切望
「あんたの記憶を消させてもらうよ」
タケルと同じように。
何もない空間からにじむように、その少年は現れた。
彼が現れたとたん。
辺りは静寂に包まれ、時間がその意味を失った。
彼の右手がゆっくりと、私に向けられて。
タケルの言ってた「あいつ」とはこの少年のこと?
私はそう思った。
「待って!!」
必死だった。
険しい顔をして、少年が手を止める。
「お願い、タケルに会わせて! 私、言ってないの……」
泣いてる場合じゃない。
どうしても、もう一度タケルに会いたい。
そしてそれは。
……きっとこの少年にしか出来ない。
「どうでもいいことだろ。……記憶を消したら、それで解決する」
少年の手がもう一度動き出す。
私は動いた。
少年の手を止めるために。
「なにを……!」
少年の右手を、しっかりと抱きかかえて。
「お願い。どうしても。……どうしても会わなきゃ」
少年は右手の力を抜いた。
「……会ってどうなるっていうの」
「わからない……だけど、だけど!」
少年はため息をついて、私を見る。
「会っても、何も変わらないよ? タケルの意思は固いし、僕にとってコレは必然のことだし。何にも出来ないよ、あんたには」
「それでも……。それでもいい……。お願い。会いたいの。もう一度ちゃんと伝えたいの」
こらえきれない涙が、頬を流れる。
少年のため息が。
静かな空間の中で融けた。
「……そのあとで、どうせ記憶を消すけど。すべて忘れるのをわかってても、どうしても行きたい?」
迷わない。
「どうしても」
私の顔をしばらく見たあと、少年が目をとじた。
「無駄なことを。……まあ、いいでしょ、あんたのお願い聞いてあげるよ」
自信があった。
少年が記憶を消そうとしても、忘れない自信。
私が。
タケルを忘れることなんて、絶対にない。
絶対に忘れない。
「じゃ、行くよ」
少年の指さした空間が、ゆがむ。
その奥には、濁流のように無数の景色が流れている。
「時間の川だよ。……あんたみたいな素人にはちょっときついかもしんないけどね」
少年の差し出した手を、力いっぱい握る。
「そうだね、しっかりつかまってたほうがいいよ。……はぐれても助ける気、ないから」
怖い。
だけど迷わない。
ついて行くしかない。
唐突に少年が「時間の流れ」に飛び込む。
続いて私も。
いろんな時間の記憶が身体を掠めていく。
11年前のあの日に向かって。
この流れの中を、タケルは渡ったんだ。
私に出会うために。
私を助ける為に。
私には、タケルを助けることは出来ないの?
してもらうだけで、私には何も出来ないの?
少年は私を振り返った。
「時間は気まぐれだよ。神サマのすること以上にね。翻弄される人間の感情なんて一切お構いなしに、いたずらしてくる」
「……ほころびた箇所から、時を渡る能力を得る者がいて、そしてそれに巻き込まれる者がいる。……タケルとあんたのように」
さっきまで無表情だったのに。
少年は寂しそうに。
悲しそうに笑って。
「あなたはいったい……?」
「元は人間さ。タケルと同じ力を持ってた」
「同じ力を……」
自分をあざ笑うかのような顔で。
「ちょっと調子に乗りすぎたんだ。ずいぶんと昔のことだけど……さ。どっかで身体をなくしちまって……、いまじゃこうして精神だけでふらふらと時間の中をさまよってる……」
「……」
「同情、してくれるなよ?……それこそこんなふうに、時間旅行の治安維持役みたいなことで暇もつぶせるしさ」
なんて言ったらいいか、わからない。
とても切なくて。
握った、少年の手を強く握り締めた。
「もう、自分のもといた時間もわからないんだ。……こんな思いをするのは……僕だけでいい」
少年は前を向いていて。
どんな顔をしているのか見えなかったけど。
声は小さくて。
次に振り向いたときは、怒ったような笑顔で。
「あんたたち見てると面白いよ。次から次へと問題起こして、時間の流れ歪ませ放題で。……頑固で、甘ったれで」
やさしさがにじんだ声。
「……すべてが、うまくいくといいのにな」
「……ありがとう……」




