セレスティン海賊団1番隊訓練生ティカ・アルマイル
薄い闇の中、沢山の人間が黒く歪んだ笑みを浮かべている。
こわいよ、たすけてよ。こころのなかでおにいちゃんによびかけてみる。あたりまえだけど、そんなぼくのこえをきいてくれるひとはだれもいない。よるにしらないおじさんがきて、へんなにおいのぬのをかがされて・・それからどうしたんだっけ。おもいだせないや。
「たすけて・・・おにいちゃん」
やっぱり、ぼくのこえはだれにもきこえないままよごれたこのへやにきえていった。
ドルン教官率いる一団は、島の町の外れにある『人間戦闘所』に来ていた。町の陽気で明るい雰囲気から切り離されたように、その建物だけが酷く陰鬱な空気を醸し出していた。
「おい、全員準備はいいな?」
顔を仮面で隠したドルンがクルリと振り返り確かめる。教官以外も全員仮面で顔を覆っており、傍目から見れば誰も海賊だとは分からない。怪しげな宗教集団みたいでこれはこれで怖い。そして俺の隣で大きな三日月鎌を構えるティカはもっと怖い。顔半分が仮面で隠れているため、歪められた唇だけが見える。俺は盛大にため息をついた。
「どうしたパウル」
「なんでもねえよ。」
心の中ではお前のせいだよ、と思っているがこれを言うと確実に三日月鎌が俺の首を攫っていくので自重した。俺だって命は惜しい。隣でどす黒い笑みを浮かべる奴なんかに奪われてたまるか。仮面のせいで引き攣った顔が見られないことに安堵しながら、俺はまたため息をついた。
今、俺達は人間戦闘所の裏の森に来ていた。というのも、ドルン教官が全員が戦闘に参加するのは危険だと言い出したからだ。確かにそうだ。満身創痍の状態でロイを救い出すなんてかなりキツイだろう。怒りで鬼神と化したロズならやりそうだが。まあ、そういうわけで戦闘組と救出組に分かれ、戦闘所にエントリーしたのだ。
「よし、体力や得手不得手を考えて、戦闘組が俺、ティカ、ロズ、ブルーノ、リク、パウル、リンヤで、救出組がポポ、キルア、リフェ、カイだ。狙撃用の銃をキルアに渡しておいたから高い木に登って窓の傍に居ろ。俺達がそっと窓の鍵を開けておく。合図が確認できたら敵を狙い撃ってロイを救出するんだ。いいな?」
「はい!」
「行くぞ、健闘を祈る!」
「おう!」
全員が威勢よく掛け声を上げる。それと同時に俺の体にも熱い闘志が漲る。待ってろよロイ!必ず助けてやるからな!
「何人殺せばいいんだ?」
「皆殺しだろ」
ロイ、この隣の鬼達に勢い余って殺されんなよ・・・俺は心の底から祈った。そしてこれから地獄に叩き落とされるであろう人々の顔を浮かべながら黙祷した。
ざっざっと足音を立てながら歩く仮面を被った一行は否応なしに目立つのでは、と思ったがそれは無駄な心配だった。これは仮装大会かよ!と思うほどにド派手な格好をした奴等ばかりだったのだ。さっきすれ違った奴は全身に刺青やらピアスをしていた。
「おい・・・さっきの奴凄かったな・・・」
「おう・・・明らかにヤバイセンスしてるか頭がイカれてるかのどっちかだな。ありゃ」
仮面で隠れたロズを見れば、何故か両手にナイフを構えていた。
「おい・・・何やってんだ・・・?」
「あのピアス邪魔そうだったから削いでやろうかと・・・」
「いや、怖いしエグいし何より余計すぎる親切だ!」
「そうか・・・」
「何で若干残念そうなんだよお前・・・」
こんなどうでもいいけど怖すぎる会話をしているせいか、少し緊張が解れた。リンヤは斜め後ろに座っている全身に羽根の飾りをつけた女剣士の奇抜すぎる衣装にドン引きしている。
「あの剣士の衣装・・・色んな意味ですんげえな・・」
「私は最初大量の短剣を刺してるように見えたぞ・・・」
「いや、寧ろなんでそう見えたんだ」
「ワシは大量のダーツの矢を刺しているとばかり・・・」
「お前もかよ!?アル姉さんに変な薬でも飲まされたのか!?」
こいつらやばいんじゃねえか・・・・?ということはこのなかでマトモなのはおれとドルン教官だけか?そう思ってちらりと教官のほうを見る。険しい顔をしたまま呟いた言葉に、俺は絶望した。
「おれは巨大なハリネズミかと・・・」
この人が一番ヤバイかもしれない。
むせ返るような熱気が辺りを包んでいる。馬鹿みたいに広い会場の中でも一番広い『競技場』勝ち負けが命で決まるなんて残酷すぎるが、海賊の俺が言えることでもねえなと自嘲気味に笑う。この戦闘所での勝敗はバトルロイヤルで決まるらしい。まあ決まるといっても途中で俺達がこのクソくだらねえ『競技』を強制終了させるのだが。しかしまあ戦わないわけにもいかないので、縄とナイフや短剣を組み合わせて作った武器をしっかり装備している。師匠のアイシャさんお手製の物だ。
俺はもともと小さな島で船大工の息子で、海賊とは船の修理をしてやるくらいの関係だったのだが、ある時その島にやってきたセレスティン海賊団の船大工のアイシャさんの腕に惚れ込み弟子入りしたのだ。始めは船を造る技術だけでなく、戦いの技術も習わなければならないことに四苦八苦していたが、なんとかこなせるようになった。どれもこれもアイシャさんのおかげだ。ありがたい。おまけに武器まで作ってもらえたのだ。感謝してもし切れない。
「おい!なにボーっとしてるんだ。行くぞ」
ティカの怒鳴り声にハッと我に返り、慌てて進む。ちらりと隣を歩くリクの顔を覗く。仮面に隠れて見えにくいがいつもはパッチリした眼に陽気な光を湛えているリクでさえギラギラした海賊らしい眼をしている。ふと自分はどうなのだろうと思った。窓に映った自分の顔を見てみる。オレンジ色のマスケラから覗く眼を。
なんだ―――――俺もちゃんと海賊じゃないか。目つきが悪いとよくいわれる俺の眼にはくっきりとした殺意が滲んでいた。ドス黒くて、歪んだ感情は俺を海賊と証明するためだけにあるようにそこに鎮座していた。俺は理由も無くニヤつく口元を撫でながら、歩みを進めた。
しばらく歩くと、ザワザワ、ザワザワと人の低い話し声が響く馬鹿みたいにだだっ広い競技場に出た。こんな奴等の所に放りこまれたロイの身を案じながら辺りを見渡す。どうやら幾つか入り口があるらしく沢山の人間が列を成して歩いてきている。
まるで死神の行進だ。おぞましく、身震いする程の殺気を全身に感じながら更に進み続ける。飛び道具が禁止なので剣やナイフを持った人々が屈強な体を鎧で覆い、競技場に集結した。
皆思い思いの武器を持っている。ドルン教官は自分の身の丈程ある長剣、そして投げて攻撃する針。ティカは手にこそ大太刀しか持っていないものの、マントの下には大量のダガーやナイフ、クナイを隠し持っている。ロズはバグ・ナウというトラの鉤爪のような武器を手にはめている。しかしマントのしたにはティカと同じように大量の武器を仕込んでいる。リクは双剣を手に持ち、背中には大きな鞭を持っている。鞭なんか何処から仕入れたんだ・・・知りたい気もするが、怖いので聞くのは止そう。ブルーノは巨大な斧、リンヤは大量のダガーを腰のベルトに装着している。皆自分に合った武器をちゃんと心得ている。
「さあさあ、賭けを締め切るよ!賭けたい奴は早く金を出せエ!」
威勢の良い声が観客席のあちこちから聞こえる。こちとら命賭けてるよ、と軽く視線をティカに滑らせた。ティカも俺と同じように観客席の方を見ている。感情の読めない眼は、何かを探るようにこの広い競技場を、観客席を見つめている。どうしたんだコイツ。
「出場者の皆さん!競技場の中央に集まってください!」
係員の大声が、競技場のざわめきに掻き消されそうになりながらも辛うじて聞こえた。ぞろぞろと死神達が移動を始める。俺たちもその列に続きながら、徐々に中央に進み、なるべくバラけていく。あまり固まっていると不自然だからだ。
「試合開始まで10、9、8、7、」
カウントダウンの声が、一気に大きくなる。観客のネットリした視線が全身に絡み付いて離れない。ゾクリとした悪寒が背筋を掠めていく。腰にぶら下げていたアイシャさんお手製の武器を手に持つ。ずっしりした縄とナイフ、ダガーの重みが自分に冷静さを思い出させてくれた。
「4、3、2、1、0、―――――試合開始ィ!!!」
言うが早いか、隣の男が襲いかかって来た。いかめしい作りの大太刀の切っ先が鼻先を掠めていく。慌てて縄を引っ張って振り子の要領で舞い上がったダガーを逆手に持って受け止める。金属音と共に信じられないくらい思い衝撃が両腕を襲う。危ない、関節が外れそうだ。腰の金具に結び付けてあった縄の端を引っ張り、結びつけてあったナイフを一本とって投げつける。あっさりと大太刀で弾かれた。しかしその攻撃がメインじゃない。
「っらあッ!!」
―――――『縄』だ!
男の後頭部に縄を引っ掛け下に引き摺り下ろす。勝負あり!男は勢い良く鼻血を吹き出しながら地面に突っ伏した。おっと、ボーっとしちゃいられねえ。リンヤと戦っている男の頭にナイフを括りつけた縄を放つ。鮮血がマントを濡らし、男がドサリと倒れた。仮面に隠れていたので定かではないがリンヤがありがとう、と言うように軽く頷いて、また戦いの渦に飛び込んでいった。
恐ろしく熱い。戦いと言う熱が全身を覆っているのを感じる。しかし恐怖と言うものはなくて、寧ろ心地よささえ感じている。
――――――海賊のサガっつーヤツか
フン、と乾いた笑みが漏れた。
近くに居た細身の女に切りかかる。と同時に真っ赤な華が咲き乱れて肉片が散った。マントが血を吸って少し重くなる。ポタポタと赤い花びらが灰色の無骨な地面を彩っていく。
少し後ろを見る。そしてゾッとした。なんだ、あれは。
血を浴びて狂ったように嗤いながら目の前の人間をなぎ倒す鬼神のような――――
ティカ?
理解して更にゾッとした。あれが?あれがティカなのか?いつも考えの判らない笑っているような、無表情のような顔をしているティカが。目の前の敵を捌きながら考えを巡らせる。ちらりと視界の端に映ったロズは、手こそちゃんと動かしているものの、ティカを見て唖然としているのが判る。仮面から覗く口が呆けたように開いていた。
「ブルーノ!」
リクの焦ったような声が酷く浮いて聞こえた。サッと振り返ると、血飛沫の舞う中、顔を歪めたまま斧を引きずるように持ったブルーノが居た。体が今にも倒れそうな程、傾いている。そのブルーノの脇腹には大きな傷が出来ていた。ドクドク、ドクドクと血が溢れ出している。すでに足元に大きな血溜まりができている。マズい、あの傷かなり深い。放置していると失血死してしまう。駆け寄ろうとするものの、寄る人波のせいでロクに進めない。マズい。どんどん顔色が悪くなっていくブルーノ。ザワリと背中を嫌な汗が伝う。
パァン!!!
乾いた音が辺りを劈く。ドルン教官の合図だ。足元に転がった名も知らない奴の亡骸を蹴飛ばして、ブルーノの元へ急いだ。戦いに背を向けるなんてホントは駄目だろうが、今は緊急事態だ。仮面を外し、マントを引き千切ってブルーノの傷口に当てる。うぅ、と呻き声が聞こえたが、この際気にしていられない。しかしこんな事をしている間にも事態は展開していく。窓を蹴破ってキルア、ポポ、リフェ、カイが競技場に侵入してきたのだ。
突然すぎる侵入者の登場に、主催者は動揺を隠せないらしく、慄きながら椅子から転げ落ちた。リクがパタパタと駆け寄ってきて、心配そうにブルーノの顔を覗き込む。ティカはマントに隠していた火薬玉で大爆発を引き起こし、更に混乱を深めていく。ドォンと低い爆音が身を焦がす。ロズはもう既にロイを探しにいったらしく姿が見えない。皆傷こそ負っているものの、死んだ訳ではないらしく、少し安心したが、ブルーノの傷はかなり深い。治療をしなくては、と思っていた矢先、ポポが治療セットをもって駆け寄ってきた。
「ブルーノの治療は私がするよ。もうすぐセレスティンの一団が来るからね!俺達が何もしないままじゃメンツが体裁が・・・って船長が」
なるほど。海賊は異常なほどメンツや体裁を気にする。あらゆる所に精通しているため、仲間の裏切りのせいで子供が連れ去られた、なんていう落ち度をネタにされかねない。まあそれ以前にロイが心配だって言うのもあるだろうが。
そんな事を考えている間にポポが自分のマントを床に敷いてその上にブルーノを乗せようとしている。流石に体格が違いすぎるため、四苦八苦している。少し屈んでブルーノをマントの上に移動させてやると、ポポのありがとう、と言う声とブルーノのすまない、と言う声が聞こえた。気にすんなとだけ言ってドルン教官の姿を探す。作戦だとこの混乱に便乗して主催者をシメあげるはずだったんだが・・・と思っているとふらりとドルン教官が現れた。肩にかすり傷を負っているものの、それ以外は大丈夫そうだ。
「ロズが地下室でロイを見つけた。あとは主催者をシメあげるぞ」
「あ、はい」
それだけぶっきらぼうに言い放つとさっさと腰を抜かした主催者のほうへ歩いていった。そういやこの騒ぎのせいで休暇を潰されたっていってたなあ・・・禍々しいオーラを放ちながら歩く教官に寒気を覚えながら競技場の出入り口を見る。係員が避難を命じたらしく、爆発の跡だけが残った競技場はさっきまでの狂騒が嘘だったように静まり返っている。あと5分もすれば此処は悲鳴で満ちるのだろう。セレスティンの一団を思い浮かべながらティカを探す。―――――居た。もう既に仮面を外している。
マントが吸った血を絞りながら、あたりの様子を見渡している。さっきのような、あのイカれた雰囲気は無く、普段の落ち着きを取り戻していた。べチャべチャと気色悪い音を立てて血が床に絵を描く。
「まだ一応戦えるようにはしとけよ」
「ああ。」
改めて武器を見る。血がついて少し切れ味は落ちているが戦う分には大丈夫だろう。リクがあっと声を漏らして出入り口の方を指差した。そっちに視線をやると、ほぼ無表情だったが、少し嬉しそうな顔をしたロズと安心したような顔をしてロズに抱えられたロイがいた。
「ロイ!よかったのう!」
リクが満面の笑みを浮かべてロイの頭をガシガシ撫でた。言えない・・・こんな笑顔の奴が鞭振り回して当たった奴にゲスい笑みを浮かべていたなんて・・・しかしまあ助かった事に変わりは無いので良かったな、とだけ言ってから戦闘態勢に入る。ドタドタと足音を響かせてこっちに来る気配を感じていたからだ。
バン、と大きな乾いた音が辺りを駆け抜けた。きやがった。この気配からするに、セレスティンの援軍ではない。
「貴様等がセレスティン海賊団だな。」
続いて低い声が広い競技場に響いた。十字をあしらったマントを羽織った長身の男。その後ろには大量の兵士たちが銃や剣を構えている。
「海上兵団・・・!」
ドルン教官が苦虫を噛み潰したような顔で長剣を構える。カイがヒッと声を漏らす。ティカがまたあの狂った笑みを浮かべながらクナイを構えている。ロイの押し殺したような泣き声だけが静まり返った競技場に木霊した。クソッ、人数が多すぎる。このままだと確実に負ける。セレスティンの援軍が来てからでは遅いかも知れない。それでもやるしかねえ。
「いいか、お前ら!決して無理はするなよ」
ドルン教官がちらりとこっちに眼をやった。さっきとは比べ物にならない程の緊張がじりじりと身を削っていく。
始まる。戦闘が。
「いけええええええええええッ!!!」
どちらの声かも分からない怒声が響くと同時にその場にいた全員がうごく。
「おアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
雄叫びを上げながら襲い来る敵を薙ぎ倒す。死んでも良い。できるだけそっちも葬り去ってやろうじゃねえか!!
戦いの中に




