四人でお昼
「……もう、また?」
うんざりしながら携帯を開く。
なぜだか知らないが、奴からメールが頻繁に届くようになった。
しかも、私のことをいつも考えているだとか、会いたいだとか、そんな内容ばっかり。
真実に気付かないままでいたら、少しは嬉しかったのだろうが、今となっては迷惑以外の何ものでもない。
一体なんだというんだ。奴の行動にムラがありすぎて、理解が追いつかない。
メールを削除していると、またメール。おやすみ、だって。
「はいはい。おやすみ、おやすみ」
このまま返信しないでおこうかとも一瞬考えたが、きっとそれではいつまでもメール攻撃が止まないと思い、おやすみなさいと返して、電源を切っておいた。
「行ってきまーす」
翌朝。玄関を出て、思わず足が止まった。
なぜ奴が我が家の門柱に寄りかかっているんだ。ぞわ、と鳥肌が立った。
「ど、どうしたの……?」
「おはよ、加奈。学校、一緒に行こうぜ」
「お、おはよう……」
メール攻撃の次は待ち伏せ?
戸惑っていると、奴は私の手を掴んで歩き出す。何故だか急いでいるようで、大股で早歩き。
コンパスの違いを考えろよ、と毒づきながらも私は転ばないようにと必死に歩くしかない。
通学路が近づいてくると、自然、他の生徒の姿もちらほらしてくる。私は思い切り手を振り払った。
奴が怪訝そうに振り返る。
「ごめん、転びそうで……」
「あ、ああ。ワリィ。ちょっと焦って」
「そう」
「……普通に歩くから、行こうぜ」
そう言って手を差し出してくる。
「もう、学校も近いし、ちょっとまだ恥ずかしいから……」
「なんでだよ、いいからほら!」
グイと手を引かれる。痛みに顔をしかめた時、声を掛けられた。
「松野、日直なのに遅刻とはどういう了見だ」
「と、智樹くん! ごめんなさい、寝坊しちゃって」
一瞬、手を掴む力がゆるんだ。その隙をついて離れ、智樹くんの元へ。
「ごめんなさい、私もう行くから!」
「おい、加奈!」
背後の奴の声を聞こえないフリをして、私は学校へと走っていった。
教室に入る。おはようと声を掛けてくるクラスメイトに挨拶を返しながら自分の席に着いて、大きく息を吐いた。
心臓がバクバクしている。掴まれた箇所が、今更に痛んだ。
「大丈夫か、松野」
ハッとして顔を上げると、智樹くんが心配そうに私を見ていた。今日は前に掛けていた黒いフレームの眼鏡だ。
「うん、ありがとう、智樹くん。助かった……」
「顔が真っ青だ」
「ちょっとビックリして。夕べもメールが何通も着て……どうしたんだろうね、急に」
はっきり言って、昨日のメールと今朝の待ち伏せで私の中で奴に対する印象が恐怖にすり替わりつつある。
はたと嫌な予感がして携帯を取り出すと、メールが着ていた。
『――さっきはゴメン。昼飯を一緒に食おうぜ。迎えに行くから。 恭也』
「……どうしよう」
携帯の画面を智樹くんに見せると、彼は盛大に眉をひそめた。しばし何かを考えて、よし、と頷く。
「いいよって送ってやればいい。昼飯は俺と鈴木も行くけどって付け加えて」
「う、うん……」
智樹くんの指示に従ってその旨の文章を打って送信。
少しして、わかったと返信があった。
「なんか怖い」
「ま、あいつが何考えてるかは、昼飯時に様子見よう」
あっという間に昼休み。いつの間に授業が終わったのかと茫然としていると、教室の戸が開いた。
「加奈」
声に顔を向けると、奴が袋を手に立っていた。それまでざわついていた教室内が水を打ったように静かになる。
「行こう、松野」
「う、うん」
お弁当を手に、智樹くんと揃って教室の外へ。奴がこちら、というより智樹くんを睨んでいる。
流れる空気がピリピリして、廊下にいた生徒もざわつきながらこちらの様子を伺っていた。
「加奈」
手を差し出される。戸惑っていると、彩乃がいいタイミングで声を掛けてきて、すかさず私の手を掴む。
「加奈、行こう!」
「う、うん。って彩乃、廊下走っちゃダメだよ……!」
背後をチラ、と振り返ると、智樹くんと奴が睨み合っていた。
中庭でいつものように楽しくお昼、とは今日はならないみたいだ。
黙り込んで皆黙々と食べている。せっかくのお弁当がどこか味気ない。
私の隣には奴がいて、反対側の席には彩乃と智樹くん。
奴は何か構ってくるかと思ったが、さすがにこの空気にそんな気にならないのだろうか。
「そういえば松野。例のあれ、どうだった?」
どこか緊張した空気を破ったのは智樹くんだった。気負った様子もなく、自然に話しかけてくる。
「あれ? ああ、うん。もらったよ」
はい、とお弁当の包みに挟んでおいた紙を智樹くんに渡す。
それは、前に智樹くんによろしく伝えてくれと言われていた、うちのお母さんの甘い卵焼きのレシピだ。
「ありがとう。叔母の卵焼きは出汁だから、ちょっと物足りなくて」
「そういえば智樹くんはお料理するの?」
「叔母が仕事で帰りが遅くなることが多い人だからね。そういう時は自分で作る」
「すごーい。私、野菜炒めでも時々失敗するんだ」
「良かったら教えようか」
「本当?」
ありがとう、と続くはずだった言葉が、グシャと袋を握りつぶした音にかき消された。
音の元である横を見ると、奴が立ち上がっていた。
「おい、智樹。テメェ、何勝手に加奈と話してるんだよ!?」
「"友人"と話すのに"お前"の許可が要るとは知らなかったな。その割には、お前に許可を取ろうと長蛇の列と言うわけでもないみたいだが」
智樹くんは怒っているらしい奴など気にした様子もなく、無表情で淡々と話す。
それがますます奴の怒りに火をつけたようだ。
「屁理屈こねんな!」
「そっちは穴を塞いでごまかすのに必死だな」
「なんだと……?」
「お前の耳には都合の良い事しか聞こえてないのか? 学校中が知ってるぞ。お前が松野にちょっかいを掛けるのに飽きたってな」
「はっ、バッカじゃねぇの。そんな話、本気にしてるのか?」
奴が嘲ったような表情で智樹くんを見下す。智樹くんはそれを一瞥しただけで、気にした様子もなくお昼を続ける。
「俺が本気にしていることと、松野がそう噂されているのは確かな事実だ。噂が立つきっかけをお前が作ったと思ったって、不自然じゃないだろう」
「どうせ加奈に嫌がらせしていた奴が流したんだろ。くだらねぇ」
「その嫌がらせした奴は、元を辿ればお前に行き着くんだがな。お前の側をうろちょろしてる連中だろ」
「っ……加奈! お前はそんな噂、信じてないだろ?」
なんだかとても必死そうな顔で私の肩を掴んでくる。
信じてないも何も、あんた自身を信じてないんですけど。
そう口をついて出そうなのを抑え、私は俯いた。
否定も肯定も、どっちもたぶん最良の選択じゃない気がして。
「加奈……!」
肩を揺さぶる力が強い。痛みに顔をしかめると、ぐいと反対に体を引っ張られた。
彩乃が私を抱き寄せ、奴を睨んでいる。
「加奈が痛がってるのが見えないの。あんたホントに自分勝手」
クッと奴が小さく呻く。
「加奈、もう教室に戻ろう?」
「う、うん……」
まだ食べ終わっていないが、とてもじゃないがそのまま食べ続けられる雰囲気じゃない。
お弁当を片付け、席を立つ。
「加奈、あとでメールするから……!」
奴の必死そうな声には答えず、私は彩乃と一緒に中庭を後にした。
「どう思う?」
「わかんない」
何で急にあんな風に構ってきたのか。掴まれた肩がまだちょっと痛むのでさすっていると、隣に追いついてきた智樹くんが並ぶ。
「……俺、しばらく親父たちのところに戻ったほうがいいかもな」
「え、どうして!?」
「あいつ、俺がいるから松野にまたちょっかい掛けるようになったのかも」
「智樹くんがいるから?」
「なに、宮村たちはなんか争ってるの?」
「向こうが一方的だよ。割を食ってるのは俺のほうなのに」
「それって、例の女の子取られた恨み言ってやつ?」
「俺はかろうじて奴より勉強が出来ただけだから。総合的に見ればあいつのほうに女が惹かれるのは無理もない」
「……そういや、宮村が転校した後だっけ。私たちのお昼を奴が邪魔してきたのって」
「そういえば、そうだっけ……?」
「ほう、強くなったもんだな、奴も。俺がいるのに飯の同伴を了承するとは」
「じゃあ、智樹くんが近くにいなかったら、前みたいに構ってこないってこと?」
「だと思う。あいつが隙を見せてる理由がわかった気がする。あいつ、俺が居ないからって気を抜いたんだ」
「でも、そのために智樹くんがまた転校しちゃう必要は無いよ」
「奴との関係がいつまで続くか、わからないんだぞ?」
「そりゃ、そうかもだけど……」
それって何か違うと思う。確かに智樹くんの存在が奴の行動のきっかけになっているのなら、その選択も時には必要かもしれない。
でもそれは、智樹くんがいなかった時間を繰り返すのと同じ。
いつまでも奴との決着がつかない関係が続くことに変わりはない。
私がそう言うと、智樹くんは瞠目して、そして小さく息を吐きながら微笑んだ。
「そっか。そうだな。せっかく駆けつけられる距離にいるんだ。俺も、側に居たい。それに……」
「それに?」
「いや、それより松野」
智樹くんが私の肩をぽんと叩く。
「長期戦も覚悟しておいたほうがいい。だから呪いの準備もしておけよ」
とても真剣な表情でそんなことを言うものだから、思わず脱力してしまう。
でもそれが智樹くんなりの励ましなのだと思い、大きく頷いた。
「うん。今日、家に帰ったらネットで本を探してみる!」
「よし、良いよ加奈、その意気!」
彩乃も私の肩を叩いてニッコリと笑う。三人で顔を見合わせて、揃って吹き出していた。
家に帰り夕食後、私はお兄ちゃんに頼んでネットで呪術関連で良い本は無いか、探してもらった。
智樹くんなりの冗談だとわかってはいたが、長期戦になるだろうことも想定して、自分でも何か手を打てないかと考えたからだ。
「加奈、お前な。お兄ちゃんは日頃から言っているだろ。ネットの使い方を勉強しなさいって」
「勉強したよ。でも今、リビングのパソコンはお母さんが使ってて……」
「お兄ちゃんはこれからゲームなんですがね、そこんとこわかってるのかい、妹よ」
「よーくわかってます! でもお願い!」
「はいはい」
カタカタとキーボードを打って、検索結果のページを見せてくれた。
こんな単語をお母さんたちの目があるところではちょっと、とさすがに思う。
その点、お兄ちゃんは妹が呪い云々言い出してもこれといって突っ込んでこないので、気安く頼めてしまう。わが兄ながらちょっと変わっていると思うが。
「うーん……これなんかどうなのかな?」
「これ? あー、あんまり実践的じゃないってさ」
「そっか……」
本の購入者レビューは評価がバラバラだった。
確かに、いざと言うときの実践に向かないのでは意味が無い。
「というかだな、加奈」
「うん?」
「お前、どんな男を呪いたいの」
「何で男だと思うの?」
「同性だったらもう少し悩んでそうな顔をするから」
「例えば、彼氏の浮気相手、とかかもしれないよ?」
「もしそうでも、お前はその浮気相手を呪うようなやつじゃないって思ってるけど」
私とお兄ちゃんはしばし無言で見つめあう。
「お兄ちゃんは私のことをよく知ってるね」
「ふっ、五年の差を舐めるなよ」
「……そっか、実践的じゃないのか。ありがと、お兄ちゃん。邪魔してごめんね」
「なあ加奈。お前、本当に浮気されてるのか? もしかしてあいつか? なんか、やたら顔立ちの良い子。いつもお前に構ってきてた……」
「……」
「もしそうなら、それを理由に別れを言い出せよ」
「浮気じゃないんだ。だから困ってるの」
「……そうか」
「ありがと、お兄ちゃん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
自分の部屋に戻り、クッションを抱えてベッドに飛び乗った。
駅ビルにある大きな本屋さんに行ってみたら、何かあるかなぁ。
ネットだと内容はわかりにくいけど、本屋さんなら中身を読めるし。
そんなことを考えていると、携帯が鳴った。飛び上がりそうなほど驚いて、恐る恐る手に取る。
案の定、奴からのメールだった。
昼間の事の謝罪と、今度は二人だけで昼食を、と言う誘いだった。
フンだ。負けた後に私が最初にした誘いと同じじゃないか。
どうせ奴のメールボックスにその私のメールはもう残ってないんだろう。
とりあえず返信するのを待って、先に彩乃と智樹くんにメールをした。
二人からの返事は単独調査の必要アリ、よって受けろ、と言う内容。
ちゃんと陰から見守るよ、と嬉しい一言付きだ。
そう。彩乃と智樹くんがいるから奴はそれなりに構ってくるのかもしれない。
でも私一人なら、本性をもっと見せてくる可能性もある。あるいはドタキャンとか。
そしたらいつもどおり三人で昼食出来るから後者のほうが良いな、と思いつつ奴に返信。
楽しみにしている、とメールの文章ゆえに白々しく感じる一言をもらい、携帯の電源を切るとベッドにもぐり込んだ。




