#11 Light My Fire
「なんだよ~波乗りできねぇのかよ~」
「逆に何で出来ると思ったんだよ?」
不貞腐れる八雲の門前に今日の日程表、ツアーのスケジュールが印刷されたA4サイズの用紙を見せる。
ノースショアへの滞在時間は約一時間半。サーフィンを楽しむには余りに短く、ただぼーっと過ごすには微妙に長い時間である。
故に、せいぜい出来るのは波打ち際での水遊びくらいだ。
しかし、僕と八雲は水遊びに興じることもなく、建物の陰に並んで座って、砂浜にだらしなく腰掛けて、キャッキャと遊ぶ女性陣を眺めている。
知らない土地で女子だけで遊ばせるのは彼氏として多少不安だが、周りは僕達と同じツアーバスで来た日本人ばかりだから、長く目を離さなければ大事には至らないだろう。
「なあ光…」
「ん~?」
折角の機会だから、考え事をしながら棒倒しでもと思って、いい感じの樹の枝を探していた目線を戻し、声の主を見る。
「お前マジで大丈夫か?」
優しく告げた八雲はサングラスを外して、たいそう真面目な目を僕に向けている。
いつもの僕ならばきっと茶化して、巫山戯て、対話を有耶無耶にしただろう。
だけど、今は、僕にしては本当に稀ではあるが、誰かに話を聞いて欲しい気分だったんだ。
「そうだね…あんまり、大丈夫って、自信満々に胸を張る自信は…ない」
少し目を伏せて、素直とは言えない言葉で弱音を吐いた。
そしてバスの中で僕が見た夢の全てを話した。
夢での悲劇を現実に持ち込むなんて、余りにも餓鬼臭くて女々しくて、格好悪いことこの上ないが、八雲にはもっと格好悪い所も見られたこともあるし、反対に僕の彼の格好悪いところを山程知っている。持ちつ持たれつというか、幼馴染ってのはそういうものだ。
八雲は僕の話を黙って聞いた後にポツリと零した。
「そうか…それはなかなか、かなり嫌な感じの夢だな」
「ああ、まあ内容もなんだけど。なんというかリアリティが桁違いだった」
今も僕の手にはサキが付けた疵があるんじゃないかと思ってしまうんだ、と彼の前に手を差し出した。
すると彼は憎たらしく笑う。
「気にすんな。相変わらず無駄に綺麗な手だよ。何もしてないくせに職人みたいな、昔から俺が知ってるお前の手だ」
「うるせぇよ」
手を軽く握って、そのまま彼の頬を小突いた。そして吐露。
「でもさ」
「ああ?」
フロイト気取りじゃないけれど、
「夢ってのは深層心理の顕れだから、僕の中に表面なのか奥底なのかは分からないけど、ああいう感情があるのかなって思うと―――笑えない」
そう。溶けきらない『しこり』が僕の中で蟠っている。
自殺願望に破滅願望、そして殺人衝動が僕の中に暗く重く沈殿しているのならば…それこそ自殺して破滅したくなる。
「どうなんだろうな? 確かに夢はお前の願望に基づいたものかも知れないが、往々にして人ってのは深層心理を誇大解釈して婉曲されたものを夢に見るもんだ」
どういうことだ?
「だからさ、高い所に行けば、ここから飛び降りたらどうなるだろうって血迷うこともあるだろうし…絞殺だって、そういうハードなプレイをしたいってだけかもしれない。そんで、そんな気持ちを抱えたまま眠りに就けば、当然関連した夢をより誇張した形で見ることになるって話だ」
ああ、何となく言いたいことが分かった。そして、お前が良い奴だってことも再確認したよ。
「つまり、夢は深層心理の顕れだけど、夢がそのまま願望に直結したものだとは限らないってことか?」
「そゆこと」
八雲はにっこりと破顔。僕が女なら惚れているかもしれない。
「多分光にとって、言葉の通じない異国ってのは想像以上にストレスなんだよ。お前は結構言語による相互理解を重視するタイプで、一見ドライで無関心な装いの癖にセンシティブだからな。だから、言葉の壁に阻まれれば不安にもなるし、悪い夢も見る」
きっとそういうことだと締めて八雲は顔を逸らした。
サングラスを装着し直した所を見るに、恥ずかしげである。
「…そういうことですか」
僕は顔を海辺の女子二人に向けてヒラヒラと手を振りながら、小さな声で呟いた。
「ありがとう」
「おう」
僕達は揃って煙草を口に咥えた。目視なんて必要ない。それくらい見なくとも理解るよ。
互いのライターで自分以外に火を付ける。
煙を深く吐き出して、それで。
僕は少し笑えたんだ。