干渉
時の流れの中に漂いながら。
「不確定の未来」に想いを馳せる。
おかしい。
何かがおかしい。
さっきのリコに感じた違和感。
消えた傷。
……怖い。
「……君がひとつの時間に深くかかわりすぎたせいだよ」
どこからか声がした。
景色と時間の濁流の中で、こんなに明瞭な声を聞いたのは初めてのことだ。
「おいで。僕が説明してあげるよ」
ぐいっと引き上げられるような感覚の後。
何もない世界に、俺はいた。
音も色も。……何もない世界。
静寂。
「ここは時間の断面」
すぐそばで声がした。
「それにしても危ないことするね。あんなところでぼーっとしてたら、迷子になる」
……子供?
くすくすと笑いながら12歳ぐらいの少年が俺を見上げてた。
「外見と中身は、必ずしも一致するとは限らない。……僕は子供じゃない」
俺よりもずっと大人びた瞳だった。
「僕が何者か、なんてことよりも。自分のことだよ、オニイサン」
にやりと笑ってそいつは言った。
「SFマンガ風に言うと、君は時間犯罪者。違う時間への干渉のしすぎ。……おかげで何もかもが狂ってきた」
「狂う……?」
「そ。……あらかじめ、君がひとつだけ犯罪を犯すのは予定に入ってはいたんだ。……だけど、その前にもうボロボロ。あれもこれも。しちゃいけないことばっかりして。……もう君、大罪人だよ」
少年は、何の音もないその空間で、飛んだり跳ねたり。
表情をくるくると変えながら、そう言った。
「…………」
「はじめは気をつけてたようだけど? なるべく干渉しないように。……でも、あの子の落し物、拾ったでしょ。そんでそれを届けちゃったりしたでしょ。さらに!……間の悪いことに、彼女、君の顔を覚えてたもんだから、さらにややこしいことになった」
「覚えて……?」
「毎週のようにデートしちゃって。二人で恋に落ちたりなんかしちゃって。……彼女に嘘つかせたりして……」
少年は俺の顔を覗き込んだ。
……俺はわけがわからず。
「ちょっと待て、リコが俺の顔覚えてた? それは変だ。 定期届けるまで、俺、彼女の前には……」
「そう、そこが問題。……彼女は、それよりもずっと前に君に会ってる」
「……いつ?」
「彼女からしたら11年前」
「俺は……そんな過去には……」
「本当なら今日、迷い込んでいたはずなんだよ。……君があの時間にこだわらず、あの子にあんなにも執着してなければ。……数ある「不確定の未来」へ行くのに失敗して、迷い込んでたはずだった」
リコが。
いつだったか。
「11年前」という言葉を口にしたことを思い出す。
「リコは……なんでそのことを言わなかった?」
少年はじっと俺を見てて。
「何が起こるんだ? その時間に」
ため息をついた。
「そこがいつか分からず戸惑ってるあんたの目前で、一人の女の子がトラックにはねられそうになる。……あんたは後先考えず、その子を助ける。あんたは大怪我するけど、その子の命には別状なし。……額に小さな傷が残るだけで」
………………!
何もかもがつながった気がした。
不安だというリコの気持ちや、過去に行くなと必死に訴えた先ほどの未来のリコ。
彼女は……
「ま、あんたも瀕死だけど、何とか自分の時間に帰って、傷が回復するころには力を失ってることに気付く、と。それがすじがき。……わかる? あんたが犯しても許されるたった一つの時間犯罪」
少年の言葉がこだまする。
「君が彼女と出会ったためにその筋書きはもうめちゃくちゃ」
「……リコは、そのときの俺を見てた?……大怪我したのを。……だから言わなかった?」
「けなげじゃん、彼女。自分を犠牲にすることにしたんだよ。あんたが死なないように」
「でも、俺は死なないんだろ?」
「まあ、従来の筋書き通りに進んでたらね。……でも彼女にはそれを確かめる手だてがないから」
俺の腕の中。
泣いてたリコを思い出す……。
そんなふうに、俺のことを……。
「もう、あんた、その力使うのやめな。些細なことで時間の流れはめちゃくちゃになっちゃうんだよ。自分の時間へ帰れ。そしてすべてを忘れろ。それがたぶん最善の選択だ」
少年の冷たい言葉。
それに従えば、リコが事故にあうことを意味する。
「……俺は、リコを助けに行く……今からでも……。なあ、それなら筋書き通りに……っ」
「いくと思う? 君のせいでいろんな歪みがあちこちに出来てる。望んだ場所に素直に行けると思う? 今、失敗したばかりなのに。……それに、今度は状況が違う」
「……」
「見ず知らずの子を衝動で助けるのとはわけが違う。好きな子を、助けに行くんだろ? 君は今考えてるはずだ。……額の傷が残らないようにしてやれないか? と」
「…………!」
少年の言うとおりだ。
俺はきっと必死でリコを助ける。
まだ見たこともない幼いリコを。
それこそ自分の身など顧みないで。
「それでも……俺は……」
少年は笑っていた。
「君は行くんだろうね。いいよ。そうすれば? ……僕は止めないよ。僕にとって一番重要なのは、君の能力がなくなることだ」
この少年は、いったい何者なんだろう。
俺と同じような力を持ち。
姿とは異なる心を持つ……。
「これ以上時間が歪まないように、こんな能力を持った人間なんていなくなればいい。だから……君にとってそれが死を意味しても、別に僕はかまわないんだ。それに正直に言うけど、今から君が彼女を救いに行っても、どうなるかは僕にも予測がつかない」
確かめるように、少年の口から言葉が出てくる。
「ケース1、君は彼女を助けられない。ケース2、君は彼女を庇ったために死んでしまう。ケース3、事故自体起こらない。それこそ本当に未知数。君にとって最悪のシナリオは、二人が一緒に死んでしまうことかな? それとも……彼女の記憶に命を助けてくれた少年の記憶が一切残らないことかな? ……そうなったら17歳の彼女が君に出会ってもきっと二人の間に何も生まれないからね」
「……」
「言葉どおり、【不確定の未来】が誕生する。……何もわからない」
それでも俺は。
「……行くんだね?」
うなずく。
「……じゃ、もう何も言わないよ。……行けばいい」
少し考えて。
「……怖気づいた?」
そう言った少年に。
「頼みがある」
「彼女だけは助けろとか、そんなのは断るよ」
「違う。……彼女は間違いなく俺が助ける。命に代えても。……だから」
「だから?」
「――――――彼女の中の俺に関する記憶をすべて消してくれ」




