医務副長(鬼)、訓練生(悪魔)
ウィラさんが話し終わり、部屋に沈黙が訪れた。私の頭の中でグルグルとシルタ教官とウィルの話が回り続けていく。リンヤに、何時もの明るい表情はなく、目元は苦しそうに歪んでいる。リンヤは誰よりも人のことを親身になって考えてあげられる子だ。きっとウィルの気持ちを考えてどうしようもなく苦しくなってしまったんだろう。リフェは形の良い眉毛を歪め、じっと握り締めた拳を見つめている。表情は見えないが、恐らくリンヤと考えている事は同じなんだろう。ラウさんはというと――――――今までに無いくらい恐ろしい顔をしていた。さっきも恐ろしい表情をしていると思っていたが、今はそんなものなんて比にもならない程だ。それほどにまで怒っているとは・・・
「んじゃあ俺たちは行くか。」
低い声が沈黙を破った。いや、殴り捨てたと言っても良い。それほどにまでラウさんの声は唐突で、怒りが篭っていた。その声にリンヤやリフェも顔を上げた。ウィラさんは少し驚いたように薄茶色の眼をラウさんに向けた。
「そいつを3分の2殺しにして船長に突き出すぞ。」
3分の2殺しって・・・関節をボキボキ鳴らすラウさんをみて思わず慄く。眼が本気だ・・・
「いきましょうか」
「おう」
え、もしかしてついて行けないの私だけ?あわあわとその場で慌てる私をみてフフッとウィラさんが笑った。あ、やっと笑ってくれた。
「ウィラさんは笑ってた方がかわいいですよ。」
思わず思ってたことがそのまま口に出た。ウィラさんが照れたように下を向いた。周りの皆もクスッと可笑しそうに笑っている。ラウさんもさっきまでギラついていた目はどこへやら、薄い唇を吊り上げて楽しそうに笑ってる。
「さて、行くぞ!」
ラウさんが長い足を伸ばして立ち上がる。私も慌てて立ち上がり、ウィラさんにお礼を言う。
「辛い事、色々思い出させてしまってすいませんでした。」
私の謝罪に、ウィラさんは目を見開き、そして笑った。辛いはずなのに、優しく、優しく。
「いいえ謝らないで。私はあなたに話せて良かった。話さなきゃアイツは他の子達に何をするか分からない。それに――――――」
ウィラさんはすっと視線を棚の上の写真に目を向けた。ウィルが、幸せそうに眼を細める写真に。ウィラさんの目には、悲しみや、憎しみは無かった。ただ、弟を想う、優しさだけが其処にあった。
「ウィルがね、あなた達に話してほしいって言ってる気がしたの。―――――そんなわけないと思うけどね。」
また、少しだけ嬉しそうに笑ったウィラさんにもう一度頭を下げる。この人はなんて強いのだろう。悲しみを、優しさで克服しようとしているんだ。
「おい、遅いぞポポ!」
「あっ、ごめん!」
部屋のドアの影からひょっこりと顔を覗かせたリンヤに謝りつつウィラさんに手を振る。ウィラさんもにっこりわらって手を振り返してくれた。私はトタトタと足音を響かせながら部屋を後にした。
「さて此処だ。」
ラウさんの一言に私達は少し身を低くした。警戒態勢に入っている。ラウさんが少し強めにドアをノックした。しばらくすると、ゴソゴソと人が動く気配の後にドアが開いたと思った瞬間――――――
ラウさんが出てきたシルタ教官を思い切り殴り飛ばした。
ってえええええええ?!
ゴッ、という小気味良い音が鍛えられた腹筋から聞こえた。と同時にシルタ教官は部屋の端までふっとんだ。この部屋かなり広いのに・・・
部屋に来るまでは、ボッコボコにしてやると息巻いていた二人も呆気にとられ、ポカンとしている。駄目だよ!ゴッっていったよ今!?それで何でラウさんは更に殴ろうと構えてるの?!そしてリンヤとリフェは何故それに加勢しようとしてるの?!
「ゴホッ・・・なんだおまえらは!」
いやいやいや、あなたこそ何故平然と立ち上がってるんですか?!常人なら気絶してますよ?!私の心の中での葛藤にさえ気付かず、私を除く4人は睨み合いを始めた。怖い怖い怖い!
「なんだ小僧?俺に何の用だ?」
「フン、自分の胸に手エ当ててよーく考えてみやがれ」
「そして殴らせろ!」
「そして蹴らせなさい!」
いや、後半意味わかんないし・・・ってんな事はどうでもいい!
「皆さん!取り敢えず落ち着いて話をしましょう!」
「ああ?俺を潰しに来たのか?やれるモンならやってみやがれ!」
「いや無視?!」
何だよ・・・もう無視されるわ、喧嘩になりそうだわって最低じゃないか。それに今は怒りの余り暴走を始めたラウさん(鬼)もいるじゃないか。どうしたものか、と悩んでいた時―――――
銀色に輝くクナイが、睨み合ったシルタ教官とラウさんの鼻先を掠めてとんできた。
「うおおッ?!」
「イッ?!」
信じられない速度で放たれたそれは鈍い音を立てて、廊下の壁に突き刺さった。
「あなた方、揃いも揃って喧嘩するの止めて貰えますかね。」
少し低い声――――――ティカだった。後ろには訳が分からないというような顔をしたパウルとロズ、リクがいた。皆、セレスティン海賊団の紋章をあしらったマントを羽織っている。4人とも背丈は大人と変わらないし、武器も持っているので見ただけで海賊だと思う。そりゃ驚くよね。揃いも揃って5番隊の教官と喧嘩してるんだもん。
「ラウさん、なんであなたがここに・・・って言うかなんで皆此処にいるんだよ」
しかし皆バラバラの事を同時に言い始めたので、ティカはまた顔を顰めた。
「取り敢えずポポ、あんたが一番冷静そうだ。状況を説明してくれ。」
冷静っていうかなんというか・・・私は仕方なく今までの経緯を話した。
「ふーん、成る程ねえ・・・・」
話し終わったころには、ティカの眼に怒りが満ちていた。シルタ教官についての話を聞いたからだ。シルタ教官も、ティカが船長の妹だ、と言うことに気がついて顔色を無くしている。この反応で分かった。この人は黒だ、と。
「シルタ教官。」
ティカの一段と低い声が私たちの鼓膜を叩く。怒ってる。いや、怒ってるというより、怒り狂ってる。これは。まあ当然の反応だろう。この人のせいで、人が一人死んだのだから。
「今の話の内容に間違いはありますか?」
地を這うような低い声は、その場にいた全員を黙らせるには十分すぎる程だった。生命の危機を感じるレベルだ。シルタ教官はもごもごと口を動かすだけで、何も言わない。いや、何も言えないのだ。と言うのも、ティカがクナイを構え、返答次第では何時でもその切っ先をシルタ教官の喉に突き立てられるようにしているからだ。
「さっさと答えろ」
その声を止めてほしい。ティカの地を這うような声は、問いかけられていないはずの私たちさえ寿命を削り取っていく気がした。
「本とガフッ!?」
「本当か、そうか」
ティカの構えていたクナイが、シルタ教官の髪を掠め取って喉の真横に突き刺さった。ハラハラと白髪の混じった黒い髪が床に落ちた。
「兎に角、お前にもロイを探すのを手伝って貰う。色々と聞きたいこともあるしな。」
「はいぃ・・」
シルタ教官は情けない声を上げてその場にへたりこんだ。いい気味だ、まったく・・・
「そういやお前らなんでこんなとこに居るんだ?」
未だに引きつった顔のまま、リンヤがティカに問いかける。そういえばそうだ。てっきりもう町のほうに行ったと思ったのに。
「ああ、情報屋から情報を買ったんでね。あんた等にも教えてやろうと思って。」
そう言うとティカは懐から紙を取り出した。細かい字で何か書き記されている。近づいてそれを見てみると、地図と、その地図に記された場所への道順だと言う事が分かった。更によく見てみる。地図が記す目的地は――――――
「人間戦闘所?!」
「ああ。人間に殺し合いをさせる店だ。金を賭けてな。」
その言葉に、シルタ教官―――――いや、シルタはびくりと身を震わせた。
「おやぁ?何か知ってることがあるんですか、シルタさぁん?」
ティカが馬鹿にしたような声で訊ねる。勿論喉元にクナイを押し当てて、だ。ひゅるりとシルタの口から空気が漏れる音がした。
「お、おおお俺が其処の営業の手伝いをしてる奴に借金をしてて・・・そこに金を返すために・・・」
続けろ、とティカが冷たい眼をしてシルタの背中を蹴った。
「ガキを売った。」
その一言を言った瞬間、それまで一言も言葉を発しなかったロズが、思い切りシルタの頭を蹴った。思わず私とリンヤはその場から一歩飛び退く。それでも尚、ロズは私たちに目もくれず、シルタの上に馬乗りになって顔を殴りつける。顔は無表情なのに拳には恐ろしい力が込められているのが分かる。
「おい、その辺にしとけ。気絶したら聞き出すモンも聞き出せない。」
ティカの静止の声に、ロズは大人しく従い、シルタの上から退いた。シルタはと言うと、床に寝転がり、気絶寸前だった。もはや同情の気すら起こらない。リクはゴミでも見るような視線を送っている。
「兄様に人間戦闘所に行く許可を貰うついでにコイツについて報告してくる。」
ティカは足先でシルタをゴロリと転がすと早足で歩き去った。ロズは深いため息をつくと廊下の端に置かれた樽にどっかりと腰掛けた。そんな様子のロズを、心配そうに見るリク。今にも許可さえおりればシルタに殴りかかりそうなロズの様子を心配しているのだろう。
それにしても最低な奴だ。シルタを見下ろして改めてそう思った。訓練生――――しかも自分の教える訓練生を殴って自殺に追い込み、自分の借金のカタのために、自分が所属する海賊団の子供を攫って売り飛ばす。思い出せば思い出すほど腹が立つ。
「兄様の許可が取れた。思う存分暴れて来いと。」
いつの間にかティカが帰ってきていた。その一言にロズが顔を上げた。眼がギラギラ光り、獣のようだ。
「人間戦闘所・・・まあ文字通り人間を戦わせる所だ。出場者に紛れるのが早いし、一番の得策だな。」
「ああ。出場するからには勝ってこい。」
ラウさんの声ともまた違った低い声に全員が振り返った。いつの間にかジルヴァ船長がティカの後ろに帰ってきていた。
「分かってます。」
ティカがニヤリと笑った。怖い。ロズに至っては真っ黒い笑みを浮かべながらダガーを軽く振っている。怖い。
その場にいた全員が、熱い闘志を漲らせていた。




