妖精のお話
目を開けると其処は――――暖かな日差しに照らされた巨木の根元だった。苔の匂いや土の匂いが、さっき居た場所よりずっと強く、濃密に感じられる。ずいぶん奥に来てしまったらしい。大きく深呼吸をして体を起こすと、既にティカとパウルは起き上がってきょろきょろ辺りを見回していた。
「皆さん目覚めましたね。」
あの声がして、何処からか水が沸き、小さな人型になった。さっきの妖精さんだ。この緑の中に、シャボン玉のように色を変える羽根がよく映えている。
「さーて、ポポを攫った理由とやらを聞かせて貰おうか。」
ティカがどっかりと木の根に腰掛けた。私とパウルも同じように腰掛ける。妖精さんは小さく息を吐いて、それからまっすぐ私達の方を向いて話し始めた。
◇◇◇◇◇
私達妖精は人の目を恐れ、ジャングルの奥深くでひっそりと暮らしていました。人による捕獲で沢山の仲間の命が奪われたからです。しかし、ジャングルの奥深くにさえも、我々を迫害するモノが居たのです。
ソレは――――人間の欲を汲み取った悪魔。
悪魔たちは我々の羽根をもぎ取り、その力を糧としたのです。私達妖精はそんな悪魔を遠ざけるために大地の力を借り、巨大な石を切り出して女神像を創りました。女神像は、その力で悪魔を封印したのです。しかし、女神像の力は『感情』を取り込み過ぎて制御できないほど強大になり、いつしか時空を歪めて別の場所に触れた者を移動させる事さえありました。。そこで妖精達は女神像の眼に当たる石を取り外し、石と像を別々に泉に沈めました。それでも尚、女神像は力を失わず、私達妖精のみならず、このジャングルの生き物全てを加護して下さったのです―――――
そこで妖精さんは言葉を切り、私をじっと見つめた。その瞳の真剣さに思わずたじろぐ。な、なんだ一体?!
「しかし、私達妖精の想像を絶するほどの力を持つ悪魔が出没し始めました。」
バァン!!
大きな音に思わず身を縮めた。恐る恐る音の聞こえた方を見ると、ティカが腰のホルスターから取り出した小型の銃をぶっ放していた。ティカの体には色んな武器が仕込まれている。暫くすると、ドサリと何かが倒れる音がして辺りは静かになった。
「悪魔ってのはコイツか。」
ティカはそこらへんにあった木の枝の先っちょでツンツンと黒い塊をつついている。それはよくよく見てみると、羊のような角を生やした中型の犬くらいの大きさの生き物だった。悪魔くらいなら私も眼にしたことがある。海にも居るのだ。人を海へ引きずりこむ、タチの悪い悪魔が。
「ええ。あなたたち人間の気配を感じたのでしょうね。直に他の悪魔もやってくるはずです。」
「そうなったら厄介だ。さっさと話を進めてくれ。」
妖精さんはまた私の方を向いて話し始めた。なんだか怖いし緊張するからやめていただきたい・・・私は我慢しながら、真っ直ぐ妖精さんの目を見ながら話を聞いた。
「ポポさん、貴女の『波長』は妖精のものに近い。だから私は貴女に助けを求めた。」
「へっ、わ、私?!」
突然何がなんだか分からないことをいわれて木の根から滑り落ちた。肘を軽く擦り剥いてちょっと涙目になりながら妖精さんを見つめ返す。しかし妖精さんの目はやっぱり真剣で、「冗談でしたー」なんていえる雰囲気じゃない。正直言って胃が痛い。
「私達妖精では、あの力の強い女神像の近くに寄ることすら出来ない。だけど人間の貴女なら眼を填め込むことが出来るし波長も合う。だから貴女の力を借りて、あの女神像の力を戻した。」
「オイ待て。その波長ってのはなんだ。」
「波長と言うのは、それぞれの生物が持つ『気』の波です。その波が合う者が触れ合うと強大な力が生まれるのです。」
「なるほど。」
「なんかスゲーな!」
パウルがキラキラと尊敬の眼を向けてくる。なんだかちょっとくすぐったい。というか、私は特に何もしていないのでよくわからないんだけど。
「それで、第二の出口ってのは何処にあるんだ?」
どうやらティカは最初からそれが知りたかったらしい。まあそれもそうだろう。実際色々考えていたのもティカだ。
「あなた達が女神像に眼を填めたあの泉よ。」
「おう。とりあえず私達をもと居た場所に戻してくれ。それ相応の働きはしたはずだ。」
「ちょっと待て。」
パウルの声に、ティカがピタリと動きを止めた。妖精さんも、パウルを横目に見ながら止まっている。どうしたの、とパウルを見ると、パウルはちょっと眉間に皺を寄せた。なにやら考えているらしい。
「妖精、なんでお前、わざわざ俺達を此処に連れてきたんだ?此処でじゃなくても話はできるはずだろ。」
成る程。確かにそうだ。パウルのほうをもう一度見ると、まだ疑問は晴れないらしく、眉間に皺を寄せたままだ。妖精さんは黙ったまま、真意を探るようにパウルをじっと見ている。薄い青の瞳は驚く程鋭い。まるで刃物のソレだ。
「それにティカ。このことにお前が気付かない筈ねェよな。」
なんでだ?と首を傾げるパウル。ティカは口の端に薄い笑みを浮かべたまま、パウルをじっと見ている。妖精さんとティカにじっと見られ続けるパウルは一瞬肩をすくめたけれど、キッと二人を睨むように見つめる。
「それァお前らを――――」
「喰うためよォ!!」
恐ろしい勢いで何かが飛んで来た。ティカ――――いや、『ティカだったもの』がナイフを飛ばしてきた。凄い力で腕を引っ張られてよろけたお陰でそれは当たる事は無かった。背後の木に深々と突き刺さったナイフを見てゾッとした。どうやらパウルが腕を引っ張ってくれたらしい。一々礼をいう暇は無いので心の中で感謝しながら銃を構える。弾の数はそんなに多くないし、一応ナイフは持っているものの、ナイフはもっと扱えない。明らかに劣勢だ。それに比べて向こうは恐ろしい姿に変わって行っている。
ティカだったものは、メキメキと骨が砕けるような音をたてながらどんどん巨大化していく。口は耳まで裂け、尖った牙が見える。大きな口からは魚が腐ったような悪臭が漂っている。白くて細かった手は、鱗のような物で覆われてぬめぬめと黒光りしている。おまけに鉤爪のようなものまで生え出した。
妖精だったものは、死体のような薄黒い紫に変色し、綺麗なシャボン玉みたいだった羽根は枯れ草のようにダラリと背中から垂れ下がっている。薄青色だった眼は、ぎょろりとして、もはや眼とは言い難い、ゼリーのような物体になっている。
ぶうん、ぶうん、ぶぶぶ、ぶぶぶぶぶぶぶぶ
大量の蝿が飛び回るような音がしたと思ったら、一瞬視界が真っ赤に染まった。遠くでパウルの怒鳴り声が聞こえた気がする。
「ぐッあ゛、ッ」
口から勝手に声が漏れた。どうやら元妖精の鋭い爪が肩を掠めたらしい。一瞬視界が真っ赤に染まったのは、その血が大量に飛び散って視界を覆ったためだろう。なんて冷静に分析してみたものの、体から力が抜けてその場に崩れ落ちた。パウルの悲鳴に近い声が聞こえた。
――――ああ、痛いよ。
――――このまま死んじゃうのかな。
――――ねえ、たすけて
ティカ。
「オイオイ・・・何このバケモンうわきめえ」
ティカ――――




