婚約破棄された令嬢は聖獣と幸せになる
「シャルロット・ロレーヌ! 私は貴様との婚約を破棄する!!」
侯爵家主催のお茶会で、主催のバートランド夫人の息子ロバンソンが突然姿を現したかと思いきや、シャルロットに婚約破棄を声高らかに突き付けた。
当然その場は騒然となったし、シャルロットは唖然と目を見開いた。
一方で、婚約破棄を公衆の面前で通達するという暴挙に出たロバンソンは、子爵令嬢オーロルの腰に親しげに手を回して胸を張っている。
オーロルもまた嬉しげに微笑んでいて、シャルロットは二人の思考回路が理解できずにいた。
貴族としての常識が欠片もない行動だ。貴族の結婚は政治が絡む。
その上、家と家の契約である婚約をこんな形で破談にするなど、本来あってはならない。
バートランド夫人が窘めてくれるかと思いきや、彼女は我関せずと上品にお茶を飲み続けている。
嘘でしょう、とついかすれた声が漏れた。
「嘘なものか! 貴様は可憐なオーロルに嫉妬して数々の嫌がらせを行った! 将来の侯爵夫人として相応しくない!!」
「……会話を二、三回した程度しか面識はありませんが……」
つい反論を口にしてしまう。
伯爵令嬢のシャルロットはデビュタントから今までたくさんのお茶会や夜会に招待されてきた。
だが、オーロルとの会話など数えるほどだ。それも差しさわりのない挨拶しかしていない。
シャルロットの言葉に、オーロルが顔を覆ってわざとらしく泣き出す。
「そんな……! わたしは今までたくさん我慢しました。可笑しな噂を振りまかれて、いじめられても耐えてきました……!!」
嘘でしょう、と二度目の言葉が零れ落ちる。
どうしてそんな真っ赤な嘘が出てくるのか考えられない。
大きく目を見開くシャルロットの前で、オーロルを引き寄せてロバンソンが声を張り上げた。
「貴様の悪事の証拠は揃っている!! 罪を認めろ!」
▽▲▽▲▽
(どうしましょう……なんてことになってしまったの……)
お茶会から屋敷に戻る馬車の中でシャルロットは項垂れていた。
結局、彼女の弁明は何一つ聞き入れられず、場を騒がせた主犯として帰宅するように促されたのだ。
周囲は同情的な眼差しを向けていたけれど、助けてはくれなかった。
それもそのはずで、あの場にバートランド侯爵夫人を敵に回せる者などいなかったのだ。
それはシャルロットも同じだ。爵位の差を考えれば、あれ以上反発することもできなかった。
泣きそうな心持ちで馬車の外へ視線を向けた彼女は、目に飛び込んできた光景に思わず御者を止めた。
「止めて!!」
「お嬢様?!」
馬車が止まり切らないうちに扉をあけ外に飛び出す。
御者の驚愕の声が追いかけてきたけれど気にせず、シャルロットは道の端にうずくまっている黒い物体――小さな子犬を抱え上げた。
「なんてひどい……」
黒い塊にしか見えない子犬は、全身ボロボロで酷く傷ついている。
貴族街の道路にいたということは、迷い込んだのでなければ、どこかから逃げてきたか捨てられたかだ。
眉を顰めつつ周囲を見回すが、飼い主らしき人間は見当たらない。
ため息を一つ吐き出して、ざらざらとした背中を撫でる。
毛艶も悪いし、手触りも悪い。
大切に飼われていたわけではないと察して、シャルロットは子犬を抱き上げたまま馬車に戻った。
「お嬢様、それは……」
「連れて帰るわ。馬車をだして」
「……かしこまりました」
もの言いたげな御者を強い眼差しで黙らせる。
元々小動物が好きだった彼女だが、今はそれ以上に打ち捨てられた子犬に自身を被せてしまって、ますます放置できなかったのだ。
「……帰ったら、温かいミルクをあげますからね」
膝の上に乗せた小さな黒い背中をそっと撫でると、子犬が小さく震える。
寒いのかと思ってドレスの上に羽織っていたケープを脱いでかけてやる。
季節柄薄手のもだが、ないよりはましだろうと思ったのだ。
屋敷に戻ったシャルロットは両親に婚約破棄の話をするのをすっかり忘れて、子犬の世話に熱中した。
メイドたちが「わたくしどもがやります」というのを押しとどめ、濡らしたタオルで身体を拭いてやり、汚れを落としてからタオルに包んでベッドの枕もとに寝かせた。
されるがままの子犬は一度だけ目を開けた。
太陽を写し取ったかのような金色の瞳は神秘的で、己の身に降りかかった災厄を忘れてしまいそうになる。
起きたらミルクを与えようと考えていると、部屋の扉がノックされ両親が姿を現した。
沈痛な面持ちの両親の顔を見て、ようやく婚約破棄のことを伝えなければ、と思い出す。
「お母様、お父様、実は」
「……話は聞いている。婚約が白紙に戻ったと」
シャルロットが帰宅したのはほんの一時間ほど前だ。
すでに知っているのは、バートランド侯爵家から通達があったのだろう。
視線を伏せた彼女を、近づいてきた母親が抱きしめる。
「貴女はなにも悪くないわ」
「……はい」
か細い声で返事をすることしかできなかった。今回の婚約破棄はシャルロットに落ち度はない。
だが、あんな風に公衆の面前で婚約を破棄された彼女を今後妻にと望んでくれるものがいるのか怪しい。
母の温かさを感じながら、今更ながらにシャルロットの目じりから涙が零れ落ちた。
どうしてこんな仕打ちを受けたのか、皆目見当がつかなかった。
(憎からず、思っていたのに……)
政略結婚だけれど、ロバンソンとなら幸せになれると信じていた。
想いは裏切られ、残ったのは『婚約破棄をされた傷物の令嬢』という事実だけ。
傷ついた心を抱えてシャルロットは現実から逃げるように瞼を閉じた。
両親が夜な夜なシャルロットの今後を話し合っている中、彼女は現実逃避の一つとして拾った子犬の世話に没頭した。
傷だらけで衰弱していた子犬に『テオ』と名付けた。
テオは最初こそシャルロットや彼女の両親や使用人たちを警戒していたが、傷が治るのと共に少しずつ心を開いていってくれた。
テオはまるで人間の言葉を理解しているかのように賢かった。
シャルロットが「ご飯よ」と声をかければ、それまでどんなに遊びに集中していてもすぐに近寄ってくるし、お風呂も嫌がることはない。
寝る時間もシャルロットに合わせてくれて、彼女がベッドに入ればぴょんと寝床の枕もとにやってくる。
すっかりテオに夢中になったシャルロットに、部屋を訪ねてきた父がぽろりと零したのだ。
「テオは人間の言葉を理解しているように見えるなぁ。その上、黄金の瞳だろう? 聖獣だったりしてなぁ」
ソファで対面に座った父の言葉は冗談半分と言った様子だったが、シャルロットは思わず足元にすり寄ってくるテオを見た。
汚れと傷がなくなって、毛並みもよくなってきたテオは確かに黄金色の瞳をしている。
この国では、黄金は太陽の色と言われ、金の色彩を持つものは太陽の化身と呼ばれることが多い。
実際、王家に連なる者はみな金髪だ。
極稀に王家の血が混ざった高位貴族に金髪の子供が生まれると、幸福の象徴として一族から大切にされる。
金の髪をもつ王侯貴族はいるが、金の瞳を持つものは聞いたことがない。
聖獣に関する書物はシャルロットも読んだことがあるが、聖獣たちもまた金の毛並みを持つという。
瞳に太陽が宿ることがあるのかどうか、彼女はわからない。
すりすりと足にすり寄り甘えるテオを抱き上げて、シャルロットは黄金の輝く瞳を見つめる。
不思議そうに彼女を見上げる混じりけのない金の瞳は、確かに太陽の化身と言われても納得できてしまう。
膝の上に小さな身体を乗せて、背中を撫でる。気持ちよさそうに目を細めたテオに、思わず弱音が口から零れ落ちた。
「……貴方が聖獣だったら……私は修道院に行かなくていいのかしらね……」
聖獣の加護があれば、結婚をせずとも生きていける。
シャルロットの言葉に、父親が目を見開いた。
「シャルロット……!」
「大丈夫です、お父様。覚悟はできております」
言葉を詰まらせた父に、彼女は視線をテオに注いだまま告げる。
すでに婚約が破談になって半年がたつ。
あんな形で婚約破棄をされたシャルロットは社交界で悪い噂になっていて、新たな縁談が見つかる希望はない。
「お父様より年上の方の後妻になるより――私は女神様に祈りを捧げたいのです」
やっと視線を上げたシャルロットの言葉に、父親であるロレーヌ伯爵は目元を抑えた。
感情を極力抑えこんで、それでも揺れる言葉が紡がれる。
「……無力な父を、許さないでくれ」
「お父様はなにも悪くないわ」
爵位の差は明確な身分の差だ。
バートランド侯爵家がロレーヌ伯爵家に圧力をかけているのは耳に入っていた。
父と母がどうにもならないと嘆いていたと使用人たちが痛ましげに話していたのを、こっそり聞いていたのだ。
一度婚約が破談になった令嬢の行く末は悲惨なものと相場が決まっている。
同年代の婚約者などまず望めない。
どうしても結婚したいというのならば、妻に先立たれ孤独に生きる父親以上の、時には祖父ほどの男性に嫁ぐしかないのだ。
それくらい、嫁の貰い手はいない。あるいは修道院に入り、女神に一生を捧げるか。
二択を選べるのならば、後者を選びたいとシャルロットは思う。
沈黙が横たわる。父親はずっと目元を抑えたままだ。
シャルロットはテオの背中を撫で続けた。使用人たちも立場を弁え口を挟むことはない。
そんな空間に、ふいに知らぬ男の声が響く。
「俺が聖獣だったら問題は解決するのか?」
「え?」
聞いたことのない心地いい低い声に、シャルロットは間の抜けた声をあげた。
テオを撫でる手も思わず止まる。
そうすると、テオは彼女の膝からぴょんと飛び降りて――なぜか光り輝いた。
「?!」
シャルロットを守るように父親が立ち上がる。
同時に光が収まり、そこには質のいい筋肉をつけたすらりとした体躯の精悍な男性が立っていて。
「これでいいのか?」
首を傾げる男は――裸だった。
咄嗟に目を逸らしたシャルロットと悲鳴を上げた父親と、目を剥く使用人たちで場は混とんとした。
真っ先に立ち直ったのはシャルロットで、彼女は「彼に服を着せて!!」と咄嗟に使用人に命令した。
彼らは慌てて青年を部屋から引っ張り出し、戻ってきたときには少し窮屈そうに執事服を身に纏っていた。
恐らく、すぐに出せる服がそれしかなかったのだろう。
「……息苦しい」
不満げに唇を尖らせる青年は、黒い髪に黄金の瞳をしていた。
色彩だけならテオと同じだが、さすがに信じられない。テオは小さな子犬なのだ。
きりりと吊り上がった眉と短く整えられた黒髪、すっと通った鼻梁に薄い唇。
どこからどうみても絶世の美形である青年は、シャルロットの前で首を傾げた。
「どうしたんだ?」
その仕草が、あまりにテオにそっくりで。信じられない気持ちでシャルロットは口を開く。
「貴方……テオ、なの……?」
「そうだ」
こくんと頷かれ思わずよろけると、逞しい手に抱き留められる。
シャルロットを腕に抱え込んで嬉しそうに頬ずりをしてくる青年――テオに、ますます混乱してしまう。
「どういうことかわからないが……説明を頼めるか?」
やっと我に返ったらしい父親の言葉に、テオはまたこくんと頷いた。
そうしてシャルロットを抱え上げ、ソファに座る。もちろん、彼女は彼の膝の上だ。
「て、テオ!」
「なんだ?」
「恥ずかしいわ! おろして!」
「ダメだ。ずっとこうしてみたかった」
ぎゅうと抱きしめられる。ロバンソンにだってそこまでの接触をされたことがないシャルロットの全身が一気に熱を持つ。
「あー……テオ、娘はまだ嫁入り前だ。離しなさい」
「む」
普段よりやや声音を低くした父親の言葉に、テオが渋々シャルロットを解放した。
くらくらする頭を押さえて、テオの隣に座りなおす。
手を取られたけれど、それくらいならと振り払うことはしない。
「それで、君はテオか?」
「そうだ」
「どうして人間のような姿になれるんだい?」
「知らない。生まれつきだ」
父親の問いにテオは淡々と答えている。
嘘をついている気配はなく、シャルロットの父は小さく唸ってから質問を変えた。
「君は聖獣なのかね?」
「聖獣、というものの定義がわからない。だが、俺たちは人の愛情で成長する生き物だ。シャルロットがたくさん愛してくれたから、俺は大きくなった」
胸を張って告げるテオに恥ずかしくなる。愛してくれた、など誤解を招きかねない言葉だ。
「では、どうして道端で倒れていたのかな?」
保護したときの話はシャルロットがしている。
父親の問いにテオが視線を伏せた。
「……目の色が珍しいから、と買われたんだ。目をくり抜くといわれて抵抗した。そしたら躾だと蹴られて、このままだと殺されると思って逃げ出した。次に気づいたらシャルロットの腕の中だったんだ」
「なんてこと……」
テオの置かれていた環境が悪辣だったことは察していたが、いざ本人から聞くとより悲惨だ。
言葉を失ったシャルロットを覗きこんで、テオが笑う。
甘やかで穏やかで、心から嬉しそうな笑みに息を飲んだ。
「最初はシャルロットも怖かった。でも、お前は俺を大切にしてくれた。だから、恩を返したい。なにをすればいい? 俺が聖獣だったら、シャルロットが助かるなら、聖獣になる」
「ええと……」
聖獣はなろうと思ってなれるものではない。
助けを求めて父を見ると、彼は浅く息を吐き出した。
「我が家だけでは手に余る。陛下に奏上しよう」
「まって!!」
国王にテオの存在が知られれば、取り上げられてしまう。聖獣だったらなおさらだ。
悲鳴を上げたシャルロットにテオは不思議そうにしている。
無垢な彼を権謀術数の渦巻く王宮に放り込むことはできない。
「テオと離れたくないわ!!」
「なら、契約をしよう」
「え?」
父に向って言った言葉の解決策はテオから示された。
驚いて振り向くと、テオがシャルロットの手を恭しくとって、薬指指の第二関節付近に噛みつく。
「っ!」
痛くて肩をすくめた。血が滲むほど噛まれた薬指が、不思議なことに光を放ち始める。
そして、光が収まるとそこには黄金色の指輪が嵌っていた。
まじまじと見つめると、テオが先ほど以上に嬉しそうに笑う。
「契約の証だ。これでシャルロットと俺は離れられない」
「……ほんとうに?」
「ああ」
力強く頷かれて、心が少しだけ落ち着く。
父が頭を抱えているのが見えたが、あえて無視する。
もうテオがいない生活など、考えられなかったから。
父親が先ぶれを出して城へと出向くことになった。
くれぐれも屋敷から出ないように、と言い含められたのだが、テオは自由だった。
「じゃあ、次はあいつをぶっ飛ばしに行こう」
「あいつ?」
「シャルロットを泣かせたやつだ」
もしかしてロバンソンのことだろうか。ぶっ飛ばすなんて、あまりに物騒な言葉だ。
目を見開いたシャルロットの手を取って、テオが笑う。
どこか幼さを残した顔に、悪意は見当たらない。
「さ、いこう」
「え?」
足元が光り輝く。部屋に待機していた使用人たちが「シャルロットお嬢様!!」と叫ぶ声が遠くで聞こえた。
瞬きをした次の瞬間には、シャルロットは自室ではなくロレーヌ家の一室ですらない、やけに華美な部屋の中にいた。
「な、なんだお前たち!!」
「きゃあ!」
瞬きをしていたシャルロットの耳に聞き覚えのある声音が飛び込んでくる。視線を向けて後悔した。
なぜなら、ソファでロバンソンとオーロルが結婚前には絶対にしてはいけない行為に耽っていたからだ。
辛うじて二人とも服を着ているのが救いだった。
「なにをしているのですか……」
ため息が零れ落ちる。結婚前の男女が密室で二人きりになることがそもそもタブーだというのに、一足先に『そういうこと』をするなど本当に常識がない。
婚約破棄をされてむしろよかったかもしれないと遠い目で考える。
「どこから入ってきた!! ここはバートランド侯爵家だぞ!!」
泡を吹く勢いで怒鳴り立てるロバンソンから視線を逸らす。とてもではないが直視が出来ない。
シャルロットの横で飄々としているテオの度胸を分けてほしかった。
「なんだ、交尾中か」
「こ、こう……?!」
動物ならではの言葉選びだったのだろうが、人間側としてはあまりな物言いだ。
さすがのロバンソンも絶句している。
「シャルロット、こいつらをどうしたい?」
問われて、彼女は少しだけ考えた。
目の前に広がる醜聞を広めれば、シャルロットの噂をかき消すことも可能だろう。
僅かに目を伏せて、彼女は覚悟を決めた。このままではどうせ未来はないのだ。
テオが本当に聖獣だったとしても、どのみちやられっぱなしは性に合わない。
お淑やかに見せかけて、シャルロットは実は直情型だ。
今まで猫を大量にかぶって隠してきたので、それが板についているのだがもう猫を被る必要もない。
腹をくくってテオを見上げる。テオはやっぱり蕩けるように微笑んでいた。
そこにはシャルロットを喜ばせたいという純然たる好意だけがある。
「テオは魔法が使えるのよね?」
「ああ」
突然この部屋に現れたのはテオの転移魔法だろう。
高位魔法を難なく使うテオならば、と思ったのだ。
「お二人の姿を、そうね、王宮で父と話し合っているはずの陛下に見せて差し上げて」
「なっ!」
「はぁ?!」
素っ頓狂な声をあげた二人にかまうことなくテオが「わかった」と請け負った。
魔法陣が二人の足元に広がり、彼らの目の前に驚愕に目を見開く国王とシャルロットの父、さらには宰相たちの姿が広がる。
(こちらから見えるのであれば、向こうからも見えているはず)
でなければ、あんなに驚いた顔はしないだろう。
床に敷かれたカーペットの上に膝をつき、シャルロットは腹に力を込めて声を発する。
テオもシャルロットを真似するように膝をついた。
「国王陛下、発言をお許しください」
『――許そう』
衝撃から立ち直ったらしい国王の許しに、彼女は淡々と事実を告げた。
「私、シャルロット・ロレーヌは半年前にそちらのロバート様に婚約破棄を告げられました」
「っ」
青い顔で振り返ったロバートに知らぬふりをする。さらに言葉を重ねた。
「その日から、社交界でありもしない噂が流れ始めました。オーロル様の仕業です」
「!」
はだけた胸元を両手で隠してオーロルが顔を真っ赤にしている。
彼女が口を開くより先に、畳みかける。
「女神に誓って私は全ての噂を否定します」
シャルロットが他の男にうつつを抜かしていた、それどころか関係を持ち子を身ごもった、さらにはその子供を流して侯爵夫人の座に収まろうとしている。
ロバンソンは裏切られた被害者だ。彼は助けを求めてオーロルとの間に真実の愛を育んだ。
婚約破棄は正当で、落ち度はシャルロットにある。
彼女を貶める明確な悪意を持って流された噂の数々を真っ向から否定してみせる。
「陛下は結婚前に享楽に興じるお二人と、私の主張のどちらを信用なされますか」
『そうさなぁ』
シャルロットの言葉に、国王は目を細めた。
金の髪を揺らしながら、翡翠の瞳がはだけた洋服を辛うじて身に纏っている二人に向く。
びくりと身体をすくめたロバンソンとオーロルだが、この場で発言を許されたのはシャルロットのみなので、反論は口にできない。
その程度の常識は残っているようだった。
『――聖獣と契約をしたと聞いたが』
「テオが本当に聖獣ならば、の話になります」
『よく顔を見せてくれんか』
「テオ、国王陛下に顔を見せて差し上げて」
「わかった」
国王の要求をテオに伝えると、彼は従順に頷いた。
どうやら国王の目にはテオのドアップが映ったらしく、目を見開いてまじまじと虚空を眺めている。
『見事な黄金の瞳だ。其方は間違いなく聖獣であろう』
国王のお墨付きを得て、少しだけ肩の力を抜く。
事の重大さをテオは理解していないようだが、それは仕方ない。彼は人間ではないのだ。
『聖獣は心清らかなものにしか寄り付かん。聖獣と契約を成しえたことが、何よりの正当性の証明になる』
「そんな馬鹿な!!」
とうとうこらえきれず声をあげたロバンソンに国王が冷めた視線を向けた。
許可なく発言したことに気づいたらしい彼が青くなっているが、後の祭りだ。
『後始末は宰相に任せよう。若い娘には毒だろう。直ちに屋敷に戻るが良い』
「陛下のお言葉に感謝いたします」
首を垂れ感謝の言葉を述べる。そして小声でテオに指示を出した。
「お屋敷に戻りましょう。後のことはお父様たちに任せていいわ」
「わかった」
テオが頷いたのと同時に、再び魔法陣が広がる。
ロバンソンの驚愕に満ちた瞳と、オーロルの憎々しげな瞳を見つめて、シャルロットは小さく笑った。
『いいきみよ』
口だけを動かして吐き捨てる。
その言葉は誰にも拾われることなく、気づいた時には見慣れた自室に戻っていた。
▽▲▽▲▽
ロバンソンは廃嫡され、オーロルも貴族位をはく奪された。二人は仲良く辺境の地に贈られたという。
シャルロットと言えば、知らなかったとはいえ聖獣を助け信頼を得た功績を認められ、王家直轄領の一部の土地を拝領した。
噂は否定されたとはいえ、王都には居づらいだろうという国王の配慮だ。
小さいが豊かな領地を賜ったシャルロットは、そこでテオと数名の信頼できる使用人たちと伸び伸びと暮らしている。
「テオ、お散歩に行きましょう」
「ああ」
今日はどうやら動物の姿の気分らしい。
その日の気分で人間の姿と動物の姿を使い分けるテオは、最近では動物の姿が到底子犬とは呼べなくなっている。
シャルロットより大きな黒い狼といった外見のテオを連れて、のんびりと領地を歩く。
すれ違う領民たちはすでにテオのことを受け入れてくれているので、穏やかなものだ。
「シャルロット、結婚式はいつなんだ?」
「そうねぇ。もうちょっとかかりそうよ」
シャルロットはテオと婚約を結んでいる。
聖獣は王族下で公爵より上の地位であるらしく、テオが聖獣だと発覚した直後に特別な位を頂いている。
貴族位を得たことで、テオはシャルロットと結婚することも可能になったのだ。
だが、後から聞いて驚いたのだが聖獣との主従契約は人間のほうが従者にあたるらしく、その上テオはシャルロットを『番』だと認識していた。
つまり、テオは最初からシャルロットを己の伴侶とする気だったのだ。
現在テオは聖獣とはいえ今後貴族社会で生きていくにあたり、専属の家庭教師がつけられ猛勉強中だ。
最初は面倒くさそうにしていたテオだが「テオが覚えてくれないと、私は結婚できないのよ」シャルロットが嘆いてみせれば、ころりと態度をかえて真摯に取り組んでいる。
婚約破棄を経て、中々強かになっているシャルロットに父親は涙を流していた。
あんなに頑張って猫を被せたのに、と。
テオの勉強が完了次第、二人は結婚式を挙げ正式な夫婦となる。
聖獣との間に子を持つことが可能なのか、シャルロットにはわからないけれど、ずっと彼女だけを一等大事にしてくれるテオと添い遂げるのは幸せな人生だと思っている。
「テオ、早く夫婦になりたいわね」
「ああ!」
嬉しそうにテオの尻尾が揺れる。素直に感情を表すテオにくすりと笑って、つやつやの毛並みを撫でた。
(婚約を破棄されたときは、絶望したものだけれど)
人生なにが起こるかわからないわね、とシャルロットは軽やかに笑ったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
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