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私が――だったら

「俺が呪術師だったらなって思うことは結構あるんだよ」

 岡野くんがそう言って、パフェを一口食べた。


 彼が久しぶりにこっちへ遊びに来る日、私と彩乃は近所のファミレスで彼と待ち合わせをした。

 そして席に着いた彼はチョコレートパフェを頼み、運ばれてくるまでの間、彼が転校したあとのことをすべて話した。

 奴との攻防と、私の敗北。そして真実を。


 話が途切れたいいタイミングで運ばれてきたパフェを前にしての、彼の第一声がそれだった。

「それでなに、あいつを呪おうっての?」

 彩乃の少し呆れたような問いに、彼は大きく頷く。

「至極ベタだと笑っても構わん。だがしかし、奴にはその呪いと報いを受けるだけのれっきとした罪がある。それは鈴木も、松野もわかってるだろ」

 そう言って、岡野くんは太めの黒フレームの眼鏡越しに私と彩乃を等分に見る。

「まあ、それはそうだけど」

 同意しながら彩乃が半分ほどに減ったコーヒーを飲む。

「あんたの口からそれを聞くとはね。それってあいつに女を取られた恨み言みたいに聞こえる」

「恨み言だけど?」

 しれっとした様子で岡野くんはもう一口パフェを食べる。

 ほとんど無表情で甘いものを食す彼に、私は岡野くんと出会った当初、変な人だなと印象を抱いたことを思い出す。それは今も根底は変わっていない。

 呪いだとか、呪術師だとか言い出すんだもの、それは仕方ない。

 勉強は出来る人なんだけど……。

 岡野くんはいつも奴に対してテストの結果で差をつけていたっけ。まあ、奴もそれなりに頭は良かったんだが。

 しかし、本当に恨み言、というか奴に女を取られていたとは知らなかった。

 思わず目を丸くして彼を見たが、岡野くんは何でもないようにパフェを無言で食していく。

 ああ、そういえば岡野くんと奴は小さい頃から知り合いだと聞いた。

 詳しいことはそれ以上聞かなかったけど、その辺りも関係しているのだろうか。


「……それにしても」

 カラン、と長いスプーンが空の容器の中で音を立てる。きれいに食べ終わって、水を一口飲んだ岡野くんが口を開く。

「結局、松野は奴と言う嵐にちょっとばかし触ってしまったわけだ。でもまあ多少は荒れたが、通り過ぎようとしていく。鈴木の言うとおり、このままで終わらせていいと思うな。下手に近寄らないほうが良い」

「うん、そうだね……」

「松野。そう言いつつ、その未練たっぷりな声は何だ」

 眼鏡の奥で、岡野くんが目を細める。私はグッと詰まり、ごまかすようにパンケーキを一口。

 ああ、ここのパンケーキは私の好きなブルーベリーソースが掛かっていて、甘さも理想どおり……

「女には手を上げないことにしているが、事と次第によってはどうなるかわからないぞ」

 だから逃避をするのはやめろ、と岡野くんの目が私を逃がすまいとしてくる。

「すみません……」

 というか、なんで私の友達はどちらも場合によっては手が出てくるタイプなのだろうか。

 もしかして私の存在が殴りたい感情を誘発でもして……なんて考えていたら、一口大に切ったパンケーキが皿から消えた。

 えっ、と思って顔を上げると、岡野くんが口を動かしている。

「お、これも美味いな。甘さはあまり無いが、それも時には良い」

「あ、ちょっと!」

「ボーっとしている松野が悪い。美味そうな物はいつ誰に取られるともわからないんだ、油断をするな」

「は、はい……」

 思わず返事してしまって、それはただの言い訳じゃないのかと思ったが、もう私のパンケーキは岡野くんの胃へ直行だ。

 泣きそうになりながら、残りを頬張った。



「俺が魔法使いだったらな、って思うことはあるんだよ」

「今度は魔法使い?」

 先を歩く彩乃が笑う。ファミレスを出た私たちは、まだ時間があるからどこかへ遊びに行こうかと駅のほうへと歩いていた。

 私と岡野くんが彩乃の後ろで横に並ぶ。

「どうして魔法使いなの?」

「だって、友達が泣いていたらいつでも飛んでいけるから」

 私の問いに、岡野くんは頷いて私を見つめてくる。やや長めの前髪から覗く目。

 思わず立ち止まった。岡野くんはそのまま歩き出す。

 その背を眺めてしばらく立ち尽くしていると、彩乃の声がした。

「加奈、置いてくよ!」

「わ、待って!」

 立ち止まって私を呼ぶ彩乃の横を通り過ぎて、岡野くんが前に出る。私は彩乃に追いつき、彼の後を追う。

「岡野ったらどうかしたの?」

「ううん、何でもない、と思う……」


 岡野くんは無表情な時が多いから、黙っていると本当に何を考えているかわからない。

 でも口を開いても、時々変な事を言うので、ますますわからなくなる。

 だけどさっき私を見つめた目は、どこか悲しそうだった。

 彼が悲しいという表情をした。珍しいと思うと共に、何故だか胸が痛んだ。




「じゃあね、岡野くん、また遊ぼうね!」

「電車、乗り過ごさないようにしなよ?」

「まあ、いざとなったら親父に迎えに来てもらうから心配するな」

「乗り過ごす前提で乗るな!」

 私たちはそんなやりとりをして、岡野くんと別れた。

 改札を抜けた彼は振り返り、小さく手を振る。

 やがてホームへの階段を降りていき、彼の姿は見えなくなった。


「わー、もう真っ暗。加奈、家は大丈夫?」

「うん、さっきちょっと遅くなるかもって連絡した。彩乃は?」

「うちは今日は両親が留守でさ。兄貴がそろそろバイトから帰る時間だと思うけど……」

 そう言って彩乃は携帯を取り出して時間を確認する。

 私も携帯を取り出すとお母さんからメールが着ていた。夕飯はどうするの、ということらしい。

 これから帰ることと夕飯は食べる、と返信をして、ふと周りを見回したときだった。


 奴だった。女の子を引きつれ、こちらへと歩いてくるのを見つけてしまった。

 足がその場に縫い付けられたかのように動かない。

 無視するべきだろうか。

 でも、ここは挨拶ぐらいしないと、奴はともかく奴の周りの女たちがうるさいだろう。

「加奈?」

 彩乃の声に振り向く。私の表情に彩乃は怪訝な顔をして、その理由を見つけて顔をしかめた。


「……ねえ、ちょっと!」

 取り巻き女の一人が私たちに気付いて、奴を引き止める。

 余計なことを、と内心で舌打ちしたい気分になりながら、無視するわけにもいかず、彼女たちを見る。

 奴は、今気づいたとでも言いたげな顔でこちらを見た。

 ああ、やっぱりコイツはそういう男なんだ。途端、胃の辺りが重苦しい。

「なにやってんの、加奈。メールしても返事ねぇから心配してたんだけど」

 コイツの言葉に、周りにいた女たちがざわつく。誰かが、「ひどーい、キョウくんかわいそー」などと頭の悪そうな声を出す。

 メールなぞ、負けた日に受け取った一言のあれ以来まったく一通も送られた覚えが無いのだが? それどころか私のメールに返信もしてくれなかったのはどこのどなた様でしたかね。

「ご、ごめんなさい。なんかうまく受信できなかったみたいで……」

 私は悪くない、という言い訳をとりあえずしておく。効果なんて期待はしない。言いながら自分でも苦しいと思ったからだ。

 それにしても驚くべきは、この男が呼吸するように平然と嘘をついたことだ。

 一体なんのつもりだろう。

 まさかコイツは、嘘で周りの女たちの同情を買って、私に嫌がらせしたいだけか?

 そんな回りくどいことをしなくても、「あの女ウザい」とか一言でも漏らせば良い。

 この女たちはまるで水を得た魚のように嬉々として嫌がらせに励むだろう。そういう連中だ。


「そう? まあいいけど。んじゃ、俺を心配させたお詫びってことで今度デートな」

 そう言いながら、男は携帯をいじくる。ややあって私の携帯が鳴る。メールだ。

 それにはデートの日時と待ち合わせ場所が書いてあった。

 なんて奴だ。取り巻きの女たちの前で平然と約束する神経が……と思ったのだが、もしかして私はこの男の彼女になった、と取り巻きたちには思われているのかな、と疑問が浮かぶ。

 忘れ物をしたあの日、教室で嗤っていたこの男は、私が聞いてしまったことをおそらく知らないはず。ということは、彩乃や取り巻きの手前、一応は彼氏の素振りを見せておこうとしているのだろうか。

 この男が私にやたらに構ってきた時、彩乃がコイツに、私への気持ちは本気なのかと問い詰めたことがあった。

 あの時のコイツの返答も今思い出せば、演劇部にでも入ったほうがよほど有益なんじゃないかと思わせるほどで。

 ――つまりまあ、私の敗北の一端を確実に担ってくれたわけだが。


「ていうかお前らもう帰れよ。俺は加奈と帰るから」

 考え事をしていたら、男が私の肩を抱きながら突然そんな事を言う。

 途端、取り巻きから異口同音に抗議の大合唱。

「当然だろ。加奈は俺の彼女なんだから」

 な、と笑いかけてくる顔に、私は引きつった笑みを返す。

「まあキョウくんがそう言うならしょうがないけどー。たまにはあたしたちとも遊んでよね」

「はいはい」

 不満そうに帰っていく女たちに適当な笑顔で手を振るコイツの顔を見て、思い出した。


 そうだ。コイツは私に構っている間も平然と取り巻きの女たちに自分の周りを固めさせていたのだ。それに彩乃が当然のようにキレた。まあ、それもそうだろう。

 お前に本気になったとか何とか言っていた奴が、だ。なのに取り巻きはそのままってどういうことだと、詰め寄りたくなるのもわかる。

 あの時は確か、もう女たちと縁は切るって言っていた。

 もうお前だけだから、って胡散臭い笑顔で。

 実際、それから数日はこの男は一人だった。少し感心もしてしまったが、まだその時の私はそれほど信じていなかった。

 だが取り巻きが復活した。コイツ曰く、関係は切ったが女たちが友達としてならそばに居たいとかなんとか頼んできたらしい。

 それを了承したということで、彩乃が激怒。

 私は本気って言葉を勉強し直せと思いながら、彩乃をなだめた。

 友達は大事だしね、とか適当なことを言って。


 あ、あれ? なんで私、この男のことを好きだとか思っていたんだ?

 何がきっかけだったのか、よくわからなくなってきた。

 混乱していると、奴が私の肩をぐいと抱き寄せ、耳元で「何黙り込んでんの? もしかして妬いた?」とかほざく。

 私は表情の選択に困り、顔を俯かせた。

「……あんたの本気とやらはその程度なのね」

 それまで黙り込んでいた彩乃が口を開く。胡乱そうに奴を見て、腕を組んでいる。

「あいつらには適当に言っとけばいいんだよ。俺以外だって遊び相手なんていくらでもいるし」

「だったら、新学期始まっても加奈に会いに来ないのはどうしてよ。前は散々来てたくせに。……ああ、そうかぁ。飽きたんだ。図星でしょ」

「彩乃……」

 私は彩乃をなだめるような声を出す。

 奴を見上げると、表情を消していた。何を考えているのだろう。

 まさか彩乃をターゲットにして取り巻きどもに嫌がらせをさせるつもりじゃないだろうな。

 それだけはなんとか阻止しなければ。

 しかし、奴は途端にこりと笑顔を作って彩乃を見て、次いで私に向けた。気持ち、眉は下がり気味だ。

「……加奈、ごめんな。不安にさせて」

「ううん、平気」

 健気そうな声というのはどういうものだろう。今出ているのは、コイツにはそんな風に聞こえてくれているだろうか。

 第一、謝っただけでコイツは顔を出さなかった理由を話していない。

 せめてそれらしい嘘をつくぐらいしたらどうだ。

「ねえ、加奈。そのデートっていつ?」

「え?」

「私も行っていい? あんたの本気がどんなもんか、見せてもらうから」

 彩乃は挑戦的な表情で奴を見る。奴はぴくりと眉を動かしたものの、口元には笑みを浮かべている。

「どうぞ? ま、鈴木サンは途中で帰りたくなるかもしれないけどね」

 な、とまたコイツは私に笑いかけ、耳元で、見せ付けてやろうぜ、なんて囁く。

 ぞわりとして、頷くだけで精一杯だった。


 なんか、私はこの男を好きになって負けたと思ったけれど、よく考えたら本当に好きになっていたのだろうか。奴が友達と私を嗤っていた時はショックだったし、その時は確かに、泣くほどには好きだったと思う。

 でも今は?

 こうして肩を抱かれていても、負けを認める前に時々感じさせられていたトキメキとやらが、感じられない。



 家までの帰り道、彩乃も一緒だったためか、奴は私に構っていた時のようにあれこれと話しかけてきた。

 適当に相槌を打っていたが、気にした様子もない。なるほど、取り繕うほうに気を取られて、私の反応など二の次らしい。

 まあいいかと思っていると、家が見えてきた。

「もうこの辺でいいよ、ありがとう」

「なんでだよ、もうちょっとじゃん」

「でも……」

「俺に送られると困るわけ?」

「そういうわけじゃないけど……」

「あんまりしつこいと加奈に嫌われるわよ」

 そう言いながら彩乃が私の背中を押す。ホッと胸を撫で下ろし、送ってくれてありがとうとお礼を言って、私たちは家のほうへと駆け出した。


 一応、彩乃の手前もあって彼氏面しているけれど、あれはもう仮面と言うかメッキが剥がれかけている。私が負けを認める前は、俺様だったけれどもう少し態度も丁寧だった気がする。


 奴曰く、私はおとなしそうで楽だと思った、ということだが、それはつまり簡単になびきそうだと思っていたってことだろう。

 それが思いのほか時間が掛かって面倒になった。

 で、好きと言わせたものの、反動が来て扱いがぞんざいになったと。


 何が恋って怖いだ。バカバカしい。

 はあとため息をつき、私はデートの日時メール以外の奴からのメールをすべて削除した。

 アドレスの削除はまた今度でいいだろう。


 奴の取り巻きから嫌がらせを受けず、なおかつ奴から離れられる方法は無いものだろうか。

 機嫌を損ねさせなければいいのだろうかと思ったが、奴に媚を売ったり、顔を赤らめたり、黄色い悲鳴を上げるなんて事は絶対にしたくない。

 というかあいつは私と並んで「恋人です」みたいな顔を外に見せておこうとか、カモフラージュする気も無いのか。


 ……無いのだろうな。

 でなければ、新学期始まってから突然素っ気無くなったことの説明がつかない。

 奴の顔を思い出すと胸が痛い。でも、それと同じだけ、苛立ちも感じる。

 恋に落ちるのが突然なように、恋から冷めるのも突然なんだろう。

 何が最後の一押しになって私が奴を好きになったのか、今は思い出したくないが、少なくとも構ってきていた間はそれなりに優しかったし、悪い奴じゃないのかな、なんて考えたこともあった気がする。

 でも、奴は友達と嗤っていたのだ。

 悪い奴じゃないのかも、案外優しいのかも、なんてただの錯覚だった。

 全部演技。私を騙して、私を奴を取り巻く連中に加えて、自分がちやほやされたかっただけ。


 『――俺が呪術師だったらなって思うことは結構あるんだよ』


 岡野くんの言葉を思い出して、思わず笑ってしまう。

 彼の言うとおりだ。私が呪術師だったら、悩むこともなく奴を呪ってやれるのに。

 けれど現実には、私は身動きが取れない。

 奴が嗤っていたことを知らない振りして、奴を好きな自分を見せていなければならない。

 適度な距離だって、見極めなければならない。


「あー、面倒くさい!!」

 思わず声に出して頭を掻いて、机に突っ伏した。


 私が呪術師だったら、魔法使いだったら……。

 あんな男には天誅を加えてやるのに。



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