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勝ったのは誰

 ちょっと早めに出たおかげなのか、玄関先で待ち伏せはされなかった。

 全速力で学校へ走った。机に突っ伏して死に掛けていると、クラスメイト女子数人が私の元へ。

「ねえ。恭也くん、飽きたんじゃなかったの?」

 一瞬、何の事かと思ったが、そうだ昨日奴がここへ迎えに来たんだったと思い出す。

「私もそう思ってたんだけど……」

「もしかしてよく言うあれかな。押してダメなら引いてみろってやつ」

「さ、さあ?」

 そのまま引いててくれたらどんなに良かったか。

 そっか、と納得している女子数人。頼むからそれを噂として流さないでほしい。

「あ、もしかして! 彼は優しいところもあるみたいだから、私がまた陰口を言われたりしないように近づいてこなかったのかも……」

 言ってる時点で無理なフォローしてしまった、と早々に後悔。

 案の定、彼女たちは首をかしげながら顔を見合わせている。

 それはそうだ。私が飽きられたってことですでに嗤われているのに、どんなフォローだろうと思うのも無理は無い。

「えっと、今のは忘れて。うん、さっきのも忘れて……ほしいなあって」

 彼女たちはまたもよく分からないという顔をして、まあいいかと自分たちの席へ。

 ああもう、こんな状態でお昼は大丈夫なんだろうか。



 奴との昼は、これと言って特筆すべきことが無かった。

 適当に話していただけだ。そのパンは美味しそうだとか、その卵焼きくれ、とかそんな。

 おかしい。私が一人の時でも、以前の奴だったらもう少し話を広げていた気がするのに。

 やっぱりぞんざいになっているんだろう。

 もし智樹くんが一緒だったら、奴は無駄に彼氏面していたんだと思うとそれはそれで複雑だ。

 ちなみに、この様子を陰から見ていた彩乃と智樹くんは、揃って「やっぱりあいつアホだ」とコメントしたに留まる。


 特に大きな展開も無く、長期戦になりそうだとうんざりして迎えた放課後。

 一緒に帰るために彩乃のクラスへと向かう途中、突然行く手を塞がれた。

 何事かと視線を左右すると、見覚えがあるような、ないような顔が幾つか並んでいた。

「ちょっと、一緒に来てくれない?」

 いやと言うほど覚えがあった。どなたでしたっけ、とか言わずに済んだ自分を褒めたい。

 私の行く手を塞いだ数人の女子生徒。

 その後ろに、彼女たちをなんだか制止しようとしている美少女が一人。

「ねえ、やめて。こんなの良くないって……」

「渚は黙ってて。大事なことなんだから」

「でも……」

「一緒に来てくれるわよね、松野さん」

 前後を塞いでおいてその問いかけはどうかと思うが、それを言う勇気もなく、私は頷くしかなかった。


 彼女たちと一緒に中庭へ。しかし実は中庭と言いながらも、ちょっと入り組んだ場所の所為か、普段近づく人は少ない。

 おかげで彩乃たちと楽しくお昼が過ごせているが。

 だが今は、あまり楽しい場所に感じられない。

 それもそうだ。美少女高藤渚とその自称友人たちに囲まれたとあっては。

 だが高藤さんは何故か私を囲む自称友人の輪から少し外されて、おろおろしている。

「どういうことなのか説明して」

「あんた、まだ懲りてないの!?」

「ホント、ブスの癖に生意気」

 聞き覚えあった。というより、この台詞を言った人は前回と同じではないだろうか。

 私は顔を俯かせながら彼女たちからぶつけられるあれやこれやを黙って聞いていた。

 嫌がらせを受けてた時に何度かこういう事があったからか、ちょっとだけ慣れてしまった自分が恨めしいというかなんというか。

 ここはすっとぼけるべきだろうか。何のことですか、わかりませんって。

 いやそれはやめよう。平手打ちを食らう可能性がある。あれは痛かった。

 私は、おずおず、と言った風に顔を上げた。

「……それって、峰岸くんのことですか……?」

「当たり前でしょ!」

 ですよね。ちなみに奴のフルネームは峰岸恭也と言う。

 そういやそんな名前だったな、と今更しみじみ。

「わ、私にもわかりません。飽きられたと思っていたんです……」

「白々しい!」

「あんたと峰岸くんが付き合ってるって聞かされたとき、渚がどんな気持ちだったか、あんたにわかるの!?」

 ドンと肩を押された。かろうじて踏みとどまったが、私は顔を俯けた。

 というか高藤さんに教えたアホは誰だ!?

 顔を俯かせながら、その事への怒りに震える。彼女たちには恐怖で震えていると映っただろうか。

「ね、ねえ。もうやめて。ごめんなさい、松野さん。ケガは無い?」

 輪の中へ強引に入ってきて、高藤さんが私の肩を掴んだ。顔をゆるゆると上げると、高藤さんの顔が至近距離に。

 わ、すごい。目の前で見ると本当に美少女だってのが改めてわかる。

 目はパッチリとした二重でまつ毛は長いし、肌はすべすべ。ゆるく巻かれた髪だって枝毛一つなさそうでつややか。

 こんな美少女だったら奴と絶対釣り合うに決まっている。思わず見とれていると、自称友人が彼女をどかせた。

「渚。あんた、こんな女に峰岸くんを取られて悔しくないの!? あたしだったら絶対に嫌!」

 なぜそこで自分の感情が入るんだ、と思いながら、私はそっと高藤さんを見る。

 高藤さんはつやつやピンクの唇を噛んで、それは、と顔を俯かせる。


 ああ、彼女は本当に奴のことが好きなんだ。奴の本性を知っているのかは知らないが。

「……高藤さんは、峰岸くんが好き、なんですよね」

 思わず口に出ていた。あんた何聞いてたの、と自称友人たちのわめく声を聞こえないフリをして、高藤さんをじっと見る。

 高藤さんはやや戸惑って、けれどはっきりと頷いた。

「で、でも、彼が選んだのは、あなただから……」

 ここで、違いますよ奴は自分のハーレムを増やしたい云々、と言っても、彼を侮辱するのかと怒られそうだ。

 それに、奴は私みたいな女が彼女としてありえないだけであって、高藤さんのような美少女だったら文句ないはずだ。

「渚、何言ってんの! どうせこの女が何かして峰岸くんを騙してるだけだって!」

「そうだよ、渚はこんな女よりずっとずっと可愛いんだから!」

 自称友人の一人がキッと目を吊り上げて私に詰め寄る。

「今ここで、峰岸くんと別れるって言いなさいよ!」

 それに乗るように他の友人も、別れろと詰め寄ってくる。

「皆、やめて!」

 高藤さんの制止も聞こえていないようだ。

 しかし私は目を見開いて彼女たちを見ていた。

「聞いてるの!? 彼と別れて、って言ってんの!」


 奴と別れろ。それは、なんて……なんてすばらしい要求なんだろうか!

 私は急いで鞄から携帯を取り出す。一心不乱にメールの文章を打ち込むと、彼女たちに見せた。

「これでいいですよね!? 今から送ります!」

 彼女たちは私の行動に唖然としつつも、頷く。

 反応が予想外だったから驚いているのだろうか。

 高藤さんもこちらをぱっちりの目で驚いたように見ていた。

 送信ボタンを押す。紙飛行機が飛んでいくアニメーションを眺めて、ふうと息を吐いた。

「あ、あの、松野さん……?」

 高藤さんが戸惑いながら声を掛けてくる。

 私は首を傾げて、なんでしょうかと彼女を見た。

「どうしてメールを……」

「だって、別れろって言われたので」

「でも! 松野さんは別れたくない、のよね……?」

「……」

 私はさらに首をかしげた。

 勢いで別れたいってメールを送ったけれど、果たしてこれは問題ない行動だったんだろうか。


 よし、とりあえず整理してみよう。

 まずもって、奴は私をウザいと思っている。ハーレム要員どころか黄色い悲鳴要員でさえ、ありえない。

 私に構ってきた二ヶ月半はおそらく奴にとって骨折り損だっただろう。それには同情しないが。

 でもって、私が負けたことを奴の友人を除いて学校の皆は知らない。なので、私は奴から飽きられて構われなくなった、と思われている。

 けれど高藤さんは誰かから、私と奴が付き合っていると聞いてしまった。もしかして聞かせたのは奴の友人だろうか?

 怒りに燃える高藤さんの自称友人たちは、私をここに連れてきた。

 あれ? 昨日の奴とのお昼は彼女たちは知らないのか?

 一応クラスメイトと廊下に居た生徒たちはバッチリ見ただろうにな。伝わっていなかったとは意外だ。

 今日は中庭で待ち合わせにしたので、目撃されることもなかったのか、話として広がらなかったようだ。


 そして、奴は智樹くんが居ることで、私に構ってきている。智樹くんも言っていたが、これまでも何度も勝負があったとか。

 なんだかよくわからなくなってきた。

 そもそも、奴が私に構ってきたのは、私が地味で平凡な女子の癖に、奴に熱を上げていないからだ。

 でもウザいと思ったのなら、そこで私のことなど放っても良かったはず。

 智樹くんに対抗するためにしたって、それで私に構い続けているのは何故なのか。

「ま、松野さん?」

 声にハッとすると、ぱっちりとした目を困惑に揺らして高藤さんがこちらをうかがっていた。

「ご、ごめんなさい。ちょっと考えをまとめていて……」

「考え?」

「あ、いえ。なんでもないです」

 お気になさらず、と手を振ったところで、携帯が鳴る。奴からのメールだ。

 どういうことかと尋ねるのと、今どこにいるのか、と言う内容だ。

 私はそのメールを彼女たちに見せる。

「どうしますか。峰岸くんをここに呼びますか? 理由を訊かれたら皆さんに言われたからと、素直に伝えていいですよね?」

 私がそう言うと、彼女たちが目に見えてたじろいだ。

 さすがに自分たちが理由にされるのは望んではいないのだろう。

 でもせっかくのチャンスだし、ここは私が受けた嫌がらせと相殺と言うことで納めてはもらえないだろうか。

 ダメかなぁ、と思いながら彼女たちを見渡すと、私と視線を合わせたくないのか次々そらす。

 彼女たちは奴が私をどう思ってるか知らないから怖がっているのかもしれないが、ちゃんと理由を知ったら杞憂だとわかるのに。

 よし、それを納得してもらうためにも勝手に了承ということにしてしまおう。

「じゃあ、呼びますね」

「ま、待ってよ!」

 律儀だ。まだ呼んでないから逃げようと思えば逃げられるのに。

 そんなことを思っていると、目の前の彼女たちが何かに驚いた顔をした。

 後ろを振り向くと、彩乃と智樹くんがこちらへと走ってくるところだった。

「加奈、ケガは無い!?」

「彩乃……平気だよ」

 私を気遣う表情を見せて、彩乃は彼女たちのほうを見ると、眉を寄せた。

「そこの連中はともかく、高藤さん、あなたまでこんなことするとは思ってなかったわ」

「違うの、彩乃。高藤さんは友達を止めようとしていただけで……」

「よく言うわ。止めきれてないじゃない」

 彩乃が吐き捨てる。高藤さんは唇を噛んで目を伏せた。

 彼女自身、その自覚があったのだろうか。

「……それで松野、どういう状態だ?」

「今さっき峰岸くんに別れたいってメールを送ったの。今その返信が着て、どこにいるのかって」

「ずいぶん思い切ったな。……ああ、こいつらの後押しか」

 智樹くんが感心したように言う。彼女たちを一瞥して、理由に気付いたようだ。

「まだ呼んでないのか? 決着つけるチャンスだぞ」

「これから呼ぼうかなぁと」

「じゃあちゃっちゃと呼びなよ、加奈。せっかくのチャンスじゃない」

「うん、わかった」

 私がメールを打っている間、高藤さんの自称友人の一人が逃げ出そうとするのを彩乃が止めた。

「いいから居なさいよ。あんたたちが何を勘違いしてるか、見てるといいわ」

 彩乃の言葉に彼女たちは顔を見合わせた。




 どれだけそこで待っていただろうか。

「加奈!」

 中庭に駆け込んでくる奴。私たちの姿を認めて、足を止めた。

 さすがにこの人数とは思っていなかったのか、とっさに状況を把握できないようで、戸惑っている。

「ど、どういうことだよ、これ……それに、このメールは何だよ!?」

「そのままだよ」

「ふざけんな! 俺は別れねぇからな!」

 吐き捨てて、奴が私の腕を掴む。痛みに眉をひそめながらも、私は奴をじっと見て口を開いた。

「……それ、本心?」

「は?」

「峰岸くんの本心じゃないよね? それを言わせているのは、智樹くんに負けたくないって気持ちじゃないの?」

「何言って……」

 奴の、やや明るい色の目に動揺が走るのが見えた。

「無理することないよ。……ウザいメールを送ってくる、面白くも可愛くもない女を好きだって言い続けるのも、疲れるでしょ」

「……っ!」

 バッと弾かれたように奴が手を離す。掴まれていた箇所をさすって、奴を見た。

 なぜそれを、と言わない辺りに、この男の変な冷静さがある。あるいは、智樹くんへの対抗心がそうさせているのか。

 ふと、私の肩をそっと掴む手。顔を上げると、智樹くんが私の肩に手を置いて、奴を見ていた。

「俺が居ないからって気を抜いたんだろ。油断して、松野に知られた時点で、お前の負けだよ」

「……!」

「峰岸。お前が俺に勝ちたいんだかなんだか知らないが、お前はもう何度も俺に勝ってるだろ。それでもまだ勝ちたいのか?」

「……わけわかんねぇよ、智樹。お前に勝ちたい? なんだよ、それ。俺は加奈と別れたくないだけで……」

「じゃあ、峰岸くん。私が負けたってあなたに送ったメール、まだある? その後に送ったメールも残ってる?」

 奴はここへ走ってきたとき、携帯を手にしていた。奴の視線が自分の携帯へ。

 しかし携帯を握っている手は僅かに震えているだけで、操作をしようともしない。

 この男が私のメールを覚えているなど、あるはずがない。ろくに読まずに削除していたとしてもおかしくないのだ。

 携帯を持っていた腕が、だらんと力無く垂れ下がった。

 ゆっくりと顔を上げ、奴は私たちを睨む。何かを口にしようと開いたところで、智樹くんが遮った。

「わめくなよ、峰岸。お前が言うべきは、松野がさっき送ったメールへの返事だ」

 奴はグッと詰まり、唇を噛んだ。二度三度、大きく息を吐いて、顔を背ける。

「っ、……ああ、わかった……別れるよ」

 彼の言葉に、私は智樹くんや彩乃を振り向いて笑顔を交わし、再び彼を見た。

「ありがとう、峰岸くん」

「……」

 彼は何も言わなかった。勢いに任せて私を罵ったら、きっと智樹くんに負けた気になるからだろう。

 最後まで智樹くんに負けっぱなしでいたくないようだ。

 この負けず嫌いな性格だったからこそ、二ヶ月半も私に構っていられたのだと思うと、いっそ感心するほどだった。




「よーし、今度こそカラオケ行こう!」

 三人で学校を出て、彩乃がそう言いながら私の肩を抱く。

 そういえば、前にそんな話をしていたことを思い出した。

「そうだね、お祝いカラオケ!」

「お祝い?」

「前に、峰岸が最近構ってこないから飽きたんじゃないかって思って、祝おうって話をしたの。ま、単純にあいつが気を抜いてたってだけなんだけどね」

「俺がこっちへ戻ってこなかったら、マジで長期戦だった可能性もあるのか」

「そうだよ。だから智樹くんが戻ってきてくれて本当に良かった」

「俺、もしかしたら本当に魔法使いかもしれないな」

 あごに手を当てて、真剣な表情で頷く。その様子に私は彩乃と顔を見合わせて笑った。

「それより早く行こうよ。でもって三人でユナちゃん歌おう」

「あ、昨日テレビで新曲歌ってたよね。ダンスも可愛かった」

「俺はもう完コピした」

「うっそ、すごい!」

 そんな会話をしながら歩いていく。

 ふと立ち止まって、学校を振り返った。

 何を思って振り返ったのかは、自分自身でもわからない。

 そういえばと気付いて、鞄から携帯を取り出す。アドレス帳の彼のデータ、そしてメールを消した。


「加奈ー?」

 少し先に行ってしまった彩乃と智樹くんが立ち止まって私を呼ぶ。

「今行く!」

 携帯を鞄にしまい、二人の元へと走った。


ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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