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こぺっとの頭の悪い短編集

抑鬱感と私

作者: こぺっと

 扉田 幸、三十歳。職業、システムエンジニア。独身。

 私は今年、鬱病と診断されました。


 ジワジワと蝉が喧しい七月の終わりのことです。ふと、本当に突然、私は生きる意味を見失ってしまいました。

 目の前を通り過ぎる急行列車。満員の列車には鮨詰(すしづ)めの人々。その中の疲れ切った人々。数分後には私もその中の一人になるのだ。

 それを思うと、私は本当にこのままでいいのか、という考えがふと頭を(よぎ)ってしまったのです。


 社会人になって数年は良かった。未来に希望を持ち、日々成長を実感できたのです。そして、その力を試す場も用意され、私は確かにその中に楽しみを見出せたのです。

 しかし、いつの頃からか、日々の作業はただのルーティーンと化し、その日を耐え忍ぶばかりとなりました。そうなってしまえば、私は自分自身、何の意味を持って生きているのか分からなくなってしまったのです。


 そうして、私は一人、駅のホームで泣き崩れました。


抑鬱(よくうつ)、それに不安感でしょうか。とりあえず、お薬を出しておきましょう。三週間分出しますので、次回また、調子を聞かせてください」


 駆け込んだ病院で医師にそう言われた私は、言われるがまま薬を貰い、その日は会社を休みました。


 人生は人の数だけ存在する。

 なら、人生の意味は人の数だけ存在する?

 私の人生の意味とは?


 家に帰り、パソコンデスクの椅子に座ると、そんなことばかりが頭を巡りました。

 そもそも人生に意味などない。人生の意味は自分で見つけるものだ。それは重々理解しています。

 しかし、私はこの三十年、自分の人生の意味とやらを、ついに見出すことはできていませんでした。


 人はいつか死ぬ。


 そんな自明なこと、それすらも忘れ、私はこの三十年、ただ生きるために生きてきました。

 何と怠惰なことでしょうか。

 それに気づいてしまったら、私はもう、私ではいられなくなってしまったのです。


 喉から(こぼ)れる無意味な音。私は頭を抱え、暫くは得も知れぬ恐怖感、不安感に抗いました。

 しかし、次に現れたのは焦燥感。何か、何かをしなければならない。私は何かをしなければならない。そんな焦燥感です。


 でも、何を?


 手当たり次第に記憶を探す。部屋を探す。何かないか、私がすべきことは、私がやりたいことは。

 ……ない、何もない。


 私は何をしたら良いのでしょうか。


 ――そんなこと、自分で決めるしかないでしょう


 頭の中で誰かが囁きました。

 次の日から、私は会社に行けなくなりました。


 一週間後、私は医師から診断書を渡され、休職の手続きをするため、会社に向かいました。

 結局、私は翌日から二か月間の休職期間をいただくこととなりましたが、同僚や上司はとても心配されて、とても情けなく、本当に恥ずかしい思いをしました。

 勘違い為されている方もいらっしゃるかと思いますが、私は別に、いわゆるブラック企業というものに勤めていたわけではありません。いえ、こんなことを言ったなら、非難されるかもしれませんが、いっそ会社のせいにできたのであれば、気が楽だったかもしれません。

 それほどに、恵まれた環境だったのです。


 それが故に、私は自分を責めました。

 仕掛かり中の仕事を投げ出し、長期の休みを得て、私は一体どんな顔で休み明け、会社に行けば良いのかと。そして、そんな環境にいながらも、自身の生きる意味などと、そんなことに現を抜かし、精神を病んでしまうなどと。

 私は次第に、自分が生きていることすら責めるようになりました。


 そうして、ただ起きては眠る日々を過ごす中、私は思ったのです。私がこの世界に、この世界の人々の役に立つにはどうしたらいいのだろうか、と。

 それは、ただ思いと言ったら優しすぎるもので、危機感と言っても良いくらいの思いでした。

 今の私は何の役にも立てない、ただ生かされているだけの存在で、こんな私が何故のうのうと生きることを許されているのか。生きる義務を与えられているのか。

 そんな不安に憑りつかれました。

 しかし、私に何があるというのでしょう。ただ、生かされるまま生きてきた私に、何ができるというのでしょう。

 不安と焦りの中、私はとにかくこのままではまずいのだ、と外に飛び出していきました。


 ☆★☆


 私はとにかく、私にできることを探すことにしました。

 向かった先は図書館でした。そこに行けば、何か手がかりがあるかもしれない。そう思ったのです。


 そして、焦燥感に駆られるまま、図書館へ行った先、手にした一冊の書籍。


「……誰でも簡単、エンジェル召喚初級編」


 この書籍を手に取った時、何故自分がこれを手に取ったのか、全くわかりませんでした。しかし、確かに、この書籍に何かの引力を感じたのです。

 人は心が疲弊しているとき、何かに救いを求めるといいます。こんな意味の分からない本を手に取ってしまったのも、私の心が弱っているから?しかし、どうしても気になってしまい、とうとう私はこの書籍を借りていくことにしました。


 家に帰った私は、借りた本を読むことにしました。

 この本によれば、エンジェルとはこことは違う次元に住まう思念体を指すようで、人の歴史には随分と裏で関わってきた、とあります。そんなバカバカしい話、聞いたことありません。

 そして、エンジェルは人の世の闇に巣食うウィヌシカという悪魔のような存在を打倒するための力を人に授けることができる。そう書いてありました。


 全く以てバカバカしい。私はそう思いながら、無意識のうちにかなり精密な魔方陣を完成させていました。


「……書いちゃった」


 あとは、自分の血を一滴魔方陣に垂らし、本に書いてある謎の言語を唱えれば召喚の儀式が完了するということでした。

 私は会社を休んで一体何をやっているんだ。そんな気持ちと、ここまで来たら、やってみよう。という気持ちが私の中で(せめ)ぎ合いました。そうして勝利したのは後者。

 私は少しだけ親指の腹をカッターで切ると、呪文を唱えました。


「マジョマジマギカ、マギルルルー……」


 本当に何をしているのでしょうか、私は。こんなことをして何になるのでしょうか。酷い悔恨と懺悔の念が私の内側を満たします。

 しかし、私が溜め息を吐いた次の瞬間、私の書いた魔方陣が虹色に輝きだします。そして現れる謎生物。多分兎なんだけど、三角帽子と何故か猫耳カチューシャを着けています。


「ジャジャーン!呼ばれて飛び出て兎猫!どや!プリティやろ?!」

「えーっと、耳が四つあってちょっと冗長かなって」

「チャームポイントやんけワレ」


 あと口調がちょっと……。でもまぁ、そんなことを言うと面倒そうだから黙っておこう。


「ほんならな、これ契約書。ちゃちゃっとサインしてな」

「はい?」

「はいって、お前さんよう知らんでワイ呼んだんかいな!」

「い、いえ、何か契約書が出てくるとは思わなかったので……。ちょっと見せてもらえますか?」


 契約書はなんか色々と小難しく書いてありましたが、要約すると、戦え。敵がいる限り戦え。死んでも文句は言うな。戦え。です。これは酷い。全く同意したくありません。

 保証されるのは、敵と戦うための力を与えることと、常駐サポートが一人付くこと。多分この謎生物の事なんでしょうけど……。


「あ、判子ここにあるやんけ。ほな借りるで!」


 そして勝手に人の実印持ってくる腐れ生物。しかも早速押している。

 すると、輝きだす契約書。


「オーケー、契約完了や。今日からよろしゅう頼んまんがな!」


 ケタケタ笑う似非関西弁の謎生物。

 私は天井を仰ぐと、思いました。

 人生、色んなことがあるのだなぁ、と。そして、もしかして、私は完全に道を踏み外したのかなぁ、と。


 最後に、私から皆様へ。

 例え、どんなに焦っていても、焦った時こそ冷静に物事を考えた方がいい。

 この言葉を心の片隅にでも、置いておいてください……。

最後までお読みいただきありがとうございます。

感想などお待ちしております。

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