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創作怪談――創怪

今もヒキガエルの声は聞こえている

作者: ユージーン


 小学生の頃の話。


 げろろろろ……


 音がする。

 お腹の上のタオルケットをそっと脇にどけて体を起こし、開け放されたガラス戸から縁側に出て座る。

 じっと目を凝らして耳を澄ます。音を立てないように気をつけながら。

 家族は寝静まっている。


 げろろろろ……


 庭の石の上にヒキガエルがいた。

 何時だったのか、どれくらいの間かはわからない。

 しばらく眺めてから布団に戻った。


 翌日、兄がヒキガエルを捕まえたという。

 空いていた水槽に入れてかざっている。

 昨夜の奴なのかはわからない。

 私はそれを一日中眺めていた。


 数日するとヒキガエルはいなくなっていた。

 兄は「すげえ! ヒキガエルがワープした!」と驚き、友だちに話してはその超能力に感心しあっているようだった。


 それから時々、あの夜の夢を見る。

 大人になってからも。

 暗い星空の下でヒキガエルがひっそりと喉を鳴らすような音を立てている。




 現在はとあるグループ企業の不動産売買を扱う子会社の物件管理部門で働いている。

 一応、編成上は別会社となってはいたが管理物件のほとんどが自社の物件。不動産売買が1階をしめていて、その上の階にある事務所にはほとんど来客はない。


 どんどん


 どんどん


 床を叩く音がする。

 最初は気のせいかと思ったが見回すと不審げな顔の同僚たちと視線がぶつかった。

 音は近づいてきて、とうとうドアを開けて入ってきた。

「お前ら、一体何をやらかした!!」

 修行僧のようだ。傘をかぶって杖を持っている。叫び声は大きく、その顔が怒りに満ちているのは誰の目にも疑いようがない。

 副支社長が専用のオフィスから飛び出してきた。

「お客様、困ります」

「うるさい! 何をしたのかと聞いてるんだ! このビルの窓という窓から真っ黒な煙が、モクモク、モクモクと湧き出しているぞ! どんな事をやらかせばこんな有様になるというのだ! 痴れ者が!!」

 そう言って杖で床を突く。

 2回ずつ。

 周りを睨みつけながら。

 副支社長がなだめようとはしているがオロオロするばかりでどうにもならない。


 一人の同僚が立ち上がった。

「地元の地主さんが土地を売却されまして、その時に沼地とそこに隣接する神社を潰したんです。私たちがやったんじゃなくて地主さんがやったんです。それが一旦は売却されたんですが、転売に出されたのをウチが引き受けたんです」

 社内でも噂になっていた。

 賛成と反対に分かれていたが不動産売買会社の支社長が強引に決裁したらしい。

 ところがすぐに大病で入院して休職状態になり、物件管理にあたる私たちの支社長も家庭内の問題とかで出社していない。噂では息子さんが学校で大きな問題を起こしたと言われているが詳しいことは明かされていない。グループ本体も決算の問題で大騒ぎになっており社内はずっと不穏な空気だった。

「その神社は竜神とか、沼の主のヒキガエルが祀られていたんだとかで……」


 そこまで聞くと男は目を閉じた。

 相変わらず杖で床を突き続ける。

 どんどん、どんどん、と。


 げろろろろ……


 小さな声が聞こえてくる。

 それが徐々に大きくなり数が増えていく。

「嘘だろ……」

 同僚の誰かが小さくつぶやいた。

 別の同僚が「これってヒキガエルの鳴き声じゃねえか?」と言った。

 すると修行僧風の男が一括する。

「馬鹿者!! ヒキガエルがこんな声で鳴くか!!」


 どんどん、どんどん。音が続く。

 すると――


 どぶり


 床から頭が出てきた。

 確かにヒキガエルではなかった。

 ヒキガエルなら目が一番高い位置にあるが、そいつは目の上にちゃんと頭があって、濡れた髪が張り付いている。

 目の少し下まで、頭を半分だけ出して真っ赤な目でこちらを見つめている。

 同僚たちが悲鳴を上げながら出入り口の近くに立っていた修行僧らしき男の背後に移動する。


 頭が次々と増え、床だけでなく椅子の座面の上やパソコンの上、あらゆる場所に出てくる。

「間引きしてたのだな……」

 杖を突く合間に男がつぶやいた。

 それを聞いた同僚が言う。

「働けなくなった老人を山に捨てるやつですよね?」

「それはみんなが聞きたくない話をしないですむから広まっただけだ。本当の間引きは赤ん坊から先に始末された。水子ってのも間引きをしないですむようになってから戦後に広まった」

「始末って……ひどい……」

 女性社員がつぶやくと男は彼女の胸ぐらを掴んで持ち上げた。

「生き延びるために必死だったんだ! 今は誰も餓死しないのに受胎した子供の半分が生まれる前に殺されてるんだぞ! 何も知らんくせに!」

 そう吐き捨てて女性社員を無造作に放り出す。

「お前らは黙って座ってろ」


 男が杖で床を打つ。

 それでも頭は増え続ける。

 みなは息を呑んでそれを見つめる他なかった。


 げろろろろ……


 げろろろろ……


「泥水を必死に吐き出してる音だ。沼から出ようしてな。間引きの時はちゃんとケリを付けてから片付ける。沼で溺れ死にましたとかいう話にするけどな。辛い事から逃げるためにそのまま投げ捨てやがったんだろう。きっと死んだ後も沼から出たくてもがいているんだ。腹の中に泥が詰まってるせいで出られないと思って」




 夜が更けても続き、とうとう空が明るくなる頃、ようやく頭は減り始めた。

 太陽が姿をあらわす頃には全て消えていた。

「いいか。あいつらはまたやってくる。この会社の地下室に小さくていいから祠を置け。忘れるなよ。会社から死人を出したくなきゃな」

 そう言い残して修行僧姿の男は帰った。


 しばらくすると警備の人間がやってきた。

「おや。今日はみなさんお早いんですね」




 ここから話が食い違う。

 警備によれば夕方にみんな退社していて監視カメラの映像もそうなっている。

 社員の家族も普通に帰っていたと話す。

 けれど、みんなはこの事務室にいたし、そう記憶してる。男のことも覚えている。

 社員の家族や警備が嘘をつく理由がないし、全員が同じ幻覚を見たというのも筋が通らない。

 話し合ったが答えは出なかった。




 結局、管理部門のみんなでお金を出し合って地下に祠を入れた。

 私たちの入居する自社ビルの管理も管理部門の担当だから不動産売買の方も何も言わなかった。




 私はどうしても気になって兄に電話でヒキガエルについてたずねた。

 すると「ああ。あれは母さんが庭に埋めたんだとさ。カエルが嫌いだから気持ち悪いし、お前が朝から晩まで水槽の前にいるから気味が悪かったって。夜の間に父さんが見張りをして。俺たちが起き出すんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたらしい。なにも埋めなくてもいいよな」という。私が気を悪くしないように言わずにいたまま忘れていたと。

「ワープとか言ってたよね?」と問うと「その時はマジでヒキガエルすげーって思ってた」と返ってきた。


 インターネットで調べてみると確かにヒキガエルは「ゲロロロ」とは鳴かない。

 発声器官が小さいため鶏みたいな声になるのだそうだ。

 動画で見たから間違いない。




 子供の頃のことをあれこれ思い出しているうちに、もうひとつヒキガエルの記憶があった。

 近所にため池があって友達とそこに遊びに行くのが好きだった。

 大人たちには禁じられていたがダメだと言われると余計に行きたくなる。

 ある日、夕方になったので帰ろうとなった。


 げろろろろ……


 私が立ち止まって振り返ると友人が「ヒキガエルだろ。もう帰るから明日つかまえよう」と言って私の腕を引っ張った。

 後に知ったが、その溜池では数年に一度くらい、子供が溺死する事故が起きていたという。それで近づくのを禁止していた。それでも子どもたちはなかなか従わず、溜池を埋め潰してしまうまで事故はなくならなかった。


 夜に目を覚まして見たヒキガエル。兄が捕まえたけどいなくなってしまったヒキガエル。そして溜池に遊びに行って聞いたヒキガエルの鳴き声。

 別々の記憶が一つに結びついて出来上がっていたのがあの夢だった。

 溜池に遊びに行ったあの日、鳴き声を聞いて確かに振り返ったが友達に手を引かれた事しか覚えていない。



 その晩、夢を見た。

 夜の庭の石の上にそれはいた。

 ヒキガエルではなかった。

 人の頭の上半分。


 げろろろろ……


 石の上には泥があふれ、流れ落ちていた。




 困ったことがある。

 あの日以来、事務所におかしな人たちがしょっちゅうやってきては、お祓いをしましょう、お祈りをしましょう、穢れを祓いましょうとやってくる。

 その事をとある友人に話すと「連中には間違いなく霊能力がある」と言われた。

「その分野について調査研究したというのは聞いたことはないが、連中にはお金になりそうな顧客を見つけ出す事ができる。その能力がある」

 それって業者の間で名簿が回ってるだけじゃ……。

「根拠のない憶測は良くないね。その能力が科学的に否定されたことはない。実際、砂漠の動物はどうやってかわからないが水を見つけ出して生き延びる。生物は生存に必要な能力が強化され、進化していく。それが適者生存の法則だよ。超能力はいつか絶対に証明できる」

 それはぜんぜん違う話だと思う。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読させていただきました。 ヒキガエルと水子をマッチングさせる試みは面白いなぁと思います。淡々とした語り口も良く、口の中から泥水が溢れて、それが石の上を流れる様などは、情景が浮かんでしまっ…
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