三人でデート
翌日以降は穏やかに過ごした。奴からのメールも無く、構ってくることも無い。
本当に取り繕う気がないのか、あいつ。
新学期が始まって二週間近く経つ。
さすがに毎日のように顔を出していた奴がぱったりと姿を見せなくなると、クラスメイトも疑問に思うのだろう。
授業が始まる前、数人の女子が私の席にやってきた。
「そういえば最近、恭也くん来ないみたいだけど」
この女子数人は、いわゆるカッコいい男の子にはキャーキャーして騒ぐだけの、黄色い悲鳴要員なので実害は無い。
しかも奴限定、と言うわけではないあたりに、女のミーハーな部分がわかろうというもの。
事実奴が構ってきた時も、うらやましいだとか、付き合ってもいいじゃん、などと軽いノリだった。
なので、私が嫌がらせを受けていたときは、あまり近づいてきたりはしなかった。巻き込まれるのは御免と言うわけだ。
まあその程度の保身に走るのは仕方ないと思う。私も第三者だったらそうしていただろうし。
「飽きたんだと思う。静かで結構だよ」
「ま、あれだけ女の子に囲まれてちゃ、ねぇ?」
彼女たちは顔を見合わせる。
私は彩乃のように美人でもなければ、奴ともっとも仲が良いとされている、我が校きっての美少女、高藤渚嬢のように男子の憧れを一身に受けるようなタイプでもない。
そういや高藤さん自身は、私が奴に構われていた時には特に何も言って来たりはしなかったな。
うるさかったのは彼女の自称友人たちだったっけ。
渚がかわいそうだと思わないの、だとか、ブスの癖に生意気、とか、とりあえず定番を言われた。
高藤さんのような美少女と比べたら、そりゃ誰でもブスだろうよって反論したいのを我慢したが。
奴が私に飽きたのではないかという話は、それはもう瞬く間に学校中に広がった。
なんなのこの伝達速度。マジで怖い。
おかげで廊下歩いていると時々囁かれて、笑われ……いや嗤われるんですけど。
悔しかったが、何かわめいたところで、惨めになるのは私だけ。
落ち着くのを待とう。どうせ皆、すぐに飽きる。
そんなことを考えながら教室に戻り、次の授業の準備をしていると先生がその前に転校生を紹介すると言った。
どんだけ中途半端なんだよ、と、きっと皆も思ったに違いない。
戸口から一人の男子生徒が入ってくる。
この瞬間、クラスの男子は興味を失った。女子が色めき立つ。
やや短めの黒髪と、シルバーフレームの眼鏡を掛けた、すらりと背の高い転校生。
顔立ちもかなり整っているので、なるほど色めき立つのもわかった。
あれ? と首をかしげた。なんか、彼に似ているような……?
転校生が口を開く。
「宮村智樹です。気づいた人もいると思いますが、元岡野です。再びよろしく」
ぺこ、と頭を下げて、彼は空いてる席に向かう。
それは私の隣だった。岡野くんが、転校する前に座っていた席。
「……魔法使いです、よろしく」
そう言って岡野くん、ではなく宮村くんは微笑んだ。
家庭の事情で転校した岡野くんは、苗字が変わり宮村くんとして戻ってきた。
「なんか雰囲気変わったね、岡野……じゃなかった、宮村?」
「眼鏡変えたからかな? 黒いのも良かったけど、そっちも似合ってる」
お昼になって、私は彩乃と宮村くんと中庭で昼食を摂っていた。
彼が転校してしまう前はよく三人で一緒に食べていた。
そういえば彼が転校した後に、奴が私たちのお昼に邪魔するようになったっけ。
「髪もそれくらいのほうがいいじゃん。目にかかってうっとうしかったでしょ?」
「岡野くん、じゃなかった宮村くん、元々カッコいい顔立ちなんだから隠してるのもったいないって思ってたんだー」
「言い直すの面倒だろうから名前で良い。あ、鈴木は宮村呼びに慣れてくれ。松野は名前で呼んで良いから」
「えーっと、じゃあ、智樹くん?」
私が呼ぶと、智樹くんは小さく笑って頷く。
あれ、ってなんで彩乃はダメなんだ?
思わず彩乃のほうを見るが、紅茶の紙パックの成分表示を真剣に見ている横顔があるだけだ。
ふと顔を上げて口を開く。
「ていうか宮村さー、新しい家、県外じゃなかった? まさかそっちから通ってるの?」
「新しいおふくろが、こっちのほうが慣れてるのなら戻ったらいいんじゃないかって言ってくれたんだ。今親父たちは県外だけど、こっちにおふくろの妹さんが住んでて。その叔母さんの家から通わせてもらうことになった」
「そうなんだ」
智樹くんの家庭は、お母さんが智樹くんが小さい時に亡くなって、長いこと父と息子の二人暮らしだった。
そのお父さんが再婚することになって、智樹くんは新しいお母さんと住むために県外への転校を余儀なくされた。
お父さんの再婚話に関しては智樹くんは淡々としていた。親父が決めた事だし、小さい頃死んだ母親の事はよく覚えてないから、と。
智樹くんの様子を見る限り、新しい親子関係は良好のようだ。思わずホッとする。
ちなみにお父さんの再婚で智樹くんの苗字が変わったのは、お父さんが婿に入ったためらしい。
新しいお母さんは男の跡継ぎが絶えた家の長女だとか。
「でも、また智樹くんに会えるようになって良かった」
「県外から駆けつけるのは無理だから、俺も良かった」
「えー、もう泣いてないよ?」
泣く程度には奴を好きだった私は、もう消えそうだもの。
「でもやっぱ、駆けつけられる距離ってのは安心する。だからどんどん泣け」
「なにそれー」
思わず吹き出すと、智樹くんも小さく肩を揺らして笑った。
「そういや、あいつはどうしてる?」
学校が終わり、彩乃は用事があるからと先に帰ってしまい、私と智樹くんの二人で帰っていた。
並んで歩きながら取り留めない話をしていると、ふと智樹くんが話題を変えた。
「……うん、絡んではこない。とりあえずは平和、かな」
「このままあいつごとフェードアウトしてくれたらいいのにな」
「いや、いくらなんでもそれは言いすぎ……」
苦笑しながら突っ込むと、智樹くんが驚いたようにこちらを見る。
「松野、お前優しすぎるだろ。嫌がらせ受けたのお前だぞ。そのきっかけが誰か考えたら、それくらい思うだろ」
「……うん、ごめん。良い子ぶった。すんごい、呪いを掛けられるもんなら掛けたいって思ってる」
「だろ。そうでなきゃな。あー、これから本屋寄って呪術入門とか探してみるかな」
「え、そんなの売ってるの?」
「でかい本屋とか探せばあるんじゃないか」
でかい本屋か。ネットを探してみたらもしかして転がってたりして?
家に帰ったらお兄ちゃんにでも聞いてみようかな、なんて。
「でもま、あいつが間抜けでよかった」
「どうして?」
「詰めが甘いのが、逆に救われたって言うか。あれで隙が無かったら、松野がもっと傷ついただろうし」
「智樹くん……」
「ま、お前もあいつに念でも送っておけよ。呪われろって。俺は向こう居ても毎朝きっちり送ってたから」
「なんか、そのうち本気で呪われそう」
思わず笑ってしまったが、智樹くんは意外にも真剣な表情だった。
「気持ち一つで結構どうにでもなるから。冗談じゃなく、俺は本気」
「……」
言葉を失ってしまったが、何故だか智樹くんを怖いとは思わなかった。
彼の話し方があっさりしていた所為かもしれない。
真剣な表情で、私を気遣ってくれていたからかもしれない。
何より私自身が、奴を呪えたら良いのにって思ったのだから、智樹くんをどうこう言える資格なんて無かった。
日曜日を迎えた。目が覚めるまですっかり忘れていたが、今日は奴とのデートだった。
とりあえず後の反応と取り巻きが怖いからドタキャンしないのは当然として、問題は奴に対する心構えだ。
腕を組まなきゃいけないかな。いやでも恥ずかしがっておけばそれは避けられるかも。
別に取り巻きに見守られるデートじゃないし、と思っていたが、そういえば彩乃が一緒だと言うことを思い出した。
見せつけるだとか言っていたから、今日のデートは私にとって苦行になること必至だろう。
待ち合わせは駅前の大きな柱。
いろんな人が行きかう中、私は待ち合わせ時間の十分前に来ていた。
どうせ奴は遅れてくるだろうからもう少し余裕持っていてもよかったと思ったが、十分前到着の習慣は崩せない。
ま、向こうには楽しみにしているように見えてくれれば、面倒にはならないだろう。
「……ワリィ、加奈。遅れた」
「ううん、今来たところだから」
あー、そのままドタキャンしてくれたらよかったのになー。
「二十分遅刻とか誠意が足りないんじゃ無いの」
思わず横を見る。彩乃が携帯をバッグにしまいながら奴を横目で睨んだ。
「加奈とのデートを楽しみにしてたら寝坊しただけだけど?」
さらっと言って奴が微笑む。彩乃は胡散臭そうな表情で睨んだまま。
二人の間に火花が散っている……ような気がするが、いかんせんこの男の言葉は嘘だとしか思えない。
本当になんで演劇部とか入らないんだろう。結構やれそうな気がするけどな。
「と、とにかく行こう?」
気を取り直して、と言った風に口を挟むと、コイツは私に笑いかけて、私の手を掴んだ。
「どこ行く?」
「……映画」
しまった。手を握られた時にちょっと困った顔をしておけばよかった。
映画は面白かった。
隣の男のことなど何一つ気にすることなく約二時間、スクリーンに見入った。
奴に構われていた時にも同じ映画を観たが、時々手を握ったりしてきたりして気を散らされて集中できなかったのだ。
だが今回はそれがなく、映画のロングラン共々ありがたかった。
「面白かったよね、特に最後の二十分」
「うん」
彩乃と映画館を出ながら歩いていると、ぐいと腕を掴まれた。
「ていうかひでーよ、加奈。俺はお前のことだけ見てたのに気づいてもくれないとか」
そう言いながらコイツは私の手を握ってくる。振り払いたいのをグッと我慢して、ちょっと困った風に顔を俯かせた。
白々しいなぁと、内心でため息をつく。というか、前と比べると本当に丁寧さに欠けてるな。
「お腹空いちゃった。加奈、何食べる?」
「そうだねぇ……」
何にしようかと考えていると、ぐいと肩を抱き寄せられた。
「あのさぁ、鈴木サン? これ、俺と加奈のデートなんだけど、そこんとこわかってる?」
「あんたがどうぞって言ったんじゃない。それとも何? あんたの本気は部外者一人いるだけで発揮できないような程度のものなの?」
思い切りバカにした表情と声で彩乃が挑発する。
おー、美人はこういう顔でも様になるから得だなぁ。
私の肩を抱く手に力がこもる。それが思いのほか痛かった。
顔をしかめると、彩乃がふんと鼻を鳴らす。
「みっともない。その手を離しなよ、加奈が痛がってるじゃない」
「あ、ワリィ、加奈。大丈夫か?」
手を離し、心配そうにしている風な顔でこちらを覗き込んでくる。
大丈夫だと笑って、それよりお腹空いたねと言いながら少し距離を取った。
「ハンバーガー食べたいな。さっき映画に出ているの見てたら食べたくなっちゃった」
「近くに店があったよね、行こう、加奈」
「あ、おい、加奈!」
歩き出した私の手を慌てて握って、奴が隣に並ぶ。
手を握られるって、こんなに居心地の悪いものだったっけ?
「……あー、あの日のあいつらの会話、録音しとけばよかった」
ひたすら盛り上がらないデートを終えて帰宅。着替えてベッドに横になり、疲れから思わず口をついて出たのがそれだった。
そう。奴と友人たちのあの会話を録音でもしておいたら、私はもう少し動きやすかったのかもしれない。
彩乃だったらそんなものを手に入れたら、嬉々として奴を追い詰めそうだと考え、思わず笑ってしまう。だが、現実にはそんなものは存在しないのでどうしようもない。
なかなかうまくいかないな、と思っていると携帯がメールの着信を知らせた。
差出人は智樹くんで、彩乃から今日が奴とのデートだったと聞いて心配した、との内容に思わずほっこりする。
心配してくれてありがとうと返信し、ついでに一通だけ残しておいた奴からのメールを削除した。
「やっぱあいつ、アホだと思うのよ」
私のお弁当から卵焼きをひときれ奪いながら、彩乃がそんなことを言う。
「何をもってアホなの?」
仕返しにと彩乃の弁当からプチトマトをひとつ貰う。
「だって加奈とのデートの時、一応は私の前だから取り繕ってたでしょ。でも見てみ? 奴は私たちの平穏なお昼を邪魔しに来たりもしなければ、あんたに構いに来たりもしない。加奈を構うのに飽きた、なんて噂も学校中が知ってるほどなのに。結局抜けてんのよね。詰めが甘いって言うか……」
「あ、それは智樹くんも言ってた。でも隙が無かったら私がもっと傷ついたかもって」
「そうか。そういう解釈も出来るのか。この際は奴がアホな事を感謝すべき、と」
「彩乃も智樹くんも容赦ないね。私なんて呪えたら良いなって思ってる程度なのに」
「私だって宮村や加奈ほどじゃないよ。あいつが取り巻きから一斉に手の平返されたらさぞ見ものかなぁって……」
「――俺の居ないところで面白そうな話を進めないでくれないか」
声に振り向くと購買のパンを手に、智樹くんが立っていた。
「おそーい。購買混んでたの?」
「くっ。シュガートーストのやつ、いつの間にあんな人気者になっていたんだ……!」
悔しそうな顔をしながら智樹くんは私の隣へ。
「あー、確か発注先を有名なパン屋さんに変えたとか何とか……新学期からだったかな?」
「なんだと!? じゃあ、このシュガートーストは俺の知っているやつではないのか……」
途端にしょんぼりして手に持つ袋を悲しそうに見つめる。
「でもそれも美味しいよ?」
「……まあ、パンに罪は無いからな」
そう言いつつ、智樹くんはちょっと複雑な表情だ。
目にかかるほどの前髪を切った所為か、表情が前よりわかりやすくなった気がする。
基本的には無表情が多いのは相変わらずなんだけど。
「あ、卵焼き食べる? 今日はお母さんが甘く焼きたい気分だったらしくて」
お弁当を差し出す。智樹くんは、では失敬とひときれ掴んで口の中へ。
もそもそと咀嚼する横顔は無表情だ。口に合わなかっただろうか。
「松野」
「はい?」
「ぜひこの卵焼きのレシピをご教授願いたいと宮村智樹が言っていた、とお母君によろしく伝えてくれ」
「了解。お母さんも喜ぶよ、きっと」
「できれば松野がそれを作れるようになってくれるとうれしいが……」
「巻くのが苦手なんだよねぇ。でも頑張ってみようかな」
「……あいつ、これからどうしてくると思う?」
彩乃が咳払いと共に、残りのプチトマトを私のお弁当の蓋に置いてくれる。そういえば彩乃はトマトが嫌いなのだ。
娘を思ってお弁当に詰めただろう、親友のお母さんを思うと涙が出そうになる。
だがおかげで私が得をするので感謝も忘れない。
「素直に、飽きたから別れてくれ、とは言えないだろうな。そうなれば、それ見たことかと鈴木や俺が盛大に罵るのがわかっているだろうし」
「演劇部もかくやな、本気とやらを力説していた手前ね。あいつのプライドを考えたら無理でしょ。まあ、そんなプライドなんて奴の外の取り巻きには関係ないだろうけど」
「え、外の取り巻きって?」
私が首を傾げると彩乃と智樹くんが顔を見合わせる。
「そういえば松野は知らなかったのか? 奴はこの学校以外にも取り巻きを持ってるんだ」
「こないだ宮村と遊んだ後に遭遇した、あいつにべったりしてたのが校外の取り巻き」
私は思わず言葉を失う。
そりゃあ、確かにモテる奴だとは認識していたが、どんだけなんだ。学校の内外に取り巻きって!
そういえば、奴の取り巻きってどれも似たようなタイプの子ばっかりだったから、ろくに顔も判別してなかったことに今更気付く。
「そ、そうなんだ……?」
脱力してそれしか言えなかった私は悪くない。
外の取り巻きを敵に回していたら、外を無事に出歩けたかどうかわからなかったんだなぁとしみじみ思い、次いで背中が寒くなった。
「……話を戻すが。この際、奴が松野に飽きたと言う、校内を流れる噂に乗ってくれればいいんだがな」
「それをしたら本当にアホだわ。まあ、それが一番楽だけど。何せ加奈が奴に負けたことを知ってる生徒は他にいないからね。さて、今からどう罵ってやろうかを考えておかないと」
「イメージトレーニングは大事だぞ、鈴木。ま、お前なら土壇場でも問題なさそうだが」
「やだ、褒めないでよ」
彩乃と智樹くんが盛り上がるのを見ながら、でもそういえば奴が私に構うのを飽きたと言う噂は、結局奴にダメージを負わせているわけではないことに気付いて、悔しくなった。
所詮、そこらの地味で平凡な人間では、天に愛されたような存在に勝てるはずがないのかもしれない。
俺様だから、気まぐれだって許される。人の心を傷つけたって、許される。
奴に、傷つけられた相手の気持ちなんて理解できるわけがないのだ。
盛大に奴を罵る役は彩乃と智樹くんに任せておいて、私は、奴から飽きたから別れると言ってもらうのを待てばいい。
振られるという形は悔しいが、それが自然だ。
そうだ、そうしよう。




