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タケル  作者: 恵奈
9/13

切望




「あんたの記憶を消させてもらうよ」


 タケルと同じように。

 何もない空間からにじむように、その少年は現れた。


 彼が現れたとたん。

 辺りは静寂に包まれ、時間がその意味を失った。

 彼の右手がゆっくりと、私に向けられて。

 タケルの言ってた「あいつ」とはこの少年のこと?

 私はそう思った。


「待って!!」


 必死だった。

 険しい顔をして、少年が手を止める。


「お願い、タケルに会わせて! 私、言ってないの……」


 泣いてる場合じゃない。

 どうしても、もう一度タケルに会いたい。


 そしてそれは。

 ……きっとこの少年にしか出来ない。


「どうでもいいことだろ。……記憶を消したら、それで解決する」


 少年の手がもう一度動き出す。



 私は動いた。

 少年の手を止めるために。


「なにを……!」


 少年の右手を、しっかりと抱きかかえて。


「お願い。どうしても。……どうしても会わなきゃ」


少年は右手の力を抜いた。


「……会ってどうなるっていうの」

「わからない……だけど、だけど!」


 少年はため息をついて、私を見る。


「会っても、何も変わらないよ? タケルの意思は固いし、僕にとってコレは必然のことだし。何にも出来ないよ、あんたには」

「それでも……。それでもいい……。お願い。会いたいの。もう一度ちゃんと伝えたいの」


 こらえきれない涙が、頬を流れる。

 少年のため息が。

 静かな空間の中で融けた。


「……そのあとで、どうせ記憶を消すけど。すべて忘れるのをわかってても、どうしても行きたい?」


 迷わない。


「どうしても」


 私の顔をしばらく見たあと、少年が目をとじた。


「無駄なことを。……まあ、いいでしょ、あんたのお願い聞いてあげるよ」


 自信があった。

 少年が記憶を消そうとしても、忘れない自信。

 私が。

 タケルを忘れることなんて、絶対にない。

 絶対に忘れない。


「じゃ、行くよ」


 少年の指さした空間が、ゆがむ。

 その奥には、濁流のように無数の景色が流れている。


「時間の川だよ。……あんたみたいな素人にはちょっときついかもしんないけどね」


 少年の差し出した手を、力いっぱい握る。


「そうだね、しっかりつかまってたほうがいいよ。……はぐれても助ける気、ないから」


 怖い。

 だけど迷わない。

 ついて行くしかない。

 唐突に少年が「時間の流れ」に飛び込む。

 続いて私も。


 いろんな時間の記憶が身体を掠めていく。

 11年前のあの日に向かって。


 この流れの中を、タケルは渡ったんだ。

 私に出会うために。

 私を助ける為に。

 私には、タケルを助けることは出来ないの?

 してもらうだけで、私には何も出来ないの?

 少年は私を振り返った。


「時間は気まぐれだよ。神サマのすること以上にね。翻弄される人間の感情なんて一切お構いなしに、いたずらしてくる」


「……ほころびた箇所から、時を渡る能力を得る者がいて、そしてそれに巻き込まれる者がいる。……タケルとあんたのように」


 さっきまで無表情だったのに。

 少年は寂しそうに。

 悲しそうに笑って。


「あなたはいったい……?」


「元は人間さ。タケルと同じ力を持ってた」

「同じ力を……」


 自分をあざ笑うかのような顔で。


「ちょっと調子に乗りすぎたんだ。ずいぶんと昔のことだけど……さ。どっかで身体をなくしちまって……、いまじゃこうして精神だけでふらふらと時間の中をさまよってる……」

「……」

「同情、してくれるなよ?……それこそこんなふうに、時間旅行の治安維持役みたいなことで暇もつぶせるしさ」


 なんて言ったらいいか、わからない。

 とても切なくて。

 握った、少年の手を強く握り締めた。


「もう、自分のもといた時間もわからないんだ。……こんな思いをするのは……僕だけでいい」


 少年は前を向いていて。

 どんな顔をしているのか見えなかったけど。

 声は小さくて。

 次に振り向いたときは、怒ったような笑顔で。


「あんたたち見てると面白いよ。次から次へと問題起こして、時間の流れ歪ませ放題で。……頑固で、甘ったれで」


 やさしさがにじんだ声。


「……すべてが、うまくいくといいのにな」

「……ありがとう……」






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