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今日も僕は夜空を駆ける

作者: 岡野柚子

僕は自分の仕事が大嫌いだった。


夜空を駆ける。ただそれだけなのだけど、僕を見た人々は指をさしてこういうのだ。

「厄災が来る」

と。誰が言い始めたことかは知らない。僕を見た人が死ぬだとか、身内が死ぬだとか。まぁ、好き勝手言ってくれちゃってるわけで。僕は任されたことをしてるだけなのに。だから僕は人も嫌いだった。


自分がどんな目で見られているか知ってから、僕は仕事に対する考えを変えた。そんなに僕を不幸の象徴と言いたいのならそれに応えてやろうじゃないか。僕は辛気臭そうな顔をしてる連中の目に見えるように仕事をこなしていった。僕を見る人はそろって顔を真っ青にした。その哀れな顔をみてケラケラと笑うのが楽しくてそれがやりがいになった。


そんな毎日が続いたある日。今日の標的を探していた僕の目に一人の男が映った。どんよりとした雰囲気をまとい、下を向きながら何かをぶつぶつと呟いていた。よし、この男に決めた。

早速男の前で仕事をこなす。

けれど、男は僕を見たからと言って顔を青ざめるわけでもなく、慌てるわけでもなく、先ほどと同じように聞き取れない何かを言いながら歩くだけ。今まで僕を見て反応のなかった人なんていなかったからつまらない。興醒めだ、とその時はあまり気にしていなかった。


それから数日が経ち、今日も今日とて標的を探してふらふらとしていると先日の男が見えた。あの時とは正反対に、生気の満ちた顔でどこかへと走っていく。なんだか気になったので後を追うと、僕と出会った場所で立ち止まった。普段走っていないのか息は苦しそうだが、顔は嬉しそうだ。なんだか気持ち悪い。

息が整うと男は誰もいない道の真ん中で膝をつき、頭を下げた。…なんだ、こいつ。不幸になり過ぎてついにとち狂ったのか。どんな理由があるにしろこの奇怪な男に付き合ってられないと背を向けて離れようとした途端


「…ありがとう……ございました…!!」


聞こえた声に進もうとした足を止める。振り返って見るが相変わらず誰もいない。ここにいるのは僕と男だけ。男からたくさんいるうちのたった一人の僕の認知なんてできるわけない。

それからの男の声は涙やら興奮やらで聞くに堪えないものだった。聞き取れた単語同士をくっつけてなんとか意味は理解できた。


男には妻がいた。妻は病にかかり余命は幾ばくかもない。病に効く薬もなくただ苦しみ細くなっていく妻を見るのが男にとっては苦痛でしょうがなかった。

もう諦めかけていたが、先日遠い町からその病に効く薬が届き妻は今日起き上がれるほどまでに回復した。


というものだった。まぁ、よくあるいい話ではないか。

だが、なぜそれをここで言う。その報告をすべきは祈ったであろう神様とやらにすればいいじゃないか。僕は神様は神様でも厄災の神様だぞ。


「あの日……妻はもう本当にダメなのか、と覚悟を決めていました。でも、薬が届いたのは…あなたを見たあの日なのです。村の者たちはあなたを不幸の象徴と言いますが、私はそうは思いません。寧ろ、その逆。あなたは…幸せを運んでくる象徴だと、私は思います」


そう言い残し、男はもう一度頭を地面にこすりつけるほど深く下げて去って行った。

男が言っていたのは…僕のこと、でいいのだろうか。今まで一度たりとも誰かに感謝されたこともなく煙たがられていた。初めてのことにどうしたらいいのか分からない。けれど、お礼を言われ、誰かの喜ぶ顔を見るのは誰かを不幸にするよりもずっと楽しいことだと思えた。


僕が不幸の象徴というのは広がっているからこれからもそう扱われるだろう。けど、僕自身の仕事に対する考えは変えよう。

不幸にしたい誰かの前を通るのじゃなく、僕がその人の願いが叶ってほしいと思える健気で純粋な人の前だけを通るのだ。


*****


あれから、どれくらいの時が経っただろう。

僕の願いが通じたのか、今ではあの頃と真逆の意味で見られるようになったのは素直に嬉しい。けれど、人は昔よりもずっとかずる賢く、僕の行動範囲である空には大きな建物が立ち並び、空気も悪い。

よくなったところもあれば悪くなったところもある。

どっちがよかったかなんて僕には分からないけど


「あ、ながれぼし!」


という純粋な言葉を聞くために今日も僕は夜空を駆ける。




――――――――――

リハビリ用

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