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あの日のギター

作者: 狼二世

ある年の暮れ、僕はギターを見つけた。

押入れの奥で埃を被っていたそれは、弦も切れ、大きな傷のついたみすぼらしいものだった。

間違いない、これはゴミだ。

そう思い、捨てようかと手に取った時、ふとした疑問が頭をよぎった。


僕は生まれてこの方、一度たりともギターを弾いたことがない。だってのに、なんで今僕の目の前には、これがあるんだろう。


「ほんと、何時買ったんだろう」


必死に記憶をたぐり寄せると、ある出来事に思い至った。

あれは、確か高校を卒業した後だった。

辛かった受験が終わり、大学生活に思いを馳せていた僕は、ある目的のためにアルバイトに勤しんでいた。

それは、大学に入ったら気の合う仲間と一緒にバンドを組んで、精一杯楽しむことだった。

楽器なんてロクに調べず、ただ、カッコいいイメージだけでギターをやろうと思った。

高校の卒業式が終わった直後から、必死にバイトを続けた僕の懐には、4月には安いギターを一つ買えるくらいには温まっていた。


そして、大学の入学式。

まだ買ったばかりでピカピカのギターを背負い、僕はバンド募集のポスターを頼りに、大学を歩いていた。

「いや、止めてください」

そのとき、一人の女性が、明らかにガラの悪い男に絡まれている姿を見咎めた。

彼女は嫌がっていると一言口を挟もうかと思ったが、相手の男は僕よりも一回りも大きな身体をしていて、思わず口を閉じて目を背けてしまう。

通りすがる人も皆一様に同じ反応をしめし、通り過ぎてしまう。


「止めてください!」

でも、目を背けたところで彼女の助けを求める声は止まなかった。

もう、声の聞こえないところまで逃げてしまおう。

そう頭で命令しても、不思議と足は動かなかった。


「誰か、誰か助けて!」

そして、決定的な一言が耳に入った。

助けを求める声にスイッチが入ったかのように、今まで動かなかった足は弾かれた様に地面をけった。

そして、咄嗟に背負っていたギターで男を殴っていた。


「それで、壊れたんだよな」

バイト代は全部無駄になったし、学校の人が現れて注意されるわと散々だった。

幸いだったのは、殴った男の人が無事だった事

そして――


「あ、懐かしい」

記憶の海を漂っていた僕に最愛の人が声をかける。


あの日、僕は大事にしていたギターを壊した。

でも、それは正しかったと思う。

なにせ、そのとき助けたあの子は、今でも僕の隣に居るのだから。


「覚えてる?」

「ええ、覚えてるわ」

2人してあの日のことを思い出して、顔を見合わせた。

改めて妻の顔を眺める。

多少歳を重ねたが、あの日始めてみた顔の面影は今でも残っている。

さて、こんな素敵な奥さんと出会わせたお礼だ。

今までほったらかして悪かった。

けど、それは君が引き合わせてくれたこの人との日々があまりにも充実していたから。

その幸せの分も、これからは君を大切にするよ。

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