猫や兎、犬の耳と尻尾が生えていた。
だが、一人…いや、一匹だけ獣の顔をしていた。
それは生まれたばかりの王と王妃が愛し結ばれて授かった娘、第一王女だった。
美しく若い王妃がお腹を痛めて産んだ初めての子供が誰もが見たこともない異常な姿をしている。
全身が白い毛並みで覆われて、『猫』の顔をしている。
指を吸っている姿は赤ん坊の姿なのに。
この世界は、半獣もしくは人間が住んでいる。そして、動物。
獣人は一匹もいない。いや、今、生まれてこの世界に一匹はいる、ということになった。
「こんなもの、見たくないわ。この部屋から出しなさい!」
王妃は拒絶の響きが露なヒステリックな声を出し、王女を指差して側近に命じた。
慌てて側近のメンデが王女を気味悪そうな顔で抱くと部屋を出て行く。初めて見る生き物で、その場から赤ん坊がいなくなるとざわざわと騒がしくなる。
「王女は、死にました。喪に服しましょう」
本来なら祝福されるはずの日。
第一王女の誕生を祝おうと、みんなが王が生まれたばかりの王女を抱いて出てくるのを今か、今かと待ちわびていた。クラッカーを片手にして。だが、死んだ。との発表を聞きどよめく。
悲しみが広がる。
誰も王女の誕生を喜んではいない。
死んだと思い、涙を流している。
王女は城から離れた塔でひっそりと飼われることになった。
国民に存在を知られていない、死んだことにされた哀れな王女は人知れず今日で16才となる。