海上兵と海賊達
怒号、怒号、悲鳴。そして―――――鮮血。
それらが支配する競技場。そこに私達はいた。血が皮膚ギリギリまで這い上がってくるのを感じた。ゾクゾクする。目の前に赤い、赤い水溜りが出来上がった。
「ティカ!」
自分を呼ぶ声に顔を上げると苦しそうに眉根を寄せるリンヤがいた。大柄な海上兵と剣を合わせている。その視線の先には海上兵に押さえ込まれたポポと、力なく横たわるブルーノ。咄嗟にクナイを放って仕留める。
「手負いの仲間に手エ出してんじゃねえよ」
そう言ってクナイを抜けば其処からドクドクと血が流れ出していく。
「此処の奥に非常口がある。其処まで連れてってやる」
ポポが頷いて立ち上がるのを尻目にブルーノを抱え上げた。大柄なだけに重たいが、此処でこうしていてもまた狙われるだけだ。グッっと腹筋に力を込めて走る。なるべく目立たないように、気配を消して。
「行かせるかア!!」
海上兵がサーベルを振りかぶりながら襲ってくる。しかしそれは横から飛び出した影に阻まれる。
「バカヤロウ、さっさと行け!ついでにコイツもつれてけ!」
ロズだ。ロイをこっちに押し出して、目の前に迫った兵士を思い切りバグ・ナウで切りつける。
「行くぞ!」
ブルーノと一緒にロイも抱え上げ、少し小さな非常口のドアを目指す。ポポが迫り来る兵に、アル姉さん直伝の薬草爆弾(目潰し薬)を投げつけている。アレは痛い。心の中で黙祷しつつ、全力で駆け抜けた。
ゼエ、ゼエと荒い息をするポポの横にスッとしゃがむ。
「いいか?このままじゃ埒が空かない。なるべく急いでこの場から離れろ。」
うん、とポポが頷いてロイの手を借りながらブルーノを抱えた。
「ティカ」
ん?と振り返れば真剣な面持ちのポポがこちらをじっとみつめていた。
「死なないで。」
騒がしいこの場所が一気に静かになった気がした。私もじっとポポを見つめ返す。ポポはうるうると大きな眼に涙を溜めていた。今にも零れ落ちそうだ。ぎゅっと服の裾を握り締めるのはポポの癖だ。
「死なないさ」
それだけ言えば十分だった。ポポは大きく頷いて走り出した。ロイを連れて、ブルーノを抱えて。若干覚束ない足取りだが、しっかりと地面を踏みしめて走っていく。
「死ねないさ」
私は戦場に舞い戻った。―――――一暴れするか。胸の奥でギラギラと眼を光らせる悪魔にに力を借りて。嗚呼、今きっと私は馬鹿みたいに殺意で歪んだ顔で武器をもってるんだろう。
―――――――モットチガホシイ
吼える悪魔を抑えながらクナイを構えた。さあて、どいつからかかろうか
そう思いながら、サッとこちらに挑み掛かってくる兵士達に視線を走らせる。アイツだ―――――
隙のできたわき腹にクナイを放つ。そして間髪いれずに、慄いた隣の兵士の肩にナイフを突き立てた。耳障りな悲鳴が辺りを劈く。ベルトで留めていた大鎌を振り、更にその横にいた兵の首を絡め取った。ぶしゅ、とさっきとは比べ物にならない勢いで血が吹き出した。マントから血が滴り落ちるが気にしない。カイの横で双剣を構えた兵士に狙いを定めてもう一度鎌を振るう。カイが吹き出す血にギョッと顔を強張らせたが無視してその後ろの兵の腹を鎌で引っ掻く。ばしゅ、とまた血が吹き出て辺りを濡らした。しかしこうしている間も兵士は襲いかかってくる。息をつく暇も無く襲い掛かってくる敵を捌く。
「うアッ」
高い悲鳴が聞こえて振り返ると、カイの腕から血が溢れてきていた。その斜め後ろには銃を構えた兵士。素早く相手をしていた兵を切捨てて駆け寄る。
「クソッ」
悪態付きつつマントを引き裂いて傷口に当てる。ポポがいれば、と顔を顰めたものの今はどうしようもない。明らかな劣勢だ。
「ティカ、後ろ!」
カイの悲鳴に近い声にハッと顔を上げる。強面の兵がニヤリと笑みを浮かべながらダガーを振り上げている。マズイ、そう思ったもののこうなっては避けきれない―――――
ザクリ。
そんな音がして顔を上げる。血を吐きながら倒れる兵士。その腹には短剣が刺さっていた。薔薇と髑髏と掘り込まれた短剣が―――――
「すまんな。途中で海上兵に阻まれて遅くなった。」
「遅エよクソ兄貴」
不敵な笑みを浮かべながら、腰のサーベルに手をかけた兄。灰色の髪には赤黒い血が付いている。その後ろからはゾロゾロと見慣れた仲間達。突然の船長の登場に、海上兵達はポカンと呆けた顔をしている。
「カイ、此処の裏に医療班が待機している。そこまで歩けるな?」
「はい!」
カイは頷くと立ち上がり、ヨタヨタしながらも歩き出した。白い腕を伝う赤い血が痛々しい。
「お前の読みが的中したな。夥しい数の海上兵が道を阻んできた。」
兄様の言葉に、島に上陸したときに感じた気配を思い出した。廃墟の上からこちらを伺っていた影を。この島に来るという情報が漏れていた?何故?そんなの決まってる。
――――――裏切り者がいるんだ。
恐らく兄様も気付いているはずだ。聡い彼なら、裏切り者が誰か分からずとも、目星はついているのだろう。
「さて、仕切りなおしと行こうか」
兄様がじっと前を見据えた。私も鎌から剣に武器を持ち替えて兄様と同じように真っ直ぐに前を見た。ポカンとしたままの海上兵と、嬉々としてそれぞれの武器を構える海賊達。
「セレスティン海賊団!準備はいいな?」
兄様が声を張り上げ、大きな競技場中に響き渡る声で尋ねる。
大きな雄叫びと共にそれぞれの武器を振り上げて眼をギラつかせるセレスティン海賊団と、慄いたように身をすくめる海上兵。もうこの瞬間で、勝者は決まったようなものだった。
「容赦するな!かかれエ!」
言うが早いか、人の波がどっと押し寄せてきた。私もそれに続き海上兵を相手取る。視界の端でドルン教官と兄様が戦っているのが見えた。押し寄せる海上兵の波。しかし兄様は軽々と身を翻し、攻撃をかわしていく。そしてその兵士のガラ空きになった懐にドルン教官が潜り込み切り捨てるという、単純ながらに見事な技。
「余所見すんじゃねエよォ!!」
「っく・・」
腕に重い衝撃。剣を落としかけたが持ち直し、次の攻撃にかかる。剣を付きの状態に持ち、間合いを一瞬で詰める。ギョッとした顔の海上兵にニヤリと笑みをこぼし、腹を貫く。ゲボっと血を吐き出した兵士の体から剣を引き抜いて次の相手を見据える。細身だが筋肉のついた体の兵士。
「死ねクソガキ!」
振り下ろされる長剣を避け、マントの裾から取り出した愛銃をガラ空きになった足にブッ放つ。ぐらりと体が傾いた。続けて肩、足に放つ。やがて動かなくなった兵士を蹴り飛ばして道を空け、次の相手に飛び掛る。明らかにこちらの数の方が多い。そして強い。海上兵が苦戦しているのが手に取るように分かる。
「海上兵!全員撤退!!」
何処からか焦った声が聞こえる。そしてその声と同時に海上兵達が一斉に散る。無様なモンだ。と思うと同時に応援が来なければこうなっていたんだ、と複雑な気持ちになる。
「こちらにも怪我人がいる!深追いはするな!」
競技場のステージの上で兄様が指示を出しているのが見えた。周りには何人かの海賊が集まっている。やはり薄汚れてボロボロだ。そこでようやく自分の全身を駆け抜ける痛みに気付いた。脳内麻薬でも出てたんだろうか。弾が掠ったらしく、腕から血が出ているし、足や頭からも血が伝っている。何より激しい運動をしたため明日には関節や筋肉が悲鳴を上げるだろう。すっかり短く、ボロボロになったマントを引き裂いて止血する。ジクジクと痛むが気にしない事にする。
「ティカ!」
自分を呼ぶ声に振り返ると、リンヤがフラフラ走ってきた。頭から結構派手な出血をしている。大丈夫かコイツ。
「止血をしろ馬鹿」
「いでっ!?」
マントの切れ端を傷口に押し付ける。少々荒っぽいが何もしないよりはマシだ。さっさと帰って治療してもらえよ、といいながらついでに溢れた血を拭ってやると大人しくなった。
「ロズ達は無事か?」
「うん。皆、俺達ぐらいの怪我でピンピンしてる。」
「なら良かった。」
それだけ言って兄様のところに行く。やっぱり全身が痛い。
「おお、ティカ無事で何よりだ」
「兄様も」
兄様も、若干服が切れていたりするだけで無事だった。所々に血が飛んでいるのは恐らく返り血だろう。ドルン教官もそんな感じだったので一安心した。
「先に此処に来てたメンバーもブルーノを除けば大怪我の奴は居ません。」
報告はしたものの、やはりブルーノが大丈夫かが気になる。後で見舞いに行こうと思ったが、アル姉さんのいる医務室に行くのは気が引ける。
私の考えてる事を察したのだろう、兄様がハハハと乾いた笑い声を上げた。顔が引き攣ってるぞ。
「俺達も撤退だ!負傷者は運んでやれ!」
場を取り直すように兄様が声を上げた。ドルン教官や、まわりの側近たちもやれやれと苦笑いを零しているが、そんなことを気にするほど兄様の神経は繊細じゃない。これでもこの海賊団の船長か、と言いたくなるのも事実だが、戦いの強さや信頼の厚さもまた事実なのだ。
兄様の声にゾロゾロと海賊達が列を成して動き出す。改めて思った。皆、人相悪いな。とか考えつつ、痛いを通り越して重たくなった体に鞭打って列に加わる。暫く歩くと肩を叩かれた。痛いんだよソコ。振り返るとパウルがギョッとしたような顔をした。なんかウザイ。
「なんだ?」
「イヤ~お前強エなぁ!」
なんだ、そんな事か、と心の中で嘆息する。この強さは生きるために必要だったから身に着けた、ただそれだけの話だ。
「ロズも強いと思ってたけどお前もスンゲーな!」
「ありがと」
とりあえず素直に礼を言っておく事にする。そんなやり取りをしているといつの間にかキルアやリンヤ、ロズ、リクまでやってきた。そして何故かパウルと同じようにギョッとした。なんで?全員傷を負ってはいるが、そこまで深手ではないらしく普通に歩いている。
「ティカー!やっぱアンタ強いよ!」
キルアまでどうしたんだ。と思っていると、キルアの肩の傷に目が行った。掠ったのと、切られたのがある。出血量も少ないし大丈夫なんだろうが、やはり大きい戦闘だけに怪我は避けられないな、とため息をついた。
「アル姉さんに治療してもらえよ」
そう言って傷口を指差せば、わかってるわよ、という返事と共にハンカチが飛んできた。条件反射で受け取り飛んで来た方を振り返ると、相変わらず仏頂面のロズがいた。何だ?と首を傾げると「ふいとけ」と顔を指差された。それでも訳が分からず首を傾げているとキルアが上着のポケットから鏡を取り出した。女子力たけえ!と思いつつ鏡を覗くと成る程、理解した。顔にかなりの量の返り血が飛んでいる。こりゃびっくりするなあとロズから受け取ったハンカチをありがたく使わせてもらった。歩きながらなので拭いにくい。あっという間にハンカチが赤黒くなった。どうしよう、と思っていると気にすんな、というロズのぶっきらぼうな声が聞こえたのでおずおずと返却する。
「だいじょぶ?ブラッディティカ」
キルアのその一言で何故か爆笑された。コノヤロウ。
とまあ、歩いているうちに船を停泊したジャングルに着いた。兄様からはもう休んでいていいと言われたものの、船に帰るなり戦闘はどうだった?とか海上兵はどの位いた?とか質問攻めにされたので何とか適当にあしらって部屋に戻った。体中が痛い。アル姉さんの居る医務室に行って治療してもらうついでにブルーノの見舞いにでも行こうかと思ったが、どうせ負傷者でごった返していて私が行っても邪魔なだけだろうと考え手早く寝巻きに着替えた。自分のベッドにボフンとダイブして布団を被ると、私はあっという間に眠りについたのだった。
おやすみなさい。




