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第29話  盤上の駒の足掻き



 すごい勢いで意識が闇へと引っ張られる。視界が黒に染まり、一瞬思考が停止し、脳は考えることを放棄する。

 ここに肉体はないのだから感じるはずもないのに、まるでジェットコースターで振り回されたような気分を味わった。

 突然の出来事に悠斗の脳内は混乱する。いや、何も考えられず抵抗もできないまま落ちているのか上がっているのかわからない状況をただ傍受した。

 悠斗の意識がはっきりしたのはいつのことか。

 それは一瞬の出来事かもしれないし何時間も経っているのかもしれない。意識は闇の中に浮遊し、脳は徐々に現状を受け入れていく。

 周囲は闇に包まれているのに自分の姿ははっきりと見える。他には何もない。浮いているのか沈んでいるのか、進んでいるのか止まっているのか。それすら判断できない。

 一度混乱した脳は何事もなかったかのように静まりかえっている。状況の把握は必要だろうか。いや、必要ない。考えるまでもない。こんな芸当ができる者は限られているのだから。

 過去の海を漂っていた悠斗の意識を引きずり出した張本人は、もったいぶることもなくその姿を見せた。

 淡い色のローブに身を包み、その色に似た淡い色の長髪をまとめることもなく背に流している。その容姿は美しいと言って差し支えがないのに、どこか人形めいた美しさだ。じっとしていればマネキンか何かと間違えそうなほど、女の顔は変わらない。顔の筋肉が死んでいるのではないかと疑ってしまうほどに、彼女の顔は凍り付いている。

 それなりに長いつきあいの悠斗でさえ、彼女の表情が変わったところを見たことがない。おそらく誰もないのだろう。

 そしてそれは彼女に限らず、彼女の姉妹にも言えることだ。

 人格があるのかすら疑わしい。ただ淡々と運命を語るのみ。その預言は神々すら聞き逃せない絶対性がある。

「やはりお前か、ノルン」

「お久しぶりですね、ロキ」

 神々との確執などまったく関係などない。そう言うかのような以前とまったく変わらぬ態度。いや、むしろ変わった方が不気味なものか。

 人間や神々の運命を預言し傍観する三人の女神・ノルン。その一人・長女ウルズ。司るのは過去。他に二人の妹たちがおり、次女のヴェルザンディが現在、三女のスクルドが未来を司っている。

 彼女たちもロキと同じ巨人族の出である。しかしその立ち位置はかなり特殊なもので、神からも巨人族からもその存在は逸脱している。まるで運命そのものであるかのように。

 今ここには彼女の妹たちはおらず、ウルズ一人がいる。

 ここは過去の海。記憶の水底。ここに入る力を持つのは時を支配する者たち。今悠斗はヘルの力を借りてここにいる。

 そしてウルズは彼女自身の力でここにいる。

「お前のことだ、俺がここに来ることもその目的も知っているのだろ?」

「ええ」

 何の迷いもなくウルズは答える。彼女に迷いなど最初から存在しない。感情自体がないに等しいのだろう。オーディンですら、彼女たちの行動を制限することも命令することもできないのだ。

「過去も現在も未来さえもすべてわかりきった生き方など、俺にはごめんだがな」

「理解ではありません。私たちは運命そのものです。時間そのものであり、自身の身のうちにあるものを理解する必要はありません」

 本当におもしろくない女だ。問答することすら無駄に感じるほどに。

 ここに来て確信する。彼女たちノルンは、それぞれ肉体を持っていてもその意思は同一のものだ。つまり運命という巨大な意思の一部、あるいはそれを伝えるための電話口でしかない。

 だから別々に見えて彼女たちに個性は存在しない。自我もない。何も考えず、ただ未来を預言するだけの存在。それが彼女たちの正体。

「お前の本体はどこにあるんだ?」

 その本体が何を意味しているかを知っていると言ってやる。しかしやはり能面の女の眉はピクリとも動かない。ただ口だけが動いているだけ。

「私は一部であり伝達者。あなたの問いに答えるためにここにいるのではなく、ただ伝えるためにここにいるのです」

 常に一方的な会話。その先にあるものが意識持つ個なのか、それとも自然現象的な何かなのか。

 どちらにせよ、わざわざここまでメッセンジャーをよこしたということは、何か言うことがあるということだろう。

 今更邪魔する気なのかもしれない。そうすれば何もかも無駄で終わる。ここにいる俺の足掻きすらその「何か」には微々たるものなのかもしれない。

 しかしウルズの言った言葉は悠斗を驚かせるには十分なものだった。

「やりたいと言うのなら止めはしない。ただ、必要以上に知ってしまえば後悔するのはお前自身だ」

 何の感情もこもらないその台詞に、ある感情が感じられた。

 それは高慢さと、余裕。

 できるものならやってみるがいいと、上から下を見下す驕り。それと同時に感じられる余裕。好奇心。何をしてくれるのか楽しみだと、純粋に楽しんでいる。まるで子供のように。

 そこには怒りを覚えるが、同時に「何か」が自分と変わらない意思ある者に感じられた。それは神秘性も偉大さも感じない、人間くささ。

 初めて間接的にでも触れる「何か」のはっきりした意思。そこには目的など感じられない。ただ、楽しんでいるだけ。人の運命を見て楽しむ神のように。それは盤上で踊る『神』という名の駒を見て楽しんでいる。

「すでにあなたは入ってはならない領域に足を踏み入れようとしている。そこから先へ進めば、後戻りはできません。人としても神としても、その終焉を得ることはできませんよ」

 それは他とは別のものとなってしまうという意味だろうか。『生』も『死』さえ選べない。しかし、

「そんなこと今更だな」

 悠斗は憮然と言い放つ。

「今でさえ自分の生き方を選べない。それが今更常人の枠から外れたところでどうなる。俺が望むのは生きることでも死ぬことでもない。知ること、ただそれだけだ」

「束縛は加護でもあります。知らないでいれば、あなたは『ロキ』としての生き方を保証される。それがたとえ理不尽で不幸に見えても、生きて死ぬことを保証されているということ。『生』も『死』も、そこに存在するから許される幸福。それすらなく闇の深淵に自我さえなく浮かんでいる魂は多い。存在できることの保証。あなたはそれを自ら捨てるのですか?」

「俺は誰かに生き方を決められるくらいなら、短くても自分で選んだ道を進みたい」

「それは無謀でしかありません。運命はあなたに存在と幸福、そして不幸を与えた。そしてそこには確かに価値がある」

 その価値を決めるのすら自分ではない「何か」でなければ。

「何も知らなければ、知っても何もしなければ、あなたは保証された人生を受けられる」

「価値がないことは最初からわかってる。ここにこうして俺がいるということは、それを選んだということだ」

 だから今更説得も命令も無駄だ。

 そう言うとウルズはゆっくりと眼を伏せる。そしてまた同じくらいゆっくりと眼を開く。

「なら、行きなさい。そこまでの覚悟があるのなら、あなたの知りたい過去へあなたを導きましょう」

 ずいぶん気前がいいなと思えば、それを読み取ったようにウルズは言った。

「最初から止める気などありません。ただ、余計な後悔や未練を残さないための、確認でしかありません」

 そして、

「一部と言いましたが私もあなたと同じです」

 盤上の駒でしかありません。


 ○○○にとって、これも暇つぶしの児戯に過ぎません。



 次の瞬間、悠斗の意識は闇に開いた穴へと落ちる。抵抗する暇もなく、落ちるというより引っ張られるような勢いで、悠斗は時間のトンネルを流れていく。

 ウルズの姿は一瞬の内に小さな点となり、すぐにどこにも見えなくなった。だから、彼女が最後に言った言葉が聞き間違いではなかったのか、それすらもわからなかった。

 うねり狂う時間の渦。それをひたすら過去へと落ちていく悠斗。視界を通り過ぎていく過去の残映たち。それは時に暖かく、時に苦しく、しかし懐かしい。

 視界だけでなく耳も鼻も、五感のすべてが過去を感じ取る。パンクしてしまいそうなほどの過去という情報の多さ。しかしそれは間違いなく悠斗がこの目で、この耳で、肌で、すべてで感じてきた事実。

 真実を得たいと願ったときから、その過去のすべても受け入れると決めたはずだ。

 時間の逆流は悠斗の魂に優しくない。

 あまりの勢いに削られていく精神、肉体、魂。しかし臆することはない。俺が俺であることを放棄しない限り、過去の海に溶けて消えてしまうことはない。

 肉体で理解するのではない。俺が俺であることの証明は肉体ではない。そんなもの一度捨て去った。今も昔も変わらないのは魂だけ。一度は消されてしまった記憶であっても、必ず俺の魂に残っている。なかったことにはならない。

 真実は最初から俺の中にある。今すべきことは、「何か」によって忘れさせられた過去を見ること、そしてそこから真実を理解すること。



おもしろいな、お前。神とはこうも強欲なものか

プライドばかり護っていると、他の大切なものを無くしてしまうよ

貴様に弁解の機会など与えん。骨も残さず燃やし尽くしてくれる、【ずる賢い者】よ

俺は、バルドルを殺していない。予言とは未来のためにあるものだ。ようこそ、アースガルドの神々。私はずっと父上と一緒ですよ。欲するものは違えど利害は一致している。あなたがバルドルを殺したためにこうなったのよさらばだシギュン我が忠実な妻よ俺たちが兄弟として過ごしたことに変わりはない私は彼らが嫌いでした私達じゃ代わりにもならないの?何度でも抗ってやるさこれ以上何も奪わせはしないそれとも俺のこといらなくなっちゃったの?人間ごっこもそれなりに楽しか◆たよあなたのことを思って言っているのです一緒にいるのが当たり前なんだ私悠斗の時みたいに実のこと忘れたり◆ないよね?俺が殺してし▲うよいずれこの戦いが憎き奴らを滅ぼ■序曲となRUだろうそれTOもこの場で息子を殺SUことがで●ますか?あなたGA全ての元凶9しょまだ俺を▼放する1はない●いうのか▲んなNだから女に2つつWO■かし死ぬKOとになるんだ5レイ●りが8いからお父様◆の気MOちを無視▼て7■0…▲ねRA……い4……………


 初めて君に出会った時、僕の心が言ったんだ



『やっと会えたね』って






 そして…俺は、知る。








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