宿命の出会いが云々
そんな自意識過剰気味の私が6歳になったある日のことでした。
もう6歳かよと思われるかもしれません。
赤ちゃんから子ども時代なんて黒歴史製造機以外の何者でもありません。
おっぱい飲むとか漏らすとかそういうのは省略省略です。
というわけで6歳です。
じゃあ6歳になにがあったんだよ?
って話になります。
それは家を追い出されるに至ったキャンペーンイベントの最初のフラグだったのです。
「アレックス。こちらがシルヴィア様だ」
王城の庭、普段は衛兵や騎士が訓練をしている場所に私は半ば強制的に連れてこられました。
偉そうに人を呼び捨てにするのは、背は低いけど無駄に威厳のあるオッサン。
オッサンはロバート・アンダーソン。
現世での私の父親です。
爵位は公爵。
職業は軍人、階級は第四将軍。
これはスポーツみたいに二軍の下の監督という意味ではありません。
この国、ライゼン王国は東西南北で軍を分けています。
その中の南部を守護する第3軍のトップがうちの父親ということです。
今の王様の親戚で親の七光りがきらりと光っているという、人気があるのか人気がないのかわからない将軍です。
世間の評判では肉体派の戦士というよりは、交渉能力や人柄、それに頭脳に秀でているそうです。
翻訳すると、『一見騙しやすそうな善人に見えるくせに結構えげつない鬼畜』という意味です。
勇者がやって来たらまず最初に倒されそうなポジションですが気にしたら負けに違いありません。
「はあ……それで、そこのシルヴィア様というちびっ子はどこのどなたです?」
「ばかもん! シルヴィア様はこの国の姫君だ!」
私はドレスに着られているちびっ子を見ました。
どうみても山猿です。
高いドレスが勿体ないです。
これが姫……姫、姫、姫。
オウ、プリンセス。
え?
このちびっ子が!?
私は上から下までメンチを切りながら、このちびっ子を値踏みしました。
ちびっ子の方もこちらにメンチビームをかまします。
ああ? てめえなんだその目は!
やんのかコラァ!
お互いにそんな感じで無言のコミュニケーションをしました。
なぜこんなにも態度が悪かったのか?
それはまさに黒歴史と言えるでしょう。
我々は一目で相手を見抜きました。
「あ、こいつ勇者だ」と。
間違っているのは仕方ありません。
我々魔王は今まで一度も協力プレイをしたことがありません。
転生魔王なんて自分以外見たことがなかったからです。
自分以外の魔王が存在するなんて頭の隅にもなかったのです。
私はメンチを切りながら冷や汗を流しました。
あまりに濃密な魔力の渦が見えます。
ちびっ子の方も私から放出される気、いわゆるオーラが見えたに違いありません。
同じように冷や汗が額ににじんでいました。
私たちはその時は確信しました。
「魔王だとバレてる! 勇者が殺しに来やがった!」と。
ここで殺らなければ殺られる。
これは常にギリギリの生存戦略を強いられている我々は、お互いにそう確信したのです。
なんという恐ろしい勘違い!
そして、次の瞬間でした。
「にゃあああああああああああ!」
ぽこぽこぽこぽこぽこ。
やや頭の足りない方が先制攻撃を始めました。
ちびっこは私の急所を正確に打ち抜いてきます。
ですが今よりさらに非力な3歳当時の攻撃です。
6歳児に通用するはずがありません。
私も反撃をします。
魔導言語「SIVA」で計算式を記述していきます。
魔法を正確に使うためには膨大な計算が必要です。
それを短時間で正確に行うのが魔導言語です。
隕石でも喰らえやこのクソガキ!
私は即席で書いたプロラムを走らせます。
「ぷすんこ」
……魔力が足りず煙が出ました。
そういや私は魔力ゼロでした。
お互いにダメージはゼロ。
そのあまりの非力さに呆然とする我々。
そんな哀れな二人にうちの父親が他人事のように言いました。
「ほれ喧嘩しない! まったく、アレックス。お前の方がお兄ちゃんなんだから我慢しなさい!」
そういう問題じゃねえ。
ツッコミ所満載です。
どこの世界に急所を正確に狙ってくる幼児がいますか!
こいつ明らかに熟練の戦士ですよ!
でもウチの親父には幼児によくある喧嘩にしか見えなかったのでしょう。
実際、それは実にしょぼい喧嘩でした。
あまりにしょぼい喧嘩ですのでお互い拳を下に降ろし……
ぽこぽこぽこぽこぽこ。
げしげしげし。
前言撤回です。
あきらめの悪いやつが未だに攻撃しています。
しかも蹴りまで入れました。
キックはその色気もへったくれもないカボチャパンツが見えるのでおやめなさい。
「うにゃあ! な、なぜ攻撃が通じぬのだ!」
「脆弱だからです」
「うにゃあああ! ホントのことを言うなあああ!」
ぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。
ぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。
ぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。
げし。げし。げし。げし。
げし。げし。げし。げし。
ぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。
イラッ!
ぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。
げし。げし。げし。げし。
ぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。
げし。げし。げし。げし。
「だらあああああああ! おどれ喧嘩売ってんのかー!」
あまりのしつこさに我慢していた私もとうとうキレました。
涙目で叩いていたクソガキがビクッとします。
もう泣いても許さん!
額に肉と書いてやる!
私は両手を振り上げて威嚇します。
きしゃー!
「もう許しません! ヒゲ描いてやる!」
酷くなっているのは気のせいに違いありません。
とにかくこのクソガキに制裁を加えねばならないのです!
「みゅ、みゅうううううう!」
「きしゃああああああああ!」
傍目にはその光景は子犬と子猫がじゃれているように見えたそうです。
「う、うにゅうううううう! うわああああん!」
とうとう私の圧力に屈したちびっ子が泣き出しました。
勝った!
例え勇者であってもむこうは3歳児、赤子の手をひねるように……ってこの表現シャレになりませんね。
虐待ダメ絶対。
私が勝ち誇ったその瞬間でした。
ちびっ子の周囲の空間が歪みました。
へ?
それはよく知っている現象でした。
大陸を吹き飛ばすレベルの魔法の準備動作でした。
前世の私でも準備に一ヶ月ほどかかる大魔法の前段階です。
私は焦りました。
現在の生活。
チヤホヤされまくる生活。
それが一瞬でなくなってしまうフラグでした。
まずい!
私は焦って魔法を打ち消しにかかりました。
「ぬおおお!」
私は一目見て驚きました。
それはでたらめな魔方陣でした。
無駄。無駄。無駄。全部無駄!
巨大な無駄が目の前に広がっていました。
それは素人がデタラメに書いた魔法を強大な魔力で動かしたものだったのです。
まさに才能の無駄遣い!
私は必死になって魔方陣を展開。
各種、魔導言語のコンパイラも起動します。
動力はこの無駄魔法が垂れ流す魔力の残りカスを再利用します。
計算は全て使い捨て。
思いつきで作った魔法計算プログラムも駆使します。
それら全てに必要な魔力はちびっ子が漏らした魔力を掠め取って使います。
そして全計算能力を使い、このちびっ子が書いた魔方陣を切り崩していきます。
なあに解除自体は簡単です。
相手の魔法に割りこんでプログラムの動作の反対を書き込んでやればいいのです。
だから相手の魔法の計算を割り出す必要があるのです。
それは一歩間違えば暴発する恐ろしいものでした。
ちなみに私が頑張っている最中、うちの父親は腰を抜かしていました。
このヘタレが!
鼻血が口の中に逆流してきました。
脳を酷使しすぎたようです。
ですが、この魔法は止めねばなりません。
私は血を流しながら魔方陣破壊の計算を行っていきました。
……やっべ。
すげえ楽しい!
やっぱ魔法楽しすぎる!!!
このとき私の脳内にはドバドバとヤバげな物質が生成されていきました。
脳内麻薬ひゃっはー!
完全に異常な興奮状態です。
自分の才能に酔いしれる私はちびっ子の魔方陣をぶち壊していきます。
「な、貴様何者なのだ!」
「魔王ですよ! 名前は……」
はて……そういや前世の名前が思い出せません。
転生時に脳にダメージを負ったのかもしれません……うーん。
まあいいっか!
「名前はアレックスです!」
そして私は最後の計算結果から魔方陣を解除します。
魔王アトミックサンダースペシャル……なんとか!
「ぬわああああ!」
ちびっ子がひっくり返りました。
ふふふ。勝った!
「で、でかした! アレックス!」
白々しい親父の声が聞こえました。
「シルヴィア様を止められるのはお前しかいない! 頼んだぞ」
はい?
「う、うにゅう! ろ、ロバート……今なんて言ったのだ!」
目を回してたちびっ子が目を覚ましました。
しぶといです。
「はい。今日からシルヴィア様のお世話をするアレックスです」
「はい?」
聞いていません。
全然聞いてませんからね!
そう。
王というか国は持て余していたのです。
このちびっ子を。
キレると暴発しますから。
そして親父もまた同じでした。
やたら頑丈で生意気で、使えもしない魔法の知識が豊富にある理屈っぽい私を持て余していたのです。
だったら二人とも一括管理すればいいんじゃね?
と、誰かが言ったに違いありません。
ひっでー!
私が歯ぎしりする中、シルヴィアは私を見て言いました。
この娘マイペースですね。
「うむ……あいわかった。アレック……なんだっけ?」
あと一文字で詰まるな。
ぞわぞわするでしょが!
「えーアレック……まあいいや。アレックうんこよ。魔王ガラハッドことシルヴィアなのだ。よろしくな」
「魔王? つか、うんこ言うな。女の子でしょが!」
はて?
私以外にも存在するんですね。
いやあ初めて見ました。
それに女の子に生まれたからにはエレガントにしなさい!
中年になったら「オバサンだかオジサンだかわからねえ」と言われますよ。
経験者が言うんだから本当のことですからね!
「というわけであとは全部頼んだよー」
気がつくと親父は遙か遠くで手を振っていました。
ぴこぴこぴこぴこ。
っちょ! てめえ!
6歳児に全部丸投げかよ!
この外道!
あまりの外道っぷりに親子のDNAを確信せざるをえません。
外道周りに血の絆を感じるのです。
「……あんのクソ親父」
私は歯ぎしりをしました。
だ、騙された!
く、悔しい!
私は自分が騙すのは全肯定しますが、自分が騙されるのは許せないのです!
「……うちも似たようなものなのだ」
シルヴィアも呆れています。
私はため息をつきました。
文句を言っても仕方ありません。
「で、なにして遊びます?」
「そうだな……魔法を教えてくれないか」
「じゃあ代わりに私には武術を教えてください」
こうして魔王と魔王は出会ったのです。
ちなみにこの出会いは後に「宿命の出会いが云々」と激しく捏造されることになるのですが、それはまた別のお話です。




