その後の話。
二人は「ちゃんと幸せになれたよ」、とお知らせしたくて。
この公園に来るたびに、胸が苦しくなった。
何かが足りなくて。
自分でも分からないうちに涙が出たり。
何でそんな気持ちになるのか、全然分からないのに。
胸の痛みだけはやたらにリアルで。
いつの間にか、ここに来るのを避けるようになった。
そして月日は流れて。
あれから、3度目の夏。
私は20歳になった。
いつものように、私は公園で本を読む。
今日は天気がいいせいで、ページの白が少しまぶしい。
休憩がてらに、まわりをみまわす。
つい、その姿を探してしまうのは、もう癖になってるからだ。
今は1時。
お昼時に公園に来る人は結構多い。
私がここへ通うのももう2年目で、中には顔見知りになった常連さんたちもいる。
噴水をはさんで、いつも斜め前に座っているおばあさんと目が合う。
軽く頭を下げると、にっこりとした笑顔が返ってくる。
いい気持ち。
もうすぐ学校に戻る時間。
付属の短大へ進学し、就職活動の真っ最中。
このご時世なかなか就職先もなくて、頭が痛い。ずっとここでこうしていられたらいいのに。
読みかけの小説をきりのいいところまで読んで、カバンにしまう。
傍らにおいていたカフェオレのパックを飲み干して、ベンチを離れる。
気持ちよさげな噴水の水しぶきを眺めながら、今日もまた帰りにここへ寄ろうと思う。
この公園は、たくさんの思い出がある。
胸が痛むのは相変わらずだけど、もう苦しいとは思わない。
懐かしくて、切なくて。でも、ここにいると安心する。
……私の大好きな場所。
立ち止まって噴水を眺めていると、いきなり後ろから何かがぶつかってきた。
その何かに引っかかって、カバンを落とす。チャックを開けていたせいで、その中身があたりにばら撒かれた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
ぶつかってきた何か。
小学生ぐらいの男の子が帽子を脱いでぺこりと頭を下げる。いまどき珍しく礼儀正しい子。
「いーよ、それより拾って?」
二人で拾えばあっという間。とりあえず拾ったものをカバンに詰めて。あとは大学に戻ってから整理するしかない。
もう一度謝ろうとするその男の子に、手を振って、私は公園をあとにした。
「あー、今日は遅くなっちゃった。今から公園は……ちょっとおそいか」
人使いの荒い講師に見つかったおかげで、やらなくてもいい資料の整理をさせられた。そのせいでいつもよりちょっと遅い。
公園を横目に、駅へと向かう。
「はぁー、なんか今日は疲れた……っと。アレ?」
ごそごそとカバンの中をあさる。……目当てのものが見つからない。
午後にカバンの整理をしたときを思い浮かべて、そのときも見かけなかったことに気付く。ポケット?……にもないし。
……あ!
お昼に公園で!!
男の子にぶつかったとき、カバンの中身ぶちまけて……、きっとそのときに拾い忘れたんだ!
急いで引き返す。
どうか、ありますように……。
あれは私にとって、すごく大切なもの。
角が擦り切れてきても、色がはげてきても、友達にからかわれても、私が捨てなかった……。
引き返した公園は、まだ街灯がつく前で、ほんの少し薄暗い。
噴水のある広場まで夢中で走って、少年にぶつかった位置を探す。
ここでごみを捨てて、いつも通りちょっと歩いて、後ろを振り返る位置。
……アレ?
広場と公園の内周の通路がつながるところ。
あの子は私に後ろからぶつかってきたけど……植木?
通路の脇の1メールほどの緑の垣根。……あの子、どっから走ってきたのかしら。
変ね、通ろうと思うほどの隙間は無い。
そう思ったものの、そんなことを考えてる場合じゃないと、さっと辺りを見回す。見渡せる範囲には、それらしきものはない。
キュ、と胸が痛む。
こんなことになるなら、大事に大事に、しまっておけばよかった。
木の陰や少し離れた道の脇にも、見当たらない。
もし、落ちたときに私か、あの子が蹴ってたら、もう少し遠くにいっちゃったのかもしれない。
噴水の周りをぐるりと回って、思わず大きなため息が出る。
あとはベンチの周りを探して、なかったら、公園の管理事務所に拾得物がないか確認しよう。それでなかったら、交番へ行って……。
2つ目のベンチの周りにもなかった。
3つ目も、4つ目も。
最後の5つ目のベンチにも……なかった。
なんかどうしようもなく情けなくて、涙が溢れてきた。
はあ……だめだ、落ち着こう。
カバンの中からハンカチを出して、目元に当てる。
ベンチに座って、涙がおさまるのを待つことにした。
遠くから、男女の声が聞こえてきた。
……人が落ち込んでるというのに、痴話げんか? よそですればいいのに。
そう思ったとたん、女の人は男の人を置いて、違う方向に歩いていった。……別れたのかな。
その男の人は、頭をかくような仕草をしたあと、ふとこっちを見る。
バツが悪くて思わず下を向いた私の耳に近づいてくる足音が聞こえる。
「……落し物しなかった?」
その言葉に、びっくりして顔を上げると、背の高い男の人が私をのぞくようにして立っていた。
「あ……はい! え……と、ぼろぼろでみっともないんですけど、ピンクの皮の、定期入れです!!」
薄暗いせいで、その人の顔は良く見えなかったけど、笑った気配がする。
「カシワギ、リコ、さん。かな?」
その男の人の手が差し出されて、その大きな手のひらの中に、私の大切な大切な定期入れが。
「あ、ありがとうございます!!! わたし……」
もう見つからないかも、と思い始めてた私。不意打ちの嬉しい出来事に、一度は止まったはずの涙がまたあふれて出た。
「えっ、え……だ、大丈夫?」
相変わらず顔は見えないけど、そのあわてた様子に、泣き顔のまま、ぷっと吹き出す。
「?」
「ご、ごめんなさい……。ふ。ふふふふ」
「……は、ははははは」
薄暗くなってきた公園で、初対面の男女が笑いあってる。そう思ったら、余計に笑いが止まらなくて、涙は乾いた。
おかしな子だと思われたかしら。
それでも、ときちんと頭を下げる。感謝しても仕切れない。
「……本当にありがとうございました。……すごく大切なんです、これ」
無事に戻ってきたそれを、両手でしっかりと握り締めた
「うん、すごく長いこと使ってるだろうに、ちゃんと大事にされてるのが分かるよ」
声がすごく優しい。公園で拾った物なんか、そのまんま通り過ぎちゃう人がほとんどなのに。
でも、この人は……。
「もしかしてずっと、落とし主を探してたんですか?」
「うん、定期入ってるし、きっと探しに来るだろうと思って」
じゃあ、さっき話してた女の人にも、きっとそれで声かけてたんだ。
「あの、拾ったのはお昼ごろですか?……ずいぶんと迷惑かけちゃったみたい……」「ああ、そんなの気にしなくていいよ、俺が好きでやったんだし。……それに、なんかこれに妙な見覚えがあってさ、もしかして知り合いかな? って思ったから」
「……」
「あ……ごめん、こっちのこと、気にしなくていいよ。じゃ、俺、行くから。……ホントに良かったな」
顔を一度も見てないのに、なんとなくとてもいいカンジのその人は、そうさわやかに言う。
じゃ、と手を上げてから背中を向けて歩み去るその背中を、私は黙って見送れなかった。
―――――― 既視感。
「……あの、お礼にお茶でも!」
どっかで一度言ったような言葉。
私って成長してない。
もっと気の利いたことでも言えればいいのに。
よみがえる思い出に、胸がきゅっと苦しくなるのを覚えながら、その人のシャツを引っ張った。
「え?」
その人が振り返ったとき。
公園の街灯が一斉についた。
パアーっとあたりが明るくなって、その人の顔を照らし出す。
「わ、まぶし」
そう言ったあと照れたように笑うその人の顔が、あかりにてらされて、私の鼓動を止めた。
……タケル……?
「大丈夫?」
呆然と顔を見つめる私にその人は言った。
返事が出来ない。その人の顔に、表情に、タケルが潜んでいて、息が出来ない。
この人は私の知ってるタケルじゃない。その事実は間違えようがなかった。
タケルにそっくり。……だけど違うから。
背はこんなに高くなかった……。年が違う。この人はとても17歳には見えない。24か5ぐらい……?
タケルが大人になったところを想像したそのままの雰囲気。
「カシワギさん?」
「……ごめんなさい。知っている人に……とてもよく似てて……」
その人は私の正面に立って、そっと頭をなぜた。その手が頬に触れる。
「……大切な人だったんだ……」
その人の指が、頬を滑って、ようやく涙がこぼれていることに気がついた。
今日は私、泣いてばかり。
……でもこの涙はいつもと違う。とても静かで、暖かい涙。
「いやなら言えよ?」
少し乱暴な言い方なのは、照れてるからなのか。
その人は私の頭を自分の胸に抱き寄せた。突然のことにびっくりしたけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「ハンカチとか、もってないんだ。……悪い」
涙が、その人の着ている服の、胸の辺りにどんどん吸い込まれていく。その人の鼓動はひどく早いのに、私には心地よくて、気持ちがだんだんと落ち着いていくのを感じた。
不思議な気持ち。
……タケルに似てるから、なのかな。こんなにも懐かしい感じがするのは。
どうしよう。
私、この人のこと好きになっちゃうかもしれない。
どこが、といえるほどこの人のこと知らないのに。ただ、優しい人だということぐらいしか。初対面の女の子の涙をほうっておけずに、その服で涙とふき取って。ぶっきらぼうに言った言葉は、逆に優しく聞こえて。
今……、私を抱き寄せてる腕がさりげなくて、優しくて。ただ私の体を支えてるだけなのに、何もかもを許してくれているような暖かさが伝わってくる。
……どうしよう。
私……、ホントにこの人のこと好きになっちゃうかもしれない。
その人の顔をそっと見上げると、私を支えてない方の手で頭をかきながら、全然違う方を見ていた。
ホントに……よく似てる。
タケルもそうやってテレながら髪をかきあげたっけ。……あれ、かきあげてたのは私の髪だったっけ。傷のあった右側の前髪をあげて、よくそこにキスしてくれた……。
その人が、私の視線に気付いてこっちを見た。……困ったような笑顔。
その笑顔が本当にタケルそっくりだと思ったとき、それが目に飛び込んできた……。
その人の額に傷痕。
絶対に間違えたりしない。
私の額に11年間ついていた、あの傷痕。
―――――― 場所も、形も、まったく同じに。
「?」
不思議そうに私を見るその目を、私は真正面から見つめた。
「……タケル?」
思わずつぶやくその名前。
その人は、目を見開いた。
「え。……なんで俺の名前……」
宮野武流。
その人はそう名乗った。
そして私とは間違いなく初対面なのに、と困ったように笑った。
だけど私は確信していた。
彼がタケルに間違いないことを。
たとえ私のことを覚えていないとしても、そんなことは別にどうでもよかった。
―――――― 生きている。
ただそれだけで、充分。
あの時私の腕の中で死んだと思っていたタケルは、生きていた。
きっとあのときの少年が助けてくれたんだ。
……私のことを覚えていないのは……、きっと私と同じように記憶を操作されているからに違いない。
それでももっとなにか強い確信が欲しくなった。
「17歳ぐらいのとき……何か変わったことありませんでしたか? 何かこう……不自然なこと」
すっかりと暗くなってしまった公園を抜けて、私たち2人は小さな喫茶店にいた。二人の間のテーブルにはすっかりと冷えたコーヒーが二つ。
「……あんまり人には話したことないんだけど」
かなり迷ったあと、彼は話し出した。
「高2のとき、すっぽりと記憶の抜けてる時期があるんだ。……気がついたら大怪我をしてて、病院で。……何が起きたのか、どうして怪我してるのかさっぱりで……」
やっぱり。
そこで私はふと思ったことを聞いてみた。この答え次第では、この人がタケルだということに決定的な確証が得られるかもしれない。
「それまでの事は忘れてないんですね? ……じゃあ、あなたが持っていた特殊な力については?」
彼の表情がこわばった。
たぶん、普通の友人なら触れてはいけない領域。
「……時間を旅する力。……お願いです、答えていただけませんか? ふざけて聞いてるんじゃありません、私にとってとても大切なことなんです」
「君は……俺の失った記憶について何か知ってるの?」
彼は何かを心に決めたように、落ち着いた様子で問い返してきた。
そこで私はひとつのことに気づく。
彼が忘れているなら、私は言ってはいけないのでは?。
忘れたまま生きている彼の人生を乱してはいけないのかも。
……でも。
私は自分の本当の心を見つめなおした。
こうして、彼を問い詰めて、タケルだという確証を得て、私はどうしたいの?
私を守って、一人の人が死んだということに、耐え切れないから。
……肩の荷を降ろしたいの?
タケルの愛を信じるとか言いながら、自分の命の価値に疑問を感じて、怖いだけじゃない?
ちがう。
……どうでもいい。そんなことどうでもいい。
私は。……もう一度タケルに会いたいの。
大好きな人に、もう一度会いたい。―――――― ただ、それだけ。
答えられないでいると、彼ははっきりと言葉にした。
「……君の言うとおり、俺にはその力があったよ。謎の大怪我のあと、使えなくなったけどね」
彼は、じっと私を見ていた。
「正直、俺は戸惑ってる。君とは初対面だとさっき言ったが、さっきから妙に見覚えがあるようで仕方ないんだ。実はあの定期入れも、どっかで見たような気がして、気になるから必死になって持ち主探したんだ。それに君は俺の事を知り合いによく似てるといって泣いた。……きっと、俺がその本人だと思う。頼む、教えてくれないか。俺の覚えていないことを、全部。――――――君が、知っていることを、全部」
話したところで、きっと彼にとっては他人事としか受け取れないだろう。
彼がタケルだということは、もう私には疑う理由もない。
……このまま彼の前から姿を消した方がいいのだろうか。
……そのほうが彼の為になる?
それとも、「知りたい」と思ってしまった彼の気持ちを汲むべき?
……その方が私にとっては都合いい。
無事がわかればそれで充分だと言いながら、心の中で強く願ってる。
私のことを思い出して欲しい。
今でも……タケルのことを愛しているから。
でもその一方で、もしも話して記憶が戻ったなら、今この目の前にいる宮野武流という人はどうなってしまうの?
さっき公園で泣いた私を慰めてくれた、優しい男の人。
私は知ってるから。
ほんの些細なことで人の運命が水の流れのように変わっていくことを。運命というものがいかに不安定で、不確かなものだということを……もう知っているから。
……それとももう、私と彼が再会したことで、また運命は変化してしまったのかもしれない。
彼を見ると、じっと私を見ていた。
まっすぐな目。
彼は、事実を知ることに迷ってはいない。……なら私も迷うのはやめよう。
私たちは再び出会った。
この広い世界で、あの公園で、あの定期入れがきっかけで、再び出会えたことは、まぎれもない事実なんだから。
「場所を変えませんか? 海の見える公園まで」
私に分かっていることのすべてを話し終えて、私は涙を拭いた。
彼は話をしている間、目の前の海をまっすぐ見つめて、何も言わなかった。
そうして、そのまましばらくの間、二人して海を見つめていた。
彼は、私の話を信じただろうか。
自分の身に起きたことだと信じただろうか。
迷わないと決めたはずなのに、心が痛い。
そっと横顔を見つめる。横顔だと、私の知ってるタケルと何も変わらないような気がした。
「あの。……額の傷痕をみせてもらってもいいですか?」
彼は前を向いたままうなずいた。
私は彼の前に立って、彼が右手で髪をかきあげるのを待った。
街灯と、月明かりの下で、その傷はぼんやりと見えた。
「私の額にあった傷と、……まるきり同じです」
そっと指で触れると、彼の手が私の手をつかんだ。
「俺は……」
彼は私の顔を見上げて、苦しそうな表情。
切なさが、伝わる。
「君の話を聞いて、自分の身に起きたことのほとんどを思い出した。君を救ったのは、そのときの俺が、君を愛していたからだ。……それも思い出した。……でも、まだなにか足りない。まだ何かが俺の記憶にもやをかけたように隠してる。そこに、辿りつきたい。そうしなくちゃならないと、俺は思う。だから……抱きしめてもいいか? 君のことを思い出すために」
私にはうなづくことしか出来なかった。
彼はためらいがちに。だけど、しっかりと私の身体に腕を回して抱きしめた。
立ったままの私を座ったままの彼が抱きしめたので、私の口元には彼の額があった。
タケルが死んでしまうと思ったときも、こんなふうに抱いた……。
私の腕の中に。
愛おしさがこみ上げてくる。
こうしてまた巡り会えたことはたぶん、奇跡。
彼の身体を抱きしめ、この幸せだけで満足するべきなの、と自分を戒めた。
ぎゅっと目を閉じて、彼の温かい存在を確かめたあと、額の傷痕触れた。片方の手でそっとその髪をかきあげて。
―――――― タケルがいつも私にしてくれたように。
……そっとキスをした。
そのとき、急に彼の腕から開放されたかと思うと、今度は腕をつかんで顔をじっとのぞきこまれた。
確かめるように何度も何度も彼の視線が私の顔を行き来して、最後にじっと目を見つめてくる。
「……?」
様子が変だった。どうしたんだろう。
彼の指が私の頬に触れて。次に唇に触れて。長く伸びた髪に触れて。
戸惑う私を、彼はもう一度ぎゅっと抱きしめた。
息が出来なくなるくらいきつく、強く。
……こんなふうに抱きしめられたのを、私覚えてる。
耳元で、かすれたような声がした。
涙が溢れる。
大きな感動が私の心を身体を揺さぶった。
「も……いちど、……言って……?」
彼は身体を離して、私の顔を見た。その困ったような笑顔。
「リコは……いつも泣いてる。……ほら、笑って」
ふるふる
聞きたいのはその言葉じゃない。
さっき私の耳元で言った言葉を、もう一度言って欲しいの。
首を振る私の頬を大きな両手が包んで、優しい笑顔が近づいてくる。
「ただいま、リコ。……愛してるよ」
「……タケルっ!」
夢中でタケルの身体にしがみついて、その存在を確かめた。
もう触れられないと思ってたこの温もり。
そしてもう取り戻せないと思っていたタケルの心。
タケルに言わせると。
25歳の自分の中に、17歳のときのタケルが融けてひとつになったということ。
記憶を取り戻したタケルは、記憶に関して暗示をかけられたことも思い出した。
私と同じ時間軸の中で出会えて、再び恋に落ちたらすべての記憶を取り戻せるように。
「……恋に落ちたの?」
そう聞くとタケルは照れたように、白状した。
「いや、もう一目ぼれってカンジ。最初に話しかけて、顔あげた瞬間にストーンって……。リコは?」
返されるとは思わなかったので、びっくりする。
「ええ? 私も?」
「当たり前じゃん、そうじゃなきゃ記憶戻ってないでしょ。リコはいつ落ちたんだ?」
「……うう。内緒!!」
「言えよ、ずるいぞ」
タケルが私の身体を抱き寄せて、逃げられなくする。
「……胸で泣かしてくれたから」
聞こえなきゃいいと思って小さな声で言ったのに、タケルにはしっかりと聞こえてたようでニヤニヤと笑った。
タケルなのに、タケルじゃないような。
それは不安ではなく、うれしい出来事。
私が恋した二人のタケルが、そこにいた。
私の未来とタケルの未来が、今一緒に歩いていこうとしている。
日常の中、あまりにも幸せな毎日に怖くなってしまうときがある。
何がどう作用して、今の私とタケルがいるのだろう。
いろんな、それこそ無限大の「不確定の未来」の中、今私たちは一番幸せな道の上へ立つことが出来た。
タケルに命を助けられて、出会って、恋をして、失って。
あのときの死にたいと思ったほどの苦しみも、つらさも、今この時のためだけに。
きっと私たち二人が幸せになる為に必要だった試練。
自分が消えても、タケルを危険な目にあわせたくないと思ったから。
自分が死んでも、私だけは守りたいと思ってくれたから。
だから。
……今ここに、私とタケルがいられるんだと思う。
さらに2年後
「どしたの、泣き虫理子ちゃん?」
あわてて涙を拭いて、笑顔で武流のほうをにらむ。
「分かってるくせに」
「……でも、俺、頑張ったでしょ? ちゃんと理子のこと守れたでしょ?」
「うん。……でも私も頑張ったんだよ、忘れないように。ちゃんと覚えてたでしょ?」
額をくっつけて、お互いの目を見る。
「幸せになろうな?」
武流の指が、私の左手を包む。
そっと自分の贈った指輪を確かめるようになでながら。
うん。
幸せになろう。
二人で一緒に。
過去自サイト初出 2003/08/23




