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私、アイドル目指して頑張りますっ!  作者: 笹井結奈
アイドル下積み時代
5/21

5話 タイトル回収頑張りますっ!

 やあ、私だ。

 現在国道を北上中。

 乗っているのは先程までとは違い、工業団地でパクってきた大型の冷蔵トラックだ。


「どこに向かっているんですか?」


「ん? ああ、日光だよ。まあ、その前にあと一箇所寄るところがあるがな」


「日光……」


「ああそうだ。サバイバルのしやすいところがいいだろ……ん、目的地が見えてきたぞ」


 フロントガラスの向こうにそびえるのは大型のホームセンター。いわずと知れた武器屋さんだ。

 パニックホラー的世界線に迷い込んでしまったら、まずここに来ような。


「行くぞ、私の側から離れるなよ」


 ◇◇◇


 バックでガラスに突っ込み、叩き割ったそこから店内に侵入した。

 広いせいで店舗の中心部であるここはかなり暗い。

 もっと照射範囲の広いライトが欲しいな……

 まあ、棚が低いから発見しやすいし、問題はあまりないな。


「よっと」


 私の気の抜けた声のあとに発砲音が一つ。

 棚の奥に見えていた頭が吹き飛んで、生温かい飛沫が上がる。


「澪ー終わったかー?」


私が死人(ゾンビ)共を解体している間に澪には缶詰などの保存食をカートに詰めてもらっている。


「とりあえずカート一つ分はいっぱいになりました」


「ん、そうか。じゃあ一旦戻ろうか」


 カートを押す澪を護衛しながらトラックまで戻る。

 途中で二体ほど死人に出会ったが、そのどちらも日本刀で首を刈って終了だ。

 自分で切ったショートバレルショットガン一丁に日本刀一振り、そして剣鉈も一本と過剰な火力を有している私達が死人なんぞにやられるはずもなく、すんなりとトラックまで戻れた。


 トラックがいっぱいになるまで食料品やDIY用品や工具や武器を何度も往復して詰め込んだがここでは割愛しよう。

 店内の死人を狩り尽くしてからは単調な作業だったからな。

 起伏も何もなかった。私の胸のように……自虐はやめよう。てか、私にだって少しはあるし。


「よし。行くか、日光に」


「ええ、でも……」


「このケージは気にするな。少しの辛抱だ」


 トラックに乗り込んだ澪が気にしているのは助手席に載せられたケージたち。中には一匹づつ鶏や鶉、烏骨鶏が入れられており、せわしなく動き回っていた。


「ほら、卵とか取れるし肉にもなる。飼いやすいしいいだろ?」


「それはそうなのだけれど……」


「まあ、我慢してくれ。コイツは冷蔵車だからな。後ろには載せられんのだ」


 しぶしぶながら納得してくれたようだ。

 まあ、拒否権はないけどな。

 とはいえ、日光に着いたらいたわってやるか。

 具体的には鶏の世話をさせてやろう。アニマルセラピーだ。


「トイレには行ったか? 日光まで休憩はないぜ?」


「小学生じゃないんだから大丈夫よ」


「そうか? じゃあ出すぞ」


 快調に走り出す大型トラック。この調子なら日が落ちる前に日光に着けそうだ。

 だが、私はこの時はまだ知らなかった。

 澪があんなにフラグ回収が上手いということを……

 なんてフラグを立てる私。有能だろ?


 ◇◇◇


「まったく貴女がトイレに行くことになるなんて……」


 澪が私のことをものすごく冷めて目だ見つめてくる。

 やめろよ。ゾクゾクしちゃうじゃないか。


 澪は美少女だ。黒髪のナチュラルルーズボブ。

 メイド服とか凄く似合いそうだ。絶対着せてやろう。そしてお嬢様と呼ばせるのだ。


「ふん、運転手は私だ。疲れたから止まっただけだ。トイレはついでにすぎないんだよ」


「はいはい。そういうことにしておいてあげますから」


 そんなこんなで休息を挟みつつ、私たちは目的地に着いたのだった。

 あ、湯葉はうまかった。できれば出来たてを食べたいものだ。

 今度作ってみようか。


 さて、私たちが車を止めたのは霧降高原にある牧場の駐車場だ。

 そこは夏休みだというのに、車は止まっておらずガランとしていた。


「すごいわね……」


 ぼそりと呟いた澪。おそらく今出ている霧のことを言っているのだろう。

 

 濃霧。


 その名の通り、ここら一帯は実に霧が濃い。

 まるで雲の中のよう。それほどだ。

 一寸先は霧。新しいことわざだな。私の辞書に加えておこう。


「さ、まずはお仕事だ。とりあえず乳搾りをしてやらないとな」


 乳が溜まってしまうと乳腺炎などの病気になっちまうからな。まったく面倒な生き物だ。

 それにしても人間てのは畜生を飼ってるのか、畜生に飼われているのかわからんな。

 人間は畜生の遺伝子を残すために甲斐甲斐しく世話を焼く。遺伝子を残すことが生物最大の命だとするんなら、人間は畜生に飼われていることにならないか?

 畜生は人間に子孫の繁栄をさせている・・・・・もんな。


「深いな……」


「何かいいました?」


「いや、なんでもない。ほら、ちゃっちゃとやるぞ。ざっと三百はいるか……? 面倒だな……屠るか」


「確かにこれは多いですね……でも今日はすでに遅いですし、搾るしかないのでは?」


「うへぇ……」


 さすがに搾乳機ミルカーを使えない状態で三百頭の牛の乳を搾るのは骨だ。

 早急に屠ろう。でも、どうしたもんかね……はっきり言って十頭もいれば十分なんだが、屠った二百九十頭をどうすればいいのかまったく思いつかん。

 燻製や塩漬けにするにしても限度があるし……埋めるか。

 いや、重機がない。困ったな……やはり少しづつ減らすしかないな……


「どうしたの? ため息なんかついて」


「いや、この牛たちをどうやって減らそうかと思ってな」


「確かにこれを毎日やるのは大変ですもんね」


「死骸をどうやって処理しようかなぁ……」


「それよりこれ、いつ終わるんですか?」


 そう言われて牛舎の中を見るがまだまだ沢山いる。


 ジャコン――


 実包が薬室に送られる音がした。


「ちょ、ちょっと!? ダメよ撃っちゃ」


「ちっ……」


 折り曲げて開いてエキストラクターを作動させ、実包を取り出す。


「やめだ。やめやめ。どうせ屠るんだ。ブラウンスイス牛と数頭のホルスタイン牛のだけ搾って後は放置だ」


「まあ、流石に仕方ありませんよね……優先するのは若い牛ですよね?」


「ああ、一回から二回出産を経験した牛を優先だな」


「え? どうしてもっと若い牛もいるのにそっちを優先しないんですか?」


「ん、だって初産は大変だろ。牛だって二度目、三度目ともなれば慣れるんだよ。ただでさえ私たちには経験がないんだから、そこらへんは楽をしないとな」


「わかりました。ブラウンスイスは終わりましたし、もう切り上げられますね」


 そう言って笑う澪はとても可愛らしかった。たとえ上から下に中指、薬指、小指と順に閉じて乳を搾りながらでもだ。

 可愛い子は何をしても可愛いんだよ! 可愛いんだから。哲学だな。

 ふと思ったんだが、実際あの馬鹿でかいガスバーナーソードはどちらかというと黒海胆の殻だよな。


 ◇◇◇


 乳搾りを終えた私たちがやってきたのはレストハウス。その二階の調理スペースだ。

 ランタンの優しい光が私たちをぼうと照らしている。


「まずはお疲れ。よく頑張ったな」


 そう言って頭を撫でてやる。椅子の上に立っているから今は私の方が背が高いのだ。


「別に、なんでもないです……」


 そう言ってそっぽを向いてはにかむ澪。

 ……いちいち反応が愛い奴だな。私を殺す気か?


「愛い奴め」

「えっ、わっ、っきゃ――!?」


 あまりに可愛かったから胸に飛び込んでみたのだが、澪が支えきれず二人して転んでしまった。

 そのせいで手があらぬところを触ってしまっているが、これはラッキースケベではない。オンパーパススケベだ!

 揉みしだいてみたりさわさわと触ってみたりするわけだが、むう……こいつ着痩せするタイプなのか。

 慎ましいが手に程よく収まる完璧サイズじゃないか。どこが、とは言わないが。

 マナイータだと思っていたら「じょ、冗談じゃ……」ってなるやつだな。わかります。


「んっ、そろそろどいて下さい……それと、手つきがやらしいです……」


「ん、すまん……よしっ、それじゃあ飯にしようか」


「わーぱちぱち」


「うむ。私はそういうノリが大好きだ。褒美を取らせよう。私イチオシの缶詰、『だしまき玉子』だ!」


 ぱかっと開けられた缶の中には、なみなみと注がれた京風だしと幾重にも巻かれた黄色いだしまき玉子。

 箸を使ってそれを皿に盛り付ける。


「ほら、食べてみな」


 そっと箸で摘まれて、澪の小ぶりな口に運ばれていくだしまき玉子。私も同じように一口。

 その口当たりのよいふっくらとした食感。咀嚼すれば口の中に京風だしがじんわりと広がる。濃すぎず薄すぎないその味付けが玉子のはんなりとした甘さを引き立て、上品な味に仕上がっていた。


「……! 美味しい!」


「そうだろ、そうだろ。私のイチオシだからな。他にも色々あるぞ……この『北寄貝の水煮』もおすすめだな。そのままでも美味いが、飯と一緒に炊くともっと美味いんだ」


「へー、でもなんでそんなに詳しいんですか?」


「ん? それは私が自宅警備員をやっていたからだな」


 あ、なんだか澪の目が冷たくなったぞ。

 そんな! いいだろ自宅警備員! 勤務先まで徒歩0分。勤務時間は意のままに。もちろん賃金は出ない。あ、だめだわ……


「ま、まあ自宅を警備するのにもカロリーが必要だからな。でも、私はカップ麺を常食したくなかった。そこで便利なのがこれ、缶詰ってわけよ。ご飯を炊くだけで立派な食卓になるんだ。素晴らしいだろ?」


 不摂生は美容の大敵だからな。缶詰も敵だって? 気にすんな。


「確かに、今まであんまり食べたことがなかったけど、いい味ね」


「そうだろ、そうだろ。それに、酒にも合う」


 ゴトリ、と私が机の上に置いたのは一升瓶。


「こいつは精米歩合二割三分の純米大吟醸だ。最初にこれを飲んでしまうのもどうかとは思うが、今日は特別な日だし、美味いものを飲もうじゃないか」


 ちなみに精米歩合ってものは有体に言ってしまえば、どれだけ米が削られているかってことだ。この純米大吟醸は二割三分、要は米の周りを七割七分削っているってことだ。

 まあ、美味いはずだな。

 柔らかな甘口で、口に含めば上質な香りが鼻に抜ける。日本酒度的には辛口だが、口当たりが甘口なのもポイント高い。うわばみには物足りないかもしれないが……

 二回目のちなみにになるが、日本酒度は高いほど辛くて低いほど甘い。


 純米大吟醸を杯に注ぎ、互いに呷る。もっと味わって飲めと言われるかもしれないが、今はこれでいい。


「この世界で生きていくことは大変かもしれない。だけど、私は決して諦めない。諦めたくない。だから、澪、私と共に生きてくれ」


「ふふっ、なんだかプロポーズみたいね。私の答えはもちろん決まっているわ。私はスーパーで貴女に助けられた。だから、私の命は貴女のものよ……不束者ですが、どうかよろしくお願いします」


「お、重いな……」


「あら、貴女は力持ちなんだからこれくらい軽いでしょ?」


「ん、違いない」


 あはは、と二人して笑いあう。

 そして私たちは杯を交わした。

 よし、これからだ。これからここに私たちの楽園を築き上げる。

 そうだな、とりあえずは農家アイドルになろう。


 私、アイドル目指して頑張りますっ!

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