嵐と船と妖精と
じめじめとした空気に船を小さく揺らす突風。
この日、ブリュム・ニュアージュ島の天気は最悪だった。長く航海し、嵐に慣れているはずの船員達でさえ眉間にシワを寄せるような嵐で、皆何処と無くピリピリしている。せっかく上陸したのに島で遊べないことに苛立っているようだった。人間相手ならともかく、相手は天気。どうしようもない。仕方なく皆自室で静かに過ごしていた。しかも時折船が大きく揺れるため、外―――――甲板にすら出られないことにリンヤがじっとしていられる訳が無い。
「オラぁっ!!!受けてみろォ!!」
部屋の二段ベッドの上に仁王立ちし、枕をカイ目掛けブン投げるリンヤ
「やめてよぉ・・・」
髪と同じ赤茶色の大きな眼を潤ませるカイ。
「ははっはははははは!!!!」
俺強いぜ!!!とでも言うようにゲラゲラ笑うリンヤ。
「さあ、もっかいい・・・・」
もっかいいくぞ、とでも言おうとしたリンヤが口を閉じ、サッと顔から血の気が失せる。
「んん?もっかいくるんじゃなかったのかアア?」
笑顔ながらも恐ろしい殺気を放つティカが現れる。女子訓練生部屋の隣の男子訓練生部屋が騒がしいため、苛々しながら注意しに来たのだ。
ゴロゴロゴロ・・・・
狙ったかのようなタイミングで雷が鳴り出し、更にティカの恐ろしさを引き立てる。怒られていないカイがひい、と情けない声を漏らす。
「大体うるセえんだよ」
そう低い声を漏らしながら頭をボリボリ掻きながら隣の部屋に戻って行った。
「はあ・・・怖かった・・・」
ティカが去っていくのを確認してカイはふうと息をついた。
「ったく・・・・あーあーつまんねえなー」
間延びした声を上げながらボフンと布団に飛び込んだ。静かになった部屋にバラバラと大きな雨音が響く。
突然静かになったリンヤ。どうしたんだろう、とカイは二段ベッドの下の段からそっと二段目のリンヤを覗き込んだ。
リンヤはすぅ・・・と小さな寝息を立てて眠っていた。カイはくすっと笑うと白い布団を掛けてやった。そして自分のデスクセットの椅子に腰掛け、小さな茶色い鞄から本を取り出した。少し前に食堂で読んでいたあの古い本だ。
ざあざあ ざあざあ
窓を叩く雨音が少し小さくなった事に気付いてカイはふと顔を上げた。雨独特の香りがつんと鼻についた。壁掛け時計を見てみると6時を過ぎていた。本を読み始めてから1時間以上経っている。カイは一度読み始めると止まらなくなってしまう癖がある。気をつけなくちゃ、といつも思うものの、いつの間にか時間が経っているのがいつものことだ。あと30分程で夕飯の時間だ。そろそろ眠っているリンヤを起こさなければ、と2段ベットの端に立て掛けてある梯子にのぼり、2段目に寝ているリンヤの肩を揺さぶる。
「リンヤ、リンヤ」
声をかけながら強めに肩を揺するものの全く起きる気配が無い。少し強めに頬を引っ張ってみてもだめだった。ティカに話して叩き起こしてもらおうかとも考えたが、リンヤがかわいそうだし(必要以上の被害を受けるから)、なによりティカの手を煩わせるのも申し訳ない。
白い布団に涎を垂らしながらむにゃむにゃと寝言を言うリンヤと困った顔をしたままうーんと唸るカイ。少し考えてから部屋を見回す。何か大きな音をたてれば流石のリンヤも起きるのでは、と思ったのだ。隣の部屋のティカ達にも聞こえてしまうだろうが、この際仕方ない。なにせ本当に起きないのだ。
とりあえず引き出しを漁ろう、とちらっと机をみると何かが視界の端に映った。机のすぐ近くの窓に何か、ふわふわした、淡い光を放つ物―――――――
不意にその光が赤に変わった。深い、深い、赤色に――――――
「ふえええええっ?!」
カイは情けない悲鳴を上げると共に梯子から落下した。驚いた拍子に思わず手を離し、変な方向に足を着いてしまったのだ。ドスンと狭い部屋一杯に大きな音が響いた。それと同時に鈍い痛みがじわじわとカイの体を襲う。
「いったあ・・・」
カイは少し埃っぽい床にへたりこんで眼を潤ませた。しかしさっき見た光の事を思い出して痛む腰と尻をさすりながら窓のほうに眼を向けた。するとどうだろう、さっきの謎の光の塊は、窓の外をふよふよと旋回しているではないか。しかしその光景は恐ろしかったり、怖かったりするわけでもなく、むしろ美しいとさえ思える。いや、いくら綺麗でも普通は赤くなんて光らない。どう考えても異常だ。不思議すぎる。しかしそれ以上になんだったのか気になる。
音をたてないようにそっと一歩ずつ窓に近づく。そっと・・・そっと・・・・・
「ん~?なーにやってんだぁ~?」
ややまぬけな、それでも大きい声がした。リンヤが起きたのだ。
あ、と思ったときにはもう遅く、光る塊はふわふわと舞い上がり、空に消えて行った。
慌てて窓の方に近寄ってみる。それから窓越しに何も居ない事を確認してからそっと窓を開けた。ざあざあという音と共に湿った空気と潮の臭いがふわりと部屋に流れ込んだ。そしてカイは雨粒がかかるのも気にせず身を乗り出して上のほうを仰ぎ見た。
「だぁ~からなにやってんだってばぁ~」
カイの開けた窓に寝ぼけた顔で眼を擦るリンヤの顔が映る。
「いや・・・なんか・・・キラキラ光る蛍みたいなのが居たんだけど・・・」
「居たんだけど?」
「途中から赤く光り始めたんだ」
「ええっ?!」
さっきまで眠そうに半開きだった眼が大きく見開かれた。いくらバ・・・察しの悪いリンヤでも理解したらしい。
「なんなんだろう・・・」
ぼんやりと窓の外を見ながら声にならない声で呟いた問いはリンヤの耳にも届くことなく薄暗くなってきた空に吸い込まれて消えていった。
赤い光り




