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プロローグ

 ――後の世に、その死闘は三日三晩を数えたと伝えられている。


 廃墟が横たわる荒涼の地に無数の火花が散る。

 斬風が方々に打ち捨てられた死体を切り刻む。

 僅かに遅れて、りぃん、と鈴のような音。

 剣戟が奏でる音だ。


「――シッ!!」


 剣を振る。

 渾身の斬撃が火花をあげて鈍色の肌に弾かれる。

 今日何度目かの、これまでの鍛錬を裏切る光景にジフは得も言われぬ敬意を覚えた。

 手に持つは蒼玉を研いだ剣。とはいえ、切れ味は鋼に迫る。


「よくぞ人の身で此処まで練り上げたものだ、()()よ」


 感嘆に応えはなく、代わりに鞭の如くしなる斬撃が振るわれる。

 鋼の剣も魔王が振るえば縦横無尽に踊る鞭刃となる。


 刀身が伸びる。硬く鋭く。四方八里を草穂の如く斬り裂く。

 鋼の祝福(ブレス)――“虹竜禁鞭(ビフルガング)”。


 辛くも身をかがめて躱すも、避けきれなかった剣風がジフの頬を裂く。


 人が呼吸法(ブレス)によってマナを用いる――祝福(ブレス)に目覚めてから幾年が流れた。

 火と水、風と地のマナは、人を魔獣と戦う次元へと押し上げた。


 そして、魔王が生まれた。


 史上初の「鋼の祝福(ブレス)」、鋼のマナを繰り、我が身を鋼と化す最新最強の武。

 鍛え抜かれた巨躯と、触れた鋼を操る武器への絶対的優位。

 万の兵士が魔王に挑んで粉砕された。武門の頂点たる当代の七星家たちが為す術もなく敗れた。

 破るものなき絶対最硬。

 それは単身で都市をひとつ、陥落せしめた悪夢である。


(陛下と比べれば、この身のなんと脆いことよ)


 瓦礫を踏みしめ、頬を垂れる血を舌で舐めとりながらジフは自嘲した。

 50と余年、酷使した膝が痛む。全力で駆動させた肩も徐々に痺れが広がっている。

 いかに呼吸法によって肉体を強化しようとも体力の限界はいずれ来る。

 なけなしの風のマナが切れるまであと僅か。


(これが最後の御奉公になる)


 ジフ・オールセンは騎士である。

 生まれは孤児であったが、ラーケルタ男爵に見出され、騎士爵の叙勲を受けた。

 それから40年。よく仕えたものだと自分でも思う。

 本来ならば路地裏で朽ちていた命。

 妻子はおらず、爵位も一代限りのもの。

 この身を立てるは豊かとはいえないマナと忠義のみ。

 使い切るならここだ。理を喪った最強の狂気と相討てるならば儲けもの。


 ――ひゅおおおおお!!


 ジフが呼吸を変える。

 先までの細く長く、生き延びんとする呼吸とは異なる。

 この一瞬に全てを注ぎ込む捨て身の気炎。


 蒼玉の剣を鞘に納める。

 代わりに腰裏から抜き放つは短剣。

 左の護剣。マインゴーシュやソードブレイカーと呼ばれるものだ。


【――――!?】


 それを目にした瞬間、魔王の顔色が変わった。

 狂った魔王に正気はない。鋼の肉体がために負傷を気にすることもない、本来ならば。


 だが、ここに例外が存在する。

 戦士の本能が、その短剣に籠もった重厚なマナを嗅ぎ取ったのだ。

 焦ったように鞭刃を振るう魔王に対して、ジフは宣言する。


「これは竜の骨だ。竜の骨でできている」


 それは慈悲であった。死する者への手向けであった。

 鋼を支配する魔王の祝福の前では普通の剣槍は役に立たない。

 だが、それは骨であり、そしてこの世のあらゆる物質の中でも最硬峰であった。


 それは、如何なる最強をも切り裂く最鋭の短剣。

 それを振るう老騎士も、また。


 ジフ・オールセンはさして剣の才があったわけではない。

 ゆえに、たったひとつの技を磨いてきた。

 それは主君の左手に侍る騎士が、迫る刺客を止めんと振るう技。


「陛下、お覚悟を!!」


 迎撃に振るわれる斬撃を短剣の刃が受け流す。

 流れを狂わされた鞭刃が伸びきる。

 一瞬の硬直。

 竜骨短剣を握る老騎士の左腕が螺旋を描く。

 騎士の腕は蛇の如く、()()()

 鞭剣を振り抜いた直後の魔王の腕を極める。


 みしり、と異音。振りほどかんとする魔王の動きが止まる。

 いかな鋼の肌、いかな膂力とて、関節を極めれば動けぬが道理。

 マナもまた流れの一種なれば、急所を封じられれば澱むが摂理。


 老騎士の振るった竜骨短剣の刃は魔王の脇下の急所を貫き、点穴を突く。

 そして、真っすぐに引いた後足は地面を確と踏みしめている。


 ――ゆえに、この技はすでに完成している。



 かつて、ドワーフの発明家メディースは言った。

「我に支点を与えよ。さすればアトラスの巨人すら動かしてみせよう」と。



 受け流し、肘を極め、テコの原理を以って対手の腕を断つ。

 それは、体術の合理であり、剣術の極限であり、マナの封印術である。

 攻防極の三位一体。

 ただそれだけを窮めた、ジフだけが極めた術理。

 風の祝福(ブレス)にして秘剣。名を――


「――“剃刀(レイザー)”!!」





 そして、無敵を誇った魔王の右腕が宙を舞った。


「魔王の右腕、討ち取ったり!!」


 ジフはひとり勝ち鬨をあげる。

 無論、戦況は今なお不利だ。

 魔王にはまだ左腕が残っている。狂したとはいえ歴戦の戦士。片腕あればマナを使い切った老騎士のひとりいくらでも斬り殺せるであろう。



 ジフがひとりならば、であるが。



「見切った。如何な鋼の肌も関節は薄いぞ――バーサ!!」

「あいよぉっ!!」


 次の瞬間、魔王の左腕めがけて天から炎が落ちた。


 莫大な炎を熱量と推進力に。

 超高高度から落下した衝撃を切っ先の一点に凝縮して叩き込む。


 火の祝福――ファイレシア流合戦術奥義“流星(メテオニール)


 魔王の身が地面に叩きつけられ、左腕を中心に無惨なクレーターができる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 至極単純で、あまりにも純粋な暴威は、過たず魔王の左腕を粉砕した。


「魔王の左腕、討ち取ったりぃぃっ!!」


 荒廃の地に、しゃがれた声が高らかに響く。

 天より落ちたソレは人の形をしていた。

 風になびく白い髪。

 ひどく小柄な体躯に反したひどく巨大な剣。

 呼吸のたびに全身から噴き出す潤沢な火のマナ。

 武門の頂点たる七星家がひとつ、火のファイレシアが()()()()()


 “流星”バアルサファル・ファイレシア。振るうは大剣“巨人のナイフ”。


「三日三晩よく耐えた。やるじゃぁないか、ジフ」

「そちらこそ無茶をしたな、バーサ。関節どころか鋼の腕をまるごと砕いたか」

「一寸でも切り込めれば、どんなに肌が硬くとも同じことさね」

「フン、これだから天才は……」


 悪態をつきながらジフの胸は震えていた。

 先の一撃は信頼であった。

 “流星”は絶大な威力と引き換えに、超高高度から突撃をかける必要がある。

 都合、放つまでに時間がかかる。いかな天才とて時を早めることはできない。

 ゆえに、この身が、この瞬間に必ず魔王の右腕を断つ。

 そう信じて“剃刀”が放たれる前に飛翔していなければ間に合わない一撃だった。


 幼い頃から競い合い、切磋琢磨してきた女だ。

 非才なるこの身とは異なる本物の天才だ。

 鼻歌混じりに人外の領域へと駆け抜けていった目標だ。

 いつも自分は置いていかれ、振り返った女は「遅い」と指さして笑うのだ。

 だが、そんな傍若無人が鉄火場で見せる信頼こそ、ジフにとっては宝であった。


「まったく。日ごろ威張ってる奴輩がしっかりせんからワシらが出るハメになる。割に合わん話じゃな、オイ」

「……油断するな、バーサ。おぬしの悪い癖だ。陛下はまだ生きている」


 巨人のナイフを担いで肩を叩くバーサ。

 気を引き締め、竜骨のマインゴーシュを構えるジフ。

 ふたりの前には右腕を断たれ、左腕を粉砕された魔王が横たわっていた。

 息をするたびに傷口からどす黒い血が噴き出る。度重なる出血で目は茫洋とし、立ち上がることもできないようである。


(致死量の出血だ。普通なら放っておけば死ぬ。だが……)


 見る間に、傷口が鈍色の皮膚に覆われていく。

 傷口を塞ぐだけなのか。あるいは、腕の一本や二本は生えてくるのか。鋼のマナは最新の祝福であるがゆえに上限の見極めがつかない。


「……やはり死なぬか。王というのは因果なものだな」

「にしても、ワシは気が進まんね。魔王を討つにしても業が深すぎるさね」


 ため息を吐くジフ。吐き捨てるバーサ。

 態度こそ違えどふたりの心境は同じであった。

 戦士が魔獣と戦うために生み出した呼吸法(ブレス)

 研鑽と実践を繰り返し、その恩恵が王侯貴族の手にも届くようになったとき、まず求められたのが()()だった。


「けど、やるしかないか。ああ、クソ」

「これ以上の人死には看過できぬ。これを最後の流血とする。……お許しください、陛下」

「ワシが連れてくるよ」

「私が行こう。気が進まぬのだろう?」

「そいつはケツ捲ってるだけだ。なにも変わりゃしないよ」


 ひらりと片手を振って、バーサは野営地へと戻っていく。

 ふたりには、ふたりを支援した王国には切り札があった。

 不死の魔王を殺す、切り札。


 彼らの一党(パーティ)はふたりではなかったのだ。



 そして、魔王は討たれた。

 その首を掲げて彼らは凱旋した。

 人々は僅かな歓喜と悲哀と、多大な安堵を以って迎えた。




 それから、10年の時が流れた。






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